5話 残照
目覚めたのが川原でなくて良かった。そう思いながらボーっと立っていたら、肩を宮内に叩かれる。
「おいっ 大丈夫か?」
「……ああ。おれ、神崎さんに橋から落っことされたよ」
ポーチからメインにしていた予備の手鏡を取りだすと壊れていた。漆のやつに交換すれば。
「宮内君、これ見てみろ」
「なんだ、どうかしたか?」
鏡面を操作すると、そこには『初敗北おめでとうございます、以後も楽しんでいただけるよう、記念品をお送りします〗という文字。
銀色に光れば、鏡からビー玉が落ちてきた。
例の《死亡時に肉体を蘇生修復、冷却1週間》だった。もう持ってるよ。
宮内の鏡からもビー玉が落ちる。それを拾って内容を確かめると。
「俺も同じのだ」
「どんだけHP0後も戦わせたいんだ。痛いの嫌だよ、蘇ろうが死にたくねえって」
苦笑いを浮かべながら、宮内君は画面を眺めていた。
「現世への自動脱出後は、20分向こうに戻れないらしい」
言われて確かめると、その画面には17分29秒と数字が徐々に減少している。今日はもう終わるつもりなので、指で鏡面をスワイプした。
「うわっ 修理費5万だと」
「けっこう痛いな」
実際に橋を修復となれば、業者を呼んでもっと費用はかかるだろうけど、映世での破損は一見だと現世に影響はない。
壊されたと思われる柵の位置を叩いてみるが、音を聞いても俺にはわからん。けれど専門の人が器具や経験で調べれば脆くなってるんかね。
「とりあえず応急でMP込めとこう」
二人して鏡面を操作すると、メーターにMPを注入する。
「互いに少しずつ借金は返済してくか」
「どっちが何円払ったとか、そういうのは今のとこ決めないでおこう。金じゃなくてよ、活動後にビー玉で返済って感じにするか」
MPだと日を追うごとに少しずつ減っていく。
「すまん」
「気にすんな。俺の方が活動してるしね」
互いに不要なビー玉をいくつか選んで、それを鏡面へと入れる。
映世での出費はなるべく、映世内で得た報酬を使うべきだ。
「手鏡だけど、もし壊したら妹に怒られるかな。貰ったとは言え」
「買っといた方が良いかもね」
彼が祝いにもらったのは良品だろうけど、もとの持ち主が買ったのは中学時代ということで、たぶん値段も万はしない。
「3000円前後で良いと思う。目安としては死亡時に蘇生が設定できるかどうかかな」
宮内は俺の手鏡を見つめ。
「そっ そうか」
「なにも言わないでくれ」
攻略本仕事しろよ、誰だ書いたやつ。俺だとしても絶対に許さんからな。
最後に手鏡で確認すべきこと。
「ここで大体40か」
鏡社で100。学校の大鳥居で80。これがマイナスになれば警告文がでるらしい。
二人して落ち込んでいると橋の中ほどから、車の走行音に遮られながらも、女性の声が聞こえてきた。
「おーい」
素敵なランニングウェアを身にまとった娘が、手を振りながらこっちに向かってくる。
「宮内君……全身が震えてんだけど」
恐怖で。
「安心しろ、俺もだ」
映世とはいえ、先ほど吹っ飛ばされた相手。
俺らがオーガと戦って数分。敗北後に帰還してから数分。
今この場で出会うということは、若干のタイムラグでもあるのだろうか。
こちらに到着すると、両膝に手をついて呼吸を整える。
「奇遇だな、いつも走ってるのか?」
「うん。けっこうストレス発散になるんだよ」
いやいや。全然解消できてませんよ、神崎さん。
「それに体型維持は怠れないしね」
美人だ美少女だと言われているが、ちゃんと努力のうえに成り立ってんだな。
「二人とも本当に仲良いんだね、共通の趣味ってやつの最中かな?」
しまった。そこら辺の設定をまだ練り込んでいなかった。
「えっ ああ、そうだな」
「ねえねえ教えてよ、どんな趣味なの?」
宮内相手だと、けっこう口調も砕けてるんだな。
どうしようと俺をみてくる。
「じ、寺社巡り、とか?」
「そう、それだ」
うふぇ と驚いた顔をしたのち。
「意外と渋い趣味をお持ちで、二人にそんな共通点があったんだぁ」
嘘は言ってない。
「まあ俺らも互いに知ったのは最近で、付き合いもお前らほど長くないよ」
「ふへぇ、私たち?」
彼女の返答に俺らは顔を見合わせ。
「巻島さんとは、そのっ 小学校のころから仲が良かったと聞いてるんですが」
「えっと。誰かな、マキ島って」
どう返答すべきか悩んでいると。
「いや、すまん。なんでもないんだ、ちょっと別の奴と間違えてた」
「そうなんだ……槙島さん、か」
マキマキの存在が消えた。
・・
・・
その後。神崎と別れたのち、俺たちも解散の流れとなった。
明日はとりあえず、彼女の父親が入院している病院に二人で向かう。
「焦るな。俺らが覚えてるってのはかなり大きいんだ」
「そう書いてあったな」
神社・仏閣・教会は個々で影響する範囲が違ってくる。病院近くの施設を調べ、映世での活動が可能かを確認しなくてはいけない。
こういった効果は、歴史の浅い宗教だと薄かったりするんだと。途中で別れた派閥がどう関係するかまでは知らん。
「本当に良いのか、なんなら俺も付き合うぞ」
「ちっと寄ってから帰るだけだ、気にすんな。もし居た時は一度あたってみる」
宮内はこのまま自宅に帰り、俺は道を引き返す。
「わかった。無理するなよ」
マキマキの家は駅近くのマンションらしく、もし可能なら進入してみる。
・・
・・
ある程度学校に近づいてから、俺は再び映世に足を踏み入れていた。
重装甲の戦士は【盾】に赤い光をまとわせ、こちらへとそれを打ちつけてくるが、焦らず後ろにさがって避ける。
「重いよなぁ」
あえて積極的に攻めず、持久戦に持ち込んだのが今回の戦い。〖黄鎖〗でスタミナを奪っているので、動きはさらに鈍化していく。
覚えたてである〖茶光のメイス〗を地面に叩き込めば、発生した〖重力場〗が頭上からの圧を強めた。
片膝をつき、メイスの先を地面に触れさせたまま、俺は動かずに様子を見る。
相手はなんとか起き上がろうと、全身に力を込めて【鎧】が赤く光った。
疲労はさらに増しているはず。
主導権を握っているのは、今のところ俺だ。
〖鎖〗の効果が切れても、相手の動きは酷く鈍っている。
ここまでくれば、少しして勝負がついた。
「……」
報酬のビー玉を拾う。
白の鎖・咎人のメイス《自分への鎖を解除後、受けたデバフの数ごとに身体強化》
「うっ う……うへへぇ」
しかもこれ効果1つだ。ランダム合成するなら最高だったりする、必ずこれが残るからだ。そして今俺の手元には《滑車+1》がある。
「巻島さんすまん、今日は良く寝れそうだ」
まったく、こんな自分が嫌になるわ。
いつからこんななっちまったのか。
・・
・・
見上げるのは中々立派な建物だった。
階段を上ってから、自動ドアの前に立つ。
「駄目か」
適当な窓を壊して侵入するかとも考えたが、その前に確認しておくべき場所があった。
時刻は夕方だけど、もうあの日の夕焼けとは違っていた。
暗くなりかけの空。
父親本人がいる病院だと俺らは予想しているが、その理由は迷い込んだ本人の意識が持ってかれている場所だから。
でもふと思ったんだ、先日の彼女をみて。
あの時、ブランコで巻島さんが思い浮かべていたのは、現在ではなく過去だったのではないか。
幼き日々。父と遊んだ小さな公園。
一番仲が良かったころの想い出。
公園の入り口は丸みをおびた鉄柵があり、その隙間から中に入れる。
メイスを握り絞め、ブランコへと足を進める。
今日はとても気分が良いので、もう心も体もウキウキです。
「こんばんはマキマキさん」
挨拶をしても地面を見つめたまま動かない。
なんか大切なことを忘れてる気がするけど、もうこのテンションは止められません。
「今日も髪が巻き巻きで、素敵な巻島マキさんですね」
巻島さんは闇に包まれると、耳の長いそれはもう美しい人へと変化した。
「おぉっ エルフだ」
その服装から察するに、かなり高貴な身分ではないだろうか。不満があるとすれば、性別がたぶん男だという点。
できれば女性のエルフを見てみたかった。まあ中性的すぎてどっちか解らんけど。
装備は弓じゃなくて杖だな。
少しするとその姿がまた影に覆われ、徐々に縮んでいく。
「……妖精か」
蝶々とトンボを合わせたかのような、透きとおった綺麗な羽根は、羽ばたくたびに鱗粉が舞い散る。光に反射しているのか、キラキラしていて美しい。
オーガほどの威圧感はない。神崎さんが特殊なのか、種族そのものがヤバイのか。
「そうか、妖精ねぇ」
手には模様の刻まれた小さなナイフが握られていた。
さっき橋から落とされたことで、始めて緊急脱出というものを経験した。だからこそ今回やろうと決めた。
「本番は明日だけど、情報を持ち帰らせてもらいますよ」
こちらを向き、誰だと首を傾げている。
「さあ始めよう」
夕暮の公園で妖精が微笑む。
・・
・・
一通りの情報を得て、俺は公園から逃げ出す。
「戦略的撤退です」
漆の手鏡をメインにしたままだったのを思い出したからだ。
マジであの妖精なんなの。
まったく、人のことをおちょくってさ。
後ろを振り返ると、俺に向けて手を振っていやがる。
「覚えてろよ!」
全力で夜の町中を走り、息が切れる。自分に黄鎖を使いたいけど無理なので仕方ない。
追って来ないことを確認してから立ち止まり、ポーチから手鏡を取り出して、なんとか現世へと帰還した。
「ったく。あぁ疲れた」
迷い人は1カ所に留まることもあれば、数か所を行き来する場合もある。
「帰ろう」
今のところ俺が出会ったのは知人だけ。
名も素性も知らん相手でも、姿と前世を俺たちが認識すれば、そういう人物が居たという事実が固定される。
勝てない以上は頭の中だけで済ませちゃダメだ。ちゃんと発見場所や変化前、変化後の特徴を文字にして記録に残し、それを定期的に読んで思いだす。そして仲間内に広める。
そう攻略本に書かれていた。
「未来の俺かぁ」
学校の最寄りといっても、都会のそれと比べれば小さいだろう。
電車の時刻を調べ、ホームのベンチに腰を下ろす。
「本気で救出活動をするなら、もっと大きな規模での組織化が必要になるんだろうね」
自分は特別なんだと思える年齢を過ぎてしまった。
高校に入学した頃にはもう。
映世という世界を知り、もし中二病を再発できていたのなら、俺はまた夢を見れたのだろうか。
「未来の俺か」
なにも知らないガキで、なにも成せない大人になるんだって諦めちまっている。
続けていれば誰かを助けられるかも知れない。
適正のあった誰かが。
「映世を知る人が増えれば」
そこに居たはずの誰かが。
いつか始めてくれるのではないか。
「俺の……代わりに」
あれ
「なんで、俺なんだ?」