1話 燃えるような夕焼けの教室
俺はスマホの画面を眺めていた。なんでもここ数年、心の病を患う人が減っているらしい。
良き事なんだろうけど、理由が不明だしちょっと不気味だよな。
経済とか改善されてないそうだし、人の悩みなんて減らそうと思って減らせるわけでもない。
まあ俺は理由も知ってんだけど。
「おい浦部君よ、帰らんのかね」
「なんだ太志ちゃん、駄菓子屋でも寄ってくか?」
名前の通りこいつはデブだ。
「馬鹿いっちゃいけないよ、俺は今ダイエット中なのさ。家でゲームでもしようよ、オークが如く買ったんだ」
「一人用じゃねえか」
まあプレイ見てるだけでも面白いから良いんだけど。
ちなみにダイエットってのは口癖で、実際にしてるわけじゃない。俺らの前ではあんま食べんけどな。
「すまんね。ちっと勉強せんといかんから、図書館よってくつもりなのよ」
「あんれま、珍しぃじゃん」
中間テストまでは猶予もあるんだけど、確かに俺としては珍しい。
「ついてけてないんだわ」
「へぇ」
そもそも俺よくこの学校に受かったなって感じなんだがね。もともと自分から進んで勉強する方じゃないし。
心の病うんぬんより、こっちの方が理由不明だわ。
「クリアしたら貸してくれ」
「まあ良いよ」
学食一回くらい奢ってやると続ければ。
「あんがとさん、隆明でも誘うかな」
「じゃあな」
まだ二年になったばかりで、隆明とは別クラスになってしまった。太志重いから、体育のペア嫌なんだよ。
デブの太志、ガリノッポの隆明、中肉中背の俺。
三馬鹿ではない。
外からサッカー部の掛け声が聞こえる。
「うちは野球部の方が期待されてるか」
歩いて15分ほどの町中に専用グラウンドがある。それでもサッカー部は弱いわけじゃなく、県内ならまあまあな順位までは何時もいっていた。かなり前だけど全国に行った経験もあるらしい。
窓からその様子を眺め。
「サッカーかぁ」
「興味あるの?」
声の方を振り返ると、それはそれは可愛らしい女の子が立っていた。
「えっ あ、まっ まあそうですね。はい」
「ふーん、以外だね」
びっくりした。
息を吸って、緊張を少しでもほぐす。
「サッカーにはそんな興味ないけど、そのっ なんだ。厳しい練習に耐えてでも、やりたいって思えるのが立派というか」
声が少しずつ小さくなりながらも、なんとか喋り切った。
「そっか」
「……宮内ってやつがいまして」
こてんと首をかしげ。
「うちの学校の選手かな。ごめん、私もあんま詳しくなくて」
「いや、他校っていうか。ちょっと縁があって、応援したいなと」
そうなんだと流されてから。
「上手なの?」
「プロになれるかっていうと微妙だけど、うちくらいの実力なら一年レギュラーでも行けそうなんす。でも強豪だと、同じレベルもそれなりに居るらしくて」
なるほどと返してくれた。
「まあ応援するっつっても、俺がうちの学校でマネージャーしても意味ないんすけどね。あいつ他校だし」
「ふふ、まあそうだよね」
なにかできることはないか考えていた。そんな話を終えたところで、彼女の友だちが用事を終えたのか、教室の扉からこちらに声をかけてきた。
「サトちゃんおまたせ。帰ろっ」
「お疲れさま、許可もらえた?」
お友達は別クラスのギャルっぽい娘だ。うちの高校けっこう緩いんだよね、制服可愛いしさ。
俺もこれが着たくてこの学校目指したんよ。嘘だけど。
バイトの許可だろうか。
「浦部君もまた明日ね」
「はい、さようなら」
神崎さんと話してしまった。明日にでも太志や隆明に自慢しよう。
俺も図書館ではなく、上の階にある空き教室を目指す。
到着すれば、さっそくリュックから折りたたみの手鏡を8枚とりだす。
「トイレから入ったほうが良いんだけどね」
まだまだ生徒も残ってて、先客が居たので今日はここから侵入予定。
「どれでも良いか」
1つを手元に残してから、制服から学校指定のジャージに着替える。
ウエストポーチを腰に回し、足もとは上履きじゃなくて体育館シューズ。
「始めますかね」
鏡に手を添えて瞼を閉ざす。
・・
・・
現世を表とすれば、映世は裏。
異世界転生とかいうジャンルはけっこう好きだ。
映世の社で目覚めたとき、俺が最初に確認したのは説明書と表紙に書かれた古びた本。
もし異世界というのが幾多に存在するのなら、中には滅びてしまったなんて事もあるだろう。
核兵器のような現代的なのもあれば、魔王や魔神。または邪神などのファンタジー要素だってあるはずだ。
魂は巡る。
輪廻の渦では浄化できないほどに穢された魂が、他世界の生命として生まれ落ちる可能性がないとは言い切れず。
映し世はその対策として、神的存在がつくりだした裏の世界。
魔法なのか魔術なのか、それとも呪いなのか。魂を汚染してるのが何かは知らないけど、滅ぼしたり滅ぼしかけた、色んなヤバイものが漂う隔離空間。
俺の魂が無事かどうかは置いといて、本当は触れるべきではないのかも知れないが、それでもここで活動してるのだから困ったものだ。
まじでゲームみたいなんだもの。けっこう安全も保障されてるしさ。
・・
・・
鏡社がなんなのか解らんけど、あれのお陰で色々と楽しめてる。一つ壊れてたけど。
武器と防具。
こちらの世界で初めて目覚めた時、俺の手にはすでにそれがあった。
現世に帰還できたとき、それはもう消えていた。
腕輪は装備されており、メイスは目前の机上に横たわる。映し世にもどるたび、いつもこうなってるんだよね。
ただ俺以外は社の鏡を見たり触れることはできないらしい。ていうか攻略ノートだけど、これどう見ても自分の字なんだけど、書いた覚えまったくなかったりする。
まあこんなファンタジーが起きてるんだから、そんくらいのことはあるかと納得することにした。
俺の予想だと、未来の自分が寄越した物なんじゃないかなって。証拠なんてないけど。
焼けるような夕焼けが窓から教室を照らしている。
「何枚無事かね」
手もとの鏡は割れていた。リュックの中にあるのも確認する。
「やっぱ100均のじゃ、そんな期待もできないか」
持参したのが割れるかどうかは、質や値段で変化するらしい。
無事な手鏡は5つ。映世にもトイレなどを回れば鏡はある。でも日付が変わるとランダムで割れる場所が変化する。
あと現世から持ち込んだ鏡は、良くあるステータス的な役割を担ってくれる。
生き残った鏡に触れ。
「鏡設定」
鏡面に映る画像が変わる。
HP0で自動脱出と設定しておく。
このヒットポイントってのは身体を覆っている防護膜のことだ。攻撃を受けるとその部位が白銀に光りながら減少して、それが尽きれば普通にケガする。
衝撃で吹っ飛ばされたり、姿勢を崩したりもするけれど、痛みはほとんどない。
格闘技や戦争経験もない俺が、呑気にこっちの世界で遊んでるのはこれの所為です。
実家から我が校までは電車通学。
古本からの情報によると、この高校が建つ以前は神社があったらしいが、なんでも戦火で祀っていた物ごと焼け落ちたそうだ。
世界大戦の空襲なのか、もっと昔なのかは知らん。
もうその神社はないけれど、この学校で出現する敵は弱くなっており、離れるほど通常の状態にもどるんだと。
では鏡社の周辺はどうなっているかと言えば、あそこは完全な初心者専用で、出現する敵も人形みたいな奴だった。
俺が住んでる地域は、此処よりもさらに敵が弱いってこんだね。
「さて、宮内くんは元気にしてるかな」
うちの高校にイケメンは居るかと尋ねれば、男女問わず九割がその名をだすだろう。
「陽キャは敵だと言いたいが、そうもいかん」
1年のとき同じクラスだったんだが、俺らにも普通に接してくれたし、教室の空気もかなり良かった。
当たりの陽キャってのがあるとすりゃ、間違いなくあいつのことだ。そんな仲良くはないけど、立ち位置的に俺が言うんだから間違いない。
いつか俺がイケメンになっても、ああ成りたいもんだね。
成れるさ。きっと成れる、信じてればいつかきっと。
窓まで足を進め、グラウンドに視線を落とす。
その中央には、夕焼けと同じ色のデカい鳥居がそびえ立っていた。もちろん現世にそんなものはない。
鳥居の影に紛れながらも、あいつはそこに未だ在り続ける。
俺が認識して少しすると青年の姿はかすれ、伝説っぽい武具と防具をまとう格好良い誰かになったあと、最後に鎧と盾を装備した騎士へと姿を変える。馬はいないよ、ただ騎士っぽいだけ。
御尊顔は残念ながら、その部位だけ空間が歪んでおり確認できず。
その視線はこちらではなく、サッカーのゴールへと向けられていた。
最近は心の病を患う者が減っている。
なあ宮内。
「お前、本当にサッカーが好きなんだな」
精神的な負担が蓄積すれば、彼らは映し世へと迷い込む。