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周家の出涸らし、後宮へゆく (3)

 

 お茶と甘い物でひと息ついた二人は周家の屋敷に帰る。

 帰れば梢は洗濯物を取りこんだり夕飯の支度をしなくてはならないので琳華は一人、買い込んできた荷物の包みを部屋で開き始めた。

 これは自分の、これは梢の、と板張りの床にそれぞれ分ける。


 そして琳華は簪などの装身具が入った木製の小箱も持ってきて梢にお下がりとして贈る簪を取り出す。

 その簪には濃い桃色の丸い小さな石がはまっており、銀の部分には繊細な彫り物がしてある琳華が持っている簪の中では一番可憐なもの。梢に贈るのにぴったりだった。


「琳華」


 板の間に買って来た物や梢に着させるお下がりの羽織などを広げていた琳華に対し、開けっ放しにしていた出入り口から部屋の中に声が掛かる。


「母上?!」

「入りますよ」

「あ、あの、これはですね」


 広げ放題の散らかし放題になっている衣裳をちら、と見る母親にばつが悪そうに少し肩を小さくさせる琳華だったが小言はなく「支度は進んでいるようね」とだけ言われて静かに胸を撫で下ろす。

 この琳華の母親は特別、厳しい人だった。むしろ小さな頃から子猫のように跳ねまわっていた琳華は嫌われているのかも、とさえ思ったことがあるくらい厳しく躾けられた。

 親と子は違う、性格が合わないのなら致し方ない。そう次兄に諭されてからは母と娘の距離感を何となく少し広めに保っていた。

 それに母親は梢の方を……家が没落し、離散の為にやってきた女の子を実の娘以上に可愛がっているように見えた。

 でも梢は琳華から見ても本当に可愛くて素直で頭も良かったのだ。


「あの人の思いつきに振り回される必要はないのですよ」

「ですが母上」


 母親はそんなことを言う人だったろうか。


「琳華、よく聞きなさい。後宮は華やかな女の園などではなく薄暗く湿気た魔窟の面の方が多いわ」

「それは兄上たちから聞いてある程度は」

「いいえ、あの子たちの伝聞以上です。まあそれはわたくしが入宮していた時代があまりにも苛烈な時代であっただけかもしれないけれど」

「母上は確か書庫の管理などをされて」

「ええ。部署自体が閑職ではあったけれどそれでこそ女の嫌な部分を毎日覗き見放題……ゴホン。書架は女同士の陰湿ないじめの温床でした」


 でも、と話を続ける母親は「あなたの性格なら……ふふ、面白い事になってしまうかもしれませんね」と言い出す。

 本当にいきなり何を言い出しているのかぎょっとした視線を送る娘にすい、と部屋の中を見回した母親は「いつでもあなたの帰る場所はここにありますから」とひと言だけ残してさっさと出て行ってしまった。


「母上……」


 夫からどこまで聞いているのか分からないが半ば周家の不良債権となろうとしていた娘が仮とは言え、秀女として入宮する。一見、父親の思惑に振り回されているように見えるが当の本人はあわよくば女性官僚になろうとしていて――どうやら母親は娘のその考えを見透かしているようだった。

 武道の父、頭脳の母。兄たちはそれぞれに受け継いだらしいが最後に生まれた末娘の琳華だけは違っていた。それこそが彼女の特殊性。両親の強い気性を二つとも併せ持ってしまっていたのだった。


「お嬢様、旦那様がお帰りになりましたよ」


 母親と入れ替わるように顔を出してくれた梢は盛大にとっ散らかっている琳華の部屋を見て「お眠りになる前に一緒に片付けましょう」と笑顔で提案をしてくれた。

 夕食の膳も出来上がり始めている、先に話し合いをするのならつまめるように副菜を小皿で出しましょうか、と梢は的確に勧めてくれる。彼女もまた、琳華と同様に頭が良く回る女性だった。


 こうして周琳華の入宮の為の支度は日々、進んでいった。

 時に思案をし、時に昼間から体を動かしている琳華の姿が広い庭にあったりなど。仮に、とは言え秀女として後宮に入れば自由な時間は極端に減ってしまう。だから今、この時間は主人にとって大切なひととき。僅か数日の間ではあったが梢の瞳には何か覚悟を決めた主人の姿が映っていた。

 入宮差し迫る日の昼下がり、荷物を抱えて庭に面した外廊下を歩いていた梢は庭木の面倒を見ていた琳華に声を掛ける。


「お嬢さまぁ~!!先に持ち込むつづらに入れる物なのですが~!!」

「待って、今行く!!」


 父親からの命令により新しい羽織りを三着用意し、髪飾りも半分ほど新調した琳華。

 それらを先に後宮に持ち込む為に周家の家名が入ったつづらに詰めるのだがいくら上級貴族の娘とは言え持ち物は入宮する際、琳華が憧れる宮正たちによって厳しく検められるらしい。

 別に何もやましい物は無いし、持ち込みの制限が掛けられている数の上限までを梢と確かめながらきっちりと用意する。

 そう言う所も人となりとして厳しく見られてしまうのだ。


「これは今日から梢の簪と手巾よ」

「そんな、私がいただいて……いえ、有難うございます。一生の宝物にいたします」

「わたくしには可愛すぎるからいいのよ。小梢の方が絶対に似合うんだから」


 過度な謙遜を避け、素直に琳華からのお下がりを梢は受け取る。

 琳華が贈ったのは桃色の玉が填まった銀の簪と髪飾りが三つに綺麗な刺繍が施された手巾も数枚。手巾には花模様が刺繍されているが、その中の一枚は琳華と梢が試行錯誤をして縫い付けた物であった。よく見ると家名である周の字が花に紛れて縫い込まれている代物。華やかな刺繍は良家の娘の嗜みではあるが琳華にしては暇つぶしの一環の手仕事だった。雨の日の退屈しのぎの内のひとつであったがせっかくなら工夫をこらしたい、と良く出来た一枚がその手巾。それを今日、夕方には送り届けなくてはならないつづらに梢の荷物として一緒に納める。


「さて……()梢、よく聞いて」


 つづらを挟んで梢と向かい合って座っていた琳華は彼女の姓名を力強い口調で発音する。


「父上から話を聞いた分では今、後宮では宗駿(ソウシュン)皇子様に良くない影が近づいているとのこと。そして今回の秀女選抜を通過した者の中にも間者が紛れ込んでいるかもしれない」


 琳華が父親から受けた役目の全貌を今一度、梢に伝える。


「わたくしは秀女となり、その影を後宮内で探る。これは宗駿皇子様の身を守り、ひいては王朝そのものを御守りすることに強く繋がるお役目よ」


 自分がどこまで出来るのかは分からない、と口にするが梢は琳華の爛々としている瞳を見る。これは彼女が覚悟を決めた時の目だ。

 昔、主従の誓いを立てるために二人でこっそりお酒を舐めるように飲み交わした日にも琳華は同じ目をしていた。

 生まれた場所に甘んじようとはしない主人の姿勢は真っ直ぐで、美しい。こんなにも美しいのだから皇子の目に留まる可能性も無きにしも非ずなのではないだろうか、と梢は少し思う。


 宗駿皇子は人徳のある唯一無二の皇子だと世に知られている。そしていつかは大陸を治める皇帝となる人。そんな尊い人のそばにもし、琳華があったとしても……なんだか、想像が出来てしまう。


「お嬢様、私も出来る限りのことをさせていただきます。でもどうか、ご無理だけは」

「ええ、前にも伝えたけれど小梢にはその役割をお願いするわ。あなたになら全部、安心して任せられる」

「っ、はい。この絽梢……ご主人様の願い、しかと承諾致します」


 最敬礼として手を組み、丁寧に頭を下げる梢に琳華も頷く。

 ひとつの部屋で交わされる姉妹の絆と変わらないくらいに強く、芯のある主従の誓い。それを廊下でそっと聞いていた琳華の母。娘が後宮の官僚になりたがっているのは兄たちを見つめる羨望の眼差しでもう分かっていたこと。こうなるのも時間の問題だと思っていた。

 子供のころの琳華は子猫のように可愛らしかった。それでもいつしか彼女は大人になって、母親である自分と距離を置いた。子離れ出来ていないのは自分の方だったのだと母親は後になって気づき、可愛さ余って少し厳しくし過ぎたことを悔いた。それについて悩んだことももう過ぎ去った思い出になりつつあるのだと、それが我が子の成長なのだと黙って受け止める。


 かつて後宮に勤めていた琳華の母はそこで覚えた音の無いすり足――衣擦れ一つすら立てないまるで猫のような足取りで娘の部屋の前から立ち去る。その表情に厳しさはなく、でもどこか寂しそうな表情をしていた。


「そうと決まれば気合を入れるわよ」

「はい、お嬢様!!」


 どかん!!と音を立てて琳華がどこからともなく酒瓶を取り出す。好奇心旺盛、天真爛漫な猫のような二人が新たに誓いを立てたのは入宮の二日前のことだった。



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