7.魔法特務機関トップの弟子
「いやぁ、集まった集まった! 色々教えてくれてありがとうね」
『…………まさかこの俺が、人間にこれほどまでに疲弊されるとはな……』
「おかげで、この翻訳魔道具をアップデートできそうだ」
鈍色の空が一度暗くなって、それからまた明るくなったころ、無事にぼくのやりたいと思っていたことが完了した。
ちなみにガルブはネルビルトの手の上でぐっすり眠っている。小さい子だからね、さすがに体力が持たなかったのだろう。
ぐったりしているネルビルトをよそに、ぼくは先ほどまで入力していた分厚いノートような機械を翻訳魔道具の中へ戻した。
『これで、ドラゴンと人間とが会話できるようになるのか?』
「もともとそれなりにはできてたんだけど、質が上がるって感じだね。あとはさっき確認した内容の調整を施せば、相手の言語にない言葉を翻訳してくれるようになる」
『ほう……』
ネルビルトはゆるりと上体を起こすと、興味深げに翻訳魔道具の機械を見つめた。
空島と同じくらいの大きさの彼からすれば、こんな小さな道具で異種族間の交流がより活発になるのは不思議なのだろう。
少し沈黙が下りていたが、ふいにネルビルトの目がこちらを向いた。
『お前、これを何のために作った?』
「……ん?」
まさかそんなことを聞かれるとはつゆも思わず、思わず首をかしげる。しかし、ネルビルトの瞳は真剣さをたたえていた。
『人間がこういった機械を作るときはたいがい、何か良からぬことを考えているときだ。魔法という文化が人間の中で発展したときも、我々の種族やかつていた種族との対立になった』
「あー、なるほど。つまり、これを戦いの道具に使うのか心配ってことだね」
『……ふん』
ふいと顔を背けるネルビルトだが、その心配はわからないでもない。
たしかに、異種族間のコミュニケーションをとれる、と言えばそれまでだが、これが戦いに転用されてしまえば相手の作戦は筒抜けになる。
「まぁ、たしかにこの機械が戦争とかに使われたら、大変なことになるだろうけど……少なくともぼくが生きている間はそんなことさせないよ」
『どうしてそんなことが言える』
「師匠からの教えでね。『魔法は弱者のためであれ』ってのがモットーなんだ。だからお偉いさんたちの駒遊びには絶対に使わせないんだ」
『お前まさか……ダイガルの弟子か?』
まさか師匠の名前がドラゴンの口から出てくるとは思わなくて、目を見開く。
ネルビルトは納得したように軽く頷くと、ふしゅう、と息を吐いた。白い息が全身に降りかかる。
『変わった人間だと思っていたが、あいつの弟子なら不思議でもなんでもないな。昔、やつも同じことを言っていた』
「師匠もあんたに会いに来てたんだ」
『ああ。あいつにも今日みたいな面倒ごとをさせられた……思い出すだけで腹が立つ』
ぼくを魔法特務機関で拾ってくれた師匠は、かつての魔法特務機関のトップだった。世界中に発明した魔法が存在し、その数は他の魔術師の合計を上回ると言われている、言わば魔術師の中でもエリート中のエリートだったのだ。
『やつも、弱者のために魔法発明している、と豪語していた。口から出まかせくらいに思っていたが』
「魔法特務機関にもいろんな人間がいるから、一概に全員そうとは言わないけどね」
肩をすくめてそう言い捨てると、ネルビルトは愉快そうに笑った。
「そうだ、さっきの答えなんだけど」
『ほう?』
そういえば結局、ネルビルトの『何のためにこの翻訳魔道具を作ったのか』という問いには答えていなかった。
「実は今、ひまわりを育ててるんだけど、あんまり調子が良くなくて咲くかどうかがわからないんだ。だからひまわりの声を聞いて、適切な対処ができたらなって思ってたんだ」
『…………は?』
どの動物にもコミュニケーションの方法が存在するの同時に、植物もストレスを感じたりしたときに発する声というものがある、と思っている。
最終的には、いま育てているひまわりが発する声を翻訳するために、翻訳魔道具の精度をあげつつ研究しているというわけ。
自信満々にそう告げたが、ネルビルトは呆然とするだけだった。
「もしかして、噓だと思ってるでしょ。待ってて、持ってくるから」
たしかに人間というのは噓八百の生き物だし、ぼくもぼくで噓をつくことはあるから、やはりこういうのは現物を見せるに限る。
アトリエの寝室に置いてある鉢植えを持ってきてネルビルトに見せる。
まだ人間の腕ほどの長さしか生えていないひまわりの茎は、元気な青々とした色ではなく、少しくすんでしなびている。
『おい。そのひまわりに、何か魔法がかかってるな』
「うん、解決策が出るまでの間、いったん成長を止めるために、時間停止の魔道具を使ってるよ」
『なるほ――待て、時間停止だと?』
ずい、と顔を寄せてくるせいで、全身にドラゴンの吐息をあびることになる。しかしネルビルトの勢いは止まらなかった。
『そんな危険な魔法、人間の世界では一般的なのか!?』
「え……さぁ? ぼくは聞いたことないな。この魔道具もひまわりの成長を一旦止めるために使ってるだけだから、わかんないや。少なくともぼくは論文とかは発表してないよ」
『……まさか、本当にひまわりを育てるためだけに……?』
「うん。だって、必要でしょ? 魔力を過剰に消費しないように、魔力吸収の機巧も結構工夫してるんだよ!」
翻訳魔道具を作るのにも結構の時間がかかったけど、意外とこの時間停止の魔道具を作るのにも結構な時間と手間がかかったものだ。
鉢植えサイズだとしても、一瞬で平均的な人間が保有する魔力を消費してしまうし、空間が保有する魔力が一瞬にして消えてしまうしで、大変だった。
そんな苦労を思い返していると、ネルビルトは目を瞑って思案したかと思えば首をかしげはじめ、最終的に……噴き出した。
『こいつ、本当に馬鹿なやつだ! くはははっ!! さすがあのダイガルの弟子だ!』




