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空島暮らしの自由人  作者: はまよつ
第2章:美味しいパンが食べたい!
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3.家庭訪問

 広くて素朴な応接室に案内されたぼくは、シルヴィアさんと向かい合ってテーブルに座った。

 家全体がそもそもログハウスのように木で作られた家ではあったが、中も木がふんだんに用いられた内装だ。おそらく、このあたりにもともと植わっていた針葉樹だろう。

 村長の家、とだけあってそもそも家に応接室があるのが驚いたが、そこには様々な賞状やトロフィーが置かれていた。

 名前を見るに、すべてノイくんが獲ったもののようだ。


「改めまして、いつもノイがお世話になっております」

「とんでもないです、いつもお世話されているのはぼくのほうですから」


 深々と頭を下げてきたから、こちらも再び頭を下げ返した。


「ところで今日はどういったご用件でしょうか?」

「……あれ?」


 おそるおそるそうたずねるシルヴィアさんに、ぼくは小首をかしげた。


「もしかして、魔法特務機関からの手紙は来ていないですか?」

「手紙ですか? とくに我が家には来ておりませんが……」


 新人育成機関によれば、たしか数日前には『家庭訪問をする』という旨の手紙が寄越されていたはずだった。

 不在時は改めて訪れる旨も。

 だから、別にぼくがノイくんのご両親の事情を考慮することなく訪問したわけではなく、魔法特務機関からの通達どおりの動きをしているに過ぎないのだ。

 まあ、他の人たちは何人も教えている人がいるから、不在でも他の人のところに行けばいいって感じなのだろうけど、あいにくぼくの下にはノイくんしかいないからね。

 すると、シルヴィアさんはハッとした様子で続けた。


「このあたりは辺鄙な田舎ですから、手紙が届くのはおおよそ週に1度なんです。ちょうど一昨日来たばかりですから、たぶん次の便にあるものかと思います」

「なるほど! そうしたら、ぼくはだいぶ勇んで来てしまいましたね……」


 正直に、すみません、と謝罪すると、シルヴィアさんは首を横に振って「いえいえ」と言ってくれた。

 ということは、手紙の説明からしないといけないね。


「今日ここに来た理由としてはお子さん、つまり、ノイくんの魔法特務機関でのご状況を、ご両親にお伝えするためです。一年に一度の報告会みたいな感じですかね」

「まぁ、そういうことでしたか! でも困ったわ、夫はいまちょうど出かけてるんですよ……。少しお待ちいただくことになるんですけれど」

「それでしたら、お二人が揃っているときにまた改めて来ますよ。突然押しかけちゃったわけですから」

「それもそれでなんだか申し訳ないわ。わざわざこんな遠くまで来てもらったのに」


 うーん、と頬に手を当てて悩むシルヴィアさん。

 会議で聞いた話によれば、とくに父親でも母親でも、保護者扱いであれば祖父母やお世話になっている人でも誰でもいいらしい。

 大丈夫なのかな、この制度。絶対に悪用したりサボったりするやつ出てくるでしょ。


「いえ、問題ないですよ。たしかに魔法特務機関のある場所からここまでは遠いですが、ぼくはここまで来やすい人ですから。ところで……」


 かぶりを振りながら、ぼくはくんくんと匂いを嗅ぐ。

 先ほどから、家の中にとてもいい香りがしていたのだ。


「この香りって、この村で採れた麦を使って焼いたパンの香りですか?」

「ええ、そうなんです! ノイが小さなころに発明してくれた、この村の特産品なんです。よかったら、食べてみますか?」

「いいんですか!? ぜひ!」


 ぐー、とお腹が鳴る。

 魔法特務機関のある島からここに来るまででも食べたけど、本当に香り高いパンで、とっても美味しいのだ。

 ちょうど焼き終えてすぐくらいだったようで、シルヴィアさんはすぐに焼きたてのパンを持ってきてくれた。


「お口にあうといいんですけれど」

「いただきます! んー!! すごく美味しい!」


 ホッとした様子のシルヴィアさんが視界に入るが、申し訳ないが今はそんなことに気を遣っている余裕はない。

 ノイくんが自分で焼いたパンも美味しいけれど、あれは冷蔵用の魔道具で冷やしたりしたあとだった。

 でも今食べているこれは、焼きたてで小麦の香りが段違い。

 外はサクサクと歯ごたえがよく、中はもっちりと弾力があって、なにもつけなくともとても甘い、これまで食べたことがないほど美味しいパンだった。

 外側に塩が少し振られているからか、甘さの中にすこし塩味を感じるのも、このパンの美味しさを引き立たせている。

 ぼくは最後のひとかけらまで食べきってから、シルヴィアさんを見つめ返した。


「すごく美味しかったです。以前ノイくんが焼いたパンも食べさせてもらったんですが、どちらも最高の美味しさです」

「ふふ、なら良かったです。ノイは、こんなただのパンを食べさせるなんて恥ずかしい! なんて言いそうですけれど」

「これをただのパンって言うなんて、ノイくんは贅沢ですね」


 そんな感じで雑談をすること十数分。

 パンのレシピを聞いたり、ノイくんの幼少期の話を聞いたりしていたら、玄関扉が開く音と同時に「ただいまぁ」と男の人たちの声が聞こえた。

 その声のほうに振り向くと、ガタイの大きな、どちらかというとノイくんとはそんなに似ていない男性が二人立っていた。

 一人はそれなりの年を召しているけど、もう片方はどちらかというと若めだ。

 年を召したほうの男性はぼくを見るなり、合点が行った様子だった。


「村の人たちが『ノイの上司が来てる』だなんて言ってたが、あんたのことだったか」

「初めまして、突然お邪魔してすみません。マヒリトと申します」

「ノイから話は聞いてるよ。俺はガグラウ、この村の村長だ。こっちは俺の息子、ノイの兄のジルだ」

「……どうも」


 どうやら、ジルさんはガグラウさんと姿は似ているけど、性格は反対にいるようだ。言葉少なにぺこりと会釈してくれた。

 たいしてガグラウさんは、こちらに勢いよく歩いてきたかと思うと、ガシリと力強く握手をした。……これまでに感じたことのない握手の圧だった……

 ぼくが先ほどシルヴィアさんに話したのと同様に、バルザンクスまで来た経緯を伝えると、二人は無事に納得してくれた。


「ノイのやつ、機関で働きはじめてから、最初の数か月で一度帰ってきたんだが、それからは帰ってきてなくてなぁ」

「連絡がないのが元気な証拠、だなんて言うけれどねぇ……ノイは元気にやってますか?」

「そうですねぇ……」


 ガグラウさんとジルさんもテーブルに座ると、ぬるっと三者面談ならぬ四者面談が始まった。

 とはいえ、僕はたしかにノイくんの上司ではあるけれど、そこまでノイくんと密に接しているわけではない。ちゃんと見てはいるけどね。


「おそらくですが、ぼくよりも適任がいますから、そちらに繋げますね」


 そう言って、ぼくはローブの中から――ハヤブサを取り出した。

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