「エピソード4: 現代編:主人公の臨界点!! 『面妖で異質! 正社員広告』」
メインストーリー第67話が終了し、私なりに反省会を行った。
たとえその先が、同じ轍を踏むことになる第四話だとしても。
結論として、私は酩酊状態で作品を書いていた。
しかも、90年代アニメの主題歌を聴きながら、だ。
つまり、作者自身が完全にセンチメンタル・ジャーニー状態で筆を進めていた、ということだ。
そんな状態で作品を描くとどうなるのだろう。
35年分の歴史の水量が、防波堤を決壊させる。
容易に想像できるだろう。
1989年の黎明期──その時代に生きた主人公を通して、
作者の感情が爆発する。
第四話──
令和のティーンエイジャーに、『面妖で異質!』な『正社員広告』が手渡された。
水泡に弾けた日本の低迷に───サイケデリックな黎明期。
全ての麗明な眺望が──
当時10歳の少年である作者に、『面妖で異質!』な『正社員広告』が手渡された。
あの熱狂が、35年の時を経て──令和に蘇る。
第三話にて。
夏枝はポストからそっと取り出そうと、手を伸ばした。
その瞬間、夏枝は――ほんの一瞬だけだが――
自らの死を回避したはずである。
しかし、彼がポストに腕を突っ込み、それを引き抜こうとすると――なかなか厄介で、
どんなに引っ張っても抜ける気配がない。
何度挑んでも、事態はまったく好転しない。
ポストの奥に何かが挟まるような構造は、ないはずだ。
確かに、金属の継ぎ目に紙片が挟まることはあり得る。
だが、それでも普通なら、引き抜けるはずなのだ。
しかし、引き抜けない。
それだけで、十分に面妖である。
時刻はすでに二十二時を回っており、彼の住むアパートの周囲には街灯の光しかない。
人影も、まったく見当たらない。
ここは最寄り駅から三本も奥まった路地で、
地元民ですらめったに通らない道だ。
唯一の人間――彼一人が、ぽつんと街灯の下に立ち、
ポストと一人格闘している。
もし君が、この情景にふと――そう、
彼とばったり出くわしたら、どう感じるだろうか?
――こんな場面に立ち会った誰もが、
チラシがポストの奥に挟まって出てこない奇妙さよりも、
彼自身の方を「異質な存在」として見るに違いない。
余りに辺鄙で、主要道路から三つ離れた位置。
地元の人ですら滅多に来ない。
ショートカットするために通り抜ける、穴場的スポットだ。
――こんな場面に立ち会った誰もが、
「面妖な状況」でないと、いったい誰が評するだろうか?
――でも、それすらも序章にすぎない。
やっとの思いで、彼はポストから薄っぺらいチラシを勢いよく引き抜いた。
その瞬間、バランスを崩して尻もちをつく。
チラシは街灯に照らされ、ふわりと舞いながら地面に落ちた。
痛む尻をさすりながら立ち上がり、彼はそれを拾い上げる。
チラシは――彼にとって、それ以上に面妖で異質な存在だった。
ここからが、明確に1989年の『個人ホームページ』特有のレインボー色。
ガビガビにピカピカした配色と配置。
サイケデリックにデコレーションされたサイト。
リンクを踏んで彷徨うネットサーフィン。
リンクを踏むたびに、キリ番記念イラストを要求する個人のリンクサイト――
そんな記憶を彷彿とさせる背景色の『正社員広告チラシ』だったのである。
彼にとっては大昔に喰らった現象。
それは、まさに衝撃だった。
面妖とか、異質とか、そんなレベルじゃない。
彼は思う、35年を経て――
こんな面妖なチラシを作った奴に
『……誰だよ、こんな時代錯誤なチラシを作ったやつ……』と。
彼の中にくすぶっていた、ティーンエイジャーの魂を揺さぶるような奇抜さが、
彼の心理に入り込んでくる。
それは、まるで一種の黄金期――青春そのもののようだった。
彼にとってそれは、“幼なじみ”のような存在。
あの頃、嫌というほど目にしていた。
あの時代を生きた者にとっては――。
この時点で――令和のティーンエイジャーには、まったく入り込めない。
彼の心理には、現代の読者では感情移入できない描写が流れ込む。
個人ホームページ、ダイアルアップ接続、ネットゲーム、キリ番記念イラスト、リンクを踏んで彷徨うネットサーフィン――
その情景が、彼の中でリフレインする。
ファミリーコンピューター、スーパーファミコン。
WIN98、256色から1766万色への進化……。
全ての黎明期を駆け抜けてきた。
世紀末前の風が、夏枝の心理を孕ませる。
あの、どこか熱に侵された、狂おしいほどの“元凶”。
それが、今この瞬間、現代の夏枝の心理に顕現する。
1989年から眠り続けていたそれが、
彼の掌中にある。
『面妖で異質! 正社員広告』というチラシ。
破滅寸前、自己崩壊前の夏枝に、一瞬の静寂。
救いの島――幻想の黄金郷。
夏枝は思う。
最後の軌跡が……奇跡を起こしたのだと。
仄暗い夜空に張り付いた、死の女神ミューズが
一瞬だけ、彼に微笑む。
朧げで眠たげな彼女の月灯りが、そっとチラシを照らす。
チラシには、サイケデリックな配色で彩られたゴシック体の文字が踊っている。
チラシには、こう記されている。
「新たな担い手を支え、共に成長しませんか?」
「誰かを救い、皆から称えられる人気の職!」
「弊社はそんなジンザイを求めています」
「職種:ジンザイ派遣管理(移転、派遣)。
新たな担い手を育成・管理し、その者を救うお仕事です。
多くの救い手が、あなたを必要としています。」
まるで宗教広告のような、圧倒的で鼻につく腐臭。
「サーフレッドは渡してないんです」などと言いながら、
その場で宗教的な冊子を差し出してくる“あれ”と、どこか同じ匂い。
そして極めつけの腐臭。
「チラシを受け取った人のみ、面談不要!! 即日正社員!!」
明らかに“臭う”。このチラシ、ただものではないのだ。
彼は、改めてチラシへと目を移す。
何とも言えない腐臭だらけの代物だ。
だが――それでも、彼は無我夢中で縋りつきたくなる。
破滅でもいい。
それでもいいから、救われたいのだ。
だから、彼はこう思った。
思わず小躍りしてしまう。
こんな幸運、そうそう転がってはいない。
今日一日、何もいいことがなかったこの彼に、
突然差し込んできた歓迎の光だった。
チラシを何度も確認する。
必要事項以外にも、大事なことが抜けていないか、隅から隅まで目を通す。
端の方に、「神材派遣管理会社 ユル法人会社」という社名とロゴ、そして住所を目にする。
彼はさらに情報を求め、裏面にも何か書かれているのではとチラシを裏返す。
だが、そこは白紙だった。
勤務地、給与、福利厚生――
何一つ情報は書かれていない。
履歴書の提出すら、記載されていないのだ。
彼の中で、腐臭が立ち込める。
あまりの麝香に――!!
彼の胸の奥で、何かが怪しい。
でも、救ってくれるかもしれない――。
漠然とした、言葉にならない騒めき――
だが、どこかに引き寄せられてしまう。
そんな心理が夏枝を支配する。
その原因――かつての熱病に等しいものだが、
彼にとっては、あまりに時間が経過してしまった。
彼は35歳。
25年が過ぎた。
もう異様だ。
かつては幼馴染のように親しみ、異様でも友達だったのだが――
今は、何が馴染で何が異様なのか、うまく説明できない。
彼は明確な答えを避け、
ひとりでヘラヘラと笑い始めた。
こんなに馬鹿みたいに楽しいのは、
いつぶりだろうかと――
嗤うしかない――
あまりに異様で、異質で、面妖な幼馴染が、
25年の時を経て、目の前に現れるなど。
彼は思った――
この時代によくもまあ、こんなチラシを……
誰が作ったかは知らない。
だが、これはすごい。
この時代に、こんなパッションをさらけ出す人物……
最高に狂っている。
それは、論理的に説明できない。
心が応答するものなのだ。
『パッション』――それだけで説明がつく、
久しぶりの、初恋のような高揚。
彼の胸に、失われたティーンエイジャーの幻影が蘇り、
心をぎゅっと締め付けた。
夏枝は、どうしても見てみたくなる。
こんな地雷みたいなチラシを作る会社や人物に。
こんなちんけなチラシで、
人生が変わるなんて、きっと想像もしていないのだ。
彼は、自己判断で、
自分の興味本位に身を任せ、
その本拠地――原因である『神材派遣管理会社 ユル法人会社』へ向かうことに決めたのだ。
夜空の死の天使達が彼を臨む。
冷たい星々の輝き、彼の未来に一筋の死の光が差し込まれる。
彼は、まだ知らない。
「そんなはずがない」という彼の常識が、
どれほど簡単に壊れてしまうものかを。
人生という現実の価値観が、
時に自分の想像をはるかに超え、
空間も時間も超越して姿を変えてしまうことを。
彼にとって、そんなものは、
ただの御伽噺か、幻想小説の話に過ぎない――
この時までは、本気でそう思っていたのだ。
読者の皆様、お疲れ様です。
「エピソード4:現代編――主人公の臨界点!! 『面妖で異質! 正社員広告』」はいかがでしたでしょうか。
ところで、ダイタル・ウェイブがどういう意味だったのか、理解できましたか?
令和のティーンエイジャーには、全く刺さらないということがお分かりいただけたでしょう。
大半の方は、ここで洗い流されたのではないかと思います。
第一章は、夏枝を転生させるための前準備です。
現世に思いを残さないようにするための段階でもあります。
ですから、この描写は必要だったのです。
『面妖で異質!』というタイトルをきちんと回収する意図で
夏枝の場面描写は設置されています。
皆さん、改めて『ep.4 「面妖で異質! 正社員広告」』を読みながら、想像してみてください。
作者の熱病ではなく、
貴方自身の熱病を想像するのです。
心理的に襤褸雑巾のようになった状態で想像すれば、
より篤と理解できると思います。
きっと、その方が貴方もこの作品にフル・ダイブできると思います。
これからも、想像力を育んでください。
作者として、私はそれを心から望んでおります。
第四話はどの年代でも対応できる様にあしらった。
要素、場所を変更。
少しの味付けで全ての時代をジャンプして。
読者達に異質で面妖を熨斗つけられる。
そんな異様さを孕んだ、計算付くのストーリーとして…顕現したのだ。




