8話 神社の麗人戦 今そこにいる君へ
夕方の空はうす暗い。
転位先に居たのは、やはり俺が知っている人物だった。
「……ケンちゃん」
「雪谷さんの弟なのか?」
夜の判定を受けてるな、神崎さんを中心に〖蛍の光〗が漂っている。
「そっか」
テンションは上がらないか。事情を知っててそうなってくれてるなら、ちょっとありがたい話だよ。
美玖ちゃんが俺らの背後から。
「皆さん、気合を入れましょう。こんな時こそ!」
「うん……そうだね!」
今の神社は数値が0になっているので、闇に包まれたケンちゃんの変化した姿は1つだけだった。
「たぶん、女性だよな?」
「えっ どうなんだろぉ」
美しい細剣を携えた男装の麗人。
それよりも目を引くのは鏡面の小丸盾。
彼。彼女はこちらを向くと、その【盾】に俺の姿を映した。
「嘘だろ」
左右に【赤と青の滑車】が出現し、宮内へと放たれる。
「避けろ!」
【赤】は回避したが、逃げた先を狙われ【青の鎖】が盾に命中。守り3種が弱体。
「やられた」
俺より扱い上手いじゃねえか。
「HPは吸収されてるか!」
青鎖《味方に使うと自分にも効果あり・HPを徐々に吸収(中)》
しばしの沈黙。
「いや、減ってない」
「ビー玉の効果は乗ってない」
「おぉ、なるほど!」
テンション上がってきたとばかりに、神崎さんが走り出す。俺は彼女へと〖赤白の鎖〗を放つ。
「宮内は受けたデバフの代わり、美玖さんも鞘の障壁を展開させてくれ」
兄に〖青の鎖〗を打ち込み、妹さんには〖青と白〗を放った。
「わかりました」
〖雷光剣〗と〖白銀の浮鞘〗を使うことで、非物理の黄色い軽鎧をまとい、鞘に青い盾状の障壁が展開される。
「宮内君、今回は触手使わないでいこう。神崎さんのサポートに回ってくれ」
敵の表情は空間が歪んでおり感情が掴めない。憎悪は通用するけれど、果たして戦意高揚はあるのか。
もし宮内のパッシブを真似されたら、HP0になってからが厄介だ。
「わかった、じゃあ俺も前にでるぞ」
すでに走り出していた彼女を見て。
「神崎、先走るな!」
「ごめーん、でも止まらない。だって危ぶんだ先に道はないんだもん!」
さっさと宮内に後を追わせた方が良いな。
「俺と美玖ちゃんに守護盾を頼む」
「ミスった、追加を付けとくべきだった」
〖守護者の盾〗は最大数が2のままか。
急に決まったボス戦だったからしゃあない。
「美玖さんと神崎さんで良い。あとこれも持ってけ」
すぐ追いつけるよう〖黄の鎖〗も彼に繋げる。
「すまんな。美玖、無理はするなよ」
「わかってるから、早く行って!」
宮内は走り出す。
神崎さんは飛び上ると、赤い髪を燃やしながら〖大剣〗を振り落とす。
「〖うおぉぉぉ!〗」
俺と美玖ちゃんは〖戦叫〗の範囲外。
男装の麗人はふわりと後ろへ逃げるも、〖修羅鬼〗の鉄塊がHPを削る。
《テンション低いと大鬼出現せず。高まるほど大鬼のHPダメ増加》
まだテンションが低いので強化も不十分だが、ペル〇ナが出ているから最低値は越えてるようだ。
「はやまったぁ」
重力場も狙ったが、さがった距離が大きかったようで、範囲外に逃げられていた
敵は大剣のエフェクトを受けようと気にせず、地面を蹴って神崎さんに再び接近。身軽だな。
「私の金策舐めんな!!」
〖守護者の盾〗を操作して鋭い突きを防ぐ。破壊されたが弱められたようで、〖大剣〗を頭上で回転させながら麗人を薙ぎ払う。
しかしすでに細剣を引き抜いており、神崎さんの剛剣を屈んで避ける。
宮内が到着。
飛距離の伸びた〖赤い仕込み短剣〗が敵の足へと刺さる。
「よしっ デバフ成功!」
《赤剣命中時に確率で燃え上がり、並みの熱感とHPダメ(中)》
男装の麗人は足が炎上。
「俺の白鎖は咎人のメイスでなきゃ自分には打ち込めねえ」
このスキルでHPを回復するには、敵に鎖を命中させないとダメだ。
「少し距離があるけど、狙ってみるか」
ケンちゃんに向けて〖白鎖〗を放つが、屈んだ姿勢から飛び上り回避される。
「あぁ、残念」
俺は美玖ちゃんの護衛役なんで、戦いからは距離を置かせてもらう。
麗人は落下と共に地面へ細剣を突き刺す。
「あれも浦部さんのスキルでしたっけ?」
【茶白の細剣】が重力場を発生させた。
「なんだそりゃ!」
俺は神崎さんの〖白鎖〗を解除して、状態異常からその身を自由にする。
「浮剣なら使えるはずだ!」
「わかってる」
【細剣】を地面に刺したまま、鏡面の盾で神崎さんを殴りつけるが、そこに〖青い浮剣〗が割り込む。
破壊はされたが威力は低下し、少しだけ姿勢を崩すに留まる。
「神崎さん短刀を使え!」
「はいっ!」
健司は俺のスキルをわかって使ってる。地面から武器が離れるとビー玉なしじゃ重力場は消える。
すぐさま大剣から片手を離し、神崎さんはホルダーの短刀を抜いて指を切った。
まだ夜ではないけれど、〖蛍火〗は無数の粒となって宮内にまで広がった。HP回復、身体強化、そして状態異常治癒。
〖蛍の光〗に比べて狭いけど。
「良し、こっちも夜なら範囲スキルだ」
重力場が解けて宮内が身体を起こしたときには、すでに麗人は地面から細剣を抜いていた。
神崎さんに背中を向けたのち、軽やかなステップで宮内の足もとを払い斬る。
仕込み短剣なしの〖青浮剣〗が受け止めるが、やはり破壊されて脛に光りの線が刻まれた。
宮内には〖青鎖〗があるので守りも強化されている。姿勢を軽く崩しながらも、〖騎士剣〗が麗人の利き腕に光の傷を残す。
【鏡盾】の打撃で追撃を狙ったが、それを〖白盾〗で受け止める。
「宮内くん屈んでっ!」
神崎さんによる地面を削りながらの振り上げ。
「とおりゃぁ!」
離れた位置にいるからこそ、見極められる物事もある。
鎖の制限時間を向かえただけかも知れないが。
「【滑車】が消えたぞ!」
目的は盾による打撃じゃなかった。恐らく鏡面には宮内が映っていたのだろう。
男装の麗人が腰を捻って肘を動かせば、【白盾】が〖大剣〗の衝撃を吸収したけれど、彼女は大きく吹き飛んで背中から倒れ込む。
「美玖さん、鞘をあいつに届けてください」
宮内に引き付けを頼まなかったもう一つの理由。
「わかりました」
妹さんは俺の指示を受け、兄のもとへと駆け寄った。
神崎さんが追撃を仕掛けようと、大剣を肩に担ぐ。
もともと映世に音はないけど、さらなる静寂が辺りを包む。
「……召喚か」
青い人型が浮かびでる。
この場に巻島さんはいない。
小柄な少女のシルエット。
「なんだよ、それ」
そいつは凍りついた【打刀】を構え、その切先を俺へと向ける。
「誰だ、お前」
【女】は姿勢を低く取り、上半身に【青い防護膜】をまといながら、もの凄い勢いで突っ込んできやがった。
守りの動作に移るのが遅れ、なんとか腕当で受け止めるが、このままでは前腕ごと突き破られる。
特攻による一撃は〖法衣〗の突風により鈍っていた。
背後に〖無色の滑車〗を出現させる。それが可動して俺を無理やり引き寄せ、ギリギリで【切先】から逃れるも、彼女の刀から【銀色の衝撃波】が発生。
「くそっ 神崎さん鬼姫解禁!」
仰け反る形で大きく姿勢を崩す。
「こいつは俺がなんとかする、そっちは任せるぞ!」
駆け込んできた【チビ】の斬撃をメイスで対処するが、鈍い【打撃】が利き腕を痺れされる。足で上手く踏ん張れず、受け止めに失敗して肩に喰い込む。銀色の光が発生してHPを奪われる。
【幻影】は即座に刃を引き、俺へと突きを仕掛けてきた。腰を捻って半身で回避。
旗持ちの〖団員〗が出現すれば、即座に〖白い鎖〗を自分に打ち込む。
突きを避けられた【女】は背中で俺を押しのけ、無理やりに後ろへ数歩さがらされた。
間合いがひらく。
肉薄状態でなくなれば、振り向きざまの斬撃がこちらへ迫る。
「そうそう好きにさせっか」
黒くなった【刃】が俺の腕当に命中するけれど、〖咎人のメイス〗を両手で握り絞め、互いの得物を交差させながら刀身を地面に押えつけた。
前腕から【黒い靄】が発生。こりゃ回復が妨害されてやがる。
「アドルフさん、どうかお力添えをっ!」
最初から覚えていたスキル。それが出会った順だとすれば、俺を傭兵団に導いたのは貴方だ。
新たに〖青い滑車〗を造りだし、それが自分に打ち込まれると、中肉中背の〖原罪〗へと姿を変化させた。
【黒くなった刀】は俺が〖メイス〗で押えつけている。
盾持ちの〖原罪〗は【チビ】へと片手剣を振り下ろすも、その身体は【青い防護膜】に未だ包まれたままだ。
命中の瞬間に凍りつき、威力が分散されながらも、彼女へとダメージを喰らわせる。
「どうやら幻影でも、君には物理判定があるようです」
姿勢を崩した隙に【人型】を蹴り退け、自分に〖赤い鎖〗を打ち込みながらメイスを振り下ろす。
「潰れろ」
彼女の前腕に【氷の小盾】が張り付いていた。
「しぶとい」
〖メイス〗で砕くもわずかに滑り、腕をかすめながら地面へと落とされる。重力場を狙ったが間に合わず不発。
クレメンス君を呼びたいところだが、これ以上のデバフは動きが鈍るか。〖白鎖〗の精神安定だけじゃ足りん。
【幻影】は片手で握った刀を大きな動作で振ってきた。遠心力が働いているので、これは威力をもった斬撃ですね。
「アドルフさん」
大振りなので彼の〖盾〗がギリギリで間に合い、俺の前に片腕が差し込まれる。
《青の原罪が防ぐたびに強の悪寒を受け、4秒間守り三種強化(中)》
冷たさを通り越し、皮膚が焼けような痛みを受ける。
「団長どの」
解除された〖白い鎖〗が弾け飛べば、青の原罪は〖滑車〗にもどり、かわりに全身の力が漲る。
〖両手持ちのメイス〗が空間を歪めながら振り抜かれた。
【幻影】は逃げることなく、あえて俺へと一歩を踏みだし、肉薄したことで威力が鈍る。
「止まらんよ」
メイスの柄が【防護膜】を突破して彼女の肩に減り込む。
前傾姿勢となった相手に片方の膝を減り込ませ、無理やりに距離を離す。
「終わりだ雫」
膝蹴りと共にメイスは再び持ち上げられていた。
浮いていた靴底が地面を陥没させ、〖咎人のメイス〗が唸りをあげながら落ちていく。
・・
・・
〖姫鬼化〗
1つの面が怪しく宙を漂う。
着物のエフェクトをまとった神崎は、青い〖鬼火〗を頭髪に灯しながら、頭上より〖鉄塊の大剣〗を振り抜く。
彼女は般若の面を被っていた。
赤く巨大化した〖刃〗がより遠くへと伸びるが、男装の麗人は横へと飛び跳ねて回避する。
着地と同時に地面を蹴って神崎へと接近し、細剣がその喉に狙いを絞る。
面ごしの籠った声で。
「なめんなっ!」
肉体の強化が無理やり大剣を動かし、勢いよく横へと薙ぎ払われた。
【青の浮剣】が間に入り、【白盾】で衝撃を吸収したが吹き飛ばされる。
「うぉりゃぁああっ!」
膝を屈ませてから、溜めた力で地面を蹴り上げ、空高くへと飛び跳ねた。
麗人はすでに片膝をつけて姿勢を整えていた。身体を傾け横へと逃れる。
「ひゃっはぁぁ!」
地面を粉砕した〖大剣〗が〖重力場〗を発生させたが、今回もまた範囲外だった。
浦部の指示を受けた2人は戦闘に参加することなく見守っていた。
「……終わった」
重ねられた2つの〖鞘〗から〔伝説の剣〕を引き抜けば、〖刃〗は膨大な雷を帯びたまま光を留める。
〖黄剣〗が強化されたのか、マントもまた金色に輝く。
「行け兄ちゃん!」
稲妻の如き一閃が宙を駆け抜け、男装の麗人を両断する。
眩い銀色の光がHP0の合図となって。
「うひひっ」
赤髪の童子が不気味に微笑んだ。




