パチモンの笑顔 (3)
最初、偉明を見る前の琳華は親衛隊長がどのような人物か想像をし、胸を高鳴らせていたのだがその結果は――なんか、微妙。
麗人であることに違いはないがどこか傲慢と言うか、冷めていると言うか。父親の事は尊敬しているようだが娘の自分のことなどどうでも良いどころか、ちょっと面倒くさそうにすらしている。
「周琳華、貴殿がこの後宮に招かれたのは皇帝陛下からの密勅によるものである」
そしていきなりの尊い言伝、密勅と言う文言にぎょっとした琳華はついに顔を上げる。
「その命令は絶対であり、宗駿様の為のみならず我々は密勅のもとご息女の身柄も常に」
「隊長、女人にはもっと言葉を優しくしてお伝えをしないと」
「構うものか。どうせ猫の皮の三枚でも被ってその程度の振る舞いなのだろう」
「な……っ!!」
「それだ。都度、私の言葉に反応を見せるな」
琳華は咄嗟にぐぬぬ、と白い上衣と羽織の袖の中で握りこぶしを作る。初対面だと言うのにこの遠慮の無い視線と物言い……なんだかとんでもない男が親衛隊長を務めている、らしい。ちょっとだけ『親衛隊長』に夢を見てしまった自分が浅はかだったとしか思えず、琳華はさらにぎゅっと握りこぶしに力をこめる。
「尊き命を受けた秀女、周家のご息女たる方が私の言葉ごときで感情を表に出すなど……この後宮ではまるで通用しないと覚えておけ」
「隊長、あまり言い過ぎては」
「構わん。これくらい言っておかなければ私とて」
最後の部分を言いよどんだ偉明ではあったが琳華はそれどころではなかった。それは梢も同じで。
「ご息女、明日の予定を伝えておく。明日、私の隊の一員として変装をされた宗駿様の謁見が行われる。これはご息女とその侍女にしか知り得ぬ機密である」
心せよ、と言い放った偉明は礼儀知らずではない癖に立ち去る際、琳華に挨拶をひとつもしないですたすたと離れて行ってしまった。名乗る間も無かった大柄な武官の方は「失礼いたします」と謝るように挨拶をしながら慌ててそのすらりとした背と靡く髪のひと房を追い掛けていく。
「……あのぅ、お嬢さまぁ」
先ほどからついに何も言わなくなった琳華が気になった梢はそっと主人の顔色を確認する。
「ああ……あー……ですよね」
周琳華は大人げも無く、しかし確実に憤慨していた。
確かに酷い言われようであったが彼女にとって偉明の言葉のすべてが図星だったのだ。
(このわたくしが、この周琳華が殿方にこうもけちょんけちょんに!!完膚なきまでに事実を突き付けられて馬鹿にされる日が来るなんて……っ!!)
おしとやかさを気取っていても見破られていたし、咄嗟の物事に対し気を取られがちになっている事も見抜かれていた。それもたった僅かな時間で、だ。
「お嬢様、おしとやかです。しゃなりしゃなり、です」
主人が袖の中で力強い握りこぶしを作っていることは梢も分かっていたが多分それも偉明に見透かされていた。
梢も琳華のすっと通った鼻をあかされ、侍女としては主人を擁護するべきではあるが――相手側、偉明たちは『今ならまだこの役目から辞する事も可能である』と言ってきているように思えてしまった。
これは周琳華の、女性の背では背負いきれないような密勅である、と。
だからこそ、悔しくて堪らない。主人たる琳華は今、そんな表情をしている。
「えーっと、あの、お嬢様。宗駿皇子様との謁見についてですが」
梢は偉明が言っていた明日の予定について話題を切り替える。謁見はともかく自分たちは皇子の顔を知らない、と。
「……わたくしもご尊顔を存じ上げていないから秀女の皆も多分、知らないと思う」
でも、と琳華は言葉を続ける。
「この件、宗駿皇子様はご承知なのかしら」
また夜風が吹く。
親衛隊長が後宮の庭を歩いているのは別段、珍しいことではないらしく誰も気にも留めていない。ごく普通に挨拶をして、通り過ぎてゆく。遠くなる二つの背を見る琳華はやっと握りこぶしをほどいて風にそよぐ後れ毛を少し気にするように首筋を指先で撫でた。
「しかも親衛隊長様は皇子様からの言葉ではなく皇帝陛下からの“密勅”と言ったわ。だからこれはわたくしの憶測にしか過ぎないのだけれど……」
皇子はこの事態を知らない。
秀女の中によくない思惑を持った者がいるかもしれないと言うのに変装をして、お忍びで正妻や側室を選ぼうとしている。あるいは誰かの意思によって強制的にさせられているのかもしれないが……不確定な話ばかりをあれこれ考えても今はしょうがない。
琳華は自分の考えを梢に伝えはしたが話はこれ以上、進展しなかった。
「ねえ小梢、伯丹辰様の部屋には秀女全員が招かれていたのかしら。わたくしたち以外、誰も庭に出ていない気がしたのだけれど」
「どうでしょう……皆様、お部屋はそれほど広くはないようですが全員が集まるとなるとぎゅうぎゅうですよね」
「わたくしからはまた明日にでも詫びを入れがてらお話をしようと思うわ。家から干菓子を少し持ってきていたでしょう」
持ち込まれた菓子程度の食糧。入宮の際に包みの中から無作為に一部が没収され、それを毒見として梢と後宮の下女が口にしたが問題は無かったので部屋に持ち込まれていた。そうは言っても細工のしづらいような糖蜜に漬けた干した果物だったり、砂糖菓子の類い。どこまで父親の手が入っているのかは分からないが一応、食べ物には許可が下りている。
「ふう……」
「お嬢様、もう少し散策されたらお部屋に戻りましょう」
「ええ、そうするわ。まだまだ先は長いものね」
すっと無意識のうちに姿勢を正す琳華だったが少しだけ肩を落とす。本人の気持ちも少し、しょんぼりだった。
まさか初対面の男性からあんなにずけずけと言われるとは思いもよらなかったのだ。自分が上級貴族の娘として甘やかされて育って来たのは頭では分かっていたがこうも胸に突き刺さるように他人から言われたのは初めてのこと。
琳華は周りから褒められて育ったためにあからさまに蔑まれたりなどされた経験がなく、気持ちが揺れる。
偉明に「後宮ではまるで通用しない」と断言をされたが琳華はふと、母親の姿を頭に思い浮かべた。
母親は元、書物などを扱う部署の女官だ。そして後宮の悪い部分も良く知っているどころか実際に見ていた、と言っていた。
一応、後宮勤めだった母親が父親に一目惚れをされて結婚に至った際には「皇帝陛下から下賜された」と言う扱いになっているが実際の所はごく普通に許しを得ての結婚だったと聞く。色々としきたりなどややこしい部分も後宮にはあるようで……結婚後もそのまま女官として務めることも可能だったそうだが母親は後宮暮らしからさっさと引退していた。それくらい、色々と気を揉むことが後宮にはあるようだった。




