5話 雷門・ボス戦
戦いが終わっても、あまり休む暇なく次が出現する。
「敵の出現率が、ショッピングモールの非じゃないっすね」
雷門を下手に目指すべきじゃなかったかな。
「疲労緩和のポーションじゃなかったら、やばかったねぇ」
軽く息を切らしながらも、神崎さんは楽しそうだ。
「この1時間で1日ぶんの戦闘は熟してるよ」
「しかも俺たちと同数がそれ以上だ」
俺は全員を見渡して、疲労が濃そうな人に〖黄の鎖〗を放つ。
「すみません浦部さん」
レベルがこん中じゃ低めだからな。
「お気になさらず。他に欲しい人は居ますかね?」
「アタシは基本精霊任せだから大丈夫」
召喚主体だとこういう利点があるんだな。ゲームだとキャラ疲れんから気づかなかったわ。
「俺に貰えるか」
「おうよ」
宮内に向けて射出する。
〖黄色の滑車〗だけがその場に残り、鎖は彼が歩くたびにどんどん伸びていく。
「もしリスポーン地点に送られたら、そこで待機すること」
登録しているのは進入地点の鏡。男女トイレ両方から脱出できるようにしており、セーフゾーンでもあった。
「ビー玉の確認できてないやぁ」
すぐに敵が出現するものだから、回収だけを済ませて俺らは先を急いできた。
「帰りは香水を使いましょう」
「ん~ わかったぁ」
本当に元気っすね。疲れよりテンションが優先されているわけだ。
周囲を見渡しながら皆が小走り。普段よりも警戒は高い。というか普段そんな警戒しない。
ガチの命がけなら話も違うんだけど。
そんなこんなで俺たちは雷門に到着する。広場じゃなくて車道だけどね。
宮内が〖盾と剣〗を構え。
「お出ましか」
「……一体か」
ワクワクの声色で。
「ボスかなぁ!」
「そんな都合よく強い前世持ちとか、居るもんなの?」
「運営が選んでるんでしょうね」
どうやら海外の人らしい。
マイナスなので姿が変化するのは一度。
皆の視線が正面から、見上げるものへと変化する。
巻島さんは困惑気味に。
「こういうのに魂って宿るの?」
「日本じゃ八百万ってのもあるじゃないっすか」
美玖ちゃんは雷門に一瞬意識を向け。
「あっちの2体は動きませんよね」
「さすがにそれはないだろ」
闘魂をメラメラさせながら、神崎さんは〖大剣〗を肩に担ぐ。
「燃えてきたぁ!!」
連戦が続いているので、すでにテンションは最高潮。
「鬼姫はなるべく使わないでください、脱出の余力がなくなりますんで。もし必要なら、まずは精霊合体を当てましょう」
「はーい」
東洋の甲冑に矛をもった巨人。ただそれは生物とは思えない。
動く石像。
「美玖さんは雷雲の準備を始めてください。他の敵が湧くかも知れないので、それに備えて」
「はいっ!」
選択スキル。
〖雷雲〗
鞘に剣を入れたまま空に浮かし雲を発生させる。蓄電鞘の強化版。
雷の保有量は二段階(固定)。それ以上は改良が必要になり、雲の厚さと大きさが変化するんだと。
選ばなかったのは〖真・雷光剣〗で、こちらも雷の保有量があり。雷撃を二度放てるらしい。
ほぼ宮内のと同じだから、個人的に違うのを選びたいとのことだった。軽鎧が輝き、速度がもの凄く上昇する。
改良すれば雷撃も複数回放てるんで、彼の強化版ではあるんだけどさ。
「聡美、まだ行っちゃダメだよ」
「うぅ~」
今にも駆け出しそうな神崎さんに〖青白の鎖〗を放ち、精神を少しでも安定させる。彼女の先走りは超強力なパッシブのデメリットだから、その対処をしていくしかない。
「宮内が憎悪で引き付けて、神崎さんは回り込んでくれ。守護盾はとりあえず巻島さんと美玖ちゃんに」
〖赤黄の鎖〗を宮内に射出。
「精霊はもう少し待ってください、様子を見ます」
「わかった」
〖時空盾〗の障壁から〖触手〗が伸びる。石像は後ろにさがり、地響きと共に逃げようとするが、動きは遅く掴むことに成功。
「くそ、道路陥没してら」
「修理費がぁ」
「じゃあ俺は行く、後は頼むぞ」
勇者が〖盾〗を構えながら前進する。
「もし後から敵が出現しても、引き寄せるのはデカブツだけで良いぞ」
「了解!」
巨体の背中から〖憎悪の靄〗が発生。こちらへと大きく踏み込み、アスファルトごと矛で宮内を薙ぎ払う。
短剣込みの〖守剣〗が間に入るが、宙に浮いているため弾かれてしまう。
それでも物理攻撃を弱める膜が発生していた。質量にとんでもない差があるはずだけど、現実ではありえないような抵抗が発生し、振るわれる武器の速度が低下していた。
《装備性能低下(小)》にどれ程の効果があるか不明でも、〖時空盾と障壁〗が難なく受け止める。
すでに短剣は盾鞘へと転移を済ませていた。赤い〖浮剣〗が重なることで身体強化。
回り込んでいた神崎さんが、石像の側面から飛びかかる。
「〖てりゃぁぁあっ!〗」
矛を握っていた前腕に強烈な切断線が刻まれ、さらに〖修羅鬼〗が追撃。
しかし続けて【白い光】が発生し、気づけば切り口の輝きは鎮まっている。
「あんだけの深い切断線なら、もうちっと残ってから消えるはずっすね」
「回復持ち?」
俺はうなずくと、いったん意識を周囲へと向けた。
雷門前の広場に1名の影を確認。
「回復の妨害目的でクロちゃんを石像に当ててください。とり兵衛さんはそれ以外の敵にお願いします」
「りょ」
俺は装備タイプを変更して、左手に脇差を握る。回復の妨害にはこれの〖黒刃〗が最適なんだけど、まだ敵が増えるかも知れないので様子を見たい。
「巻島さんの鉈を美玖さんに渡して」
〖雷雲〗は片手剣だけでなく鞘も使えないので、美玖ちゃんもなんらかの武器は買った方が良いな。
クロちゃんを呼び出したのち、巻島さんはベルトホルダーから鉈を抜く。
「ほいよ」
「ありがとうございます」
〖豹〗が加わったことで、ある程度でも回復の妨害にはなったか。
黒の滑車とかありゃ良かったんだけど、傭兵団に暗殺部隊みたいなのは存在しなかったようだ。
宮内の触手にも確か《命中時に確率で弱の浸食》があったはず。
タワー方面の道路に3人の影を確認。
美玖ちゃんに〖青鎖〗を放ち、鉈の性能を強化する。
「抜けて来たのを青大将と協力して凌いでくれ」
「わかりました」
一体が猿に変化すると宮内に狙いを縛り、他はこっちに来るようだ。
俺はいくらか前に進んだのち、〖無色の滑車〗を自分に放ってから、〖一点突破〗で彼を目指す大猿に特攻する。
そいつはこちらに気づき、【片腕】を青く光らせて切先を受け止める。もう片方の【爪】が赤く光るが、即座に〖衝撃波〗を発生させて遠ざけるも、実体のない一回り大きくなった【腕】が俺をかすめる。
「この〖防護膜〗、本当に有効だな」
上半身だけでも攻撃を弱体化させてくれるので、かなり安心して突っ込める。しかも10秒ほど残るのだから有難い。ただし氷は発生しない。
姿勢を崩した大猿の太腿に右手のメイスを叩きつけ、無理やり振るってきた【青い片腕】を脇差で受け止める。
〖赤の鎖〗を猿へと打ち込む。熱感の並が発動したようで、これを好機と数発追撃を喰らわせるが、まだHPは削り切れず。
その時だった。
猿が大口を開けると視界が白く染まる。視界不良を貰ったようだ。
思わず一歩さがってしまい、相手に姿勢を立て直す隙を与えた。
喰らった直後は何も見えなかったが、今は幸い視界不良の弱くらいになっている。
猿の【赤腕】を〖無断〗で弾く。
「視界不良ってこんな厄介だったんか」
〖メイス〗を猿の脇腹へと打ちつける。
もうすぐ味方の〖鎖〗が解除されそうだったので。
「すまん神崎さん、こいつの対処に回ってくれ!」
敵の攻撃を無視して動き、〖赤い滑車〗を〖破壊〗すれば大猿が銀色に輝く。
俺も一発もらった。
「こいつかなり強い、気をつけて!」
「わかった!」
自分だけを対象にして〖巻き取り〗を起動させれば、全ての〖鎖〗が残り時間を延長された。
引き寄せられても姿勢安定はされているので、意識を神崎さんに移した猿に〖赤い鎖〗を再度放つ。
〖脇差〗に〖黒刃〗を発動させ、石像に向けて投げつければ、回転しながら刃が巨体の足に減り込む。
・・
・・
雷門の奴も赤鳥が消えたので、移動を始めていた。
「宮内、一体そっち迫ってる!」
「わかった、いったん石像から距離を取るぞ!」
それでも憎悪があるので、巨像は宮内を追っている。
鎖の巻き取りが終わり、二人のもとに帰還。
〖守護盾〗による防御はすでに使い終え、美玖ちゃんは鉈で敵と斬り合っていた。
〖青大将〗は〖ナイフ〗が心臓部にあり、もう一方の敵を押しとどめる。
装備を切り替えて脇差を石像の足から手元にもどす。
背後から彼女と戦っている賊風の男を〖一点突破〗で突き刺したけど、衝撃波は美玖ちゃんを巻き込みそうなので使用しない。
「すんません、大猿にてこずった」
切先を抜きながらメイスで追撃後、すぐさま下がって距離をとる。
賊は現れた俺に対応しようとしたが、美玖ちゃんがそれを許さず。
「動きを阻害します」
地面に〖メイス〗を打ちつけ、〖重力場〗を発生させた。
「よかった、かなり厳しかったんです!」
空を見上げて。
「完成までどんくらいっすか」
「あとちょっとです」
鉈で動きの鈍った賊を攻撃するが、そいつは白銀の【障壁】を造りだして防ぐ。
「さすが上級だな」
HP回復を持っている可能性も高いので、〖黒刃〗で背中を斬りつけた。メイスで追撃すればその感触が生身へと変化している。
「浦部っ! 青大将が抜かれた!」
「しまった」
こいつに気を取られ過ぎていた。髭面なのに子供ほどの身長しかない敵が、こちらへと【ダガー】を投げてくるが、脇差で弾こうと腕を動かす。
その【ダガー】は【黒い触手】に握られており、俺の腕を避けて顔面へと突き刺さった。一点突破の〖防護膜〗と〖突風〗が威力を弱めたがHPは大きく減少。
小人が腕を振り上げれば、【触手】が連動して【ダガー】も空へと舞い上がる。
視線の先。
電気を帯びる薄い雲が一帯に広がっていた。
「落ちてっ!」
雷鳴と共に幾つかの〖電撃〗が降り注ぐ。
眩しさに一瞬視線を塞がれたが、落下してくる【ダガー】を目で追えた。それを補えるだけの肉体も有しており、膝を曲げて靴底で地面を蹴る。
一歩さがって回避に成功。蓄電鞘の発生であるため、《雷を落とすとHPダメ軽減と素早さ関係強化》が機能したのだろう。
美玖ちゃんの鉈にも〖雷〗が落ち、叩き込まれた斬撃が賊を切り伏せる。
〖青大将〗が凍った腕で小柄な相手を抱きしめれば、雷撃が両者に命中。
俺は即座に接近すると、小人の首を脇差で断つ。
ボスと思われるこのデカブツだが、多分強さとしては〖修羅鬼〗の方が上だ。
しかしこれまでの連戦に加え、それよりも明らかに一段階強い他の敵。
他の敵も何体か新たに出現していたが、〖雷雲〗の完成により戦況が一気に傾く。
確かに属性攻撃ではHPしか削れないけれど、一撃は俺の滑車破壊と同じくらいの威力がある。しかも味方に落せば素早さ関係を強化ときた。HPダメはあるけど軽減されている。
「巻島さん、精霊合体でデカブツを攻めてくれ。もし削り切れないようなら、神崎さん鬼姫を使って!」
「ベースはクロちゃんで良いね、ちっとまって冷却中だから!」
もしそれでも駄目なら、俺が咎人のメイスを使う。〖雷雲〗が終わるまでに決めるぞ。
・・
・・
道路は陥没し、信号はねじ曲がり、標識は地面に落ちていた。
「皆っ! 報酬を回収次第撤退するぞ!」
全員で走り回り、落ちていたビー玉を拾おうと動き出したが、宮内の前が銀色に光ると沢山のそれが一まとめに落下する。
「運営が便利機能を使ってくれたみたいだ、香水を使って脱出しましょう!」
「大丈夫か?」
「ふぃ~ やばいかもぉ」
石像はHP0になっても回復は健在で、砕いた傍から破片が茶色と白に光り、宙に持ち上がって修復されちまう。
だから俺の黒刃で回復を妨害しながら、クロちゃんベースの合体で攻めたけど、削り切れなくて神崎さんに鬼姫をつかってもらった。
「香水つかっても、なんどか戦闘はあるはずです」
疲労回復のポーションを飲んでもらい、〖黄の滑車〗と〖鱗粉の風〗でさらに癒し、なんとか走れるまでにはなったか。
「急ぐぞ」
「はぁーい」
「戻ったらご飯にしよ」
「私もうペコペコです」
時刻はすでに昼を回っている。
その後、3度の戦闘を重ね、俺らは疲労困憊で帰還を果たす。
残念ながら完勝とはいかず、宮内と神崎さんはリスポーン地点に飛ばされました。
やはり味方が減ると、敵の数もそのぶん少なくなるみたいだね。
まあでも無事みんなして帰ってこれて良かった。
お昼ご飯か。
浅草名物ってなにがあるんだ。




