4.魔力過多
とにもかくにも、ガルブの了承は得られたので、眼鏡タイプの魔力透視魔道具をかけて電源を入れた。
この魔道具をかけることで、その物体がどれほどの魔力を持っているのかがわかるようになる。
アトリエの端に置いてある観葉植物も少し青色がついているし、アトリエの中に置いてある魔道具たちにも赤色がしっかりとついている。
持っている魔力が少ないほど青色、多いほど赤色に映るのだ。
「ずっと放置してたけど、壊れてなくてよかった」
そう独り言ちながらガルブを見ると……
「わあ、白い」
『白いの? お腹、白くないけど……』
ガルブは再びきょとんと首をかしげ、自身の腹をみやる。
たしかに、ガルブの腹は他の場所と同じく鱗に包まれていて、錆びたような赤色、つまるところ煉瓦色ではあるが、そうではない。
保持している魔力があまりに多いと赤を超えて白色に見えるようになる。
ガルブの体全体は濃い目の赤色に塗られていたが、お腹だけが真っ白に色づいていた。これはつまり……
「ガルブ、普段どんなときにお腹熱くなる?」
『えーと、そうだなぁ……天気が悪いときとか、お母さんとかお父さんに怒られて家にいなきゃいけないときとかかなぁ』
「なるほどねぇ」
『あ、でもここに来てからはちょっと元気なんだ~』
喉をぐるぐると鳴らしてそんなことを言ってくれる。猫でも相手しているみたいだ。
ぼくは魔道具を外して、ガルブのお腹をうにゃうにゃと撫でてやった。
「ちゃんとした検査をしたわけじゃないけど、大体は予測がついたよ」
『あはは! ちょ、くすぐったい、やめ、やめて~~!!』
「たぶんだけど、ちょっと魔力が溜まりすぎてるんだろうね」
「も~~!!! あはは、わああ!」
それからガルブの腹をくすぐることしばし。
笑い疲れてぐったりしているガルブを、魔道具をかけてもう一度見ると、お腹の色は白から濃い赤色に変化していた。
そもそもとして、ドラゴンは魔力を多く持つ生物だから、これくらいが標準だ。人間は普通なら黄色くらいだけど。
「ほら、調子、どう?」
『も~~……って、あれ? 元気!』
ソファに寝転んでいたガルブだったが、ハッとするなり体や翼を震わせ、ばさりと羽ばたいた。宙に浮く様子は、ガルブが空島にやってきたときに比べると、ぱっと見元気そうだった。
『すごいすごい! どうやったの!?』
「まあ、いろいろね。ぼく、魔力に関してはよく知ってるから」
ぼくが推測するに、ガルブのお腹に魔力が溜まりきっていたようだった。
魔力というものは、世の動植物が生きるために使用するもので、とくに動いたり笑ったりするときに多く消費される。
魔力がゼロにでもならない限り生きることは可能だが、多すぎると魔力が体に悪さをしはじめて気分が悪くなったり、体が重くなったり、熱を出したりしてしまう。
ガルブもきっと、父親や母親に怒られて家にいないといけなくて動けず、魔力が発散できなくなってしまって、お腹が熱くなってしまったんだと思う。
そんなことを、ガルブにもわかるように説明していたのだが。
「つまりは、家にいても動けば……って」
『……ぐぅ』
「はは、寝ちゃったよ」
いつの間にか、寝息を立てて寝始めてしまった。くるんと体を丸めて寝る様は、いつだかノイくんが見せてくれた家の犬のようだ。
久しぶりに気分よく寝られそう、とか言っていたから、なかなか熟睡できなかったのだろう。ぼくの講義で寝るのはいい度胸だけど、ま、子ドラゴンに言っても仕方ないか。
ぼくはうーんと伸びを一つして、窓の外を見る。いつの間にか外は灰色になっていて、雪が斜めに降っていた。
今回やりたいことだったドラゴンとしゃべることはできたが、このままガルブを魔法特務機関に連れて帰るわけにもいかない。街がドラゴンに壊滅させられてしまう。
それに、単純にあの翻訳魔道具が大人のドラゴンに効くのかどうかも試したい。こういうのは試行回数も大事だ。
「……おっと?」
部屋のライトがちかちかと点滅する。これは、何かしらの脅威が迫っている、という知らせだ。
ぼくはガルブに毛布を一枚かけると、アトリエに置いておいた防寒用の魔道具を身につけてからもう一度外を見る。
白で埋め尽くされた世界はドーニッヒ山脈の名物ではあるが、遠くのほうで青い炎が放たれている。
同時に、かすかに臓物が震えるような低い唸り声や鳴き声が聞こえてきた。
「ガルブのお父さんかな?」
点滅するライトを見るに、とてつもないほどの魔力を発散しているのだろう。常人がこのまま外に出たら、魔力にやられて体調を崩すこと間違いなしだ。
まあ、このとんでもない吹雪に体温を奪われるほうが早いかもしれないけど。
「んじゃ、試してみるか!」
アトリエの外に出ると、暖房用の魔道具のおかげで雪こそ積もっていなかったが、気温は保てずに少し寒くなっていた。
さすがにこんな猛吹雪での使用は考えてなかったから、仕方ない。
「おーい、こっち!」
青い炎が見える方向に向けて、手元のライトをカチカチと点滅させる。
ドラゴンにも見えてるといいんだけど、と思ったのもつかの間。
『グゥオァアアアアア!!!!』
とんでもない風と雪が顔面に叩きつけられたかと思ったら、一瞬にして空島のすぐ近くにドラゴンが現れた。
大きさは空島よりも大きく、鱗はまるで岩石のように硬そう。
魔力があふれ返ってでもいるのか、かすかに体に光を帯びていて、神々しさと怖さを同時に感じる。
ドラゴンからしたらぼくなんてはるかに小さな存在だけど、見えるのかな。
「おーい、こっちだよこっち! ガルブを探してるんでしょー?」
『ガルブだと?』
その瞬間、ぼくの身長ほどある目が、ギロリとこちらを睨みつけた。




