4話 閉ざされし扉、絶望の宴
現世と大きな違いはないけれど、車や鳥に人のざわめきがないので、やはり別世界だと感じられる。
スポーツウェアを身にまとったマキマキは、ウエストポーチに鉈のホルダーを通していた。
口を開けたまま大鳥居を見上げ。
「撮りたいよぅ」
残念、こっちではスマホ使えません。
「諦めましょう」
「うぅ」
ガチで名残惜しそうな巻島さん。
宮内はスマホが起動できないか試している彼女に。
「槙島、そろそろ行くぞ」
「はーい」
俺もメイスの柄をベルトのホルダーに入れ、二人の後ろに続く。
「やっぱ宮内君の剣にゃ鞘ないんだな」
「すこし不便ではある」
「こっち来たら自動で装備されるけどさ、出し入れとかはできないの?」
アイテムボックスみたいなのか。
「だから鞘だけショップで売ってたのかも知れんね。ちょっと剣身みせてくれる?」
「安ければ助かるんだけど」
収まりそうではあるけど、実物ないとなんとも言えんな。
俺らは坂をおりて商店街を目指す。
その道中、まだ下りきっていない地点で二人の子供と遭遇した。
駄菓子屋のクジで入手したのか、スーパーボールを両者握っているため、大きさなどで揉めたのだろうか。
「ここでも運要素か」
「可愛いもんだけど、そんな些細なことも映世に反映されちゃうんだね」
巻島さん、君は分かってないんだよ。
片方の子供は斧を持った大男から兵士となったのち。
「オークか」
猪頭の太った巨体。2m半ほどはありそうで、両手に大槌が握られている。
もう1人は小柄な弓使いとなった後、村人に変化してから。
「ファンタジーだねぇ。でも前に校舎で戦ったのとは、ちっと別もんな気がするわ」
同じゴブリンで背も小さい。
そりゃ個体差もあるだろうけど、なんか根本が違う。上位種といった感じでもない。得物はボロボロの短剣だった。
「出元が違うのかも知れんな。滅びた複数の国や大陸、世界そのものという話だったし」
「あぁ、そういうのもあるんか」
皺が以前のやつより少なく、なんとなく可愛い見た目をしている。前の奴は女を犯しそうな感じがしたけど、こいつはそういった印象が少なく、メスのゴブさんも居そうな気がする。
作品によってゴブリンも立ち位置が異なるからな。害獣だったり、知性ある種族だったりと。
マキマキは落ち着かない様子でナイフと鉈を持ち。
「っていうかどうすりゃ良いのさ、アタシちゃんとした敵は初めてなんだけど」
とりあえず巻島に〖青〗、宮内には〖白〗の鎖を放つ。
俺ら二人の背後には〖守護者の盾〗が浮かんでいた。《最大数+1》が役に立ったね。
「槙島の守りと指示を頼む、前には俺が出るで良いか?」
「んじゃ、巻島さんの豹をコブさんへ接触させて、その後にお前はオークを狙ってくれ」
「クロちゃんね」
〖赤鳥〗は攻撃特化。実体がないから問題ないとは思うけど、校舎など狭い場所だと不便かも。
〖青人〗は巻島の護衛って感じになるはず。
〖黒豹〗は攻守どちらにも回れる。
俺の意見を聞いたのち、彼女が選んだのはクロちゃんだった。
〖黒豹〗 自分ナイフ専用。5秒後に消える。冷却5秒。実体はないがその攻撃はHPを削る。攻撃命中部位に付与されたバフを弱体化。MP消費(小)
ナイフを尻尾に取り込むことで〖闇豹〗へと変化。牙と爪に物理・属性強度(小)を得て肉体も攻撃できる。確率で敵のバフを消す。行動を10秒延長。白銀のナイフ→MP消費(中)。
「5秒経過する前にナイフを転移させてくれ」
「わかった」
黒豹を呼びだすと同時にカウントを始める。
両者がそれぞれの敵と接触した瞬間を狙い、ゴブさんに二つの〖赤鎖〗、オークに〖黄青の鎖〗を打ち込む。
〖黄の鎖〗に電気のエフェクトが発生。
「よし、感電成功!」
《感電発動時に電撃となり、HPダメ(レベル比例)・ソケット1追加》をつけたので、《他色の鎖と一緒に使える・自分に使うと命中位置に強のデバフ》もセット出来ている。
「ナイスっ」
悪寒は命中すれば確実にデバフが発動するため、オークは右前腕が痺れ、胴体が凍傷のように感覚を失っていく。そして電撃によりHPも徐々に減る。
宮内は鈍った大槌の振り下ろしを横に避け、〖騎士剣〗と〖浮剣〗の2連で攻める。
「ゴブさんも豹に集中してくれたか」
実体がないので無視して通り抜けることも可能だけど、熱感により冷静な判断もできん。
「クロちゃん頑張れ!」
尻尾に〖ナイフ〗が転移したことにより、その攻撃は物理化による衝撃が発生。
それに加えて〖赤鎖〗の熱感でゴブさんはもう泣き顔さ。
巻島さんをみると、〖精霊の加護〗によるものだろう。
「うわっ すげえ」
「どんなもんよ」
闇が彼女を包み込み、その姿を薄めた。夜の方が効果も高まるらしいけど、俺らは日中しか活動しない。だって健全な高校生ですもの。
宮内が声を発した。
「捨てたか」
オークは感覚のない片腕を犠牲にすると判断。騎士剣に銀光の切断線を刻まれながらも、残った腕で得物を動かす。
【大槌】が赤く輝き、その【巨体】も薄く光る。身体強化。
〖騎士の白盾〗で衝撃を吸収するが、グッと歯を喰いしばって身体を後退させた。
「優秀なAIだな」
〖尻尾〗が伸びて装甲の隙間へと差し込まれた。オークの赤い光が黒く濁る。
「はっ? クロちゃん生きてるし」
「すんません」
地雷を踏んじまった。
敵味方の鎖が解除されたので、今度はMPを回復させるため、巻島に〖白の鎖〗を使う。
「よし」
〖ナイフ〗を振り回わしてMPを回復させる。この効果は地味に優秀だよね。
5秒が経過したので、すでに彼女の姿はハッキリと見えている。
「本当はせっかく姿消えてるんだし、こっそりゴブリン狙うべきなんだろうけどさ」
「それができたら立派なアサシンっすよ」
俺って召喚が特に好きなんだけど、さらに自分でもけっこう戦えるって、ゲームなら最初にマキマキをプレイキャラで選んでるわ。
「あっ こっち来た」
どうやらゴブさんのHPは削り切ったが、肉体を破壊する前にクロちゃんは去った。
巻島さんの前にでて。
「冷却終わったら宮内の援護にまわってくれ」
ナイトに2重の〖赤〗。オークには〖白〗を放つ。
「しくじった」
1つは宮内に命中したが、もう1方は外れてオークに当たる。対象を味方に絞ってたので、敵に当たっても発動はしない。
「あんたよく混乱しないで使えるよね」
「してるっすよ。だから出来れば赤以外の鎖に他色同時可能をつけたいです」
思考加速とかありゃ良いんだけど、残念ながらそんな便利のはない。
なので俺は彼女の護衛と、前衛のサポートに徹する。
「さがってください」
「りょ」
ゴブさんが短剣で斬りかかってきたので、腕当で受け止めてからメイスで殴打する。
冷却が終わり、〖黒豹〗がオークと宮内の戦いに回り込んで、背後から援護を始めた。
・・
・・
戦いが終わり、報酬を回収しながら。
「学校の近場で2体はなかったよな」
「仲間が増えたからかね?」
パッシブは巻島さんに渡し、それぞれの専用ビー玉は各自が手にする。
「だが以前に比べても、かなり楽だったよ」
「俺らの場合はFFがあるし、1体を囲むなら実体のない精霊の方が良いかもな」
敵も俺や宮内に集中するから、精霊の攻撃はかなり通っていた。
「この調子なら、明日は寺社巡りすっか。巻島さん午後からバイトでしたっけ?」
「俺も午後は塾だが、午前中は問題ないぞ」
イケメンは続けて巻島さんへ視線を移し。
「無理はしなくても大丈夫だからな、遠慮なく言ってくれ」
先ほど俺が渡したビー玉。
鱗粉の風《疲労回復小増加・使用後も自分と味方のHPが10秒間徐々に回復(小)》
けっこう優秀だから、ポーションに使うかセットするか悩んでいるようだ。
「共通の趣味ってそれだったの」
神崎から聞かされていたようだ。
「明後日はサトちゃんと遊ぶから、明日は参加しとくかな。でも労働だし、遠出はちょっと厳しい」
「じゃあ駅あたりで映世に入るってのはどうっすかね」
学校の最寄りだし、ロッカーも確かあったはず。
「うんそれで良いよ、すまんね合わせてもらって」
「いえいえ、格好つけたいお年頃なんで全然」
別に格好良くないと笑われた。解せん。
そんなこんなで移動を再開させ、商店街から野球場に向かう。
「今は休みだけど、ここ稼げるよな」
「野球部はうちより厳しい」
「せめて私がもうちょい育ってからにして」
ぐるっと一周するころには昼近くになっていた。
「昼飯はファミレスで良いか?」
「はーい」
いったん現世に帰還してから、俺らは昼飯を食べる。午後は明日のこともあるので、駅近くでの戦闘をした。
迷い人になるには精神病むくらいのストレスが必要になるけど、敵としてだけなら些細な切欠で出現するみたいだね。
・・
・・
3時半をまわり、俺らは学校に向けて歩いていた。
「明日はもうちょっと離れた場所でも良いかな。私も強くなったし」
外回りから始めたが、今日だけで新たな僕を獲得していた。
「槙島の場合は自分がというより、精霊がの方が正確だけどな」
「うるさいっ!」
明日も外なので、彼女が選んだのは赤鳥だった。
「とりっぴー、チキちゃん、トリバード、トリえもん」
最初のは止めておけ。最後のもあれだろ、タヌキだよね。
チキちゃんは僕のこと言ってないだろうか。
トリバード。なんかエキセントリックな名前だな。
「……うん、トリ兵衛さん!」
危ない名前ではなさそうだと、安堵の息をつく。
「俺たち3人なら、ここらの敵はもう問題なさそうだな。なにより今日一日で橋の修復も進んだ」
「おい、そんなこと言うとフラグが立つぞ」
「浦部がそう言った時点で、もう完璧になっちゃうでしょ」
もうすぐ夕方という時間。はやくに閉まっていた昔ながらの駄菓子屋。
その前に佇む一人の影。
「あれって大堀?」
「だな」
俺たちは足を止め、それぞれに武器を構える。
「駄菓子屋に寄ったけど、閉まっててストレスが突破したのかね?」
「んなアホな。コンビニにもお菓子あんじゃん」
〖鎖〗と〖守護盾〗でバフを掛け合う。
「串にささったイカだかタコみたいな、酸っぱいのあるじゃないっすか。奴はあれが好物なんすよ」
闇が太志を勢いよく染めていく。
「なっ」
宮内が一歩さがった。
「えぇ」
その後ろにマキマキが隠れる。
「うそだろ」
悍ましき肉の塊。全身から瘴気が立ち込め、肉切り包丁が血を滴らせていた。
鳥居パワーが発動して、もう一度影に覆われる。
「……別世界」
本日初戦のやつとは違い猪顔じゃない。しかしそれは恐らくオーク。
「キングってのか?」
「違う。でも上位種だ、いやっ ただのオークか」
王者の風格もなければ、リーダー性も感じない。
「でも、やばいのだけは確かだよアレっ!」
虚空を見上げて咆哮を轟かせれば、こちらに気づきニタっと笑う。
巨体を俺たちへと向けた。
得物は同じく肉切り包丁。
「新鮮な肉だっ!!」
黒色でなくても強敵を前にすれば精神は圧迫される。
だがこれは紛れもなくデバフ。全身の肌が痺れ、鳥肌が駆け巡った。
「しゃべったぞ!」
「やだぁ!」
「お前……ランダムエンカウントボスかよぉっ!」
今回は逃げることにした。だって手鏡が漆しかないもん。
「ご両名、ここは現世に逃げましょう!」
「うん賛成」
「わかった」
急いでベルトの収納から鏡をとりだす。こういう時に出しやすい構造だった。
鏡面に触れて目を閉じた瞬間、轟音が鳴り響く。
「ふとしぃ!」
駄菓子屋の出入り口が破壊されました。
「どっ どうしよぉ」
マキマキがウエストポーチから手鏡をだすのに苦戦していた。
「しまった」
「すまん」
俺らは二人はすでに脱出の作業を済ませちまった。身体が透け始めてる。
「ベルト買っとけばよかったぁ!!」
彼女の嘆きを置き去りにして、あろうことか帰還してしまう。
・・
・・
現世にもどるとそこに太志はおらず。怨念だけを駄菓子屋の横戸に残していたようだ。
「戻るぞ!」
「へい」
だが行動に移ろうとした時には、ぽかんと立っている巻島さんが傍らにおり。
「大丈夫か槙島」
両膝をアスファルトにつけ。
「クロちゃん無視してこっちに特攻してきた。そのまま思いっきり斬られて、メチャクチャ怖かた」
涙目っていうかもう半分泣いてるよ。ていうか俺でも泣くわ取り残されたら。
こりゃもう無理かも知れんな。
「巻島さん、もし挫けたなら定期的にビー玉を渡す。申し訳ないけどタダじゃ無理だ、でもなるべく良心的な値段で売ります」
「どうしても金が掛かるんだ。俺たちが強くなればビー玉もそれだけ効果が上がる」
僕らは運営とは違う。
「もしまだ戦えるなら、2人でベルトをプレゼントしますぜ」
宮内も頷きを返した。
「続けるに決まってんでしょ」
すげぇな、挫けないとは。
「とりあえずベルト寄こせぇ」
逞しいっすね。
「あとその……太志に悪気はないんで」
「わかってるぅ」
太志、どんまい。
・・
・・
明日はスマホのメッセージで彼の所在確認を済ませてから、俺たちは活動を始めようと決まった。
駄菓子屋の正面入り口は15000円。
橋は残り27000円。神崎さんに壊された当日と、今日の不要ビー玉ポイントで返せた額だ。昨日の初心者案内じゃそんな足しにはなってない。
だから、4日くらい頑張れば。
アクセサリー、近くて遠いなぁ。




