「エピソード12 現代編:主人公の本開!! 『夏枝追葬譚 -本懐編-』」
作者は必死に、物語を紡ぎ続けていた。
しかし、いまだにレールは見えない。
ナーレ家は――「アウローラ神聖国」の片隅にある、ごく普通の農村にある。
山があり、海があり、川も流れている。
ナーレの自室の窓からは、父が耕す小麦畑が見える。
夕暮れ時、海と空のグラデーションが一色に溶けていく様子は、思わず息を呑むほど美しい。
金色の絨毯みたいな畑が、どこまでも広がっていて――
その風車が、まるで踊るように回っては、
砂金のような恵みをそっと与えてくる。
作者は何とか形だけを作った。
国や細かい部分は、盛り込む余裕がなかった。
まさに地図は真っ白で、描かれているのはナーレ宅だけ――そんな有様だった。
「よ、ヨシ、これで往こう!
もう次で二章に突入だ。……ああ、ストーリーライン、進めなきゃ!」
書きながら考えるなんて、自分でも正気の沙汰じゃない。
両親は確かに存在する――でも名前はまだ、まっさらなまま。
画面の向こうで、きっと彼らは『なんで私たち名前ないの?』と不満を漏らしているに違いない。
地図は真っ白だ。ナーレ家だけがぽつんと存在する孤島のようで、周囲には山も川も海も、何も描かれていない。
それでも、ナーレ家の日常は止まらない。
窓から見える父の小麦畑、夕暮れに染まる空と海のグラデーション……
まるで地図には描かれなくても、確かにそこにある景色が、今日も生きているのだった。
(食事シーン、どう描く? 家の間取りは?
と、とりあえず描写だけはしっかりしておこう。
暖炉の火がパチパチと弾ける音、テーブルに並ぶ朝食の匂い……
でも、時間はない。ナーレは遅刻寸前。ここは一瞬で飛ばすぞ、私!)
作者はとりあえず、母親とナーレだけ配置する。
そこまではイメージしたということだ。
それ以降は、本当に未定地であった。
(まずい、本当にマズイ!!
このままだと、第二章の“大地”に読者たちが突入してしまう!
アトラクションが、まだ何一つできていないぞ!!)
「待ってくれ、読者! ここは通過するだけだ、まだ遊べないんだ!」
画面の向こうで、両親は名前もなく、地図の空白の中で静かに暮らしている。
作者は必死に手を動かしながら、頭の中で地図と日常と章進行を同時に操る――まさに混沌の極みである。
(あぁ! もう! どうにでもなれ!
導入シーンはハチャメチャで通そう。
その途中で友人と出会う――待ち合わせじゃない、偶然の出会い、そういう感じだ!)
何を隠そう、フィーネはまだ生まれていない。
もちろん、彼女たちの学び舎「メーテール学院」も、まだ地図の白紙の中に存在すらしていない。
それでもナーレは朝を迎えている。父の小麦畑は窓の外に広がり、海と空が混ざり合うグラデーションが続く。
暖炉は静かに燃え、朝食の匂いが漂う。
作者は手を止めることなく、白紙の地図と未完成の世界を行き来しながら、どうにか章を進めようと必死だ――まさに混沌の幕開けを準備する。
そのために十二話が差し込まれた。
そして十一話は、まだ「途中」のまま放置されている。
(まだ――舞える。
中空! まだ飛んでいるからセーフ!!)
そして、作者の笑いと焦りの叫びが、そのまま物語の鼓動となるのだった。
さぁ、第一章の最大の誑かしが配置された。
読者たちはまだ気づいていない――最初で二度刺し、そして差し違える、
作者の巧妙な策略なのだ。
これは単なる物語の導入ではない。遊び心に満ちた罠であり、混沌の種である。
読者は知らず知らずのうちに、ナーレ家の日常、白紙の地図、
未登場のキャラクターたちの渦に巻き込まれていくのだ。
作者はニヤリと笑いながら、筆を進める――この章の結末さえ、まだ自分でも見えていないのに。
作者はふと思った。
あの前話の導入編は、読者にとって苦痛だったのではないか、と。
「結局、何が言いたいんだ?」――そんな疑問を抱かせる内容だったのではないか、と。
(夏枝の「願い」にまつわる想いを掘り起こすように見せかけて、実際には作者自身の願いにまつわる想いを掘り起こしていたのだから。)
ここで、読者の皆さんに自分の願いを伝えたくて描いた物語だということを曝け出す――という暴挙をお許し頂きたい。
本作全体の構造を知って頂くためにも、このパートをお見せする必要があった。
(これは、皆さんをより素晴らしい世界へ導くための、前準備なのです。)
(そして最終的には、読者の皆さん自身がこの物語という舞台の頂点に立つ。)
(底辺から積み上げた「世界観」を存分に楽しんでほしい――そんな思いで描いています。)
この作品が、皆さんの心に小さな「待ち針」として残ることを、心から願っています。
(私自身も願っている――心に小さな「待ち針」として残ることを。)
最後まで付き合ってくださった「あなた」へ、特別な舞台をご用意しました。
あなたの心の奥にある問いに、物語の最後で真っ向から答えます。
ただし、その答えがどう響くかは、私からは何も申し上げません。
(その余白を、「待ち針」として、あなたの心に留めてほしい。
この矛盾し、毀れそうな世界が心に「待ち針」として留まるように。)
その余白を、私は、私を通して、あなたにお譲りする。
題名「為政者たる世界」とした、
この世界が何たるかを説明する。
(これより上映する映画には、答えは無い。
しかし、答えはある。それが「待ち針」として、あなたの心に留まるように。)
*************
虹色の扉の先に広がっていたのは、掴みどころのない世界だった。
そこは、記憶で構成された世界。しかし、記憶というものには秩序が存在しない。
(皆そう――色々な扉を超えてきた。
どれが構成された世界で、どれが掴みどころのない世界か……)
ある場所では、筋骨隆々の男が、剣と己の筋肉だけを頼りに、異様な化け物と戦っていた。
(キンメリアのコナンだ――また、見たこともない化け物と戦っている)
また別の場所では、二人の女性が馬に向かって言葉を交わしていた。
(タルマとケスリーだ。あの馬たちと、また念話をしている)
なんともチグハグな光景だった。
作者のバラバラの記憶が、「キリトリ線」で不規則につなぎ合わされ、
奇妙なパッチワークのような世界を構成している。
ふと目を上げると、そんな記憶の断片世界が、
水平線の向こうまでどこまでも連なっていた。終わりがないように思えた。
(ここには終焉なんてない。
ここは、願った“縁”が織りなす世界だ)
(もし、この縁が他者の縁と繋がるとしたら……
この果てしない世界の、その先には何があるのだろう)
──そんな希望を、彼は抱いた。
そうであれば、どこへでも行ける。
魂が望むすべてを、手に入れられる。
彼は知っていた。
この歪な世界には、いつだって戻って来られるということを。
なぜなら人間は、
「眠っていても、起きていても」
常に夢を見ているのだから。
目を閉じ、
そして、もう一度開いた時――
彼はすでに、“覇王”の装いをしていた。
王冠とケープを身に纏い、
この世界の頂点に立つ存在として。
そして、高らかに宣言する。
(「今なら、創造主にだってなれる。
神なんていらない。
この世界では――すべてが俺のものだ。
誰が終焉を望む?
否。俺が法だ。
俺が、すべてを裁いてやる」))
ずいぶんと上機嫌だった。
今この瞬間、この世界の“為政者”は彼だ。
けれど──その後の行動は、あまりにも醜かった。
あらゆる欲望を叶えようと、豪華絢爛なものを手中に収め、
人生の“絶頂”を貪るだけの存在になった。悪辣非道な存在に。
この世界には“本物”なんてない。
全ては彼の作り出した幻なのだ。
痛みも悲しみもない――「偽物」だけが存在する。
(だったら? その感情を排除しよう。
恋慕があるから、ストーリーラインが描けない。)
だからこそ、彼は「奪ってもいい」と、一瞬でも思ってしまった。
──その瞬間、彼は“為政者”の姿を失い、“いつもの彼”に戻った。
(駄目だ――彼女を進ませないと。
ストーリーラインが描けない。)
世界が正常に戻ると、物語の歯車もまた元通りに動き出す。
(早く、帰ろう。現実逃避している場合ではない。
プロットを考えなければ……)
「もう、帰る時間だな」
そう呟き、彼はこの恋焦がれた場所に別れを告げた。
作者は次第に現実に戻ってきた。
正確には、酒の酔いが完全に覚めてしまっただけだ。
来た道を戻り、通り過ぎた扉を辿って、
いつものロータリーへと急いでスキップしてきた。
(夏枝はまだ、あの世界に浸っている。
扉が消えてしまう前に、戻らなければならない。)
この状態を例えるなら――
目覚めの悪い朝に感じる嫌悪感。
あれは「来たルートで帰ることができなかった」時に生まれる。
夢の途中で無理やり覚めてしまう――あの消化不良の感覚と同じだった。
作者は知っている。
縁にいる夏枝は焦っている。
この旅路が、長くは続かないことを。
現実の作者は、すでに目を覚ましていた。
しかし、空想だけはまだ終わっていない。
作者はただ昼寝をしているだけだ。
何か用事ができれば、すぐに目を覚ましてしまう。
(完全に意識してしまう前に、夏枝を帰さなければ――)
そうなれば、夢の連なりは断ち切られ、不完全燃焼で終わってしまう。
(とりあえず、扉だけ作ろう。)
夏枝の目の前で、水の粒のようなものたちが集まり、扉が少しずつ形作られていく。
夏枝は拳を強く握りしめ、「出ろ! 出ろ!」と祈るように願った。
背後にあった継接ぎの世界は、徐々に崩れていく。
現実の作者が目を覚ますまでの猶予は、もう残されていない。
(あぁ! そうか?
友人の名前、フィーネにしようっかな?)
「出ろ……! 出ろ……!」
必死に願っても、熱は帯びず、扉はウンともスンとも言わない。
(うん! フィーネってしよう!
「終わりがない」――成程、良い名前だ!!)
ついに足場が崩れ、大きな穴が空いた。
夏枝はギリギリで残った足場にしがみつく。
(これで決定! フィーネとナーレを直接合わせる。
これを14話にしよう!!)
「まだ……起きるんじゃない! 俺は……まだ、ここにいるんだ!!」
その叫びも虚しく、大穴の底へと、俺は引きずり込まれていく。
(よし! ストーリーライン完成!!)
夏枝はとうとう地獄に堕ちた。
全て――作者が悪いのである。
皆様、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
『第十二話「夏枝追葬譚 ―本懐編―」』のプロット、ならびに進行のプロセスは、ご理解いただけたでしょうか。
あーはい。
十一話と十二話は、本当に作者の自己紹介ってことなんですよ。
そして、この作品がどのような作品なのか――
それを紹介するために、あえてこの配置にしているんです。
そう、最初からきちんと説明しているんです。
どういった世界観なのか、何を描きたいのか――。
それがアフターストーリーラインということで、
オマケストーリーがあるんですよね。
今では、ここは本当に設定回収の場になっています。
第一章では、読者の皆様にとって作者は初対面ですからね。
だから、色々と説明しなければ――と思った次第です。
多分、ここで多くの読者は、
「あっ、これか! 別のベクトルの作品だな。
まさか、俺たちをまんまと騙す作家がこんなところにいたなんて!?
いや、マジで? 勘弁してくれよ!」
なんて思ったことでしょう。
「ご名答!
読者を誑かす、というより……
私が私を誑かす、と言った方が正しいですね。
あぁ、そうですとも。
私の悪戯心は、ここまで計算ずくです。
(いや、そこまで計算ずくではないか。
即興だから──)
読者の皆さんが『え、マジで?』とツッコむその瞬間を、
私は密かにニヤリと楽しんでいるのです。
(いや、『え、マジで?』とツッコむその瞬間を、
私自身がやりたい、ってことなんだけどね。)
そう、これはもう私の遊び。
誰も止められない、私だけの小さな舞台。
あなたが笑おうと、驚こうと、呆れようと――
すべて計算のうち。
(そうした方が、長く続くと思った。
私が化かされる。
創造神に莫迦にされる構図。
その方がいいと思ったんだ。)
あぁ、気がつきましたか?
この文章自体が、ちょっとした罠になっていることを。
そう、私のニヤリは、文字の隙間からそっと忍び込むのです。」
(その方が、私も自由に動けると思った。
メタ視点として、突っ込み、監視し、
そして読者/視聴者になる。)
その方が、ユルく行けると思ったんだ。
待ち針をいっぱい持っていく――それが、私なりの小さな妙案。
うん、ちょっとズルいけど、まあ許してほしい。
どうぞ、世界を旅して、
あちこちで“待ち針”を見つけていってください。
森の奥に落ちているかもしれないし、
街角のカフェにひっそり置かれているかもしれない。
時にはあなたの心の隙間に、勝手に刺さることもあるでしょう。
こちユルはね、それだけが唯一の救いとして、
そっと配置しているのですから。
(ほら、笑いながらでも、ちょっとだけ真面目に拾っていってほしいな)
(その“待ち針”は、時にくすぐりになったり、刺さったり、
でも決して痛すぎない――私の小さな遊び心です)
旅の途中で気づくでしょう――
「え、こんなところにも?」「おや、ここにも?」
それが、この世界を歩く楽しみなのです。
あぁ、読者の皆さん、どうぞ自由に拾って、笑って、刺されてください。
私も一緒に刺されながら、同行いたします――さあ、奇妙な旅行の始まりです。
「ほら、旅行ツアーですよ。
行先は不明ですが、安心してください。迷子になっても、私はここにいますから。」
目の前には虹色の扉、あちこちで待ち針がキラリと光っています。
森の奥、街角、あるいはあなたの心の隙間――
そこにささやかに刺さる“刺さり待ち針”を、拾い集めながら歩きましょう。
「さあ、準備はいいですか?
あ、振り落とされないように気をつけてくださいね。
私はあなたと一緒に、端っこでニヤリと笑いながら付き添います。」
そして、旅は続きます。
笑いあり、ちょっとドキドキあり、
でも決して痛くない――そんな奇妙でユルい冒険です。
「まあ、人類が死に絶える前には終わりますから、
その間に、思う存分楽しんでくださいね。」
(また、嘘っぱちを言ったなぁ。
これだから、やめられないんだ。)




