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信用の所在 (4)

 

「明日にでも調度品を全て変えさせる。例の紙帯をどこかに隠してあるならば私がこのまま引き取っても良いが」


 もう覚えたか?と問う偉明に琳華と梢は小さく頷く。

 紙帯に記してあった偉明、あるいは父親の手駒と思われる兵が番をしたり巡回をする時間と場所は規則的だったので二人ともがすぐに覚えてしまっていた。


「小梢、親衛隊長様にお渡しして」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 隠してある紙帯を取りに寝台のある方、衝立の向こう側に行った梢。その華奢な背を見た偉明はまた琳華の方へ視線を戻す。


「……良き侍女だな。私の来訪に咄嗟に主人を守ろうとした。それは周先生のご指導の賜物だけではないように見える」


 夜の薄暗さに紛れ、少し姿勢を崩して腕を組んだ偉明は話を続ける。


「いや……それはご息女の方も、か。雁風に無言で背後を取られた際に侍女の手を引こうとしただろう」

「あれは、あの時は……はい。少しばかり己の身を守る心得はありますので」

「そうか、だから周先生は……納得した。ご息女、ここは針のむしろだ。常に人の目と耳が、そして根も葉もない噂を流布する口が無数にある。夜に紛れているとは言え私がこうして立ち話が出来ているのはそうやって長いこと“演じて来た”からだ。女人に気安く話し掛けていても誰も咎めなどしない」


 今夜の偉明はよく喋っている。

 それは別に構わないのだが彼もまた、世を忍ぶためにいくつもの顔があるのかもしれない。

 では今の彼は……素の状態なのだろうか。


「あの、親衛隊長様」

「偉明で良い」

「ならばわたくしのことも名でお呼び下さい」

「ああ、そうでなければ筋が通らない。だが、まあなんだ……呼びやすい方で構わないか?」


 それに急に気さくにもなった。

 呼び方については「わたくしの名を正式にご承知の上でしたら、いかようにも」と琳華は頷きつつも少し訝しげに偉明を見上げる。

 皇子のそばに仕え、その身辺を守る若き隊長。貴族の出のようだがどこか俗っぽさも感じられる。


「役目を全うすることについての意思は強いようだな」

「家族からも巨岩のように頑固者、と言われておりますから」

「ああ、そこは周先生譲りか」


 偉明は父親についてどこまで知っているのか琳華は気になったがとりあえずそれは置いておく。


「偉明様、質問をしてもよろしいでしょうか」

「何だ」

「父も偉明様もこの件について何かしらの検討がついているから、その手駒となれるわたくしを後宮に入れさせたのですよね」


 真っ直ぐに偉明の目を見つめる琳華は問いかける。


「まあ、そんなところだ」


 ならばその疑惑の人物は一体誰なのか、と琳華は問おうとしたが先に偉明の方が口を開く。


「今夜の私はそれについて言いに来た」

「なっ……!!わたくしはお小言をわざわざ言いに来ただけなのかと」

「また感情が表に出ているぞ」


 むぐう、と口を噤む琳華は奥から梢が隠しておいてくれた例の紙帯を持って来たので彼女にも話しに加わって貰う。これ以上、二人で話をしていたらなんだか偉明の綺麗な顔面を引っ叩きそうだった。


「徒党を組みたがっている者には気を付けろ」


 梢から琳華の手へ、そして偉明へと紙帯が渡る。


「見立てはどうだ、心当たりはあるか?」

「いえ……女人と言うものは自然とそう言う感じに、なんと表現をしたら」

「群れを成す?」

「……そう言うことにしておきます。昨夜、わたくしに声を掛けて来た方がいましたので」

「格上の娘であり最年長に、か。その者は良い度胸をしているな」


 その者の名は、と聞かれた琳華は「伯丹辰」と告白をする。


「分かった。あまり深入りはしないように」

「皆して急ごしらえでわたくしを後宮にブチ込んだ挙げ句なんだかぼんやりした情報しか……って、ああもう、またわたくしは」


 つい、言ってしまった。

 しかもちょっと鼻で笑われた気がする。


「身の危険があると私や私の私兵が判断をした場合は速やかに屋敷に帰す。これはご息女を後宮に引き込む際に周先生と交わした約束だ。私の最優先はあくまでも宗駿様の身の安全だからな、ご息女一人に構っていられぬ」

「そう……ですか、そうですよね」

「我々は皇帝陛下から正式に間者の捜索について命令を受けている。先に懸念を挙げたのは兵部にいる周先生方ではあったが……ご息女?」

「あの……」


 偉明はやはり『密勅』なのだと言っている。

 それは皇帝自らが下した命令。つまりその間に息子である宗駿皇子は関与していない。


「宗駿皇子様はこのことについて何もご存じ無いのですか?」

「ああ」

「それって、いえ……」


 ぐっと言葉を飲み込んだ琳華の細い喉が震える。


「私たちが宗駿様を騙していると考えたのだろう?」

「はい……」

「その行いはあまりにも不敬だ、とも」


 返事をしなくなった琳華に偉明もそれ以上は言わなかった。そして軽く雰囲気を切るように息をついた彼は「危ない真似だけはするな」と言って何事も無かったかのように行ってしまった。


 しかし偉明は話の場に侍女の梢がいても変わらずに話を続けてくれた。

 琳華が一番に信頼を置いている女性を『良き侍女』だと褒めてくれた。そう言った多少なりとも他人を思いやる気概がある者だと言うのに……偉明自身、きっと一番の信頼と最上級に敬服をしている皇子を騙しているなど。


(一歩間違えれば宗駿皇子様からの信頼が破たんしてしまうことをされている。偉明様も、父上も)


 膝の上に手を置いていた琳華は梢が掛けてくれた膝掛けを胸元に寄せ、抱き締める。

 いくら皇子にとって良い行い、正しいことをしていたとしても……偉明の断言によって琳華の胸にあった疑問が罪悪感に変わっていってしまう。


 酷く揺れそうになる心を整える為に琳華は瞼を閉じて深く、夜風を吸い込んだ。また明日も今日と同じように慣れない場所で慣れないことをする。だから、心だけは乱れないように――。



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