6話 帰るまでが遠足
バスが学校まで送ってくれる。
近場の生徒は学校所有のワゴン車に乗るので、それを運転する先生が俺に声をかけてきた。
「家はここら辺だろ、こっちじゃなくて良いのか?」
「父が仕事帰りに学校へ寄るんで」
今日は母が夜勤なので、外食してから帰宅する予定なのだ。
神崎さんはワゴン組らしく自宅近辺のコンビニで降りるそうだ。出発する時に手を振ってくれたので返したのだけど、俺じゃなくて友達にしたのではと赤面する。
車内でふと気になることがあって、スマホを取りだして調べ物を始めた。
「桶狭間や山崎の合戦が有名どころか」
両方とも6月12日と6月13日。これは終わった時期なのか、それとも始まった時期なんだろうか。
まあ記録にも残らないような、無名の戦いだったかもだけどさ。
でも今よりあの時代って寒かったんだよね。ホタルの季節も遅かったりするかも。
「姉川が6月の後半。いや、西暦だと7月30か」
まあこんなこと考えても、彼の前世が誰だったか判明するわけもなく。短刀は再現された物で、家紋なんかもなかったし。
専門家が見りゃ刃文は刀匠によって違うとか、茎の銘や赤錆で時代なんかも調べられるって聞いたことあるけど、まあそこまでしなくて良いか。そもそも再現品なので錆なんないだろ。
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・・
隆明とマキマキは徒歩で帰宅。
「じゃあね、細川も気をつけて帰りな」
「まっ 槙島さんもお気をつけて」
彼女は同じ方向に帰る友人がいるらしい。
「宮内くんは途中で降りなかったんだな」
「お前と似た理由でな。親父さんがまだ来てないなら、今から少し良いか」
父に送ったメッセージを確認すると、今から職場をでるらしい。
「問題ないよ。なんだ、俺に告白でもする気かい?」
宮内は苦笑いを浮かべると、少し照れ臭そうに。
「母親がお前に挨拶したいそうで」
「まっ まじか」
彼を元気にしたのが俺なのはまあ確かだったりする。
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駐車場に行くと、すでにお母上は到着されていた。
車から降りたそのお姿。
「楽しかった輝樹?」
「うん、ホタル綺麗だったよ」
流石は宮内母だけあり、滅茶苦茶な美人でした。
「あなたが浦部君で良いのよね?」
「へい、どもっす。浦部吟次と申します」
返された微笑みに、あたしゃ一撃ノックアウトだよ。
「いろいろと息子にしてくれたそうで、本当にありがとうね」
「わたくしも、息子さんにはとても世話になっており、このあいだも勉強をみてもらい」
もうなに言ってるか分かんない。
母に続いて助手席から降り、車を回り込んできた女の子にも気づく。
「お兄ちゃんお兄ちゃん。私も紹介してよ」
「そちらさまは妹さんですかな?」
うちの学校ジャージを着ているので、なんとなく察しました。妹がいるとは知っていたけど、サッカー部のマネでもしてたっけか。
ただ学年も違うし、まだ入学して数カ月なので、こうやって顔を見たのは始めてだ。
「妹の美玖。あとこっちが噂の浦部吟次だ」
「おおっ これがうわさの。よろしくお願いします、浦部さん」
先輩って呼んでくれてもええんやで。もうこの際だから吟次お兄ちゃんでもええよ。
こりゃあ俺の耳にも届くわけだ、宮内の妹だからってだけちゃうね。
「凄く落ち込んでたから、兄を元気づけてくれて本当にありがとうございます」
「スポーツの体験会に参加してくれたのよね?」
私も誘ったんだけどなぁと、妹さんは少しぶーたれ気味。
ああ、そうだった。そういう設定にしていたんだ。
「それもあるけど、共通の趣味だった寺社巡りの方が大きいな」
「えっ 兄ちゃん、そんな趣味あったの?!」
「私も初耳ね」
これまではサッカー最優先だったし、二の次だったと宮内は返していた。
「そういや兄ちゃんの部屋に雑誌あったわ」
おい宮内くん雑誌買ってたのかよ。
「京都の寺や神社を紹介しているやつだな。前から興味はあったけど、浦部と関わってから本腰を入れた感じだ」
部屋に入られるのも当たり前か。仲良いんだな。
「あなた将来、お坊さんに成りたいとか考えてたりする?」
「建物が好きって感じだから、宗教の教えそのものは浅い知識しかないよ」
宮内けっこう設定練ってたんだな。
「自分も似たような感じですね。さすがに宮大工を目指そうといった志はないですが」
「へぇ~ 兄の知らない一面を知りましたぁ」
「これからも仲良くしてくださいね」
もしかしてサッカー部に顔をだすのも、その日は彼女が1人で帰る予定だったからってのもあるのかね。
まあマネしてるとは限らんけど。
「それじゃあ浦部さん、またねぇー」
手を振り返すと、お母上と宮内からも挨拶を動作でもらい、車はゆっくりと走りだす。
「父ちゃん来るまでまだ時間あんな」
俺は駐車場の隅でを保護ケースを取り出して気づく。
「嘘だろ」
しまった。漆の手鏡をメインにしたまんまだった。
ショックを隠し切れないまま、リュックに入れたままだった予備のを操作する。
「太志」
隆明と違って、お前というやつは。まじで俺のお菓子返しやがれ。
「まったく」
リュック内のベルトから収納を開き、報酬のビー玉を手に取る。
「鋼の留め具があったから、ちっと控えめだな」
全鎖スキル 巻き取り《引き寄せた敵の守り3種を低下(レベル比例)・引き寄せた味方の守り3種を強化(レベル比例))》
今のところ最大数が一番多いのは、《滑車+1》が付いてる白鎖。でもセットしてるビー玉2つとも外せん。
黄鎖の《感電確率中増加・電撃発生時に1秒思考阻害》と交換するか。本当はレベルアップでソケットが増えてくれると良いんだけど。
1秒思考阻害って実際どうなんかね。さっきの神崎さんみたいに、次の行動へ移るのが遅れる感じか。
繰り返し鍛錬を続けて、無意識で身体が動くまで熟練された相手だと、あんま意味ないのだろうか。
「しかし効果(大)は本当にでないね」
たぶん(極大)は上級でないと無理かな。
「皆はどんな感じかな」
スマホをみるとボス戦の報酬や、スキルについて書き込まれていた。
・・
鬼火髪《テンション低いと大鬼出現せず。上るほどに大鬼のHPダメ増加(燃える闘魂の身体強化に比例)・青の防護膜発生中は徐々にMP回復(中)》
守護者の浮盾《使用者に近づくほど総HPとHP耐久増加(極小~中)・ソケット追加+1》
精霊合体《発動中に赤鳥と青人の恩恵を得る(レベル比例)・合体解除後に15秒姿が消える》
恩恵ってのは身体強化と守り3種だね。
・・
巻島さんもレベルアップしたようで。
『精霊の合体数を増やすには、次の強化をしないとダメみたい。まあアタシが憑依を選ぶなんてないけどさ』
ですよね。
『仕込み短剣も次の強化をすれば、2つになるって感じですかね』
『もし本数が増えるなら、たぶんそっちを強化すると思う』
守護盾を改にした場合だと、味方のHPダメを引き受けても、宮内自身のHPは10%以下にはならない。
たぶん改良するほど、この数値が増えていくんだと思う。もしかすると引き受けてくれる量も3/1から2/1とかなってくかもね。
『神崎さんもついに選択の時っすね』
〖鬼姫化〗
テンション最大時に任意で使用可能。
自分の側面に般若の面が浮かぶ。最大2(固定)。30秒ごとに1つ消費。面が全てなくなると終了。
HP秒間回復(中)
守り3種強化(中)。
MP消費(大)。
終了後に戦意低下(中)と疲労(大)。
般若面を1つ消費して、30秒間身体強化(中)。
赤いエフェクトで〔鉄塊の大剣〕が巨大化。HPダメ(中)を与える。
〖屈辱の角〗
一定のテンション値を越えると発動可能。
自分の背後に鬼火玉が浮かぶ。最大2(固定)。
〖戦叫〗時の〖鬼火髪〗が2本角のエフェクトに変化。うち一方が折れている。
〖修羅鬼〗と〖防護膜〗を同時に使えるようになるが、屈辱側の色は少し弱体化する。
鬼火玉を1つ消費して、30秒間〖闘仙鬼〗を召喚。
闘仙は物理・属性強度(大)を得て、素手で自由に戦う。
独自に〖岩の拳〗〖土の仙衣〗〖岩針の重力場〗を使うが、鬼火玉を消費する。
召喚終了後に戦意低下(中)。
これら2つのスキルは同時使用不可。
『闘仙鬼にゃ疲労はないけど、テンションは消費するんですね』
俺なら屈辱の角だな。鬼姫は時間制限あるけど、屈辱は召喚しなけりゃずっと使える。
そもそも神崎さんって赤しか使わないから、青の防護膜って普段あんま見ない。
『絶賛お悩み中だよ、全然たのしくない』
『ありゃま』
そのうち両方覚えたら、凄まじいことになるな。もしかすると鬼姫の終了後に、そのまま屈辱へ移行できるかも知れん。テンションで疲労を無視できるなら、せめて(大)を(中)にしておきたいか。
もし本人が動けなくても、〖闘仙〗を召喚すりゃ良い。
まだ土の仙衣はないけど、あれを習得すればかなり固くなりそう。
今後のことを考えながら、スマホのグループに文字を打ち込む。
『漆の鏡が壊れてしまったので、今度の日曜日はショッピングモールに行ってみようと思います。もし鏡の画面に注意喚起でれば活動はしませんが、行ける人は居ますか?』
既読がつき、神崎さんからご迷惑をお掛けしましたのスタンプが送られてきた。
可愛いパンダちゃんのキャラクター。
『アタシ日曜バイトだから行けないけど、こことかどう?』
全国に系列のある大型とは違い、規模は少しばかり小さくなるが、簡単な造りの小さな鳥居と社が屋上の駐車場にある。
『そう言えばありましたね、そんなの』
彼女がお勧めした場所は休日でも満車とはまずならない。
だから俺が家族と行った際も、地上の駐車スペースで事足りていた。
商売の神様とかを祀っているのかは知らないが。
『パワーがあるかどうか、ちょっと調べてみますね』
『はーい、私も行きまーす』
神崎さん安定の参加頂きました。俺と同じで塾もバイトもしてないからさ。
『俺も参加希望で』
『アタシ以外は全員参加かぁ』
鏡を買わなくては。とりあえず3000から4000円くらいのでも、《死亡時に再生して蘇生》が設定できるらしいんで、漆のやつよりは安く済みそうだ。
『ねえねえ今気づいたんだけど、姿見ショップに許可証が3万で売ってたよ。でも名前が月夜じゃなくて〔夜光の短刀〕になってる』
ほう。
『スキル名も〖蛍の光〗じゃなくて〖光の粒〗だって。私が装備しても蛍火は使えないみたい』
『パッシブの効果だけってこと?』
『誰でも可ってのが条件っすかね』
『売ってるのが許可証ってことは、実物を買うとなれば値段はもっとか』
秒間回復もありがたいけど、浸食耐性を常時得られるのはデカいか。
『夜は効果範囲広がります?』
『うん、その機能はあるみたい』
スキルも別物らしいから、たぶん重複も可能か。
『1つ入手したいけど、実物の値段しだいっすね。許可証ですが皆で等分して買うで良いですか?』
皆から賛成をもらったので、とりあえず神崎さんに買ってもらう。
『私の姿見に入れちゃって良い?』
『問題ないかと』
『気になるしね』
『すまん、ちょっと離れる』
妹さんやらお母上に話しかけられたか、家に到着したのかな。
『10万だって』
『買えるけど、また微妙なラインをぉ』
怒りのスタンプが貼られた。
『俺らの専用武器を購入するまでは、とりあえず見送りましょうか』
日曜に思いを馳せていると、父の車がこちらへと走ってきた。
・・
・・
後日。学校の昼休み。
「これ良かったら飲んでくれ」
「うぇ?」
普段は気を使ってるのか、俺の教室には来ない宮内がやってきて、なぜか隆明にパックの飲み物を差し出す。
巻島さんから聞いたのか、その商品に間違いはない。
「この前の礼だ」
「あっ あの、ほんの少し浦部いなくなっただけなんですが。別にそんな困りませんでしたし」
神崎さんもやってきた。
「私たちにとっては、とても助かることだったんだよ」
落ち武者戦では、彼女のテンションが上がらなかったのが大きい。
そうなると、どう動けば良いか分からなくなるんだろうな。
まだ経験は浅いけど、普段は野生の勘みたいなので動けるんだけど。
宮内は敵の攻撃を前にでて引き受けている。
巻島さんも自分の役目は把握して、攻撃や補助をしてくれてるが、指示を飛ばすのには慣れてない。そのうち出来るようになるかも知れんけどね。
だから俺が入ったのは戦力の増強もあるけど、指示だす人が欲しかったのが理由だと思っている。
「あぁ ちょっと食べ足りないかなぁ」
小さな弁当箱を片付けながら、自分は購買に行きますとの意思を小声で発し、静かに席を立つ。
「大堀くん」
「ふぁっ はい、なんでしゅか」
俺の中で伝説の入場曲が流れだしていた。
「えっと……なんでもない、行ってらっしゃい」
なにかを言おうとしたが、意味が伝わらないと察したのだろう。
「い、いってまいりましゅ」
俺は聞いた。次は負けないんだからとの決意表明を。
「じゃあ、俺も行くな」
宮内も自分の教室へともどる。
隆明は息をつくと。
「なんか最近、神崎さんとかにすごく悲しそうな視線を向けられるんですが、僕はなにかしたんでしょうか?」
「なんつうか。ホタルを見てたお前が、なんか儚げに映ったんじゃないか?」
意味不明といった表情で首を傾げる。
自分のことだからわからんかもだけど、落ち武者戦のあとにアレをみるのは、俺からしてもかなりクルものがあったからね。
「今日は帰ってベイゴマでもするか」
「おっ いいですね」
糸の巻き方を研究した成果を発揮してやる。本人とはなんの繋がりもないけど、マキマキ巻きと名付けた。
あと投げた瞬間に手首をシュっとすんのも上達したぞ。こっちは神風シュートって技名にしようと思う。
俺の疾風ハリケーンが駆け抜けるぜ。
この章はこれにて終わりです。次は夏休み前編とは名ばかりで、半分ほどが連休前の話になります。
〖巻き取り〗は全鎖スキル共通です。一名だけ滑車を起動させて引き寄せても、鎖に繋がっている全対象の効果時間が延長されます。




