ここでお別れ
「…………ひと通り見ましたが、やはり魔力暴走で体が傷ついていますね」
保護されてすぐ、騎士に連れられてクレアはファルと共に医療室で診察を受けていた。
ファルの要求でクレアはフードを被ったまま診察を受けていたが、顔からわかることが診察できないため、体の魔力の巡りや指先などからわかる情報を元にするしかなかったようだ。
診察を担当する者は顔のあらゆるパーツが中央に寄るほど難しそうな顔をして、クレアの体の状態を伝える。
「お連れ様の話では血を吐かれたとか………。魔力が底をついているなかで魔法を使われるのは、生命力を削るとても危険なことです。
魔力源を求めて生命力が消費されると、体を蝕んで魔法が使えなくなる体になることも十分にあります」
「はい………」
彼は魔力暴走で体に起きることを簡単に述べてくれた。
言い返せない正論だけで伝えられて、クレアは返事をするしかできなかった。
クレアが魔力暴走について十分に理解していると察したようで、診察結果の続きを述べる。
「診察した限り、今回『新しく』傷ができていました。浅かったのでまだ大丈夫だと思いますが、安静にしてください。
とはいえ………以前もこういったことがあったのでしょうか?
似たような傷が数箇所………。
いつもこのように体を壊すようなら、魔法は控えてください」
「…………善処します」
やはり医療室にいるだけあってか、クレアの他の傷にも気づいていたようだ。
クレアは膝の上で手をもぞもぞさせながら善処するとだけ伝えた。
「では、今日はこれで終わりです。
明日は事情聴取に伺いますので、それまでは騎士団の方でお休みになられてください」
「ありがとうございます」
騎士は準備したクレアたちの部屋の前まで案内すると一礼してその場を去っていった。
騎士の背中が見えなくなるまで立っていたクレアを、ファルは手を引いて部屋に入れさせた。
元々、ファルとは部屋が隣に用意されていた。
しかし、至急戻ってくるように連絡が入ってしまい、このあと事情聴取を先に受けて帰ることになっている。
つまりここで一時お別れということだ。
ファルはクレアの手を握ったまま、クレアを見る。
犬の飼い主が出かけて寂しいときと似た表情をしているのを見ると、クレアは小さく笑った。
「そんなに寂しい顔しないでよ。また連絡するから」
「クレア…………」
ファルはクレアの言葉により寂しそうにして握る手の力を強くする。
グラントを出るときも似たようなことがあったため、クレアはファルの扱いに慣れている。
手を離してもらうために、握られている手を横に優しく振ると、ファルはすぐにクレアの手を離した。
ファルは握っていた手を眺めてから、クレアを見て口を開く。
「やっぱり、グラントで過ごそう。アナスタシア………トランスヴァールは危険だ」
ファルは心配で言ってくれている。
旅立つときもグラント公爵家が総出で引き止めたほどだ。
クレアの目指す場所は危険だ。
クレアもそれをわかっている。
わかっているけれど。
クレアはファルの背中を押して部屋から追い出そうとする。
体格も力もまったく違うため、びくともしないはずだが、クレアが追い出したがっているのを察してファルは部屋の外へ出た。
扉に手をかけて立ったクレアはファルへ一言告げる。
「まだ、いきたいから」
それで十分に察したのか、ファルは名残惜しい顔をするも、「わかった」と言って事情聴取へ向かった。
ファルを背中が見えなくなるまで見送って部屋に入ったクレアは、扉の前で座り込む。
しかし、下を向いたら涙が出そうになり、すぐに上を向いて立ち上がった。
「………頑張る」
小さく呟いてクレアは寝る準備を始めた。
「…………わかりました。ではご退出いただいて大丈夫ですよ」
「はい、失礼します」
パタン
翌朝、クレアは昨日の出来事を全て述べて取り調べ室を出ると、そのままエントランスから外へ出る。
部屋に置いた荷物などは事情聴取の前に亜空間に入れてきたため、身ひとつで出られる状態だったのだ。
事情聴取はきっと、意味のないものになるだろう。
物的証拠がなく、クレア以外にあの男が誰かを知る者がいないからだ。
クレアは昨日の吹雪が嘘のような晴れた空に息を漏らす。
白くなった息が口から出てきて、今日も寒いとわかる。
「クレアさん?」
早朝で人もまばら。
騎士団の詰所の方から声をかけられて振り向くと、ハシュアが立っていた。
クレアは亜空間から氷でできた花を使ったアクセサリーを3つ取り出して、ハシュアに渡した。
「ちょうどよかったです。これ、3人にです」
「3人……ミュゼさんとセイルクと………私にですか?」
「はい」
クレアからもらったアクセサリーを眺めるハシュアは不思議そうに眺めた後、クレアに向き直る。
「渡しておきます。
これを私に託すということは、もう出ていかれるのですね」
「………はい。少し寄るところがありますが」
ハシュアはアクセサリーを大事そうにしまってクレアに頭を下げた。
「色々と………ありがとうございました」
「色々」には本当に沢山の意味が込められている。
クレアはルクレイシアでの出来事を思い出す。
いいことばかりではなかったし、むしろいいことが少なかった気もする。
でも、楽しい日々だった。
クレアもお礼を言おうと口を開いたとき、詰所の扉が開く音がした。
紫紺色の長い髪を下ろし、眠そうに小麦色の目をこすりながらやってきたセイルクは、ハシュアとクレアを見て一気に目を覚ました。
「え、あ、先生………とクレア?どうしてこんな朝に………」
戸惑うセイルクを見て、ハシュアは笑ってセイルクに手招きする。
大人しく手招きに応じたセイルクはハシュアの隣に立ってクレアをまじまじと見る。
まるで何かを探るように見てくるセイルクが気まずいのか、クレアはハシュアを見て一礼した。
「………楽しかったです。次は末永くそばにいられるといいですね」
「ははは…………耳が痛いですね」
ハシュアは苦笑いをしながらも、クレアを送り出してあげようという気持ちが伝わってくる。
セイルクもその雰囲気を察したようで、クレアを今度は敬意を込めて見た。
「クレア……俺、最初のころクレアのこと馬鹿にしてた。魔法がおかしくて。
でも、一緒に過ごして『普通の魔法』も『普通じゃない魔法』も変わらないってわかった。
クレアはクレアだ。
だからクレアが…………………だろうと、俺はクレアの味方をする」
最後のあたりが聞こえなくてもう一度聞き直そうとするが、セイルクは少し緊張した顔をしていた。
側から見れば泣くのを堪えているように見えるが、クレアはなんとなくわかってしまった。
自分の状態にセイルクが気づいた可能性があることに。
クレアはセイルクの手を握って、目を合わせる。
「…………ありがとう。秘密にしてくれて」
クレアはそれだけ言うとすぐに手を離し、騎士団の詰所を後にした。
朝日が雪を照らしていた日のことだった。




