1話 初心者案内
翌日、約束の時間に駅まで宮内を迎えに行った。
「こんちわ」
「世話になるな」
初心者専用だし、あまり気負わなくて良いと伝え、バス停に並んで待つ。他の客は婆さんくらいだ。
「どんくらい活動できそう?」
「部活の代わりに塾を始めたから毎日は無理だな。でもそんな入れてないし、前よりはずっと暇な時間が多いよ」
火木土の三日とのこと。
「今まではサッカー中心だったのに、下手すりゃトップ目指せんじゃない?」
「どうかな。神崎は手強い」
苦笑いを浮かべていた。さすが宮内、あの娘とも仲が良いようだ。
「ここらで映世に移っても、意味ないんだよな?」
「安全なのは社周辺でしか出現しないからね」
しばらくするとバスが停車し、空気の抜ける音と共に扉が開く。
お婆さんの乗車を手伝うとか本当にイケメンだね。
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やはり車は速い。そんな時間もかからずに廃校舎へ到着した。
「こんな場所もあったんだな、良い情報を得た」
なんだ宮内、デートにでも使うつもりか。
俺は許さんぞ。中心地に行け中心地に。
ちなみに県庁所在地より、大型ショッピングモール周辺の方が都会だったりする。一応県内で活動する最終目的地はそこだ。
「地元でもないと、普段はこっちこないか」
1階がカフェで、2・3階には資料や小学校時代の写真・教材・体育道具が展示されている。
「給食かぁ、中学以来だな」
「俺もだ」
昼時はカフェじゃなくて食堂になる。
さすがに銀色の器じゃなかったけど、久しぶりの給食っぽい昼飯を済ませた。
窓からは少し荒れた校庭が窺え、数名の子供がサッカーボールを転がしている。
会話をしながらの食事中も、宮内はその光景を眺めていたが、あの夕焼けとは別だなって感じた。
・・
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食後の休憩を挟み、俺らは校舎裏から山道に入る。距離としては10分ほど、目的の社へとたどり着き、さっそく例の青銅鏡と対面する。
「これが全ての切欠なんだな」
「まじでビビったよ、最初」
左右の扉を開いた先にあったのは清んだ鏡と、壊れた錆びついた残骸。
「あぁそう言えば、自宅の姿見で換金画面確認できたぞ」
昨日説明書でそれを知った時は驚いていた。
あまり期待しないよう、出ていく要素が多いとはちゃんと教えてあります。
「残念ながらランダム合成ってのは無理だったよ」
「こっちでも試してみる?」
青銅鏡でも彼の操作では開けなかった。
「やっぱ一定額の換金が条件か」
「だねぇ」
換金する宝玉はこれから仕入れなくちゃいけん。
「んじゃ、準備はそろそろ良いかい?」
「あぁ~っ、緊張してきた」
宮内はすでに手鏡を持参している。妹に良いのがあったら貸してくれと頼んだら、すこし元気になったみたいだだし、お祝いだってもらったらしい。
なんか羨ましいんですけど。
「1年生だっけか?」
「そうそう」
宮内の妹とくれば、俺の耳に入るくらい話題になるのはそりゃね。入学したばかりだし、まだ見たことはありませんが。
家族としても嬉しかったんだろう。
「じゃあ早速、映世とやらへ」
「始めていく場所だと、ちゃんと鏡を操作して移るのをお勧めするよ」
互いに鏡面を触り、映世に移りますかという文字をタップ。
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武具名はそのまんまだが、〔騎士の片手剣〕と〔騎士の中型盾〕だった。
スキルは黄剣とパッシブの2つ。
社はセーフゾーンなので、その場から移動していると。
「来たぞ」
闇ではなく、草むらに光りが発生すれば、そこに社専用の敵が出現した。
「良し」
唾を飲み込んで、気合を込めてから道を外れる。
木製の棒人間で、間接部が丸いゴムみたいなものとなっている。得物は持っていないので、そのまま殴りかかってくる。
最初だから仕方ないが腰が引けてんな。でも本来の運動神経を活かし、なんとか拳打を躱していく。ドリブルとか役に立ってんだろうか。
「試しに一度殴られてみると良いよ、HPっての体験しないと解らんから」
「そっ そうか。了解した」
俺は枝先で手の甲を引っ搔いて試したんだけど、そうすりゃ良かったか。
宮内は剣を持った前腕でゴム状の拳を受ける。するとその部位が薄く光った。
「……へぇ。これが」
そこからは見るからに動きが変化する。
攻撃は仕掛けず、慣れるためか盾の使用や回避に専念してるようだ。
落ち着いた口調で。
「先にスキル試しとくべきだったな」
しまった、俺も忘れてた。
古本に書かれてるから、使い方は知っているはずだけど、一応ここでも伝えておく。
「対応する武器に意識を集中して。〔剣〕に向けて心の中で黄剣って語り掛ける感じ」
〖黄剣〗 剣専用。電気を帯び、命中位置に確率で弱の感電を付与。身体が黄く光りスタミナを強化(極小)。徐々にMP消費(極小)。
白盾と合わせることで、マントのエフェクトをまとい、素早さと動体視力を強化(極小)。
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・・
それからも数度の戦闘を繰り返す。
〖勇気を胸に〗 総HP増加(小)。HPMP秒間回復(極小)。身体強化(極小)。
HP0になると戦意高揚。痛み緩和。防御力強化(中)。身体強化が(極小~小)
「すまん、先に精神保護のを渡せばよかった」
「人に教えるのも初めてなんだ、色々と不備がでるのは仕方ないさ」
例外もあるけれど、共用可能なビー玉。
パッシブ《精神保護・攻撃命中時にHP回復(極小)》をセットしたことで、安定感はさらに増した。
「強力だけど、HP切れてからが本番かぁ。こっちにする?」
《死亡時に肉体を再生して復活。冷却1週間》
宮内はこれを受け取って内容を確認。
「いっ、いや。そんな勇気はちょっとないかな」
「だよねぇ」
俺は春休みをここで活動したけど、途中から全然レベルが上がらず。今は一人でもないわけだし、明日からはもう学校にするか尋ねれば、そうしてみるかとの返事をもらった。
・・
・・
夕方となり、とりあえず一緒にバスで駅に向かう。
通路を挟んだ向こう側の座席。
「宮内君、ちっと聞きたいことがあるんだが」
「別に呼び捨てでも良いぞ」
なんだと。
「それは駄目だ。俺の沽券にかかわる」
「まっ、まあ別に良いけど」
自分の胸を指さし。
「お前の観点からでいいから、もし精神的に追い詰められてそうな相手がいたら教えてくれ」
交友関係は俺よりもずっと広い。
「そうか。同じ目に遭う危険が高いってことだよな……お前呼びは沽券にかかわらないんだな、別に良いけど」
人助けは俺にとって活動の中心じゃない。
「そりゃ手の届く範囲なら、出来ればなんとかしようともするさ。ただ事前に防ぐってのは難しいと思う」
原因の改善なんて簡単にできることじゃない。
「相手の人生に踏み込んでたら、それこそ切りがないよ」
映世に出現した対象を倒す。
「一時的に気分を晴れさせるだけでも、十分な意味はあるはずだ」
宮内は腕を組んで考えこむ。
「そうだなぁ……槙島真希って生徒知ってるか?」
「神崎さんと仲が良い娘だよな」
学校に許可をもらうとか話してたはず。昨日も家族関係で出かけてた。
「家庭環境が悪かったりすんの?」
映世での活動があるため言うけれど、他言は控えてくれと頼まれてから。
「良くある反抗期で父親とは中学卒業ころまで一方的に嫌ってた。今もちょっとギクシャクしてるそうだ」
本人から聞いた話とのことで信憑性は高いか。
「癌になったらしくてな。手術そのものは成功したけど、あの病気って転位とか再発があるだろ」
臓器によっては5年・10年後の生存率は何%って感じだっけ。
「そうか」
だとすりゃ事前に防ぐとか、それこそ無理そうだ。
「もしかしたら次の検診で再発する可能性がある。そういったのが積み重なっていく」
「やっぱ人の悩みを払拭するなんて簡単にゃできんわ」
宮内の場合は映世での活動と相性が良かった。あの世界なら普通に動き回れるし、上手く行けば完治だってするかも知れん。
「存在が消えてからの対策を考えとくか。何処に迷い出るか」
「槙島にとって印象の深い場所」
サッカーをできなくなった宮内が迷い込んだのは、部活の練習場所として使っていた校庭。
「病院とかか。今も術後で入院してると聞いたが、場所までは流石にわからんな」
「昨日君と戦う前に、学校の最寄り駅で偶然あった」
その内容を思いだしながら。
「普段関りないんだけどね。前に神崎さんから宮内の情報聞き出してたとき、少しだけ顔合わせたのを覚えてたのか、呼ばれて話しかけられたんだ」
「そうなのか?」
宮内ってやつを知っているか尋ね、知らなかったから他校の生徒だと説明した。強豪校で周りも優秀な奴ばかりだから、なんか応援できないか考えている。
「神崎とは友人関係だったけど、やっぱ忘れられてたんだな」
「んで、今から家族の用事だって別れたんだけど、それがお見舞いなら大学病院とかじゃねえか?」
癌の手術ができるとこは限られてる。設備の整った大きなところ。
どこも学校からまあまあ離れた場所か。
「俺らのレベルだと、学校の周辺が限界になる。神社仏閣なんかは大鳥居ほどじゃないけど、似た効果はあるらしい」
あとは教会とか、ある程度の力をもった新興宗教。
「もしものときそこまで遠出できるよう、今は少しでもレベル上げか。どこの病院に入院してるかは、前もって調べといた方が良いな」
うなずきを返す。
「家の親戚が入院してるんだけど、巻島さんのお父さんはどこの病院なんだ。こんな切り出しでどう?」
「それ踏まえて、ちょっと考えとく」
助かるわコミュ強。