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追放された魔法使いの巻き込まれ旅  作者: ゆ。
閑話 昔の思い出を携えて
86/103

*思い出を携えて (ファルside)

大量にネタバレを含みます。これから先少しずつ知っていきたい方は読むのを推奨しません。

今のうちに知っておいて読みたい、またはネタバレをそんなに気にしない方はお楽しみください。

「んん……………」


眩しさに目を覚ますと、ベッドの上だったことを今でも覚えている。

長い長い悪夢を見ていたんだと錯覚させられるような、目覚めと、快晴に、俺は朝起こしに来るメイドが来るまで呆然としていた。


「公爵様、奥様!公子様がお目覚めになりました!!」


メイドの大声で、朝から城は慌ただしくなった。

父上と母上、メルオンやルア、そして『シャルア』が一睡もしてなかったように一目散に俺の部屋へ入ってきた。


俺はそこで、ようやく現実だったと理解した。









「計画?」


俺は侍医に診断してもらい、痛み止めと栄養剤を処方された。

打ちどころが悪かったのか、どうやら俺は3日寝ていたらしい。

母上のもとへ行こうとしたときに殴られた場所が痛むと言ったら、母上が大泣きし出して、父上が代わりに教えようと口を開いた。


「………あぁ。私以外にはカメリアと私の側近だけが知っていた。

実は、『シャルア』を拾ってすぐの頃に、彼女のもとに訪れた際にトランスヴァールの言語で色々と教えてくれたんだ。側近にトランスヴァール出身がいたから通訳してもらったところ……『シャルア』のことが色々とわかった」


父上が『シャルア』について話そうとしたとき、『シャルア』が手を挙げた。


「………すみません、遮って。

自分のことだから、自分で言わせて、ください」


『シャルア』の提案に父上は少し考えるそぶりをしてから頷いた。


「…………そうだな。頼めるか?」

「はい」


父上から頼まれた『シャルア』は大きく頷いて俺のほうを見ながら自分のことを教えてくれた。


「私は、3歳のときからアナスタシア王国で魔法使いをやっていました。

名前はありません。

魔力測定に行ったら、魔力が強すぎて、誘拐も同然で王家に連れ去られました。

私の役目は、国の結界を保つために魔力を注ぐことでした。檻みたいな部屋で一日中、注ぎ続ける役目です。私と似た境遇で連れ去られた子どもと一緒に注いでいました」


少しずつ震え出した声を整えるように、『シャルア』は一度話を切って深呼吸をする。


「……でも、欲が出たのか、王家から色んなことをされました。

魔力を増やす名目で限界まで魔力を出させられたり………仲間の子供に必要以上の魔力を譲渡させられたり………魔力の高い子の血を飲まされたり…………たくさんのことをされました。

私は仲間の中で一番魔力があって、結界の要だったので、まだそんなにひどいことはされませんでした。

でも…………仲間の中には死んでいく子も少なくなかったです。

その実験のせいで、私以外の子で結界を一緒に維持できるほどの魔力を持った子がいなくなって、私が一人で維持していました」


また、息を整えるように沈黙が流れる。

3歳で受けるような仕打ちではないから、衝撃が強くて当然だ。


「この生活を続けて2年目の頃に、王様が代わりました。

………その王様は、極度に魔法が嫌いでした。それで、一定の魔力を持っている人を殺したり、追い出したりするようになりました。

その矛先が私にも向いて、私は追い出されました。5歳の私を放っておけないと…………心優しい魔法使いのお姉さんが一緒についてきてくれたおかげで、追い出されても生き延びることができました。

でも、クーデタが起きて……私は、知らない間に国家反逆者に仕立て上げられました。

勝手に出て行った私のせいで結界が壊れて、大量の国民が死に、国も滅ぼされたという理由だそうです。

このままだと見つかって殺されてしまうということで、お姉さんと…………逃げる決心をしました」


震えが酷くなっていく『シャルア』の背を父上がさすって落ち着かせようとして、何度も深呼吸して、話を続ける。


「でも、逃亡も虚しく、一年ちょっとで見つかって、私を庇ったお姉さんが…………………目の前で殺されてしまいました。私は大陸魔法使い協会に捕まりました。大魔協は……私の魔力を知って目の色を変えました。

協会のメンバーとしてカウントせず、無賃金で大魔協が行う『貸出サービス』の仕事をさせられました。

すごく、つらかったです。護衛みたいな仕事をさせられることもありましたが………魔物と人を殺すことが一番多かったです。

それで、逃げ出したんです。何回かやったことがあったんですけど、いつも協会を出るところで失敗に終わって連れ戻されていました。

でも、その日はうまく行って、少し浮かれていました。国境を越えようとしたところで私の旅はすぐに終わって、変な裏稼業の人に捕まって荷車に乗せられました。

直感的に協会に帰されると思って、本当につらくなって、生きる希望もなくしていたときに、公爵様が見つけてくれました」


『シャルア』は当時のことを思い出しているのか、とても震えていた。

その震え方は、馬車を襲ってきた奴に捕まったときと似た絶望を伴っていた。


『シャルア』の状態を見てこれ以上は話せないと判断した父上が、話を引き継いだ。


「………そういう事情で『シャルア』が運ばれていた経緯を知った。それで、また連れ戻されるかもしれないと言われ、さすがに放っておけなかった。

私とカメリアは元々魔法ができるほうだし、『影』もいる。2人のうちどちらかがずっとついていれば『シャルア』を守れると思って、ずっとこの子につきっきりだった」


父上は俺の目を見てそう話してくれた。

久しぶりに目を合わせた気がして、少し気恥ずかしかった。

確かに父上と母上は強いから、『シャルア』につきっきりになれば誰も手出しできない。


でも、まだわからないことがあった。


「じゃあ………どうしてあの日はわざわざ俺と同じ馬車に乗ったんだ」


あの日、襲撃された日、『シャルア』は母上の手を取らずに、俺が乗ることになった馬車を選択した。

父上と母上が乗ってる馬車の方が安全に決まっているのに、どうして乗ってきたのか。

俺が項垂れている『シャルア』を見て聞くと、『シャルア』は青ざめた表情で答えてくれた。


「その前日に………公子様が怒りを吐露されたときがありましたよね。

あのとき、やっと、自分が身勝手にもあなたの両親との時間を奪っていたことに気づきました。

だから、これ以上、あなたから奪わないように、消えようと思いました。

だけど………そのせいで、私は、公子様を巻き込ませてしまいました。

外出したら手薄になる警備に目をつけて逃げようとしていましたが、相手に隙を与える絶好の機会だと気づいていませんでした。

私が、公子様と同じ馬車に乗っていなければ、こんなことになることもなかったのに…………っ。

お詫びしようとしても、しきれません………たいへん……申し訳ありませんでした」


そう言い切ると、『シャルア』は座っていた椅子から降りて床に頭と膝をつけて、謝りだした。


異例な光景だった。

確かに、怖い思いをして、怒りもある。

でも、こうして生きている。

その行動に至らせたのは俺のせいでもあった。

俺が『シャルア』を追い詰めた。


それに、俺はわがままを言う恐ろしさを知ってしまった。『シャルア』のおかげになるのだろうか。

ここで、俺が怒ったら、きっとまた母上は………。


俺はずっと泣き続ける母上を一瞥して『シャルア』に言葉をかける。


いい子だと思われないといけない。


「………『シャルア』は悪くない。

『あのときこうしていたら』は、考えてもどうにもならない。どんどん非が出てきて、許せなくなるだけだ。

だから、悪くない。悪いのは、襲ってきた奴にしておけばいい。

大事なのは、これからどうしていくかだと、父上はいつも言っている。

………顔を上げてくれ」


自分でも、いい顔をしていると思った。

いい子だと思う。

母上も嬉しそうだった。


でも、『シャルア』は顔を上げて俺の顔を見て、何かを察したような表情をした。

そのまま『シャルア』は何も言わずに、立ち上がった。


「………さて、お前も疲れているだろう。まだ話すことはあるが、今は回復が第一だ。

しっかり休みなさい」

「………はい」


父上は一区切りの示しをつけるために、最初に立ち上がって俺の頭を撫でた。

久しぶりの父上の手は大きくて、いつまでも撫でられたい温かさがあった。


父上が退出すると、喉を震わせた母上がやってきて、俺を抱きしめた。


「…………っ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ…………!!

あなたのこと、わかってあげられなくて、ごめんなさい…………っ!」

「母上………」


心からの謝罪だった。

抱きしめる強さからも、声からも、伝わってくる。


でも、もう響かなかった。

なぜか、涙が出なかった。


怒りが湧いてくる。


産まれたときから俺を見ていたのに、あなたは俺の変化に気づいていない。

やはり、女の子が欲しかった気持ちと『シャルア』を守ろうとしていたことで、俺より大事なものができてしまったのだろうか。


ぶつけてしまいたい。


つらかったと。

あなたが俺を見ていないことに、どれだけ苦しめられたことかと。

計画だったとしても、避けることはなかったんじゃないかと。


でも、これは醜い感情で、また、母上が怒る。

いい子でいると決めたから。

醜い感情に蓋をしないといけない。


「今の謝罪で………………十分です。

また、あの茶葉でお茶を入れてください」

「…………っ!もちろんよ!

あなたの茶葉のおかげで『シャルア』ちゃんと仲良くなれたの。あなたも好きだったなんて………たくさん淹れてあげるわ」

「───────はい、お待ちしてます」


やっぱり、あなたは覚えていない。



笑顔で母上を見送ると、ルアが一礼して一緒に出て行った。

ルアには感謝したいことがあったけど、またの機会にしようと決めた。

残ったメルオンと『シャルア』は俺を見て何か言いたそうだった。


正直、この2人とは気まずい。

さっきまではみんながいたからあまり気にしていなかったが、こうして3人になると、俺が部外者な気がして気まずい。


俺が目を逸らそうとしたところで、メルオンが口を開いた。


「ファル………僕、いつも一緒にいたのに、すぐに気づいてあげられなくてごめん。

あのときも、僕が守らないといけなかったのに、僕震えて…………」


また、謝罪だった。

許されればこの日の出来事を忘れるのだろうか。

憎くてたまらない。

でも、それも、いい子はやらない。


ここで許すのがいい子だ。


「………もう気にしてないから。俺も悪かった。嫌いな追いかけっこをずっとさせて。もう、やらなくていいし、何なら俺と無理に付き合おうとしなくてもいい」


また、笑顔で。

俺はメルオンを見てそう答えると、メルオンは苦しそうな顔をした。

どうしてそんな顔をするのだろう。


俺が笑顔を崩さずにいると、メルオンが俺の頬を撫でてきた。

いったい何をしているのかわからず、固まっていると、メルオンが心配そうな顔で話しかけてきた。


「ファル………つらいときは、つらいって言っていいよ。僕はこれから先、ファルを守れるようにもっと頑張るから、ファルが頑張っていて、つらかったら、僕に何でも言ってよ。

………だから、泣かないで」

「………え」


メルオンに言われて頬に触れた俺は、やっと自分が泣いていることがわかった。

止めどなく溢れる、涙が視界を滲ませる。

笑っていたはずなのに、どうしてこんなに涙が溢れて止まらないのか。


「な……んでっ、なんで………っ」


何度拭っても溢れる涙にいらいらする自分がいる反面で、流した涙に安堵している自分がいる。

泣き出した俺の背中をさするメルオンと、『シャルア』の目にも涙がたまっていた。


「さっきみたいに、我慢しなくていいですよ………。私は、私たちは、何を言われても、公子様のそばにいます」

「───────っ、うっ、あぁぁぁぁ………………っ!」


『シャルア』の一言がとどめだった。

俺はついに嗚咽を漏らした。


2人は気づいていた。

俺の我慢にさっき気づいてくれていた。

本当に、心から、心配してくれている。


俺が欲しかったのは、今みたいなものなのかもしれない。

存分に泣いた。

満足するまで泣いた。

喉も明日のことも気にせずにずっと泣いた。
















「…………あれ」


ふと、目を覚ますと、毛布がかけられていた。

こんなことをしてくれるのはメルオンしかいない。

知らないうちに寝てしまっていたらしい。

少し体が痛い。

帰ってきたころは日が昇っていた外も、すっかり暗くなっていた。


大きく伸びをして、執務用の机を見ると、大量の書類が置かれていた。

机まで歩いてみると、書類のいちばん上にちぎったメモに走り書きがあった。


『ちゃんと休む!つらいことはしっかり言うこと!』


5年で、すっかり母親みたいな風格を手に入れたな、と笑ってしまった。


仲直りだと言って父上が買ってきた、家族で色違いのストールを大事に持っている。

家族の絆の気がして嬉しかったから。


父上も母上も好きだ。

あのときもらえなかった愛情を大量に渡してくれる。

でも、俺にとっては、メルオンもクレアも、ルアたち使用人のみんなも家族だ。


ストールみたいに物がなくても、こんなメモ書きひとつで、喜べる。

連絡をくれて声を聞くだけで、喜べる。

お茶を淹れて話しかけてくれるだけで、喜べる。


きっと、俺のこの気持ちを父上も母上も気づくことはあっても、もっと後になるだろう。

それでもいい。

十分に幸せだし、わかってくれる人がいる。


俺はメモを引き出しに入れて、部屋を出た。

ファル編終わりです。

子供は親の知らないうちに成長しちゃうものですよね。

ファルはちょっと特殊な成長な仕方かもしれませんが、個人的に親と距離を感じたり理解されないとぶつかったりして、いろんなことを知っていって関わり方に変化のある時期だったので、似たように形にできて嬉しいです。


クレアはこの一件以降ファルたちと5年間、過ごすようになっていきます。

ファルが過ごしていくうちにだんだんクレアが好きになってしまうのはまた後のお話です。

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