周家の出涸らし、後宮へゆく (2)
琳華の入宮の支度はカネに物を言わせ、父親から言われた通りに侍女と一緒に必要な物を街で買い回った。流石に侍女も沢山のお金を持つのは怖いとのことで一部はツケにして来たが琳華が周家の娘だと分かるや否や、話はなんともスムーズに進んでしまった。
「お嬢さまぁ~」
普段は鈴を転がしたような可愛らしい声音を持つ侍女の梢が情けない腑抜けた声をあげる。彼女が周家に仕えてもう何年経ったか。年齢は琳華より二つ下の十八歳。元は下級ながら貴族階級であったのだが没落してしまっており現在、彼女の家族や一族は完全に離散していた。
梢の家と縁のあった琳華の父親が娘の侍女として丁度いい、と琳華が十二歳、梢が十歳の時に周家に迎え入れた。そんな梢は皆から『小梢』と呼ばれ、可愛がられている小柄な女性だった。
「荷物持ちをさせてごめんなさいね」
「いいえ、とんでもありません。お嬢様の侍女たるうぅ……不肖シャオォォ……これしきのことぉ……っ!!」
同じ年頃の女性より小柄な梢は大きな荷物を抱えているどころか華奢な背中にも今日は包みを一つ、背負っていた。琳華も本来ならば荷物など持たない立場であるが今日ばかりは髪を彩る紐や髪飾りなどが入った小さな包みを腕に抱えていた。
それに秀女の中でも裏では常に順位付けがされる、と父親から聞いている。後宮内での衣裳は仕えている他の女官や大勢の下女たちと明確に区別される為に秀女は皆が一様に後宮側が用意した同じ衣裳を身に付ける――が、一番上に纏う羽織物などは個人で用意しなさい、とのこと。
その羽織の質は家柄を象徴する目印となっており、嫌がらせなどを受けにくいよう、誰に手を出しているかを分からせる為の物でもあると父親は末恐ろしいことを言っていた。
秀女同士の間でよろしくないいざこざを避ける為とは言え、小柄な梢に大荷物を持たせてしまっている琳華は少し休憩をしようと持ちかける。その言葉に小型愛玩犬の如くうるうると嬉しそうに主人を見上げる梢に琳華は弱かった。梢はよく働くし、とにかく可愛い。
「小梢、今日は父上の資金があるから一番高いのにしましょう」
「よろしいのですかっ?!」
「侍女にも美味しい物を振る舞ってこそ、周家は待遇の良い家だと世間様に知らしめるのよ」
「流石です、お嬢様」
非常に打算的である。
そして周家は侍女や下男下女の使用人の扱いがとても良いと知らしめる為ならば安い物であった。なにより資金元は父親なので琳華の財布は痛まない。
顔見知りの食事処は琳華と荷物を抱えた侍女の梢の姿を見るとすぐに奥の小上がりになっている見晴らしの良い東屋風の特等席へと二人を案内する。そこならば荷物を下ろして傍らに置いてあってもひったくられる心配はない。
「小梢、今日は疲れたでしょう」
「とんでもありません!!お嬢様の為ならば私はなんでも致しますから」
「いつも小梢がいてくれるからわたくしも心強い」
「えへへ」
こうと決めれば言って聞かないような父親からの仮の入宮の提案。いつもなら「嫌です」のひと言で断りもしたが今回ばかりは利害が一致していた。
それにこのビッグウェーブに乗じて侍女の梢にも今より良い物を着せられるのでは、と琳華は気がついた。ちなみに先ほど琳華は自分の新しい羽織と一緒に梢の為にも一枚、父親には内緒で新品の羽織を買った。あとは自分の綺麗な状態のお下がりを与えれば粗方、支度も終わる。
世の中には侍女に酷い仕打ちをするような女主人もいる。それは確かな事で、琳華はそんな光景を何度も目の当たりにして……喉元まで込み上げる言葉を飲み込んできた。
だから自分は世間から見えない場所でも梢を大切にする。
梢とて侍女になりたくてなったわけではない。自分がもし、彼女の立場だったなら。酷い行いにはいつか罰が巡って来る。琳華はそう考えていた。
頼んだお茶や甘味をつつきながら琳華はふわりと吹き込む爽やかな風に誘われて、賑やかな街並みを見渡した。
(暫くはこの景色ともお別れね……街中は常に騒がしいけれど生命力がある、って言うのかしら)
宮殿のある都市部の治安はかなり良い、と言うか住んでいる者の階級が違う。ここは昔ながらの高位の貴族たちや一代ながら上級官僚となった者やその配偶者が住まう都。盛んに商いが行われ、旅人も多く寄る一番の商業地。宮殿直下の重要拠点である為に衛兵も多く巡回してくれている騒がしくも活気のある場所だった。
「お嬢様、少しの間とは言えこの賑やかな光景から離れるのは寂しくなりますね」
「私も今、小梢と同じ事を考えていたわ」
「本当ですか?!」
しかしこれは琳華にとっては良い巡り合わせ。この機会を逃したら次は無いような――順序だて、上手くいけば自分も親兄弟と同じように官僚になれるかもしれないのだ。
利発な長兄は武官に、冷静で頭の良い次兄は文官に。凛々しい兄たちの装束姿に憧れた。もしこの役目が終わったあとも後宮に入れたなら、梢には自分が勤めている間はそのまま屋敷全体の面倒を見て貰うか、あるいは一緒に後宮で働けるようにするか。
上級貴族の娘の琳華にはいくらでも選択肢がある。けれどそれはとても贅沢で、甘い考えなのだと分かっていた。
だからこそコネや伝手は使うべき所だけで使いたかった。
「小梢、今夜また父上と話をすると思う」
「承知いたしました」
「もしかするとあなたも呼ぶかもしれないから頭の隅にでも入れておいて」
「はい、お嬢様」
あわよくば女官の仕事を、との甘い私欲であるがこの先はあくまでも自分でどうにかする。まさに実力と運に賭けるのだ。しかしながら賭けをすると同時に自分が大切に思う人の、梢のか細い手を引く覚悟も持たなければならない。
今は美味しそうに甘味を頬張る可愛らしい梢に琳華は目を細める。
(小梢はわたくしにとって妹のような存在。だからこそ、大切にしたい)
兄たちと駆け回っていた日々にやってきた小さく細い女の子。今日から使用人として一緒に暮らすのだと父親に紹介されてからずっと彼女は逃げ出すことなくそばにいてくれた。
「父上も把握しているお役目とは言え、あなたを危ない目に巻き込んでしまわないようにわたくしも気を付けるけれど」
もし、自分が行き過ぎた事をしでかしそうになったら引き留めて欲しい。そう伝える琳華に梢は少し考えてから「もちろんです」と深く頷く。
「なんだか懐かしいわね。父上のお酒をわたくしがちょろまかし、二人でこっそりと誓いの盃を交わした夜を思い出すわ」
覚えているかしら?と問いながらも琳華は手にしている白い茶杯に視線を落とす。盃が無いから、と普段お茶を飲むために使っている小さな花模様のついた白い杯で一杯のお酒を飲み交わした日。
「私とお嬢様の破れぬ誓い、ですね」
「ええ、わたくしは小梢に責任を持つ。だから」
「私はお嬢様をお慕いし、守ると」
周家にやって来てからの梢は琳華の利発な遊びに付き合っている内に武術紛いの体術もすっかり覚えてしまった。
一応、梢も琳華と一緒に長兄から直に武術を教わっているので基礎は出来ているのだが如何せん、華奢だった。今でも背格好では子供と間違えられることもある。
そんな梢は小柄な体に合うよう自分で体の捌き方を改良をし「この喧嘩殺法はその辺のゴロツキだって引き倒せるんですから」と胸を張っていた事も過去にある。
今でこそ琳華と梢は淑女として大人しいガワを見せているが内側はとても、熱い心を持っていた。




