5話 それでも待ってた夏休み
先日クッキーの件を太志に伝えたら、今すぐ嘔吐して出せ、それを俺が食べるとか言い出して大変だった。隆明がなんとか止めてくれたけど。
もうとっくに消化されてるっつうの。
愉悦。
就業式で校長の話を清聴させていただいたが、まだまだだね。
俺の話なら生徒諸君はもっと興味深く聞いてくれるはずさ。
でも人前で話すなんて恥ずかしくてできないんだけども。
さあさあ皆さんお待ちかね、夏休みに突・入したよ。
・・
・・
最初の土曜。
自宅近くの駅でスキルやビー玉のことを考えていたら、指でちょんちょんと肩を叩かれ。
「うーらっべさん♡」
振り返ってそこに居たのは、紛れもなく我が青春。
「どうどう、夏の少女ですよぉ 可愛いですか?」
ぎゃー 白ワンピに麦わらキタコレぇぇ
「きれいな先生ぇっ ここに居たぁぁ」
反射的に返答しちまったい。
「えぇ、どうしたんですか急に」
「かわゆいです」
夏休み最高。
「えへへぇ やったぁ!」
「うへへぇ」
田んぼのカエルも鳴いてるよぉ
「ちょっと浦部さん、急に泣かないでくださいよっ」
泣いてるよぉぉぉ
・・
・・
バスの時間に合わせていたので、さっそく乗り込むとエアコンの空気に癒される。
「大丈夫ですか」
「はい。取り乱してしまい、まことに申し訳ありません」
精神保護が簡単に突破されるとは。
「もぉー びっくりしちゃいましたよ」
「自分でも驚きです」
心臓に悪いので、白ワンピをしばらく目に入れないようにしなければ。
あっ でも麦わらを抱えてくれたから、もうなんとか大丈夫かも知れん。
しばらく窓の外を眺め、心を落ち着けていると。
「ねえねえ浦部さん」
「ふへぇ」
力の抜けた声で返事をしてしまった。
「子供のころはその小学校に通ってたりしたんですか?」
「いやいや親の世代っすね。父の母校っすよ、昔ながらの木造ですし。つっても俺が通ってたとこもそろそろ危うい」
1学年1クラスで20人以下。風の噂によれば、今年の新入生はついに10人切ったとか。
「なるほどぉ、けっこう遠くからうちの学校に通ってるんですね」
「高校そのものが近くにはないんすよ」
田舎なもんで。
「そういえば浦部さんお姉さまが居るんでしたっけ。生徒会長ってことは、去年の文化祭でお話させてもらったかも知れません」
「あれ、じゃあちょっとした面識はあったんすか」
もう引退してたから、正確にはOBってやつなんかな。
「素敵な人でしたよ」
「ええ、それはもう優秀で尊敬すべき冷たい姉でして。自分としては宮内家のような妹が欲しかったです」
お兄ちゃんと呼んでくれ、にぃにぃと呼んでくれ、兄さまと呼んでくれ、兄ちゃんと呼んでくれ。
「ざんねんでしたぁ 私の兄は兄ちゃんだけでーす」
「じゃあせめて先輩と」
全男子生徒の憧れを。
「敬語を辞めてくれたら呼びますよ」
「それは沽券にかかわるから無理です」
女性が相手であれば小学生、幼稚園児でも敬語を貫く所存です。
「やりぃ、兄妹そろってもらっちゃったぁ。兄ちゃんのことも絶対に君付けなんですよね?」
「そうですね、宮内を呼び捨てなんて俺にゃできません」
よく分からんけど俺の発言が大層おもしろかったようで、しばらく腹を抱えて笑っていた。
・・
・・
木陰の坂を上ると、古き良き木造の校舎が見えてきた。
「わぁ 風情ありますねぇ」
「ですよね」
巻島さんと同じく記念撮影。
「はいはい、浦部さんそこに立ってくださーい」
「えぇっ 俺が入るんすか?」
良いから良いからと押し切られ。
「絶妙な苦笑いでのピース頂きましたぁ」
俺1人、背後には昔ながらの校舎。そりゃあ苦笑いも浮かべますよ。
「はい、じゃあ次は私の番ですね」
持ち場を交代すれば、満面の笑顔を写真に収めました。互いに送り合う。
正直いえば俺のは要りません。一緒に撮りたかったですはい。
1階の教室に入り、そこでお茶とケーキを注文する。
「ねえねえ浦部さん知ってますか、ここの裏道に小さな社があるんですって」
「良く知ってますね」
俺の返答を受け。
「ちぇっ なんだ知ってたんですね、友達から聞いたんですよ」
ここら辺から通ってるのも、そりゃあ居るか。
「名前聞けば分かるかな」
「面識はないって言ってましたよ、でも名前くらいは知ってるかもですね」
同じ中学なはずだしとフルネームで聞くが、残念ながら記憶にはなかった。
「でもせっかくだし、このあと行ってみましょうよ」
「……そうっすね」
寺社巡りが趣味と言うことになっている。
ケーキと紅茶が運ばれてきたので、俺らはそちらに意識を向けた。
・・
・・
映世と関りがなければ、あそこは古いだけの小さな社でしかない。
「けっこう管理されてるんですね」
「爺さんの遺言で時々だけど手入れしてるんすよ」
俺らの祖父母はもしかすると、映世のこと知ってたのかな。だからこそ熱心に続けていたのではないか。
でもその年代で敵対者として出現する人は少ない。いや、もうその世代が亡くなってる可能性もあるわ。
「えっ! そんな関りが深い場所だったんですね、知ってますかどころじゃなかったのかぁ」
現在高校生だけど、汚染された魂は40代とすれば。戦前戦後。
直面しているこの問題だけど、同じくらいの規模なら有難い。俺が死ぬ頃にゃ落ち着いてるわけだし。
「宮内君も手伝ってくれました」
細い草木の通路を進んでいくと、やがてそれが見えてきた。
「じゃあこれが切欠なんですね、浦部さんの寺社好きって」
「まあ、そんなとこです」
素人ながらに補強された木製の柵。社の方はさすがに手を出せないので、一部が朽ちてしまっている。
「戸が開いちゃってますよ」
「ありゃ、本当だ」
前回掃除したとき、締め忘れちまったのか。
「たいへん、なんか祀られてるのが壊れちゃってる」
「……え?」
彼女は社へと駆け寄ると、砕かれた青銅鏡に触れた。
「いたずらにしては質が悪すぎますね、それとも野生動物かな」
なんで目視できてるんだ。
「こっちは大丈夫でしょうか」
そういって無事な鏡を確かめようと手を伸ばす。
「待て!」
「えっ?」
すでに時は遅し、彼女は銀色の光と共に姿を消した。
「うそだろ」
スマホからグループ画面に書き込む。
映世に関りがない者は目視できないはずの鏡を認識できていたこと。割れたそれを気にしたあと、無事な方にも触ってしまったこと。
銀色に光って向こうへ渡ったこと。
既読や返答を待たず、今から自分も映世に行くとのメッセージを送信して、俺は清んだ青銅鏡へと手を伸ばした。
・・
・・
一見であれば表と違いのない世界。
でも蝉の羽音もなく、鎮まり返ったそこが普通ではないと、少し冷静さを取り戻せば誰でも気づく。
彼女は周囲を見渡していた。
腰の鞘に気づき、そちらへと意識を向ける。
「なにこれ、剣?」
その鞘には片手剣が収められていた。
「……妹さん」
困惑の表情でこちらに振り返る。
「浦部さん、ここって」
鞘と剣にどうしても目が行ってしまう。
やっぱ雷光剣だよな。
「いったん、もといた場所にもどりましょう」
彼女は視線を社へと戻す。見た目に変化はなく、鏡はそこに存在していた。
「違うんですか?」
「裏世界とでも思ってください。弱いけど敵対するのが出てきますんで」
本当はセーフゾーンなので問題ないんだけどね。
「えっ でもどうすれば」
「無事な方の青銅鏡に触れてください。そんで目を閉じて、現世に帰りたいって念じるだけでいい」
敵対者という単語を受け、不安そうに周囲を見てから、わかりましたと社へ向かい鏡に触れる。
彼女が帰還したのを確認してから、俺も後を追ってもどる。
・・
・・
いったん廃校にもどり、休憩スペースと書かれた集会場で椅子に座る。
「……あの」
「俺と宮内が寺社巡りしている本当の理由が、あの世界ですね。敵がでるって言ったけど、宗教施設が安全地帯になってるんすよ」
普段から説明書や攻略本を持ち歩いてるわけじゃない。
俺は新調した折りたたみ式の鏡を取り出し、まずはその画面を見せる。
「うそ」
「まずは宮内を元気づけられた、本当の理由を説明しますね」
映世では足が元の状態にもどること。パッシブスキルや装備のレベルを上げることで、もしかすると現世の肉体にも影響があるかも知れない。
「そっか……あの話、冗談じゃなかったんだ」
「ダークヒーローってのはアレですが、まあ間違っちゃいません」
巻島さんや神崎さんもそれぞれの悩みを抱えており、運よく解消改善の方法があったから、今は仲間として一緒に頑張っている。
そしてあの青銅鏡は本来であれば、映世に関わりのない人間には認識できないとも伝えた。
「じゃあなんで私は」
「確証はないけど、去年の文化祭っすかね」
スマホの画面を確認する。すでに無事なことは伝えてあるが、幾つかの推測が書き込まれていた。
「あぁ そうか」
「なにか解ったんですか?」
どう説明するかを考えてから、まずは精神が追い詰められると、その人は映世に迷い込むということを教える。
行方不明。記憶の書き換え。存在の消失についても加えて。
「適正。たぶん俺らで解決改善できるかどうかなんですが、それが不可だった場合は現世のもと居た場所にもどるんです」
宮内が迷い込んだのは2年になってから。
「彼のことでかなり悩んでいましたよね?」
「そっか。じゃあ私は迷い込んで救われたけど、改善方法がなくてそのままこっちにもどった」
これまでの会話内容を思い浮かべ。
「その場に俺が居たかは不明ですけど、姉も以前は一緒に活動してました。さっき言いましたよね、文化祭で声を掛けられたって」
「助けてもらったあと、大丈夫か確認してもらっていたんですね」
覚えてないので何とも言えないが、たぶんそうなのだろう。
ただそうなると、文化祭での兄を見て安心した。彼が楽しそうにしてたからってのに、どうしても矛盾が生じる。
「兄が本当に笑ってるかどうかくらい、家族ですし分かりますよ」
実際はそれが切欠となって、彼女は映世へと迷い込んだ。
ちなみに俺は姉が本気で笑ってるかどうかの判別なんて無理ですはい。
「だけど気分が晴れたのは本当なんですよ、きっと兄なら大丈夫だって思えたのも」
「宮内は今から塾欠席してくるそうだ。一度ちゃんと話し合いな」
はいと薄く笑い返す。
・・
・・
駅前にて、すでに彼は到着しているようだ。
「美玖。ごめんな」
「そりゃ家族だもん」
俺を見て頭をさげたのち。
「このままじゃダメだって、塾を始めたり自分でもなんとかしようとしたんだが、けっきょくは浦部に助けられることになったんだ」
「兄を助けてくれて、本当にありがとうございました」
妹さんにも頭をさげられ、少しどう返すべきか悩んでしまい。
「助け助けられて今日まで来たんで、お互い様っすよ」
彼女がお花を摘みに行ったのを確認して、俺は自転車に跨ると。
「説明書とかもってくるんで、ここで待っててくれ」
「攻略本もなら、お前の事情も話して構わないか?」
俺の文字だからな。
「それでいいよ」
「とりあえず読み終わったら、俺から伝えとく」
あんま手元から離したくはないけれど、次に宮内と会う時に返してもらえば良いか。




