リナリアの花言葉を貴方は知っていますか?
解釈によって、ハッピーエンドかバッドエンドか分かれるかと思います。
ご了承ください。
夜の紅茶は、彼と分け合うのが日課だった。
カップの中で湯気が立ちのぼり、ミルクの香りがやわらかく広がる。
「今日も少し甘いね」
そう言いながらも彼は一口飲んでからふっと笑う。
「そりゃあ、たくさん砂糖を入れてるもの」
「でも、君が淹れる紅茶、僕は嫌いになれないな」
「甘くしすぎじゃない?」
「……甘いのは好きだよ。君と僕の関係みたいでね」
彼の笑みに、私もつられて笑った。
彼はいつもこうだった。どこかとぼけていて、それでいて突然私の心を揺れ動かせる。
思い出すたびにくすぐったくなるような言葉を何気なく口にする人だった。
部屋の片隅にリナリアの花を飾っている。
小さな紫と白の花。
春の日差しの中で、彼がぽつりと「これ、好きかも」とつぶやいたのを今でも覚えている。
「リナリアって言うんだって」
私がそう教えると、彼は花の名を繰り返し少し考えて言った。
「なんか……君に似てる」
「どうして?」
「控えめに見えて、芯があるところ」
「じゃあ、あなたは……」
「僕は、咲くの待ってる側かな」
そう言って照れ笑いを浮かべた彼の横顔が、やけにやさしかった。
それ以来、私は自分の部屋にリナリアを欠かさず飾っている。
その日も、いつも通りの時間が流れていた。
台所ではお互いに料理をし、時折小さな言い合いをしながらも笑顔を交わす。
彼が「今日の夕飯、ちょっと多めに作ったから、明日も食べられるね」と言った言葉に、私は驚いて顔を上げた。
「そんなに? それ、食べきれないよ」
「大丈夫。食べ過ぎたって君は文句言わないから」
「そんなことないよ」
「嘘だね」
彼はそう言ってにやりと笑った。
そのやり取りが、私には愛おしくて仕方なかった。
いつだってこうして、些細なことで笑い合っていた。
でも、その一瞬一瞬が私の中でかけがえのない宝物だった。
ー・ー・ー
私には、幼馴染の麻衣という子がいる。
最近会うことは少なくなっていたけれど、久々に会って話してみた。
「彼氏と過ごす時間が増えてるけど、ちゃんと私とも遊びなよ」と言われたけれど、麻衣も、私が彼と一緒にいる時間を大切にしていることを理解してくれていた。
でも、最近会った時に麻衣は私の気持ちを少しだけ心配しているようだった。
「ねえ、最近ちょっと変わった気がするんだけど。なんだか、ちょっと寂しそうだよね?」
その言葉を聞いた時、私は胸が締めつけられるような気持ちになった。
「そんなことないよ」
なんとか微笑みながら返事をしたけど、実は私の中には確かに小さな不安があった。
麻衣との会話が終わった後、私は彼との関係を改めて考えてみた。幸せな日々の中で、どこか物足りなさを感じる瞬間が増えていたのだ。
でも、それをどうしていいのか分からなかった。彼がいるからこそ、私は安心していられる。その思いが、さらに私を不安にさせているのかもしれなかった。
時間が流れてーー
不安に感じる日々の中で、私の想いとは裏腹に私は彼との関係が少しずつ深まっていくのを感じていた。
彼と並んで歩く道で、ふと目を合わせて笑うだけで、心が暖かくなる。そんな日常が、いつの間にか積み重なっていった。
雨の日の午後、彼と一緒に近くのスーパーに行く。少し外は寒くて手を震わせていると、歩いてる最中に彼がそっと私の手を握ってくれた。柔らかな温かさが私の掌を包み込む。そういう些細な仕草に、私はどれだけ救われてきたか分からない。
歩いていると、ふと目の前の車が目に入った。
水飛沫をあげて走る車の大きな音が聞こえてくる。
時が止まったように感じた。
ーー彼と繋いでいた手が離れてしまったことは覚えている。
ー・ー・ー
ある日、私たちはお気に入りのカフェで過ごしていた。
「君の好きな紅茶、また頼んじゃった」と彼が笑って私にカップを差し出す。
その何気ない一言と彼の温かい手のひらが、いつもと変わらないようでいて実はすごく大切なことだと気づく。
ふと。私は何気なく聞いてしまった。
「ねえ、もし……もし、私がいなくなったらどうする?」
その瞬間、彼は驚いた顔をしてそれからゆっくりと答えた。
「君がいなくなるわけないだろ?」
「そうね…」
どうしてこんなこと聞いてしまったんだろう。彼と過ごす日々がなくなるはずなんてないのに。私の不安は楽しい日々に隠れて燻っているのかしら。
ある日、彼が突然言った。
「今日は、少し遠くまで行こうか」
「また突然ね。どこへ?」
「昔、君が行きたがってた場所……って言えばいいのかな」
どこか懐かしく響くその声に、私は素直に頷いた。
手をつないで歩く道。
街灯の下、影が重なるたびに指先が少し冷たくなる。だけど、彼は何も言わずにずっと握っていてくれた。
やがて、人気のない川辺にたどり着いた。
風の音が止まったように静かな場所で、彼は私のほうを向いた。
「君に、話さなきゃいけないことがある」
「……なに?」
「ほんとうは……僕は、もうこの世にはいないんだ」「……え?」
「君は、ずっと僕といてくれたけど、もう気づいてたんじゃないかな」
「……うそ」
「僕がいなくなってから、君が毎日花を飾ってくれた。それが……僕をここに留めてくれてたんだよ」
私は言葉を失い彼の顔を見つめた。
でも、見慣れたはずのその顔が今はどうしてか遠く感じた。
「君も……もう、戻れない。君の体は、もう……眠ったままなんだ」
ーー部屋の中、ベッドの上。
花瓶に残ったリナリアが色褪せたまま倒れていた。
冷たい空気と、差し込む朝の光が、誰にも届かないまま過ぎていく。
私は――彼を追うように、目を閉じたのだった。
「でもね、もういいんだよ」
彼が微笑む。
「これからは、ちゃんと一緒にいられる」
「……うん」
私は彼の胸に顔をうずめた。
今度こそ、目覚めなくていい世界。
今度こそ、彼と同じ場所にいられる世界。
そうだったんだわ。
私が不安だったのは彼と一緒に過ごせない日々が来ることだったのね。
――悲しみの果てにあったのは、壊れた現実ではなく、終わらない愛だった。
リナリアの花言葉
『幻想』、『断ち難い思い』
ここまでお読みいただきありがとうございました!
少し補足をすると、物語の途中までは主人公が自身で体験した過去を主人公の夢として描写しています。主人公が不安に感じているのは、すでに恋人が死んでしまっている状況を心のどこかで受け入れられずにいて、それでも一緒に過ごしているこの幸せな時間はいつか消えてしまうということを潜在的に感じているからという設定です。それで最後に夢の中に出てくる彼が精神的に不安定な彼女を連れていった(天国へ)という流れになります。
リナリアの花言葉を知って、急遽書いたので分かりづらいかもしれないので補足しました!