3話 お姉たまに連絡してみた。
いくどか躊躇を繰り返しながらも、俺は深呼吸をしてスマホをタップした。
聞きなれた音が数度鳴ったのち。
「はい」
「あぁもしもし、俺おれ」
電話ごしの声は別人な気がする。というか実際にそうらしい。ホラーじゃなくて、一番近い音を選んで変換してるってのを聞いたことがある。
「詐欺は間に合ってます」
「違います、弟の吟次です」
そのやり取りにちょっと笑った気がした。
「んで、なによ」
「えっ そのなんだ、どうっすか大学の方は。慣れた?」
すぐには本題に入れなかった。
「まあね、彰吾とも問題なくやってるし」
「そりゃよかった」
会話が途切れてしまった。
「……なあ」
「はいなんでしょう」
えぇいっ、ままよ。
「なんで京都の大学にしたんだ?」
京都が気に入ったからとの返事を予想したが。
「あら、私に会えなくて寂しくなっちゃったの、吟ちゃん」
「えっ まあそんなとこ」
こういう時は意外と、素直に返した方が馬鹿にされにくい。
「冗談はおいといて、そうねえ」
少しの間が空いたのち。
「鏡社が関係してるって言えば伝わる?」
目を強く閉じ、空気を吸い込む。
「……まじか」
しばらく呆然と沈黙しちまった。
「どっちなんだ? まだ居るのか、もう居ないのか」
生きているのか、死んでいるのか。
「あんたが想像する最悪とは違うから安心なさい」
「仲間だった誰かが、前世に呑まれたってことで良いんだな」
なぜ京都なのか。
「もしかしてそいつ雪谷って名字じゃないか。だとすりゃ地元のこっちに出現するんじゃ」
「もうそこまで気づいてるの」
少し驚いているようだ。
「そっちは現世と似た町並みでしょ。でも京都の映世はね、詳しい時代は分からないけど、平安や室町って感じになってるのよ」
特殊な環境だからか、それとも其処での活動中に映世へ囚われたからか。
確かなことは、未だにそいつは京都にいる。
「奈良も似た感じで、目的地から直接の侵入も今は難しい。すごい吹雪でね」
この時期に雪降ってんのか。
「だから私たちは端からちょっとずつ、マッピングしながら進めてる。脱出地点からは再侵入できるようになんのよ」
鏡が澄んでるか曇ってるか、それとも割れているか。毎回ランダムで変化するけど、設置されている位置は一緒とのことだった。
「人様の家とかに出ちゃったりしないの?」
「そこら辺は調整してくれてるみたいね。だって今のとこ不法侵入で逮捕されてないでしょ」
現代の町並みであれば鏡なん簡単に見つけられる。ただそれが大昔だとすれば。
「俺が記億を一部失ってんのは、仲間が迷い人になったのが原因で病じまったから。そんで姉ちゃんたちが助けてくれたと」
そんな解釈もあるのねと返された。
「あのまま続けてたら、近いうちにそうなった可能性もあったかな。でもあんたが記憶をなくしてるのは、そうすれば追加要素を望めるって理由よ」
壊れた青銅鏡のことを言われ。
「あれがもともとの切欠。代わりに私たちのスキルは強化されたの」
そうねぇと考え事を始めたかと思ったら。
「ちょっと青鎖について説明なさい」
その指示に従って手鏡からの内容を読む。
「なるほど。こっちで記憶してるそのスキルは敵だけで、味方には放てなかった。でも咎人のメイスで自分には使える感じ」
逆に白は味方だけだったとのこと。そして法衣は選択じゃなくて、守光の一択だったそう。
「やっぱ私や彰吾よりも、あんたの方が色濃く反映されてんじゃない?」
レベル1からやり直した方が、大幅なアプデを得られる。
優秀すぎたスキルが下降修正されることもあれば、使えなかったのが今シーズンの主力になるってのは多い。
「ランダム合成やショップなんかどうだ?」
「鏡の曇り取りってのには感謝ね。あれのお陰で脱出がしやすくなった」
あれ3回で使用不可になるし、値段も5000円くらいするんですけど。
「今までバット効果の宝玉なんてなかったから、あの合成ってのは本当にムカつく」
憤ってらっしゃる姉上。
「ビー玉……宝玉が使われたアクセサリーは?」
「なによそれ、ちょっと詳しく教えな」
声が怖いんですけど。
〔鎖の装飾品〕《自分に対し(2~4色)の鎖をもらえる・ランダム効果》
「敵からドロップする宝玉は自分のスキルじゃん。でもアクセサリーは味方のサポートスキルを強化するって感じだから、鎖のアクセサリーだと俺が装備しても意味がない」
ただ《他色の鎖と一緒に使える》を集めてるから、宮内が買って装備しちゃったら、今までの我が努力が無駄になっちまう。
だから巻島さんのが販売されるのを待ってる。
「(2から4色)ってのが運で決まる。残りの効果は色んな中からランダムになるんだ」
「……」
宮内のは〔守護者の装飾品〕
《〖守護者の盾〗を操作でき、物質+属性強度(極小~大)を得て攻撃を(1~5)回防ぐ・ランダム効果》
つまりは〖守護盾〗を〖青い浮剣〗みたいな感じで使える。強度を失っても盾のエフェクトはそのまま継続。
ただし俺や槙島さんがアクセサリーを装備すればって条件付き。
「鏡面からセットするんじゃなくて、自分に直接つけることで恩恵を受けれるんだと」
「私らないんだけど、ずるくない?」
姉怖し。
でもそんな甘い世界じゃないんだよ姉様。
「値段が7から8万します。んで効果が極小だったりした日には、まじで立ち直れなくなりますよ。しかも装飾品は合成不可です」
「沼ね」
これ据え置き機じゃなくてソシャゲだよ。
「バット効果がつく可能性だってある」
「うわっ なにそれぇ」
ただゲーム内通貨のビー玉ポイントなんだよなぁ。今までに使った現実のお金は鏡くらいです。
良心的でステキぃ。
「まだ俺らは怖くてアクセサリーなん買えてません」
だいたい橋の修復費も残ってんだよ。
その後もいくつかのやり取りをして、肝心な話題に触れることにした。
「居なくなった仲間について、もうちっと詳しく教えて欲しいんだけど」
彼女が迷い人になるほど追い詰められた理由など。
「それはだめ。記憶を失う前のあんたから、しばらくは繊細を伏せておくように頼まれてるの」
高校一年のとき。俺は姉や彰吾さんたちと映世で活動していた。
周りの連中に当時の自分がどうだったか聞いても、たぶん記憶が書き換えられている。
「私たちにとっての本番は12月の冬休みよ。お盆に帰郷したとき繊細を教えるから、それまでは今まで通り活動して、少しでも強化を進めてちょうだい」
「……わかった」
12月の冬休み。去年姉たちが京都へ旅行した時期。
「一緒に行動してる人は居たりする」
「ああ、今回のことも2人に話してみる。でも12月の本番ってやつに強制はできんよ」
もうそんなにと驚かれた。
「人助けに精をだしてたりする?」
俺のコミュ力を侮っていたらしい。
「攻略のついでにな」
「……そう」
小さな声で呟けば。
「相変わらずゲーム感覚なのね。まあ無気力なのも困りものだけど、あんたはそんくらいで丁度いいんじゃない」
「まあね」
あんま気張りすぎちゃダメよと残し、姉との会話は終了した。
・・
・・
翌朝。学校近くのファミレスに俺らは集まった。
「ってわけだ」
姉とのやり取りを二人に説明し終えた。
「追加要素か」
「またすごい話になったもんね」
俺も話についていけなかったからな。
「ただ疑問も少し晴れた。浦部は妙に熟れてたからな、メイスの扱いとか」
「高1からずっと活動してたなら、記憶を失ってても身体が覚えてるもんね」
それを言うなら宮内だって、まだ救出してからそれほど経ってないのに、もう剣と盾を上手いこと使ってると思うんだけどな。
某有名作品の弓使いさんが言ってたように、前世の経験みたいなのが徐々に反映されてんのかも。
「とりあえず姉たちが帰ってくる前には、ショッピングモールで活動できるくらいにはなりたい。12月の本番ってやつは繊細も解らんけど、たぶん危険だったりすると思う。場所が京都だしね」
無理に参加する必要もないと伝え。
「あとさっき話した通り、俺らも映世に囚われる危険があるって判明したわけだが、君らは大丈夫そうか」
「アタシは昨日浦部に言ったでしょ。12月のはまだ時間もあるし、追々決めることにしようと思う」
宮内も頷くと。
「12月は俺も槙島と同じ感じで頼む。それに改善の手立てが映世にしかない以上、今後も活動は続けるかな」
二人とも結局のとこ、なにもしなけりゃ問題もそのままだもんな。
「じゃあこれからもよろしく頼む」
これにて話し合いは終了し、俺たちは本日の活動に取り組むことになった。
雪谷に関しては、あえて触れないでくれた。
あとこの場は巻島さんに奢ってもらい、お昼は宮内君が奢ってくれるそうです。やったね。
・・
・・
会計をすませると、学校の正門まで進む。
「部活はまだしてないのな」
「本格始動は連休明けからだ」
「やってれば学校探索でも良かったのかな、アタシとすればそっちの方が助かったんだけどさ」
順番としては鏡社から校舎、学校周辺を攻略したあと、俺の地元を目指すってのが一番良い。その先は寺社パワーのない10から0くらいのところか。
「大鳥居周辺は校舎内とそんな変わらんっすよ」
「そうそう、その大鳥居っての見たかったの」
ああそっか。巻島さん学校は今回が初だもんな。
テスト期間とは違い正門は開放されているので、正面玄関より更衣室へいく。
「自主練で登校している生徒もいるんだね」
「吹奏楽とか練習できる場所も限られてるでしょ。浦部んとこのクラス委員長もそれで来るって聞いたよ」
ソロパート任されて気負っているんだよね。なんどか映世で戦ったことあります。
宮内と二人で更衣室に入る。
「ほーれ、これが例のショップに売ってた品だ」
「へえそれが」
ショップ画面にはポーション専用の頑丈な容器や、それを挿入できるベルト(収納鞄あり)なども売っていた。
あと俺はジャージの下に一番安かった丈夫な肌着を着ている。お試しで買ったが値段はお手頃。
「本当に良かったの?」
要るなら買うよと言っておいたが。
「HP0に設定してるしな。もっと高価な品だと、スキル枠やソケットがついてるんだったか?」
まあ俺も自動脱出をHP0にしてんだけどさ。
「そうそう。専門店で買うような、戦時中のジーパンくらい値段する」
高い物だと数十万、数百万の世界だって聞いたことがある。
「とても手が出せないな」
「だよね」
〔黄色のベスト・ジャケット〕 手鏡から雷・黄色系統スキルを1つセットでき、それには追加で1ソケットついてくる。俺だと黄鎖で宮内なら黄剣だね。
購入後に5000円払うと、夏服と冬服を交換できる。クリーニング代金と考えりゃそんなもんか。
活動してないとき、俺らの武器とかメンテしてくれてる可能性もあるじゃん。
「まずは装飾品からかぁ。んじゃ、これ約束の品」
先ほど紹介したベルトとポーション容器を渡す。
「これ開け閉め楽なんだ」
片手でパカッと蓋が空き、カチっと押さえれば閉まる。
「ほうほう、さっそく使わせてもらう」
一通りの準備を済ませ、そろそろ出ようという時。
「まだ浦部には言ってなかったことがある」
「なんだ急に」
告白ですか。ちょっとまだ心の準備が。
「昨日はそんな雰囲気じゃなかったからな。実は俺な、ランダム合成成功したんだ、妖精戦の報酬」
どんな顔をすべきか分からない。
「そっ そうか。あの絶望を君にも一度、ぜひ体験してもらいたかった」
「なんてこと言うんだお前は」
宮内には今のとこ面倒な高火力スキルもないので、単純に優秀だと感じるものだった。
浮剣《飛行可能距離中増加・赤剣のHPダメ増加(レベル比例)》
守護盾《自分と味方のHP秒間回復(レベル比例)・自分の総HP減少(小)》
「あのバット効果がなんになった?」
「味方の属性耐性強化(中)」
これまた良いの付けたなぁ。
「悔しい。悔しいけど、有り難いものを。お”っ おめでとう」
「そんな悔しそうに祝ってもらったのは初めてだ」
クジ運良いな君は。
「まあなんだ。面白いネタにでもなれば良いかと思ったんだけど、杞憂で良かったよ」
「あぁ、気を使わせてすまんね」
姉の返答が、ただ京都が素敵だったからって時のためか。
「失敗しなくて良かった」
「そうさな、よかったわ」
更衣室を出ると、そこにはすでに巻島さんがいた。
「アタシより時間かかるなんて化粧でもしてたの?」
あらやだ、分かりますぅ。
「これどぞ」
ベルトはまだ良いやと言われたので、彼女にはポーションの容器だけを渡しました。
「あとこっちも使ってください。ナイフだけじゃ心持たないし、精霊に渡すと丸腰になるんで危ないから」
ベルトに装着できる鞘つきの鉈と、現世でそれを隠すようの袋。
鏡面ショップにはそういうのを想定しているのか、映世でのみ出現する盾や武器なども売っていた。俺も片手空いてるし、できれば小盾とか買いたかったけど、予算に余裕はなかった。
「家の倉庫にあった奴なんで、どこまで通用すっか分かりませんが、青鎖には装備性能強化もありますんで」
その場合は彼女の右腕に当たるようにした方が良いんだろうか。でもバフは命中位置関係なかったよな確か。
「ありがとう。さすがにナイフ1本じゃ厳しいよね」
俺らは校庭に向かう。
マキマキは大鳥居初対面だ。




