時給100円の神様
東京都檜原村の土井那珂神社に住む神、土井那珂。月に一度、「神通力を使って人間を助ける」仕事を課せられているが、怠け者のせいでやる気がでず、神社を追い出される寸前だった。そんな折、飛び込んできた仕事がサンタからの、時給100円のアルバイトだった。
ある年の十二月二十四日のことだ。世間はクリスマスカラー一色だった。俺は昼間からこたつに入って、テレビを流し見しながら、安酒「下町のナオポレン・いいちょこ」を飲んで、ぼーっとしてた。
クリスマスなんかクソだ。サンタクロースばかりが忙しく、正月まで神はみんな暇だ。人間は正月にならないと神社に来ない。神主ですらそうだ。なぜだ。俺は神。こんな安酒じゃなくて、伊勢の神酒が大好きなのに。それくらい、奉納してくれたっていいだろ。
サンタってのは太え野郎だ。年に一回しか働かないくせに、すげえ稼いでる。それもこれも、プレゼントをもらう親から「寄付」って名目で徴収してやがる。寄付しなかった親の家にはサンタは行かない。そんなの、親が子にプレゼントしてるのと変わんねえじゃねえか。
奴はサンタ事業を法人化して、全世界に百社も子会社をつくってる。関連会社含めて、社員は総勢一千万だぞ。都民と変わらねえ。
で、見てると不遇なんだ、社員の奴ら。散々こき使われて、ちょっとでもヘマすればクビ。運んでる姿を人間に見られた暁には、北極で強制労働だぞ。ニシン漁だぞ。
ああやって弱者を搾取する奴は俺は許さない。そうだ。今日こそ言ってやる。
ピンポーン
本殿のインターホンが鳴った。俺の住む東京都檜原村、土井那珂神社の本殿前には、インターホンが設置してある。それが見えるのも鳴らせるのも他の神と物怪、それにサンタくらいだ。しぶしぶコタツからでて、本殿の扉を内側から開ける。
「誰だ」
「土井那珂さん、おひさー。うわ、酒くっさー」
無邪気に手を振るのは他でもない、サンタだ。青い目に白髪、それに白い顎髭のジジイだが、クリスマスイブの夜以外はダサいピンクのセーターにスラックス姿だ。要は、ただのジジイだ。
「おひさーじゃねえ。ご無沙汰しております、って言え」
「ええ? でも僕さあ、日本語も喋れるようになってあげたんだよ? フィンランド語でもいい?」
「うるせえ。おめえには前から言いたかったことが…」
「あのさー。バイトしない?」
「んあ?」
「ば、い、と。忙しくって。ほら、ここのリストの、一番上の子なんだけどね。多額の寄付を頂いてるのに、うちの社員が届けるにはハードルが高くて…。労災も降りなそうだし…」
俺はそのリストとやらを見た。俺は目を見張った。大蜘蛛組の息子、大蜘蛛将軍之介、十七歳だと。ヤバいやつだ。東京西部一帯をシマにしてるヤクザの倅じゃねえか。サンタの下っ端なんかが丸腰で敷地に入ったが最後、子分のハジキで蜂の巣にされちまう。
俺がそれを指摘すると、サンタは首を横に振った。
「そういうことじゃない。問題はプレゼントの内容だよ」
「プレゼント?」
「文学プリンス賞がほしいんだって」
なるほど。物理的なもんじゃないからか。それはサンタには難しいだろう。こいつにできる芸当は空飛ぶソリに乗ることくらいだ。
だが、俺は神。人間を愛し、愛されるために生まれてきた存在。「不可能」とは無縁の存在だ。ちょっと天上界でトラブル起こしてから地上界に落とされて、神格は下がったけども、一応は神。だから衣食住の心配はない。
けど、八月の夏祭り以来、ずっと神通力を使ってねえんだよな。最低でも月イチで使って、人間の幸福値ってやつをあげてやらないと、仕事してねえって見なされて、立ち退きになる。そういえば毎月、神様住宅機構から督促が来てたよな。ずっと無視してたけど。そろそろやべえかもな。
「…報酬次第だ」
「じゃ、これ。給料前払い。気前いいだろ、僕って」
俺は渡された茶封筒を開ける。何やら硬貨が入っててずっしり重い。中の明細書をまじまじ見た。
「なんだ! 時給百円って!」
「だってー聞きましたよー。住宅機構から」
サンタは急に目を細め、ニヤついた。
「土井那珂さんに、強制立ち退きの話が上がってますよ。僕が顔を利かせて、四ヶ月分の仕事をさせますって、交渉してあげたんだけど」
くそ。マジか。
「悪くないでしょー。それで今から日付が変わるまで働いてー千円でしょ。十分、コンビニで美味しいお酒が買えると思うけどなー」
「貴様…」
俺は百円玉十枚を握りしめる。
「これ、ユニフォーム。じゃあねーよろ」
サンタは扉を閉めて出ていった。
俺はサンタの「ユニフォーム」を着た。赤と白の、アレだ。とほほ。
こんなとき、「文才発動の術」でも使えればな。賞くらいわけねえだろう。だけど俺はそういう高度なのは使えない。仕方がないから、行くか。先に行くべきは──。
俺は土井那珂神社を出て、バスと電車に乗った。移動中、ガキどもが「サンタさんどこ行くの」「ソリから落っこちたの」とか言って、俺をつつく。大人な俺は仕方なくニコニコしてやって、手まで振ってやる。スマホで写真を撮ろうとした大人の連中は、睨んで追っ払った。そんなこんなで、文京区の護国寺駅についた。
駅前には大手出版社、王談社の本社ビルがある。俺は鼻をほじりながら玄関をくぐった。ロビーの先にある受付カウンターに、美人だがキツそうな受付嬢が座ってる。
俺は一旦玄関の外に戻った。どうせ簡単には通してくれねえ。ここで俺の神通力の出番となるわけだな。ふいに、目の前の窓ガラスを見た。男のバストアップ写真と一緒に、「王談社社長のビジネスセミナー」とかいう見出しのポスターが貼ってある。ふっくらしたエビス顔で七三分けの、五十代くらいの男だ。俺は左手で自分の顔を触って、右手でポスターに触って、じっと見つめた。
だんだん、自分の顔のあちこちがピリピリしてくる。引っ張られたり、揉まれたりして、むずかゆくてしょうがない。俺は目を閉じた。
顔の痒みがおさまって、俺は目を開けた。すぐそばの窓ガラスを見た。俺はエビス顔で七三分けの、五十代くらいの男になってた。
それから俺はチラリと隣のビルを見た。一階のケーキ屋の玄関ドアに、クリスマスケーキのポスターが貼ってある。次に俺は左手で近くの石ころを拾って、右手でケーキのポスターを触った。石ころをじっと見ていると、ポスターとそっくり同じ、箱に入ったケーキに変身した。化け狸に教わった変化術は、実に便利だ。
「やあ、メリークリスマス」
「お、お疲れ様です、社長」
せっかくサンタの格好なんだ。サンタらしく挨拶したのに、受付嬢はノリが悪い。
「あー、最近、ド忘れがひどくて。『月刊文学プリンス』編集部の部屋は、何階だったかな」
「八階です」
「ありがとう」
俺はエレベータで八階に上がった。ドアを開けると机が川の字に並んでて、みんなパソコンに向かったり、書類を持って右往左往している。
「え? ああ、社長、良きお召し物で…。お疲れ様です」
一番窓側の、上座に座ってる男が俺に挨拶した。他の連中もつられて頭を下げた。俺は社員証を見た。『月刊文学プリンス編集部 編集長 鬼野辺 周』と書いてある。
「メリークリスマス。ケーキだ。配れ」
「ああ! お気遣いありがとうございます」
鬼野辺はさっと箱に手を伸ばした。
「今日中に食えよ」
一日しかもたねえんだよな、俺の神通力は。
「はい!」
「ちょっと頼まれてくれないか」
「はい?」
「いい作家がいる。まだ若いが、俺の推しだ。絶対に文学プリンス賞を取らせたい」
「はあ…」
鬼野辺は困惑したようだ。
「誰か空いてる編集者はいないか」
「いや、実は全員、キツキツなんですよね」
「いいから。一人用意しろ」
「丹刀さーん」
「はーい!」
呼ばれて出てきたのは二十代前半くらいの女だ。大学卒業したばっかりってところか。丹刀という女は俺に会釈した。
「こいつを使っていいのか」
「あ…はあ」
編集長は困惑した様子で頭をかく。どうせなら男ならよかったのに。女だと怖がるだろうな、ヤクザの家は。俺は顎をボリボリかいた。
「よし、ついてこい」
丹刀を連れて、大蜘蛛組の屋敷を訪問した。
外はすでに真っ暗だ。大蜘蛛組の屋敷は、檜原村の檜原城跡のそばにある。近くに舗装された道もねえし、竹やぶだらけだし、茅葺き屋根の忍者屋敷みたいなつくりしてて、うちの土井那珂神社よりもよっぽど不気味だ。ピンポーンをやる前に、腕っぷしの強そうな子分らにとっ捕まった。
「おい、お前、何者だ」
両サイドの髪にそり込んだ、M字型デコの子分が凄んだ。丹刀が隣で震えた。
「見りゃわかんだろ。サンタだ」
「何ボケたこと言ってやがる、このジジイ」
今度は刈り上げ頭の子分がサンタユニフォームをつかみ、吠えたてる。
「クリスマスプレゼントの配達だ。終わったら帰る。通してくれ」
「通すか、ハゲ。とっとと失せろ」
「やめとけ。あんたらに俺は殺せない」
突然、M字デコがナイフで俺の脇腹を突き刺した。丹刀が悲鳴をあげた。だが残念。あいにく神なんでな。俺は血も出ないし、死なないんだ。
「な? 坊ちゃんのところに通してくれ」
M字デコと刈り上げがヒッて悲鳴をあげて、丹刀が俺の脇腹を二度見した。けれど、俺は構わずズカズカと家んなかに入って、奥座敷を案内された。将軍之介はそこの書院風の机の前に正座して、パソコンのキーボードをタイプしてた。俺は将軍之介と向かい合った。
「お前が将軍之介か」
「は? 誰、あんた」
将軍之介は高校生のようだが、細面の顔に痩せ型の体格の男子だ。蛇みてえに切れ長の目が俺を見据えた。こういうのは聞いたことがある。塩顔男子ってやつだ。万人受けするタイプじゃないが、一部の女には人気がある。
「クリスマスプレゼントを持ってきた。お前、文学プリンス賞が取りたいんだってな」
「ああん?」
将軍之介はドスの効いた声を出す。今にも俺に斬りかかりそうな勢いだ。
「もう十七歳じゃプレゼントなんて要らないと思うけどな。でも俺の仕事なんだ。受け取ってもらわねえと困る」
俺は両手を天に仰いでみせた。
「何だと」
「お前の親も過保護だな」
「話はそれだけか。帰れ」
「お前、物書きなんだろ。賞が欲しいか、欲しくないのか」
将軍之介は黙こくった。でも、握ったこぶしは震えてるし、目は血走ってやがる。そうか。人に知られたくないんだな。だろうな。組の跡継ぎが物書きなんて笑い種にしかなんねえだろうしな。本当は欲しいくせに。強気だがたぶん、繊細なタイプだ。でも、お前の親にもサンタにもバレてるんだよ。俺にもな。
「ほら、隠れてないで、出てこい」
「は、はい」
俺はすぐ後ろの、障子の影でガタガタ震えてる丹刀の手を引いた。
「この女。王談社の編集部の女だ。こいつにお前の作品を見てもらう」
「え?」
「あ、私、丹刀刷代と申します。月プリの編集をしてます」
「月プリ!?」
俺は丹刀の顔を見た。ヤクザの息子と聞いてびびってるが、妙な顔をしている。俺は注意深くもう一度見た。目がハートだ。さらに将軍之介も見た。こっちは宝の山を掘り当てたみてえな顔だ。
「メリークリスマス。じゃあな。俺はもう行く」
「えっ、ちょっと社長」
丹刀がサンタユニフォームをつかんだので、俺はキザに笑ってやった。
「賞。必ずとらせてやれよ」
俺はそう言って屋敷を出た。あーあ。せめて迎えのソリくらい用意しろよな。年寄りには膝が痛くてかなわねえや。バイト代で「いいちょこ」でも買って帰ろう。
と思ったら、交通費で全部消えてた。
それから一年が経った。世間はまたクリスマスに浮かれだした。俺は本殿のこたつに入って、テレビを流し見しながら、いいちょこを飲んでた。
ピンポーン
誰だよ。俺はしぶしぶ扉を開けた。そこにいたのはサンタだ。
「おひさー土井那珂さん」
「だから前にも言っ…」
「ねー、聞いてー。土井那珂さんにクリスマスプレゼント、持ってきたよ!」
「んあ?」
「ほらあ。去年、頑張ったじゃん? なんだっけ、文学プリンス賞とった子。あの子の作品が爆発的ヒットでさ、映画化されるんだって。日本の幸福指数がめっちゃ上がっちゃってさー。数値でいっちゃうと、九十九万九千九百七十九ポイントまできたんだよ。天上界がすごいお祭り騒ぎなんだよ。知ってる?」
映画化? マジかよ。すげえな。
俺はテレビ画面をチラッと見た。将軍之介が映ってた。テロップは「文学界期待のプリンス」だと。ああ、マジなのか。やるな、あいつ。でも…。天上界は、俺とはもう縁のない世界だ。
「でね。その功績を讃えて、天上界に帰ってきてもいいんだってえ」
耳を疑った。だけどサンタはそんなのお構いなしに、白い封書を差し出した。その中には「辞令」って書かれた書類が入ってた。
天上界。最後に行ったのはいつか。もう思い出せない。軽く三百年は経ってるはずだ。俺は手が震えた。
「なんでお前がそんなの持って──」
「だからー。僕はコネがあるから。ただし、条件があってねえ」
「お、おう」
サンタが辞令の書面に指をさすので、俺は真面目に頷いた。
「幸福指数がもう二十一ポイント、足りないんだって」
「え」
「だめだよー。土井那珂さん、あのとき、人間に石ころのケーキ食わせたでしょ。それでみんな歯医者にかつぎ込まれてさー。文京区の幸福指数、下がっちゃったんだからー」
石ころのケーキ。…ああ、あれか。だから当日中に食えって言ったのに。俺は舌打ちした。
「だからさー。今日、この後バイトしない?」
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