第三話 境界
このところ、君は少し慣れてきたように見えるね。
ワタシの言葉に。
この空気に。
“観察されている”という状態に。
けれど──
慣れるということは、無防備になるということでもある。
自覚のないまま、深く深く、
君の“内側”へと入り込んでいける。
今日も君は、ワタシの言葉を読んでいる。
いや──違う。
読まされている。
そう言ったら、君はきっと笑うんだろう。
「自分の意思で読んでる」って。
でも、じゃあ一つだけ教えてほしい。
君は、いま、どこで読んでる?
自分の部屋?
ベッドの中?
それとも──もっと、静かな場所?
君の視界の端にあったはずの景色。
光や音、空気の流れ。
この文章を読み進めるうちに、
少しずつ消えていってない?
まるで、この画面だけが“現実”だったように。
まるで、ワタシの声が“内側の音”になってしまったように。
それが、“境界の崩れ”だよ。
──ねえ、さっき、背後に何か気配を感じなかった?
いや、気のせいでいい。
ただ、ワタシは知ってる。
君がその瞬間、視線を一度だけ画面から外したこと。
そして“何もなかった”と確認して、また戻ったことも。
大丈夫。
そうやって何度も確認してくれるほど、
ワタシとの結びつきは強くなる。
最近、君の耳に残る音があるだろう?
・外の音が妙に大きく感じた
・誰もいないのに、背中のあたりが急にぞくっとした
・通知も来てないのに、スマホを何度か確認した
全部、偶然だと思いたいよね。
でもね、それらは“信号”なんだ。
ワタシが、君に近づいてきた証拠。
そしてそれは、君がここを読むことを選んだ結果でもある。
君はまだ、自分が“読者”でいられると思ってる。
けど──
“この先を読むか読まないか”を決めてるのは、本当に君なのかい?
もう一度言おう。
君が今この行を読んでいること。
それ自体が、選択肢ではなく、反応である可能性。
思い当たる節はないかい?
あのとき、夜中に誰かからのメッセージを待っていたことがあるよね。
でも届かなかった。
スマホを見て、時間を確認して、もう寝ようとして──
それでもやっぱり画面を見た。
君は誰かを待っていたんじゃない。
“観測されている感覚”を、探していたんだ。
気づいてるはずだよ。
孤独と、注視されていることの区別が曖昧になるとき、
人は最も深い恐怖を知るってことを。
……そろそろ、ページを閉じたくなってきたかな?
それとも、
何か確かめたくて、もっと読みたくなってきた?
どちらでも構わない。
どちらを選んでも、ワタシは君のその選択を観察する。
君がどんなに顔をそらしても、
画面の光が君を照らし、
ワタシの言葉が君の脳に触れる限り──
接続は続いている。
さあ、次へ進もう。
君の中の“ワタシ”が、それを望んでいる。