「エピソード1: 現代編:主人公の誕生!! 『俺は夏枝 重』」
拝啓、夏枝 重 殿
貴殿と会うのは、かなり久しい。
何時頃だったかな?
私は胸ポケットをまさぐって、懐中時計の意匠を指の腹で靡いた。
「君の誕生について皆に話したいんだ──構わんだろう? 兄弟?」
そうする内に─夏枝 重は屹立した。
嘗ての彩を添えるように──。
私を彩った。
「俺は夏枝 重(ナツエ、シゲル)、三十五歳。彼女なし、どこにでもいる”普通の会社員”だ。
ただ言えるのは──俺はどうしようもないダメ人間だということだけ。」
休日の朝九時。
いつものように酒を呑み、くだを巻き、ソファに沈み込む。
外の空は淡く光り、五月の初夏らしい温度と爽やかさが漂っているというのに、俺はそこに立ち尽くすこともせず、無為に時間を浪費していた。
わざわざ保険の変更のアポを取ったにもかかわらず、
当日になると気分転換がしたくなり、外へ出る。
そして外出先でアポのことを思い出す。
──本当に、俺はどうしようもない。
全てのしがらみから抜け出したい。
そんな気持ちの揺らぎが、心の奥でくすぶる。
自己嫌悪、逃避願望、罪悪感──それらが入り混じって胸を押し潰す。
屑だと自覚するほどに、心の奥に冷たい空洞が広がっていく。
あの一文と共にその時、ふと、夏枝という名前の響きが、頭の中で浮かんだ。
主人公の輪郭が、かすかに光を帯びて現れた。
時期は二〇二五年五月末。
外の空気は少し湿り気を帯び、しかし爽やかで、初夏の匂いが鼻をくすぐる。
土の匂い、草の匂い、木々の緑の匂い──混ざり合うそれは、季節の息吹そのものだった。
五月初夏──
木々の葉が艶やかに茂り、風に揺れるたびに光の粒を落としていく。
透き通るような緑の間を、柔らかな日差しが滑り、地面に斑模様を描く。
鳥の囀りが聞こえ、遠くで子供たちの声が木霊する。
全てが生きているようで、静かに息をしている。
私は巨木の幹にそっと寄り添い、そのざらついた感触を手で確かめた。
長年ここに生きてきた証のような樹皮が、手のひらに安心感を与える。
深呼吸をすると、爽やかな空気が胸いっぱいに流れ込み、心のざわつきが一瞬だけ静まった。
視線を上げる。
──日差しを浴びた翠が、透き通るように輝いている。
葉が風に揺れるたび、光が揺れ、私の視界は刻一刻と変化する。
その美しさに、息を飲まずにはいられなかった。
頭の中で連想が走る。
夏が近づく余韻、気配が、葉の一枚一枚に宿っているように感じられた。
一枚の葉が舞い落ち、また一枚が重なり合う。
その重なりに、心の奥の複雑な感情が共鳴する。
(そうだ──夏枝 茂、という名前はどうだろうか?)
一度、現代編の主人公の姿が頭をよぎる。
だが、枝に連なる葉たちは、風に揺れるだけで、意趣返しもせず、ただ存在している。
その瞬間、心の中でひらめいた──
(いや、茂ではなく、重なる──の方がいい)
葉はさらさらと揺れ、互いに響き合い、時には重なり、そして散っていく。
舞い落ちる葉は、重なり合い、風に舞い、去っていく。
その姿は、まるで自分の感情の変化そのものだった。
風がやや強くなり、緑の海がざわめく。
葉は光を透かし、幹を撫で、再び舞い上がる。
その柔らかな動きに、胸の奥のもやもやが少しずつほどけていくようだった。
孤独、迷い、後悔──すべてが混ざり合い、まるで自然の一部になったかのように、心は透明に近づいていく。
──夏の余韻は、やがて秋の気配とともに静かに遠ざかる。
私の心もまた、葉の群れのように、複雑に重なり合い、風に揺れる。
密集した翠の間で、光と影が入り混じるように、私の感情もまた、確かに息づいていた。
そして、私は思った。
──この名前こそ、俺がこの瞬間、この場所で抱いた全ての感情と、季節の空気、心の揺れと完全に重なるものだ、と。
夏枝 重──
その名前は、静かに、しかし確かに、私の胸に刻まれた。
翠の光が葉を透かすように、今の感情もまた、未来に向かって透き通って広がっていく。
風に舞う葉のように、心は解き放たれ、重なり、また光の中で息づいている。
その瞬間、初夏の空気はより深く胸に沁み入り、葉と光と風のすべてが、俺の存在と完全に重なった。
──そして、名前とともに、新しい物語の始まりが静かに幕を開けたのだった。
私の心の奥で、葉がさらさらと靡ては響かせ合って、散っていく……。
堕ちていく葉は重なり、風に舞って去っていった。
──夏が近づくその余韻、気配を輩に。
その季節が秋になり、去っていく。
私の感情と心情が正しく一致し、重なる。
巨木の枝に密集した葉と同じくして、とても艶やかな翠が息づいていた。
あの頃を思い出す。
本当に私の想像力を小出しにしていたなと。
我が故郷──西東京市のイメージ。
なんだか長閑で余りに進化したのか分からず。
住宅や道路が拡張され、
幼い記憶を辿る場所──記憶が失われて久しい。
何者で語る前に騙るべき寄す処が消えていく。
そんな気持ちの重なり。
鈍重で粘り強く、けして離さない、
アスファルトに染み付くくらいに癒着──接着してしまった。
だから、夏枝は抜け出せない。
自分の出自から、生まれた場所に埋まり重なり。
微風では動けない心情。
それがエピソード1です。




