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追放された魔法使いの巻き込まれ旅  作者: ゆ。
2章 魔法の国ルクレイシア
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吹雪の夜

『───!行ってしまうのですか………?』


濃紺色の髪にガーネットのように輝く瞳。

片耳にサファイアのピアスをつけた彼が、寂しそうにこちらを見ていた。


このとき、何と言ったか。


一刻も早く出ていくように命じられて、簡単な別れを述べたのだったか。

それとも、何もしないで立ち去ったのか。


いずれにしても、出ていくとき、彼の瞳には寂しさと共に憎悪が込められていた。

憎まれるのも当然だった。



みんなの拠り所だった彼女と逃げたのだから。




(あぁ)



夢の中だとわかっている自分がいる。


目の前にいる彼を見るとわかる。

あの日に見たおぞましい夢の最後の言葉はきっと。



『裏切り者』

















「…………ア、……………クレア」



「ん………」



誰かに呼ばれた気がしてクレアは目を覚ました。

眠っていたようだ。

何かを見ていた気がしたが、何だっただろうか。


ぼんやりとしていた視界が次第に明瞭になってくる。

あたりを見回すと、最後に見た雪の降る森はどこにもなく、吹雪く中でぽつぽつと街灯らしき光がぼんやりと浮かんでいた。

気付かぬうちに森を抜けていたことに驚いたクレアは、はっきりと目が覚めた。


すぐ横、背負ってもらっているのだから当たり前だが本当にすぐ横にファルの顔があって、クレアの様子を伺いながら少しずつ歩を進めていた。


「ごめん、寒いよね?今あったかくするから、」

「いい。せっかく譲渡した魔力がなくなったら意味がないだろ。

それで、わざわざ起こして悪いが、森を抜けた後どこに行けばいいかわかるか?」


寒がりのファルを気遣ったクレアが魔法を使おうとするのを止めたファルは、ルクレイシアに初めて来たのに加えて吹雪のためどうすればいいか悩んでいるようだ。


クレアはファルに言われて目の前を見た。

さっきと同じ、吹雪で街頭らしき光が浮いているだけ。

しかも、クレアは今日森までセイルクに案内してもらった。

一回きりしか通っていないわけである。


「……………ごめん私もわからない」

「はは、そうか」


申し訳なさそうにクレアが言うと、ファルは軽く笑った。

すぐ後ろにそびえる森の入り口付近に雪が積もっていない場所を見つけて移動すると、ファルはクレアを下ろして腰から何も入ってなさそうな袋を取り出した。


手を入れた薄っぺらい袋からファルは次々とものを出してくる。


新しそうなローブに、いつも身につけているストール。

熱魔法石を5個ほどと、簡易結界の魔石。


それらを出すと、ファルは手際良く場を整え始める。

真ん中に3個の熱魔法石を焚き火のように置いて、残りをクレアにひとつ、自分にひとつと分配し、ボロボロになったクレアのローブを回収して代わりに出したローブを渡してくる。

ファルもいつものように肩にストールをかけて、簡易結界を展開して野宿をする準備はできたと言ってもいいほどだった。


むやみに動いて発見が遅れることを危惧した結果だろう。

あまりの手際のよさにクレアが驚いているのを見て、「討伐の基本だからな」と冗談めかして教えてくれた。


ファルが用意した空間は完璧で、真ん中に置いた熱魔法石がストーブの役割を果たし、手に持つ熱魔法石はカイロのように働く。

簡易とはいえ北部で開発された結界の魔石で夜を安心して越すことができる。


「あったかい………」


つい顔をとろけさせてクレアがほっと息をつくと、ファルも満足したように座った。

発見されるまでは野宿のため、雑談が始まった。


「その袋、魔道具なんだね?亜空間みたい」

「あぁ、これか。これはクレアの『亜空間収納』から着想を得たんだ」

「…………私の?」

「そう。『亜空間収納』は違う世界に物を預けているみたいな感じだろう?

俺たちの世界はからのまま、亜空間には物が入った状態。ここから、収納の魔法を使いつつ、袋が膨らまないような便利なものを……………」




そうして会話を続けること半刻。



「…………っていうことがあって、セイルクとは同い年なのに先生と生徒みたいな関係になったの。

魔法の使い方が違うから不安だったけど、今日の討伐でたくさんできることが増えてたの!

ちょっと嬉しかったな………」



クレアはセイルクについて話している中で少しして、心ここに在らずと言った顔をした。

遠くを見つめて、ここではないどこかを懐かしんでいるようにも、睨んでいるようにも見える。


急に話が止まったことにファルが顔を上げて、クレアの表情に気づくと、ファルは無意識にクレアの頬に手を添えていた。


突然の刺激に驚いたのか、それとも目が覚めたのか。

クレアは目を丸くして添えられたファルの手を握った。


「…………あの日も雪だったなぁって、思い出してた」

「あの日?」


クレアは俯いて、ファルの手で気を紛らわせるように遊びながら口を開いた。

ファルからはつむじしか見えず、顔を見て話したい気持ちがあっても抑え、クレアの言葉を待つ。


沈黙があって、クレアはファルの手のひらで指先をくるくると動かしながら、また話し始める。


「私が出て行った日。あの日は今日みたいに吹雪いていて………みんな怖がってた」


指が動きを止めて、ファルの手から離れる。


「本当は、私は1人で出ていくつもりだったのに。2人で出て行っちゃったから、天罰が下った。


だからね、ファル。私は──────」


クレアが次の言葉を紡ごうとしたそのときだった。



「おーい!クレアさーん!!いたら返事してくださーい!」



実に探す気のない声だった。


















ざく、ざく、ざく


そうして、雑にクレアを探していたすぐ近くの騎士団所属の騎士に保護された。

今は騎士に先導してもらって、ファルがまたクレアを背負って歩いている形だ。


「もう歩けるのに………」

「魔力暴走起こした奴が何言ってんだか……」


ぶつぶつと言い合いながらも背負うファルも背負われるクレアも、声に喜びが含まれている。

お互いフードで顔が見えないが、声からしてそうだろう。


背後から聞こえる仲のいい(?)会話に騎士も思わず笑った。



保護された森の入り口からさほど遠くないところで騎士が止まり、「こっちへ」と扉を開けて入れてくれる。

中に入ると、保温の魔法がかかっているのか、一気にあたたかくなる。


騎士に「少々お待ちを」と言われ、エントランスに設けられているソファに腰掛けると、本当に戻ってこれたのだという実感がクレアにやってきた。


「はぁ………………」


肩の力が抜けたように、大きく息を吐いてソファにもたれかかったクレアを見て、ファルは微笑み、クレアの背に手を置いていた。


ただ何も言わず、大きな手でクレアの背中をさするだけ。


そんなことがクレアを心の芯まであたたかくする。

クレアは慣れないむずむずする感覚に戸惑いながらもファルの手を受け入れる。


沈黙なのにあたたかい。


そんな空気が心を満たしていたとき。




「クレアッ!!!!」



空気に見合わない危機迫った声が響き渡った。

上から聞こえてくる声に顔をあげると、セイルクが2階の階段前でクレアを見ている。


「セイルク………無事だったんだね」


クレアが言葉を発すると、セイルクは涙を堪えるように口を引き結び、2階から飛び降りた。


『飛行』を使って。


飛び出した体がゆっくりと浮いて、エントランスに足がつくと、セイルクはクレアに抱きついた。


「本当によかった………….っ」


突然抱きつかれてクレアが固まっていると、ファルが横から入ってセイルクをクレアから引き剥がした。


引き剥がされたセイルクが驚いてファルを見上げる。

ファルはフードをわざわざ取って、その均質で美しい顔を見せると、笑顔で告げた。


「……………失礼。急にあなたに抱きつかれて彼女が驚いていたもので」

「誰だお前………」


ファルは外行きの笑顔だが、首筋には青筋を立てるという取り繕い具合だ。

セイルクはファルの胡散臭い態度に苛立ちを覚えたような声で抗議しようとする。


が、その抗議はハシュアとミュゼがセイルクの口を塞いだことで発せられることはなかった。


そしてハシュアはセイルクの口を塞いだまま、グラント式の挨拶をした。


「次代の黒狼にご挨拶申し上げます。

私はハシュア=セザル、こちらは私の生徒のセイルク=オルフェンです。

蒼い月の繁栄を願い、挨拶とさせていただきます」

「…………あぁ。直れ。

私はここではいかなる権利も有していない。そう畏まるな」


ハシュアの挨拶に驚いた顔をしたファルはすぐに直るように命じた。

ハシュアは言われたとおり直り、セイルクの口から手を離してやる。

セイルクは先ほど塞がれたときは今にも手をどかす勢いだったが、ハシュアの挨拶を聞いて落ち着きを取り戻したようだった。


しかし、なおもファルを睨み続けるセイルクに、ファルは先ほどまでの笑顔を貼り付けて話しかけてみせた。


「すまない、名乗っていなかったようだ。

私はファル・セルナリア=グラント。

今回のクレアの『緊急連絡先』になっていて迎えに来た」

「………………グラント公国」


セイルクがそれだけ呟くと、ファルは興味をなくしたのか、くるりとクレアに向き直った。

そしてクレアの耳元まで頭を下げてクレアに囁いた。


「あいつがさっき話してた『セイルク』って奴か?聞いてた話と違うぞ」

「えっ、何も違ってないと思うけど?」


きょとんとして思わず囁き返したクレアにファルは少し固まってから、ため息をついた。


「同類か……………」




そんなことで盛り上がっていると、クレアたちを連れてきてくれた騎士が戻ってきた。


「すみません、遅れてしまって。

諸々の手続きや聴取、健康状態の確認などをするように学校側から命じられていますが、今日はもう遅いので健康確認だけ行って明日残りのことを行うことになりました。

医療室で医師が待っているので行きましょう」


ということで、クレアは健診に行くことになった。

セイルクたちはもう終わっているらしい。


騎士に先導されて、クレアはファルと共に医療室へ向かった。





















クレアたちが医療室へ向かったのを見送ると、ハシュアはミュゼとセイルクの背中を押して2階に登らせる。


「ほらほら、子どもは寝る時間だ。

早く部屋に戻りなさい」


ぐいぐいと押されて仕方がなく階段を登り、あてがわれた部屋まで送られたセイルクとミュゼは、ハシュアに礼と就寝の挨拶を言ってから部屋へ戻った。


セイルクは部屋に入ると椅子に腰掛けて、一緒に置かれている丸いテーブルに顔から突っ伏した。

今日一日の出来事と、クレアの『緊急連絡先』の正体に困惑しているようだった。


「聞いたことあると思ったら公子様じゃねぇか……………」


改めてさっきの態度を少し後悔しながら、頭を冷やす。

その状態が少しの間続いていると、扉がノックされる音が聞こえた。


控えめにコンコン………とノックするのはきっとミュゼだろう。

セイルクは体を起こして扉を開けると、案の定、目の前には下を向いたミュゼが立っていた。


「どうした?なんかあったか?」


セイルクがそう聞くと、ミュゼは小さく頷いてセイルクの部屋に入って扉の鍵を閉めた。

ここまでする理由がわからないでミュゼの言葉を待っていると、ミュゼはゆっくりと教えてくれた。



「私…………、今日よりも前にクレアさんの顔を見たことがあるの。



クレアさんは─────西部で懸賞金がかけられてる指名手配犯……………だと思う」


「………は?」


セイルクは言葉を失うほかなかった。

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