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空島暮らしの自由人  作者: はまよつ
第1章:ドラゴンとおしゃべりしたい!
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6.親子喧嘩の和解

 数時間後。

 ぼくは分厚いノートのような機械を地面に置き、ドラゴンと討論をはじめていた。


『何度も何度も、□※×●==%だと言っているだろうが!』

「だから、そのグオォにあたる単語は、人間の言葉にはないんだってば」

『なら▼▲$(@@ならどうだ!』

「残念なことに、それもないよ」


 ドーニッヒ山脈にドラゴンの咆哮が響きわたる。雪が降り積もっていても、腹の底が震えるようなそれはよく響きわたった。

 ぼくの翻訳魔道具の効果はそれなりにあったものの、やはりドラゴンと人間、使っている単語の種類が異なっていることが多かった。

 それこそ人間でも、海辺の人間が使う単語と、山奥に住む人間が使う単語には違いがある。たとえば『海に沈む夕日』を指し示す単語は、山奥に住む人間は持ち合わせていないみたいな感じ。

 今まさに、それの異種族版が起きていた。


「うーん、まだ同種族同士なら説明しあえるけど、異種族同士となると新しい言葉を創造しないといけなくなるなぁ」

『はっ、そのたいそう立派な頭でしっかり考えるといい、この&$#“!め』

「……何を言ってるかはわからないけど、罵倒されてることだけはわかるよ」


 くわえて、ガルブの父親であるこのドラゴン――名前をネルビルトというらしい――が、思いのほか短気というのか、考えを放棄する癖があった。

 たしかに出会ったときからその片鱗は見えていて、よく考えると、子供がいるかもしれない空島に火を噴いたんだよね。

 ま、それは、子供思いからの大暴走、という感じではあるけれど。


「んー、さすがに今日一日で、未解読単語すべてを詰める時間はさすがにないな……また来るか」

『おい、ここは我々の土地だ。今回はガルブのことがあったから特別にいれてやったが、普通なら人間は入れないんだぞ』

「えー、ケチ……」

『なんだ、そのケチという言葉は――む』


 ぼくの悪態に怪訝そうな表情をしていたネルビルトだったが、ふいに首を上げてアトリエのほうを向いた。


『ガルブが起きたな。はやく帰らなければ』

「あ、ほんと? って、そうだ。ねえ、ガルブの体調が悪いの、知ってた?」


 ぼくにはわからないけれど、どうやら魔力の微かな動きというのもドラゴンにはわかるらしい。

 すると、ネルビルトは誇らしげといわんばかりに胸を張った。


『もちろんだとも。だからはやく家に帰って休ませようとしていたんだ。だというのに、あいつはいつも家を勝手に出てはどこかへ行ってしまうからな』

「そりゃそうでしょ。魔力過多なんだから」

『なぬ?』


 ギロリとこちらに目が向く。細い瞳孔がさらに細くなっていて、まるで蛇にでも睨まれたような気分だ。


『どこが魔力過多だというんだ。なんなら、今の魔力は少なすぎる』

「大人のドラゴンからしたらね。子供のドラゴンにしては多いんだと思うよ。お腹が熱いって言ってたし、魔力の分布を見る魔道具で見た限り、お腹にある魔力生成器官に魔力溜まりがあったもん」

『なんだと……!』


 そう言うなり、ネルビルトの態度は一瞬にして、しゅんと気弱なものになってしまった。

 おそらくネルビルトはこれが初めての子育てなのだろう。

 ドラゴンはとにかく大量の魔力を持つから、子供についても同じ基準で考えてしまっていたようだ。

 だから、魔力過多という可能性をスルーしてしまったんだろうね。


「たぶんだけど、あんたの血を受け継いでるからか、魔力の生成量は普通のドラゴンより多いんじゃないか?」

『当たり前だ! このドーニッヒ山脈を支配する一族だぞ。そうでなくては困る』

「だから魔力過多で体調崩してたんだけどな」

『うっ……』


 そんなことを話していると、アトリエのほうからガルブが元気な足取りでやってきた。初めて出会ったときよりもどことなく元気そうに見える。

 しかし、ネルビルトの姿を見た瞬間、その歩みは一気にぎこちなくなった。

 まあ、そりゃそうだよね。家出してよくわからない人間の家で寝て起きたら、父親が待ってるんだもんね。


『ガルブ』

『……お父さん……』


 ネルビルトが名前を呼ぶ声に、ガルブはびくりと体を震わせる。

 有無を言わさぬ眼光に、ガルブは一瞬歩みを止めたがすぐに再び歩き始め、ネルビルトのすぐ目の前までやってきた。

 こうやって見ると、体の大きさかなり違うんだな。

 空島くらいの大きさの親ドラゴンが、中型犬サイズの子ドラゴンを叱ろうとしてるってんだから。


『あの……ごめんなさい……』

『ふむ。家出をして俺たちを心配させたことは、あとで怒ろう。だが……』


 ネルビルトは大きな翼でガルブを包み込む。


『俺もすまなかった。お前の体調を見ていながら、考えが及んでいなかったようだ』

『お父さん……!』


 感動の和解とでも言う感じだろうか。

 ガルブの体からは震えも消えていて、もう一度『ごめんなさい』と言いながら、ネルビルトに抱きついていた。

 これでひとまずは、ドラゴンの親子喧嘩は一件落着というところか。


『さて、では帰ろうか。人間、ガルブのこと感謝する』

「え、もう? こっちはまだ終わってないんだけど」

『……は?』


 だが、ぼくのほうの用事はまだまだ終わってない。


「未解読単語、もっと詰めたいんだけど」

『いや、さっき「詰める時間がないからまた来るか」と言っていたじゃないか』

「すべて詰める時間はない、って言ったんだよ。魔法特務機関からここまで遠いんだから、たくさん今のうちにやっておかないと」

『…………』

『え、マヒリトのお手伝い、やる~!』


 額にありありとめんどくさいと書いてあるネルビルトと、楽しそうにバタバタと翼をはためかせるガルブ。

 もちろん、子供に弱いネルビルトは頷いてくれるはずだ。

 ぼくは翻訳魔道具から、先ほど手に取った分厚いノートのような機械をさらに数冊取り出すと、彼らの前に置いた。


「んじゃ、よろしくね」


 ――その日、ドーニッヒ山脈から、過去一大きな咆哮が聞こえたらしい。

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