5.決心
ぼくらの目の前に表示されているのは、予報の天気と、どのくらい雨が降るのか、という予測。
明後日から3日後ごろにかけて雨が降りはじめ段々と強くなり、そして4日後から天地がひっくり返らんばかりの雨が降る予定となっていた。
「農業については素人なのでみなさんのほうが詳しいと思いますが、この4日後からの雨は今までに類を見ない雨となるでしょう。それこそ、いま植わっている作物がダメになってしまうほどの」
とはいえ、これは100%そうなる、というものではなく、あくまで60~70%の確率でしかないし、魔法特務機関が出している公式なものではなく、ぼく個人が出したもの。
「そうか……予測ではただの雨としか言われてなかったが……」
ガグラウさんがモニターを見ながら、顎に手をやり考えに耽る。
「60%と言われると収穫予定日まで待つのは少し怖いな……人手はたぶん集められるんだが、このあたりの魔力が復活するのが間に合うかどうかだな」
「収穫には、人手も必要だけど……魔道具も使う。このあたりは魔力が少ないから、魔道具を一気に使いすぎると、魔力不足で体調崩す……」
つまりは、どこかの地域で収穫を行うと、このあたりの魔力が総じて少なくなってしまう。
だから数日間に一度収穫期間をもうけることで、空気中の魔力の回復を待っている、というわけか。
いちおう、ぼくの作る魔道具については、いかに魔力吸収を少なくできるか、というもとで作っているが、さすがに他の人が作った魔道具との互換性があるかはわからない。
かといって、いまから魔道具を作るにはさすがに時間が足りない。
目算、1日に1台は作れるだろうけど、この広大な麦畑をたった3台で刈るのは、ちょっと厳しいところがある。
……しかし、ぼくは奥の手を持ってきていた。
「では、こちらを使いましょう」
ローブの中から取り出したのは、片手で握りこめられるほどの大きさの、青白い光を放つ半透明な石。それをいくつも取り出しては、テーブルの上に置く。
目の前の三人は怪訝な顔でそれに視線をやっていたが、シルヴィアさんが少し目を煌めかせて顔を近づけた。
「綺麗ね……でも、これはなんなのかしら?」
「これはノイくんの研究の成果である、魔力結晶です」
「魔力……結晶?」
実は、ノイくんが以前研究していた魔力結晶は無事に成功し、物になっていたのだ。
人間の体内に蓄えられている魔力を体外で結晶化させることで、万が一のために魔力を保存できるというわけだ。
人間の住むほとんどの地域は魔道具を動かしても空気中の魔力濃度にそう影響は出ないし、魔法特務機関で活動する魔術師たちは、みな体内に保存される魔力量が多いから、周囲からバカにされることが多かったみたいだけど、ノイくんはちゃんとやり遂げたのだ。
そもそもこれは、バルザンクスみたいな魔力が薄い土地かつ、魔力生成も普通の人がたいはんを占めるところで使う用に作っていたものだ。
関係ない人たちには、好きに言わせておけばいい。
なおノイくんは、まだ改良の余地あり、って言って研究室に引きこもっている。
ゴールが見えてきたからこそ、いまスパートをかけるんだ、とのことだ。
ちなみに、これ別にノイくんに黙って持ってきたわけじゃなくて、「初めて成功したものは、お世話になったマヒリト先輩に」ってもらったやつだからね。
普通は大切に保存したりするのかもしれないけど、必要なときに使ってやらないとね。
「この石は魔力で構成されています。割ると辺りに魔力が充満するので、畑用の魔道具を動かすこともできるんじゃないかなと思います」
「ほう、ノイがそんなものを」
「ノイ……すごい」
三人は話を聞いて、誇らしげにほほ笑んだ。
「ただ、ここに書いてある通り、このあたりの気象情報から計算したこの予測は、60%に過ぎず、もしかしたら5日後のほうが収穫に適した天気にはなるかもしれません。魔法特務機関の予測も、よく外れますしね……というわけで、追加の資料を出そうと思います」
再びローブから取り出したのは、分厚い紙束。
親指2本分くらいの厚さのこれは、ノイくんが書いた論文だ。
「バルザンクスの気象経過……について……?」
「そうです」
表紙を読み上げたジルさんの言葉に頷いてから、パラパラとページをめくると、すぐにお目当てのところが出てきた。
どうやらバルザンクス周辺では200年に1度くらいの頻度で、天地がひっくり返るような凄まじい雨が降り、大規模な洪水が起きるというのだ。
バルザンクスには文献が残っていないからと、ノイくんは王都の図書館や研究所に出向いたり、魔法特務機関内の膨大なデータベースを何日も漁ったりしていた。
それをまとめた結果が、この論文というわけだ。
普通の人にそれを一から読ませるのは酷なので、ざっとしたまとめを三人に伝えると、シルヴィアさんとジルさんは疑わしげにしていたものの、ガグラウさんの顔色がサッと青白くなった。
「そうだ……村長に代々伝わる木像に……!」
ガグラウさんは慌てて部屋から飛び出したかと思うと、すぐに何かを持って戻ってきた。
ぱっと見ではただの四角い木の板だが、どうやら小さく何かが彫られているようだった。
「『皆が忘れし頃、空が灰色に染まりて土が消える』と書いてあって、前村長とこれはなんなのかと話していたが……これのことだったか!」
おそらくだけど、あまりに強すぎる雨で、麦どころか栄養を含んだ土もろとも流されちゃうんだろうね。
ノイくんのまとめた論文にも、翌年から数年の間は麦が育たず飢饉になった、って書いてある。彼はこれを防ぐために、いろいろと準備していたんだね。
とそこで、論文をぺらぺらめくっていたジルさんの動きが、一つの項目で止まった。
「でも……まだ前の雨から……190年くらい……」
「そう、まだ200年は経っていないので、もしかしたらまだ起きないという可能性はあります。ただ、ぼくがここに来るまでに観測した情報からすると、大雨が来る可能性は十分あります」
そう言い切って、立ち尽くすガグラウさんを見上げる。
ガグラウさんはしばしの間、モニターと論文、そして手に持つ木の板を交互に見ていたが、やがて大きく深呼吸すると、自身の頬を片手でパンと大きく叩いた。
「よし、やるぞ」
その目は、これまでのノイくんの父親としての目ではなく、村長として意志をしっかり固めたような、強い決心をたたえていた。




