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時給100円の神様

作者: taki
掲載日:2025/12/20

東京都檜原村の土井那珂どいなか神社に住む神、土井那珂。月に一度、「神通力を使って人間を助ける」仕事を課せられているが、怠け者のせいでやる気がでず、神社を追い出される寸前だった。そんな折、飛び込んできた仕事がサンタからの、時給100円のアルバイトだった。

ある年の十二月二十四日のことだ。世間はクリスマスカラー一色だった。俺は昼間からこたつに入って、テレビを流し見しながら、安酒「下町のナオポレン・いいちょこ」を飲んで、ぼーっとしてた。


クリスマスなんかクソだ。サンタクロースばかりが忙しく、正月まで神はみんな暇だ。人間は正月にならないと神社に来ない。神主ですらそうだ。なぜだ。俺は神。こんな安酒じゃなくて、伊勢の神酒(みき)が大好きなのに。それくらい、奉納してくれたっていいだろ。


サンタってのは太え野郎だ。年に一回しか働かないくせに、すげえ稼いでる。それもこれも、プレゼントをもらう親から「寄付」って名目で徴収してやがる。寄付しなかった親の家にはサンタは行かない。そんなの、親が子にプレゼントしてるのと変わんねえじゃねえか。


奴はサンタ事業を法人化して、全世界に百社も子会社をつくってる。関連会社含めて、社員は総勢一千万だぞ。都民と変わらねえ。

で、見てると不遇なんだ、社員の奴ら。散々こき使われて、ちょっとでもヘマすればクビ。運んでる姿を人間に見られた暁には、北極で強制労働だぞ。ニシン漁だぞ。


ああやって弱者を搾取する奴は俺は許さない。そうだ。今日こそ言ってやる。


ピンポーン


本殿のインターホンが鳴った。俺の住む東京都檜原(ひのはら)村、土井那珂(どいなか)神社の本殿前には、インターホンが設置してある。それが見えるのも鳴らせるのも他の神と物怪(もののけ)、それにサンタくらいだ。しぶしぶコタツからでて、本殿の扉を内側から開ける。


「誰だ」

「土井那珂さん、おひさー。うわ、酒くっさー」

無邪気に手を振るのは他でもない、サンタだ。青い目に白髪、それに白い顎髭のジジイだが、クリスマスイブの夜以外はダサいピンクのセーターにスラックス姿だ。要は、ただのジジイだ。

「おひさーじゃねえ。ご無沙汰しております、って言え」

「ええ? でも僕さあ、日本語も喋れるようになってあげたんだよ? フィンランド語でもいい?」

「うるせえ。おめえには前から言いたかったことが…」

「あのさー。バイトしない?」

「んあ?」

「ば、い、と。忙しくって。ほら、ここのリストの、一番上の子なんだけどね。多額の寄付を頂いてるのに、うちの社員が届けるにはハードルが高くて…。労災も降りなそうだし…」


俺はそのリストとやらを見た。俺は目を見張った。大蜘蛛(おおぐも)組の息子、大蜘蛛(おおぐも)将軍之介(しょうぐんのすけ)、十七歳だと。ヤバいやつだ。東京西部一帯をシマにしてるヤクザのせがれじゃねえか。サンタの下っ端なんかが丸腰で敷地に入ったが最後、子分のハジキで蜂の巣にされちまう。


俺がそれを指摘すると、サンタは首を横に振った。

「そういうことじゃない。問題はプレゼントの内容だよ」

「プレゼント?」

「文学プリンス賞がほしいんだって」


なるほど。物理的なもんじゃないからか。それはサンタには難しいだろう。こいつにできる芸当は空飛ぶソリに乗ることくらいだ。

だが、俺は神。人間を愛し、愛されるために生まれてきた存在。「不可能」とは無縁の存在だ。ちょっと天上界でトラブル起こしてから地上界に落とされて、神格は下がったけども、一応は神。だから衣食住の心配はない。


けど、八月の夏祭り以来、ずっと神通力を使ってねえんだよな。最低でも月イチで使って、人間の幸福値ってやつをあげてやらないと、仕事してねえって見なされて、立ち退きになる。そういえば毎月、神様住宅機構から督促が来てたよな。ずっと無視してたけど。そろそろやべえかもな。

「…報酬次第だ」

「じゃ、これ。給料前払い。気前いいだろ、僕って」

俺は渡された茶封筒を開ける。何やら硬貨が入っててずっしり重い。中の明細書をまじまじ見た。

「なんだ! 時給百円って!」

「だってー聞きましたよー。住宅機構から」

サンタは急に目を細め、ニヤついた。

「土井那珂さんに、強制立ち退きの話が上がってますよ。僕が顔を利かせて、四ヶ月分の仕事をさせますって、交渉してあげたんだけど」

くそ。マジか。

「悪くないでしょー。それで今から日付が変わるまで働いてー千円でしょ。十分、コンビニで美味しいお酒が買えると思うけどなー」

「貴様…」

俺は百円玉十枚を握りしめる。

「これ、ユニフォーム。じゃあねーよろ」

サンタは扉を閉めて出ていった。


俺はサンタの「ユニフォーム」を着た。赤と白の、アレだ。とほほ。

こんなとき、「文才発動の術」でも使えればな。賞くらいわけねえだろう。だけど俺はそういう高度なのは使えない。仕方がないから、行くか。先に行くべきは──。


俺は土井那珂神社を出て、バスと電車に乗った。移動中、ガキどもが「サンタさんどこ行くの」「ソリから落っこちたの」とか言って、俺をつつく。大人な俺は仕方なくニコニコしてやって、手まで振ってやる。スマホで写真を撮ろうとした大人の連中は、睨んで追っ払った。そんなこんなで、文京区の護国寺駅についた。


駅前には大手出版社、王談おうだん社の本社ビルがある。俺は鼻をほじりながら玄関をくぐった。ロビーの先にある受付カウンターに、美人だがキツそうな受付嬢が座ってる。

俺は一旦玄関の外に戻った。どうせ簡単には通してくれねえ。ここで俺の神通力の出番となるわけだな。ふいに、目の前の窓ガラスを見た。男のバストアップ写真と一緒に、「王談社社長のビジネスセミナー」とかいう見出しのポスターが貼ってある。ふっくらしたエビス顔で七三分けの、五十代くらいの男だ。俺は左手で自分の顔を触って、右手でポスターに触って、じっと見つめた。


だんだん、自分の顔のあちこちがピリピリしてくる。引っ張られたり、揉まれたりして、むずかゆくてしょうがない。俺は目を閉じた。

顔の痒みがおさまって、俺は目を開けた。すぐそばの窓ガラスを見た。俺はエビス顔で七三分けの、五十代くらいの男になってた。


それから俺はチラリと隣のビルを見た。一階のケーキ屋の玄関ドアに、クリスマスケーキのポスターが貼ってある。次に俺は左手で近くの石ころを拾って、右手でケーキのポスターを触った。石ころをじっと見ていると、ポスターとそっくり同じ、箱に入ったケーキに変身した。()(たぬき)に教わった変化(へんげ)術は、実に便利だ。


「やあ、メリークリスマス」

「お、お疲れ様です、社長」

せっかくサンタの格好なんだ。サンタらしく挨拶したのに、受付嬢はノリが悪い。

「あー、最近、ド忘れがひどくて。『月刊文学プリンス』編集部の部屋は、何階だったかな」

「八階です」

「ありがとう」


俺はエレベータで八階に上がった。ドアを開けると机が川の字に並んでて、みんなパソコンに向かったり、書類を持って右往左往している。

「え? ああ、社長、良きお召し物で…。お疲れ様です」

一番窓側の、上座に座ってる男が俺に挨拶した。他の連中もつられて頭を下げた。俺は社員証を見た。『月刊文学プリンス編集部 編集長 鬼野辺おにのへん しゅう』と書いてある。

「メリークリスマス。ケーキだ。配れ」

「ああ! お気遣いありがとうございます」

鬼野辺はさっと箱に手を伸ばした。

「今日中に食えよ」

一日しかもたねえんだよな、俺の神通力は。

「はい!」

「ちょっと頼まれてくれないか」

「はい?」


「いい作家がいる。まだ若いが、俺の推しだ。絶対に文学プリンス賞を取らせたい」

「はあ…」

鬼野辺は困惑したようだ。

「誰か空いてる編集者はいないか」

「いや、実は全員、キツキツなんですよね」

「いいから。一人用意しろ」

丹刀(たんとう)さーん」

「はーい!」

呼ばれて出てきたのは二十代前半くらいの女だ。大学卒業したばっかりってところか。丹刀という女は俺に会釈した。

「こいつを使っていいのか」

「あ…はあ」

編集長は困惑した様子で頭をかく。どうせなら男ならよかったのに。女だと怖がるだろうな、ヤクザの家は。俺は顎をボリボリかいた。

「よし、ついてこい」


丹刀を連れて、大蜘蛛組の屋敷を訪問した。

外はすでに真っ暗だ。大蜘蛛組の屋敷は、檜原村の檜原城跡のそばにある。近くに舗装された道もねえし、竹やぶだらけだし、茅葺き屋根の忍者屋敷みたいなつくりしてて、うちの土井那珂神社よりもよっぽど不気味だ。ピンポーンをやる前に、腕っぷしの強そうな子分らにとっ捕まった。

「おい、お前、何者だ」

両サイドの髪にそり込んだ、M字型デコの子分が凄んだ。丹刀が隣で震えた。

「見りゃわかんだろ。サンタだ」

「何ボケたこと言ってやがる、このジジイ」

今度は刈り上げ頭の子分がサンタユニフォームをつかみ、吠えたてる。

「クリスマスプレゼントの配達だ。終わったら帰る。通してくれ」

「通すか、ハゲ。とっとと失せろ」

「やめとけ。あんたらに俺は殺せない」

突然、M字デコがナイフで俺の脇腹を突き刺した。丹刀が悲鳴をあげた。だが残念。あいにく神なんでな。俺は血も出ないし、死なないんだ。

「な? 坊ちゃんのところに通してくれ」


M字デコと刈り上げがヒッて悲鳴をあげて、丹刀が俺の脇腹を二度見した。けれど、俺は構わずズカズカと家んなかに入って、奥座敷を案内された。将軍之介はそこの書院風の机の前に正座して、パソコンのキーボードをタイプしてた。俺は将軍之介と向かい合った。


「お前が将軍之介か」

「は? 誰、あんた」

将軍之介は高校生のようだが、細面の顔に痩せ型の体格の男子だ。蛇みてえに切れ長の目が俺を見据えた。こういうのは聞いたことがある。塩顔男子ってやつだ。万人受けするタイプじゃないが、一部の女には人気がある。

「クリスマスプレゼントを持ってきた。お前、文学プリンス賞が取りたいんだってな」

「ああん?」

将軍之介はドスの効いた声を出す。今にも俺に斬りかかりそうな勢いだ。

「もう十七歳じゃプレゼントなんて要らないと思うけどな。でも俺の仕事なんだ。受け取ってもらわねえと困る」

俺は両手を天に仰いでみせた。

「何だと」

「お前の親も過保護だな」

「話はそれだけか。帰れ」

「お前、物書きなんだろ。賞が欲しいか、欲しくないのか」

将軍之介は黙こくった。でも、握ったこぶしは震えてるし、目は血走ってやがる。そうか。人に知られたくないんだな。だろうな。組の跡継ぎが物書きなんて笑い種にしかなんねえだろうしな。本当は欲しいくせに。強気だがたぶん、繊細なタイプだ。でも、お前の親にもサンタにもバレてるんだよ。俺にもな。


「ほら、隠れてないで、出てこい」

「は、はい」

俺はすぐ後ろの、障子の影でガタガタ震えてる丹刀の手を引いた。

「この女。王談社の編集部の女だ。こいつにお前の作品を見てもらう」

「え?」

「あ、私、丹刀(たんとう)刷代(するよ)と申します。月プリの編集をしてます」

「月プリ!?」

俺は丹刀の顔を見た。ヤクザの息子と聞いてびびってるが、妙な顔をしている。俺は注意深くもう一度見た。目がハートだ。さらに将軍之介も見た。こっちは宝の山を掘り当てたみてえな顔だ。

「メリークリスマス。じゃあな。俺はもう行く」

「えっ、ちょっと社長」

丹刀がサンタユニフォームをつかんだので、俺はキザに笑ってやった。

「賞。必ずとらせてやれよ」


俺はそう言って屋敷を出た。あーあ。せめて迎えのソリくらい用意しろよな。年寄りには膝が痛くてかなわねえや。バイト代で「いいちょこ」でも買って帰ろう。

と思ったら、交通費で全部消えてた。


それから一年が経った。世間はまたクリスマスに浮かれだした。俺は本殿のこたつに入って、テレビを流し見しながら、いいちょこを飲んでた。


ピンポーン


誰だよ。俺はしぶしぶ扉を開けた。そこにいたのはサンタだ。

「おひさー土井那珂さん」

「だから前にも言っ…」

「ねー、聞いてー。土井那珂さんにクリスマスプレゼント、持ってきたよ!」

「んあ?」

「ほらあ。去年、頑張ったじゃん? なんだっけ、文学プリンス賞とった子。あの子の作品が爆発的ヒットでさ、映画化されるんだって。日本の幸福指数がめっちゃ上がっちゃってさー。数値でいっちゃうと、九十九万九千九百七十九ポイントまできたんだよ。天上界がすごいお祭り騒ぎなんだよ。知ってる?」

映画化? マジかよ。すげえな。

俺はテレビ画面をチラッと見た。将軍之介が映ってた。テロップは「文学界期待のプリンス」だと。ああ、マジなのか。やるな、あいつ。でも…。天上界は、俺とはもう縁のない世界だ。

「でね。その功績を讃えて、天上界に帰ってきてもいいんだってえ」


耳を疑った。だけどサンタはそんなのお構いなしに、白い封書を差し出した。その中には「辞令」って書かれた書類が入ってた。

天上界。最後に行ったのはいつか。もう思い出せない。軽く三百年は経ってるはずだ。俺は手が震えた。

「なんでお前がそんなの持って──」

「だからー。僕はコネがあるから。ただし、条件があってねえ」

「お、おう」

サンタが辞令の書面に指をさすので、俺は真面目に頷いた。

「幸福指数がもう二十一ポイント、足りないんだって」

「え」

「だめだよー。土井那珂さん、あのとき、人間に石ころのケーキ食わせたでしょ。それでみんな歯医者にかつぎ込まれてさー。文京区の幸福指数、下がっちゃったんだからー」

石ころのケーキ。…ああ、あれか。だから当日中に食えって言ったのに。俺は舌打ちした。

「だからさー。今日、この後バイトしない?」

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――『時給100円の神様』を読んで 『時給100円の神様』は、設定だけを見れば明らかに軽い。 神様が時給でバイトをする。しかも100円。 この時点で、物語は笑いの側に立っている。 けれど、実際に…
まず題名がシンプルなのに面白い。 読んでみたら設定も面白い。 設定からして説明文が必要なのに、 全く違和感なく気持ち良いテンポで読み終わって驚いた。 多分細かくしすぎず(細部には踏み込みすぎず)、 か…
ちょっと変わったプレゼントを、どうやって届けるのか? その過程には、スリルと笑いもあり、いつの間にか引き込まれてしまいました。 とても面白かったです。
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