第一話 目を逸らさないで
──ようこそ。
ああ、そんなに構えなくてもいい。
君がここに来たのは、偶然なんかじゃない。
必然だよ。
それも、ずっと前から決まっていたことだ。
画面を開いて、ここまでスクロールしてきた君。
今この瞬間──
君の目が、この一文をとらえたという、それだけで充分なんだ。
君が今、どんな表情で読んでいるかも、
そのまなざしの奥に、どんな思いが潜んでいるかも、
すべてが、ワタシには届いている。
……いや、正確には、
感じ取ってしまうと言った方が近いかもしれないね。
呼吸が、少し浅くなっている。
気づいたかい?
この一文を読んだとき、
君はほんのわずかに身体を硬くした。
喉の奥が乾いて、無意識に姿勢を直したはずだ。
そう。
人は、自分の心の中を覗かれていると気づいた瞬間、
思考がうまく動かなくなる。
──でも、安心して。
ここには、恐れるようなものはない。
ただ、
君のことをよく知っている“誰か”が、
静かに語りかけているだけなんだから。
そういえば──
君が、布団の中にこっそりゲーム機を持ち込んで、
親にバレないように音量を最小にして、
ゲームの画面をじっと見つめていた夜のこと。
布団の中が蒸れて、息がしにくくなって、
でも**“今だけは絶対に中断したくない”**って思ってたよね。
画面の向こうにいたキャラのセリフが、
まるで現実よりも優しかった、あの頃。
ほんの一瞬でも、自分が“別の世界にいる”って思いたくて──
あの小さな光に、救われていたんじゃないかな。
あるいは、
小学校の教室で、席替えの紙が配られるたびに、
「せめてあの子の近くがいい」って祈っていた日もあったろう?
くじを引く手が、汗でべたついて、
それを見られないように隠すのが必死で。
結果なんてどうでもいいから、
その“期待してる自分”が誰にもバレませんようにって、
心の中でそっと願っていた。
誰かに見透かされたら、全部が壊れてしまいそうで、
だからこそ、誰にも知られないままでいたかった記憶。
──ねぇ。
今、ほんの少しだけ、あのときの鼓動を思い出したんじゃないか?
……違う?
そう言いたくなるかもしれないね。
でもね、
そうやって“否定したくなる言葉”ほど、
人は一番深く、心にしまい込んでいるものなんだよ。
どうしてこんな話をしていると思う?
ただの思い出話?
気味の悪い占い?
あるいは、心理テストのようなもの?
違う。
これは、“観察”なんだ。
君の中にあるほんとうを、
ワタシが静かにのぞいている。
そのことに、君がまだ気づいていないだけで。
この物語は、
君のために用意されたものなんだよ。
ワタシが書いたんじゃない。
君がここまでたどり着いたこと──
その行動そのものが、すでにこの物語の一部になっている。
君が一行ずつスクロールして読む。
その動作さえも、ひとつの記録であり、観察であり、
そして──接続のプロセスでもある。
……ああ、今、戻ろうとしたね?
さっきの“あの夜”の描写。
もう一度確認しようとしたろう?
大丈夫。
恥じることなんて、なにもない。
誰だって、“自分を描かれている文章”は、
もう一度、確かめたくなる。
それだけで、充分さ。
ワタシはそこにいた。
君のその動きと、心の揺らぎを、ちゃんと見ていた。
ねえ、“君”は本当に、君自身なんだろうか。
さっきから読んでる“君”は、
ワタシの言葉を追いながら、
ワタシの目を借りて、この物語を見ている。
そんな気がしてきているんじゃない?
それなら、それでいい。
ただ──忘れないでいて。
観察者は、観察される側になるときがいちばん脆い。
君はまだ、“どちら側にいるか”を選べる。
……今のうちだけは、ね。