9話 姉
ケンちゃんは闇に包まれると、そのまま倒れていた。俺は疲労もあるので、彼の傍らに腰を下ろし。
「付き添ってるから、皆は報酬の確認をしてくれ」
旗持ちの団員が《一部の疲労を引き受ける》ので、今までよりはかなりマシだ。
「ありがとう、でも私もムリぃ」
運悪いんだよね神崎さんってさ、たぶん疲労中だわこれ。上級だと脱出考えなきゃだし、マジで使いどころ難しいな。
まあいざとなればリスポーン地点にも戻れるし、敗北時のデメリットも今のところないんだけど。
「すまんな。じゃあ俺が確認させてもらう」
宮内の疲労は(小)ってとこか。最後の攻撃凄まじかったわ。
準備完了まで強の感電を受けるし、鞘から抜けばデバフは収まるんだけど、終了後にHPをかなり持ってかれるんだったかな。
俺は疲労回復のポーションを飲み、2人には〖黄の鎖〗を放つ。
「いつもすまんな」
「ありがとぉ」
巻島さんが居れば鱗粉とかお願いしても良いんだけど。
宮内はビー玉より一回り大きいのを手に持っていた。
「スキル玉か。今まで枠が足りなくて困ったことはなかったが、この要素が出てくると話が違ってくるぞ」
〖分鏡の絆〗
パッシブ。
全部位可能。
HPMP秒間回復(極小)。
守り3種強化。
手鏡が壊れなくなる。
これをセットした人物のスキルを、鏡盾の装備者が一つ使える。対象外のスキルもある。
「数は4つか」
武器とかに固有スキルが付いているのは、スキル枠を消費せずに使えるんだけど、対象装備を持ち歩かないといけない。
渡された報酬を確認していた神崎さんが。
「私は難しいよぉ、ただでさえ今はスキル枠足りないもん」
ビー玉の内容を理解したのか、満面の笑みになっていた。
「やったぁ 鬼姫のソケット+1だ、しかも浮いてる般若の数ごとに身体強化(中)だって!」
彼女は召喚じゃなく自分で戦いたいと鬼姫を選んだ。
出来れば次は屈辱の角にした方が良いと思うんだけど、このヤバイ効果だと無理かも知れん。
「これは美玖のだ」
「ありがとう……素早さ関係強化と、素早さに比例して身体強化。これってどういう意味なんですかね?」
凄く早いけど軽い球ってのがあったとして、それが凄く早くて重い球になるって感じかな。
「俺も同じだ。上手く説明できんけど、置き去りにしてた他の能力が追いつくらしい」
「身体強化には素早さも含まれてるんすよ。でも俺は咎人のメイス中でも、あんな動きはできません」
イケメンの表情が曇る。
「あとは遺憾ながらバット効果だ、しかも素早さ関係低下(中)ときた」
こりゃランダム合成ですわ。
「失敗しても入手はできるようになるから大丈夫さ。それに君の運は限界突破だよきっと」
「期待しててくれ。あと嫌がらせじゃなく、ガチで浦部の宝玉はないぞ」
え、俺なしなの。宮内は見落としがないか、再度探し回ってくれている。
今度は手鏡を見つめていた神崎さんが。
「新しい機能だって。装備の切り替えができるみたいだよぉ」
「それは助かるな。戦槌をショップで買う予定だし」
「兄ちゃん特にそうだよね。たぶん私もかぁ」
〔剣〕は普段から〖鞘〗に入れて運べるけど、いざ使うときに戦槌をベルトに差し込む必要がでてくる。
「でも装飾品はダメみたいだねぇ」
俺も確認するため、収納から鏡を取り出す。
「なるほどねぇ」
予めタイプ1やタイプ2って感じに登録しておくらしい。
俺
タイプ1
右手・メイス
左手・盾(まだ持ってない)。
タイプ2
右手・メイス
左手・なし
腰裏・盾。
宮内の場合。
タイプ1
右手・戦槌
左手・盾
〖鞘〗・剣
タイプ2
右手・なし
ベルト・戦槌
左手・盾
〖鞘〗・剣
切り替える方法を神崎さんは試している様子。
「……でひた!」
ベルトのホルダーが銀色に光り、いつのまにか抜き身の短刀を咥えていた。蛍火を使う時用なんだろう。
口もとの短刀を手で持ち。
「頭の中で念じるだけで良いみたい」
運営も有り難い機能を追加してくれたもんだ。
美玖ちゃんは健司の装備が気になるようで、それを手にもって確かめる。
「あっ これ浦部さんのです」
「え、そうなの」
彼の傍らには鏡盾と細剣だけでなく、雪結晶を模した鍔の脇差も添えられていた。
〔雪の脇差〕か。
俺専用の装備らしい。
「固有スキルありか」
〖雪谷雫のスキル〗 独自にスキルを使える。
「すげえ強力だな」
〖一点突破〗 特攻すると上半身に青い防護膜が発生して、それがしばらく残る。
冷却は15秒。
MP消費(小)。
突きを命中させると、相手の姿勢を崩す銀色の〖衝撃波〗が発生する。
MP消費(中)
〖無断〗 刃が青く光り、切れ味がなくなって打撃のみになるが、攻撃した対象の守り三種を低下。
MP消費(小)
敵の攻撃を受け止めた場合のみ、身体が赤く光り2秒間身体強化(小)。MP消費(中)。
冷却10秒。
〖黒刃〗 20秒間、全ての攻撃がHPや負傷回復のバフを優先して浸食。
冷却10秒。MP消費(中)
これより性能が劣るけど、姿見ショップに許可証が売り出されている可能性もあるかな。
〔夜光の短刀〕みたいな感じで。
美玖ちゃんが俺の顔色をうかがうように。
「スキル名ですけど」
「うん。たぶん俺の幼馴染だ、しずくって名前だったんだなぁ」
ダメだ、思い出せない。でも実名を知れたことで、存在の固定は強まるはずだ。
まあ姉ちゃんたちは覚えてると思うけど。
「そっかぁ、雫ちゃんだね。私覚えておくよ」
「任せろ、俺も覚えた」
先ほどの戦いを思い返し。
「ケンちゃんも同じっていうか、本人の幻を召喚するスキルを使えるみたいです」
「さっき戦っていた相手か」
得物は脇差じゃなくて打刀だろう。
「存在が消えても弟を守るなんて、すごく立派なお姉ちゃんですね」
そうだな。
「浦部さんとも一緒に戦ってくれるなんて、ちょっと羨ましいなぁ」
「君には立派なお兄さんが居るじゃないですか」
もともと2人の〔剣〕は同じ物だ。
彼女の〔鞘〕に〔失われし英雄の剣〕を戻すことで、〖黄剣〗が〖真・雷光剣〗ってなる。
たぶん妹さんも使えるんだろうな。
「あと素敵な先輩もいますよ」
吟次お兄ちゃんって呼んでも良いんやで。
「そうですね。神崎先輩や槙島先輩が居ますもん」
「重要な人を忘れてませんか?」
冗談ですよと笑ったところで、ケンちゃんが目覚めたようだ。
・・
・・
とりあえず現世にもどる。
皆は気をつかってか少し離れた位置におり、彼と隣り合ってベンチに座る。
「姉……ですか」
「俺にも妄想の女友だちとか、なんで今の高校受かったんだろって違和感があったんだ」
手渡していた攻略本と説明書を見つめ。
「実感、あんまないなぁ」
「俺が高校1年の時にさっき居た世界で活動してたけど、その最中にケンちゃんと同じで前世に呑まれちまったんだと思う」
そうなんですかと首を捻りながらも。
「だから詩さんは京都の大学」
「おじさんやおばさん、健司にも謝るべきなんだろうけど、なんかすまん」
本から視線をこちらに向け。
「ギン兄も実感がないんだよね」
「ただ居たことは確かなんだ」
手鏡を操作して、彼に〖雪谷雫のスキル〗というのを見せる。
「それが俺の姉さんってこと?」
「ケンちゃんは雫さんの幻を召喚できる見たいだ」
雪の脇差はもうセットしているので、現世では消えていた。
「でもさ、違和感の正体を知れたからか、ちょっとスッキリしたよ」
「そうか……ただ中学生となれば活動も厳しいよな」
義務教育だからとか、そんな理由ではなく。
「うちの中学って部活強制だろ」
俺らが活動できてるのは帰宅部だからってのが大きい。
「平日は水曜日が休みかな。土曜日は練習があるし、試合が近ければ日曜も」
「ケンちゃんはバトミントンだっけか?」
強い弱い関係なく、どの部活も真面目に活動している。
「そうそう」
「高校になってくると、けっこう緩い部活もあるんだけどさ」
美玖ちゃんがベンチの横へとやってきて。
「浦部さんは何部だったんです?」
中学時代ねえ。
「陸上部で砲丸だった。走らなく良いって選んだんだけどさ、足腰が重要だって先輩に走らされました」
太志とはその関係で、中学のころから顔見知りではあった。本当に顔を知ってただけで、入学後に最初交わした内容はそれだ。
理由は俺と一緒で、本当は吹奏楽が良かったけど、兄がそこに入ってたからなんだそう。
隆明は長距離選手だったな。実はけっこう有力株で、最終戦績は県ベスト8なんだとか。
ちなみに太志はリコーダーも吹けないそうです。小4のマーチングでは、ピアニカとかも吹く真似だけしてたんだと。
「冬休み、俺行けるかな」
「さすがに中学生だと、中々親の許可が下りんか」
もし行くと決めた時は、おじさんおばさんには俺からもお願いすると伝えておく。
「ギン兄、その手鏡ちょっと借りて良い?」
「おう」
渡すと彼は説明書の内容を確かめる。
「本当に画面変化するんだね、ちょっとマジックかと疑ってた」
「ビビるよなぁ」
俺も覗きこむ。
美玖ちゃんはベンチの裏に回り込み。
「私もみたーい」
ケンちゃん顔が赤くなってるぞ。まあ俺もだけどね。
しばらくその内容を確認。
・・
・・
〔鏡の盾〕スキル枠1
〖本鏡の絆〗 盾自分専用。パッシブ。
分鏡をセットしている味方のスキルを1つ使える。最大絆1。
HPMP回復(極小)。
守り3種強化(極小)。
身体強化(極小)
現世に居ると、分鏡セット者を映世から引き上げることが可能。分鏡側の手鏡から合図を送ると、自分の手鏡に文字が表示される。上級マップの場合は相応の時間を要する。
ソケット1
《なし》
〔自分〕スキル枠1
〖分鏡の絆1〗 1人分の分鏡しか今は使えず。
ソケット1
《対象スキルのビー玉セット可能。不可の効果もある》
〔麗しの細剣〕
〖自動射出台〗 細剣自分専用。切先で突き刺した位置に、自動で弓の弦を引く射出台を設置。
物理・属性強度(小)。
MP消費(小)。
戦闘終了、または破壊されるまでは消えない。
青いエフェクトの矢を撃ち込み、HPダメ(小)。
発射間隔5秒。
一本ごとにMP消費(小)。
・・
・・
まだ雫さんの幻は召喚できないみたいだけど、こりゃ上級攻略において、マジで欠かせないぞ。
「……ぜひ冬休みに来て欲しいな」
「そう、ですね」
宮内と神崎さんに声を掛け。
「ちょっと試してみよう」
俺と神崎さんは動くのが厳しいので、スキル玉をセットした宮内に映世へ向かってもらう。
「ここから合図を送れるんだな」
映世に移動しますか。または現世に帰還しますかの画面に、本鏡へと合図を送りますかという文字が追加されるとのこと。
「いってらっしゃーい」
「了解した」
そういって宮内は手鏡を操作する。
「うわっ! 本当に居なくなった」
「一般の人は気にならないんですよね?」
皆でケンちゃんの手鏡を見守る。
「なんか、ちょっと恥ずかしい」
「あっ そう言えば忘れてた、私は神崎聡美です。よろしくねぇ」
「宮内美玖です。今消えたのが兄の輝樹です」
こちらこそよろしくお願いしますと続けてから。
「雪谷健司です、吟次くんの隣に住んでます」
そんなやり取りをしていると、手鏡に〖分鏡1から合図がありました、引き揚げますか?〗との文字が浮き出る。
「えぇっと、はいをタップするんですよね」
「ああ、頼む」
ちなみに宮内の場合だと、使えるのは〖攻守の浮剣〗〖黄剣〗〖白盾〗のどれか1つ。なので鎧やマントのエフェクトは無理だな。
俺の場合は鎖スキルのどれかと茶白のメイス。でも使う場合は茶白の細剣に変化。
神崎さんは土の仙衣か茶白の細剣。こっちの場合だと、〖重力場〗は溜めによる段階があった。
セットできないビー玉もあり、一見だと器用貧乏な印象もあるけど、選択の幅がもの凄く広い。
無事に帰還した宮内が、改めてケンちゃんと挨拶をする。
どのくらい離れた位置から引き揚げられるのかなどを検証した。もしかするとビー玉には、上級マップから脱出にかかる時間を短縮するのもあるかも知れん。




