1話 始業式
我が校は始業式を迎えた。校長は夏休みという期間を挟んでも、なにひとつ学んではいないようで、相変わらずその話は生徒諸君に響かないようだ。
ここはお手本という形で実践してあげたい所ではあるけれど、人前でそんなことをするのは恥ずかしいので赦してくれ。
などと偉そうなことを言っているけど、俺も話が長いって巻島さんに止められてるんですけどね。
かの有名な独裁者は演説の達人らしいので、身振り手振りを動画で一度観察してみるか。ああでも校長の話は演説とは違うか。
「暑いなぁ、はやく始業式おわらんかな」
体育館の空調は人が集まるほどに効きが悪くなりがち。
「校長いつになったら終わるんだよ」
同級生たちはもう我慢の限界なようだ。哀れ校長。
「9月ってまだ夏じゃん。どうせならツチノコ狩りなん中止して、体育祭を6月にすりゃ良かったのにさ」
気温の上昇が騒がれる昨今。運動行事を涼しい時期に変更した学校もあるようだけど、うちは従来どおり9月の開催だった。
まあマラソン大会がないだけ有難いんだけどね。
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教室にもどり、先生が来るのを待つ。
体育館の暑さにへばっていた太志のもとに、神崎さんがニコニコしながら足を進めていた。
「暑そうだね大堀くん、体調はどうかなぁ」
机にアゴをつけていた太志は、驚いて身体を起こし。
「ふへぇっ 問題ありましぇん」
「機嫌悪くなってたりしない?」
俺は着席すると、スマホをいじって聞こえてない素振りをする。
「きょ、今日は半日ですし、むしろご機嫌麗しく」
「そっかぁ」
彼女はフレッシュなオークとの再戦を心待ちにしていた。
ニコニコしながら太志から離れると、俺の横を通り過ぎる。
「残念だねぇ」
「……」
だってチャンスだと思ったんだもん。
・・
・・
ロケット発射大会。
中学校での一件で、太志と戦えるんじゃないかと思い、その結果なんとか勝利を掴む。
鏡社の影響もあって弱体化されてたとはいえ、やはり報酬は素晴らしいものでした。
まあスキル玉も包丁も販売許可証だけで、実物は入手できなかったんですけど。
学校が終わると、俺たちは近くのファミレスに集合する。今日はケンちゃん以外は参加可能なので、校庭の大鳥居を試してから野球部のグラウンドに行く予定。
「あの、良ければ自分も許可証ぶんくらいは出しますよ」
「そういうの良くないと思いまーす。はいこれお金ねぇ」
彼女は〔肉切り包丁〕の購入を目指している。
手元にあると使っちゃうからその対策として、お金は俺が保管という形になっており、必要分そろったら許可証ごと渡すことになった。
美玖ちゃんは封筒を受け取る俺の手元を見つめ。
「重力場を強化してくれるんでしたっけ?」
攻撃した対象に回復妨害のデバフ(極小)を数秒間付与。
浸食系のデバフを受けた敵には、包丁でのHPダメが増加。
〖重力場〗に黒い沼を発生させる機能もあるけど、包丁を地面に突き刺さないといけない。
「そうそう。浦部君のは片手メイスで重力場つかえるけど、私だとちょっと難しいかな」
「〖武器操作の触手〗をセットすりゃ、大剣を振った直後に包丁も突き刺せますかね」
本当は〖肩腕〗の方が良いんだけど、そっちのスキル玉は高い。
「それか確率で〖沼〗のスキル玉をゲットできますんで、〖土の大剣〗と合成させるって手もあります」
包丁を買うと稀に〖黒い沼〗になる。このスキルは太志が転倒した時に使ったやつだから、移動阻害と浸食の触手が発生するんだと思う。
「うぅ お金がいくらあっても足りないよ」
〖沼〗じゃなくて〔包丁〕が良かったって場合は、5000円で交換できる。
「これ以上の高みを目指さないなら、もう余裕で生活費も稼げるんだけどね。アタシもお父さんに効果(大)のポーション飲ますなら、上級目指さなきゃだし」
現世だと一段階さがるからな。この前、始めて効果(中)を飲ませられたって巻島さん喜んでた。それでも素材に《疲労回復(大)》とかが必要になってくる。
「じゃあ浦部、俺も〖黒い肩腕〗を頼む」
宮内からもお金の入った封筒を受け取った。許可証が欲しいとのことで、そっちの金額だ。
「毎度あり。許可証くらいはタダでも良いんだけどな」
「浦部さん、こういうのはしっかりしなきゃダメですよ」
〖黒い肩腕〗 左右どちらかの肩甲骨から腕のエフェクトが出現する。触手よりも太く、大きな力を込めれる。
宮内は盾での受け止めで使いたいと言っていた。
「スキル玉や武具は通常難易度だと、大堀や細川クラスの相手じゃないと出ないからな」
たぶん販売許可証も一般の敵じゃでない。
ウーロン茶をストローで飲み終えると、巻島さんはこっちを見て。
「そういや黒い鎖はどうしたん?」
「お金払いましたよ。初回サービスって書いてあったんで、来月はもうちっと費用も掛かるんじゃないっすかね」
フレッシュオークの報酬で俺は〔黒の留め具〕という道具をゲットした。
どうやら傭兵団に情報収集や暗殺の専門部隊はなかったようだけど、そういった内容は別の組織に依頼していたらしい。
そこら辺が反映されたようで、毎月お金を振り込むといった形で再現されてた。
今月は5万だっけど、次からは8万とのこと。
美玖ちゃんはピザを自分の小皿に移し。
「味方は属性と浸食耐性で、敵は浸食でしたっけ?」
「最大数はまだ1ですね。効果もレベルが低いけど、赤や青と同じで小から大ってな感じになるかと。敵の場合は憎悪が付きます」
これは俺専用だからか、販売許可証はない。
「あと咎人のメイスで原罪は出現しないっすね」
たぶん協力組織にもリーダーはいたけど、そいつに対しては傭兵団ほどに罪悪は感じてなかったのかな。
「アタシもクロちゃんに〖肩腕〗は合成させたいかな。でも今は壊れた滑車の装飾品も買いたいし」
東京遠征でゲットした報酬の割り当てだけど。
〖障壁〗 美玖ちゃんの盾型障壁と合成。
〖攻猿〗 神崎さんの修羅鬼と合成。大剣のエフェクトサイズを調整できる。小さくなるほどHPダメ強化。
〖見えな猿〗 俺の白鎖と合成。
〖守猿〗 巻島さんの青人と合成。部位ごとに物理属性強度がつく。上半身、腕、前腕と範囲が狭まるほどに頑強となる。
〖武器操作の触手〗 宮内の時空盾障壁。物理属性強度(小)の触手を一つ召喚。〖障壁〗系のスキルとは一緒に使えないらしく、合成したら消える。
宮内は腕を組み。
「シーズン制を含めて、運営は俺たちに現実無双をさせるつもりはなさそうだな」
「なにかに付けてお金だしねぇ」
三好さんの能力も量産できる仕組みにはなってない。そういう設定の隙を突いて大儲けってのができりゃ、立派な某小説サイトの主人公なんだけどな。
「俺らってガチ勢には程遠いっすからね。ネットが普及したのもあるけど、連中はマジで半端ないですよ。開発者の想定を軽く突破してきますんで」
「だがこのゲームの運営はガチ勢じゃなく浦部を、俺たちを選んだということになるのか」
ハクスラ系のそういう奴らなら、もうレベルはとっくにマックスだと思う。
運営の想定だと最大ダメージが1000くらいだとしても、彼らは数倍・数十倍って数値を叩きだすんだ。
もしバグみたいな隙間を見つければ、もうゲームバランスが崩壊したりする。エンドボス瞬殺とかね。
「日本の近海には、けっこうな量の燃料が埋まってるってのを聞いたことがあります。実際のところは分かんないけど、もしそうだとしてこの国はなぜそれに手をつけないのか」
技術力が足りないのだろうか。
「エネルギーになる素材を報酬で得ても、ヤバイ連中に潰されちまうってのが三好さんの考えです」
「なんか、怖い話ですね」
俺は陰謀論なんて信じちゃいないし、エンターテイメントくらいにしとくべきとも思う。でも聞いてると怖くなるよ。
「全ての病に効く万能薬が開発されたら、薬を専門に扱う会社は大打撃になります。そんなものが存在しちゃ困るから、巻島さんのポーションなんてあっちゃいけません」
「……そっか。そう、だよね」
「悲しいかな、俺たちにはそういうのを覆す頭脳もなければ力もない」
美玖ちゃんも腕を組み。
「だから運営は現世だと、1段階下げるって風にしてるんですね」
もぐもぐと咀嚼していた神崎さんは、ピザをゴクリと飲み込むと。
「なかなか難しいんだねぇ。でも私たちは私たちの目的に従って、今日も活動をがんばろー」
「そうっすね」
「だな」
なんとなく神崎さんみたいな人が、そのうちガチ勢になるんだろうなと思った。
ガチ勢と廃人は紙一重なんで、少し心配ではある。
俺もけっこう重いユーザーではあるけどさ、けっきょくのところ彼らが練ったビルドを、攻略サイトなんかで真似ている場合が多い。そうするのが一番火力でるんだもん。
今回のシーズンは自分でビルド練ろうって場合もあるけど、それだと運営の想定以上のキャラは作れないんだ。




