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冒険の始まり

 都会で冒険者になると宣言した時、故郷の大人たちから、都会は恐ろしい場所だと口酸っぱく言われた。

 けれど、僕はそれを本気で受け止めなかった。


 だって田舎にも悪人や関わっちゃいけない輩はゴロゴロいる。そんな連中との距離を誤れば、トラブルに巻き込まれるのはどこだって同じ、都会だろうと田舎だろうと、そう変わらないはずだ。


 僕はそんな連中と深入りするような間抜けじゃない。


 それに、家業の農業を手伝ったところで、兄夫婦に子が生まれ大きくなれば、僕の居場所はなくなる。


 このまま先の見えない田舎暮らしでくすぶり続けるより、都会で冒険者として一旗揚げようと奮闘する方が、まだ先がある。そう決意して村を飛び出した。


 しかし、都会に出て冒険者を始め5ヶ月。先輩冒険者たちに丸め込まれ、騙され、たかられ、あっと言う間に無一文になった。

 そこでようやく、自分がとんでもない馬鹿なんだと思い知らされた。



 街の周辺の森で薬草を採っていたある日、ゴブリンが現れたと騒ぎになり、ゴブリンを倒した先輩冒険者たちに囲まれた。

「俺たちがいなけりゃ、お前ら今頃死んでたかもな。こういう時は礼として飯と酒くらい奢るのが冒険者の筋ってもんだ」と、したり顔で冒険者の慣習を教えられた。


 その場にいた五人の新人冒険者のうち、二人はいつの間にか姿を消した。


 そういうものかと納得した僕ら残りの三人は、先輩たちを飯屋に連れて行き、酒と料理を振る舞った。

「礼を尽くせるお前たちは、逃げた恩知らずとは違い見どころがある。特別に目をかけ世話してやる。俺たちがついてりゃ食いっぱぐれることはない」と肩を叩かれ持ち上げられた。

 頼れる者がいない都会の暮らしで、心強い味方の先輩が出来たことがうれしくなり、酔いも手伝い買春宿の代金まで奢ってしまった。


 だが、酔いが冷めると、先輩たちの話は勢いばかりの精神論で、何の役にも立たない調子のいい馬鹿話に過ぎないことに気づいた。


 おだてられ一週間分の生活費を失い、そんな慣習はない、まんまと騙されたと後で知った時、悔しさで胸がいっぱいになった。


 悪いことは続くもので、ある日、ゴブリン事件で一緒に騙された新人冒険者が、ギルドに大量に薬草を納品し、連日のように大儲けしている姿を見かけた。


 冒険者たちが見守る中、受付嬢が三人がかりで薬草の束の品質と数量をチェックして42000ノクタの値が付いた時、ギルド内は大きくどよめいた。

 42000ノクタあれば節約すれば10日以上暮らせる。それを同じ新人が1日で稼ぐなんて……。うらやましさと大きく先を越された焦りが心を焦がした。


 どうしてそんなにたくさんの薬草を採取出来るのかダメ元で聞くと、彼は先輩から買った地図があれば楽勝だと、同じゴブリンの被害者のよしみで快く教えてくれた。


 先輩冒険者を紹介してもらい、なけなしの金30000ノクタはたいて地図を買った。


 人の縁は、思いがけない幸運を運んでくる。翌日、運が回ってきたと浮かれ気分で朝早く地図の場所にたどり着いた。

 すると、すでに大勢の新人冒険者が集まり、「騙された」と口々にこぼしている。その姿を見て僕は愕然とした。


 同じ地図を何人にも売りつければ、仮に薬草があったとしても刈り尽くされるのは目に見えている。

 残り少ない蓄えのほとんどを、なんの役に立たない地図に費やし、ドブに捨ててしまった。


 ゴブリンに続き、またも騙されるなんて、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさした。


 予定していた儲けをふいにして、明日からの暮らしを考えると頭を抱えるしかない。



 少しでも金を取り返そうと文句を言いに先輩冒険者の泊まる宿に押しかけた。


「地図は本物だ。だが、刈り尽くされたら次が生えるまで半年はかかるだろうな」と平然と言われた。

 その顔に地図を売った時の親切で人の良さそうな笑顔はどこにもなかった。


「こんなに大勢に売りつければ刈り尽くされるに決まってるだろ!」と必死に食い下がる。

「うるせえ。俺も新人の頃は同じ目に遭った。取り返したければ、来年お前が新人に売ればいい」と悪びれもしない。

「それからな、一度騙された奴はオレみたいなヤツに情報が回って、何度でも狙われカモられる。気をつけな」と得意げに言い捨てた。その瞳には勝利感があった。


 殴りかかりたい衝動に駆られた。

 だが、仲間がいる相手に手を出せば報復は必至だ。

 怪我でもしようものなら、治療費を工面できず、路地裏で野垂れ死ぬしかない。そう考えると泣き寝入りするしかなかった。


 蓄えが減るにつれ、焦りが増し、余裕を失った僕は、いいように騙された。

 まるで坂道を転がり落ちるようだと、自嘲するしかなかった。


 何人かの被害者がギルドや街の衛兵所に詐欺を訴えたが、ギルドや衛兵所は個人間の金銭トラブルには関与しないと突き放した。しかも、地図には正しい薬草の分布図が描かれていたため、詐欺とは認められなかった。



 数日後、冒険者ギルド近くの酒場で、先輩冒険者たちと新人冒険者が、薬草地図で大儲けした打ち上げを開いていた。


 それを見てようやく僕は薬草で大儲けしていた新人冒険者が仕込みだったことに気づき、足下が崩れていくような感覚に襲われた。


 悔しい思いをした同じ被害者なのに……。信じてたのに……。僕は、先輩よりも新人冒険者をより深く恨んだ。


 こっそり聞き耳を立てると、「全部で100万ノクタ以上巻き上げた」と豪し、笑い合っている。


 僕が食費を削り必死で貯めた金で、テーブルいっぱいに食べきれないほどの料理を並べ食べ散らかす姿に、殺意すら覚えた。

 他の騙された新人たちも、店の近くにたむろし、目を血走らせ、「ぶっ殺してやる」と口々に叫び、不穏な襲撃計画を口にしていた。


 みんなと一緒に仕返ししたい気持ちがあった。でも、ここにいたら危ない! 流され巻き込まれ大変なことになる。そう思い、僕は逃げ帰った。



 翌朝、裏通りのドブの側溝で、裏切り者の新人冒険者の遺体が見つかった。

 顔は原型を留めないほど殴られ、身体は痣と刺し傷だらけだった。


 昼頃になると、先輩冒険者たちは仲間の後輩がリンチされ殺されたとギルドで大騒ぎを始めた。

 苦慮したギルド長は個室で先輩冒険者たちと長い間話し合いになり、夕刻にはギルドとしても殺人の調査すると発表された。


 先輩冒険者たちは、「薬草地図の顧客リストを明日の夕方提出します」と、わざわざ大きな声で言いギルドを後にした。


 更に翌日、冒険者の間で『リンチの実行犯たちは死罪。計画を知りながら黙っていた者たちは、共犯者と見なされ犯罪奴隷に落とされ、無期限の鉱山採掘の労役が課される。既に街の衛兵が犯人探しを始めている』という噂が広まっていた。


 多くの新人冒険者が顧客リストから自分の名前を消して欲しいと先輩冒険者に土下座して、お願いだから受け取ってほしいと必死に命乞いする。先輩冒険者は受け取れないと渋り、更に上乗せされる金額を見ながらほくそ笑んでいた。


 そして新人冒険者たちは、蜘蛛の子を散らすように街から姿を消した。

 リンチ事件の騒ぎはうやむやになり収束した。


 低ランク冒険者の命は、僕が思うほど、この街にとって重さがないようだ。



 リンチ事件は、すべては先輩冒険者たちの仕組んだ罠だったのだろうと僕は思った。

 新人を裏切らせ、復讐の矛先をそいつに向け、打ち上げをわざわざギルド近くで始め、リンチ事件を誘発させ、被害者と加害者を逆転させる。

 そして、まんまと詐欺被害者からの報復から逃げ切り、更に金をせしめた。


 全部が三文芝居。僕たち新人冒険者はまんまと道化の役割を演じさせられた。


 都会は、故郷で聞いた以上に悪辣でろくでもない場所だと思い知らされた。



 その頃の僕は蓄えを失い、寝食にも困るようになり、無謀な依頼を受けるしかないところまで追い詰められていた。無茶な依頼を受ける賭けをして当然のように失敗し、違約金が払えなくなった。


 藁にもすがる思いで、ギルドの受付嬢に装備を少しでも高く買い取ってくれる店を紹介してほしいと相談した。

 だが、新人冒険者が大量に辞めたせいで、初心者向けの装備は値崩れして、どこで売っても大した金にならないと言われ途方に暮れた。


 こうなったら身売りして鉱山奴隷になるしかない……。

 でも、鉱山奴隷の二年の年季を生き延び、解放される者は三割にも満たないという。

 使い捨て前提の、人を人とも思わない過酷な労働を想像すると、血の気が引いた。


 冒険者として怪物と戦って死ぬ覚悟はしていたのに、金に殺されるかもしれない現実に打ちのめされた。


 逃げ出したい……。でも、どこへ?


 青ざめて息を飲むと、受付嬢がメモを差し出した。

『声に出さないで。ハイならうなずき、ノーなら立ち去って。必ず返すなら借金の肩代わりをしてあげる。どうする?  今決めて』


 騙され続けた僕は、誰もが怖かった。うなずけばまた騙され、ろくでもないことに巻き込まれ、最悪、あの裏切り者のようにいいように利用された末に報復されドブに捨てられ、ざまあ見ろと誰からも軽蔑されるのが関の山。

 でも、鉱山奴隷として死ぬまでキツい労役に苦しむより、直ぐに死ぬぶんだけ、まだ救いがあるかもしれない……。


 他に違約金を払う術もなく、今日の宿代すらなかった……。自分でどうにも出来ないことは誰かに頼る他にない。だが、そんな相手は目の前の、よく知らない受付嬢しかいない。

 差し伸べられた手が信じられなくても、信じてつかむしかない……。


 いざとなれば死ぬ気で逃げよう。僕は無理矢理気持ちを切り替え、その場しのぎでうなずいた。


 受付嬢はメモに何かを書き足した。

『ギルドが閉まるまで、テーブル席で何か飲んで待ってて。閉店15分後に外に出るから、声をかけず少し離れてついてきて』 メモの横には500ノクタの銀貨が置かれていた。


 僕は銀貨をポケットにしまい、テーブル席でエールを注文した。330ノクタ、普通の食事の三分の一の値段だ。


 慣れない苦い酒をちびちび飲みながら、これからどうなるのか不安でいっぱいだった。

 断頭台前の死刑囚はこんな気分かと想像した。

 見慣れたはずの冒険者ギルドが、今は大きな口を開けた人食いの底なし沼のように感じられた。


 賑やかな方を向くと、少し離れた席で、オークを討伐したらしい中堅冒険者パーティが打ち上げをしている。ぶ厚いステーキ肉を頬張りエールで流し込み、互いの戦いを褒めたり貶し合い、軽口を叩きながら誰も怪我なく無事帰れたことを、照れくさいから口には出さず密かに喜び合う。僕が憧れた冒険者のあるべき姿がそこにあった。


 テーブルにポツポツと大粒の涙がこぼれる。

 誰にも見られないよう、僕はそっと指で拭った。

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