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追放された魔法使いの巻き込まれ旅  作者: ゆ。
2章 魔法の国ルクレイシア
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魔物討伐 10 :大事な人

ドゴォォォンッ


地面から氷が顔を出す。


キュゥゥゥゥゥ…………


氷の中に残る水が、追い詰められるように凍っていく。


パキパキパキパキ………………


凍っていても脆い部分が、外気温に晒されて音を立てる。

崩れそうな音だ。




周りが、3つの音で出来上がっている。



氷で囲まれている。

地面から出てくる氷の音は1番遠いのか、どこかから大きな音が聞こえたときみたいに小さな音をする。

うるさい音はこの音だけで、他の音は遮断されたみたいに聞こえない。


ただ周りが凍っていく音と、それに合わせて崩れそうになっている氷の音だけが、「ここ」を支配している。



体は寒さを忘れたみたいに震えてくれない。


横になっても眠れない。

本能で起こされているのか。


ただ、奥底にある温かなものがごっそりと抜け落ちる感覚しか伝わらない。


失われていく。


なくならないように体を抱きしめても、何の意味も成さない。

大事なものがなくなっていく。

体から温もりが消えていく。


息もなんだかしづらい。


どうしてこんなに苦しいのだろう。


この感じがとても懐かしいのも、どうしてだろう。


そのときは、どうやって温めてくれただろう。





ゴホッ、ゴホッ




体が勝手に咳をする。


肺が痛んでたまらない。


目の前に、赤い液体が垂れている気がする。








(あぁ………あのときも)






赤く染まる床を眺めながら、遠い過去へ思いを馳せる。



懐かしい笑顔が見える。


あの地獄で唯一の光が笑っている。






『ほら、大丈夫だよ。ゆっくり吸って──』




吸って、




『はぁーっ、て吐いて──』




吐いて、




『笑顔!ほら、落ち着いたでしょ?』




え、がお。





笑顔…………?







「できないよ………………」






あなたを思い出すだけで、笑えない。






あなたの最期が忘れられない。








「…………『クレア』」







彼女の呟きは氷の壁に吸収されるだけだった。















ドゴォォォンッ!!

ドゴォォォンッ!!



「はは…………すごいな」



フードを被った男は、自分を攻撃してくる氷の槍をかわしながらそう呟いた。


クレアが魔力暴走を起こした途端、洞窟の入り口が崩壊し、クレアの周りを囲むように無数の氷の柱が地面から突き出てきた。

隙間なくクレアを囲むその氷の柱は10メートル近い高さがあり、凍りすぎているのか、またはただの吹雪の影響か。

表面にずっと白い霜のようなものを纏ってクレアを守っている。


男は十分に距離が取れた場所から壮観な氷の要塞を眺める。


「氷属性だけ使ってくれてありがたいことだ………。

どうして『この体』なのかわかった気がするよ」


嬉々とした態度で独り言を言う男は、クレアの氷の要塞に向かって手をかざした。


『удыызтицинкцйыстя ты лжэгчг лол』


男が詠唱を始めると、男の目の前に巨大な魔法陣が現れた。

直径5メートルほどの魔法陣は、男の詠唱に合わせて文字や紋様が刻まれる。

禍々しく膨大な魔力が注がれた魔法陣が赤く光り出す。


『пенднцмвпфйняю』


次の瞬間。


男が出した魔法陣から青い炎が勢いを増して、さながら狩りをする獅子のようにクレアの氷の要塞にぶつかった。


洞窟のときのように風が吹き荒れる。

男も前方から一身に強風を受けるが、フードが取れる気配はない。


信じられない勢いで風が吹き、水蒸気が霧となって一面を覆い尽くす。

男も魔力を使いすぎたのか、少しふらつきつつも、霧の中を前へ進んでいく。


霧を分けて進んでいくと、雪が溶けきり、地面が剥き出しになっている。

最初は水浸しだった地面も、前へ進むほど乾いていく。

それほど火力が高かったのだ。


そうして、男はぴたりと足を止めた。


目の前には、溶けた柱から滴る水が洒落た門のようになっている。

そして、その奥に、口元から血を流して意識を失ってなお、魔力を放出し続けるクレアの姿があった。


「さすがに魔力は底をついたか………。

でも、まだ生きている」


男はまた独り言を言いながら歩みを進める。

男は水の滴る柱の間を通り、中央で横たわるクレアに近づいていく。


クレアの目の前まで来た男は、自分の靴や服にクレアの血が付着するのも気にせずにしゃがみこんだ。



確実に体を冷やしている中で、熱が出たときのように苦しそうに息をする。

虫の息のように小さく、放っておけばそのまま消えゆく命のほどに弱々しく見える。


それでも魔力を放出し続けている。

義務のように。



「銀の魔女もこの程度か…………」


ふん、と鼻で笑い、男は立ち上がって伸びをする。

どこかから小瓶を取り出して中身をあおり、何かを確認するように手を閉じたり開いたりして、またクレアに向き直る。


「禁忌の魔力支配をしたら、流石に死ぬか」


男は小瓶を床に捨てながら呟き、クレアの頭に触れようと腕を伸ばす。



もう一度言おう。

魔力暴走時に暴走している者の属性と相反する属性の魔力で支配することは禁忌とされている。


男は今までを見るに火属性。

クレアが魔力暴走を引き起こした属性である氷属性とは、相反するものである。


「『この体』で死ぬあなたの顔が見てみたかったなぁ………!」


欲望を口にしながら、男は手を近づけていく。

うなされているクレアは、すぐそこまで男の手が伸びていることに気づかない。











あと数センチというところだった。







ボトッ


ボタボタボタ……………




突然、男の伸ばしていた手首から先が地面に落ち、大量の血が流れ出す。




「…………………は?何が起こって」


いるんだ、と続けようとしたとき。










キン……………






男は首筋に冷えた金属が当たる感覚がした。






(首筋…………?フードは、)





男が違和感に気づくのには少々遅すぎた。



強風が吹いても脱げなかったフードは元々なかったかのように姿を消し、代わりに自身の首筋に金属、いや、北部特産魔法石でできた剣を当てる人物の気配を察した。


刀身で距離は取っていない。

本当に背後。


男は金縛りにあったように動かない体にいらだち、目だけを動かして存在を把握しようとする。













「おい……………」











男が動こうとしたのを感じ取ったのか、背後の者は低く唸るような声を発して、首筋に立てる刃に力を入れた。



つう、と男の首から一筋、血が流れる。



緊張が走る。



男が抵抗せずに相手の出方を伺うと、背後から憎悪に混ざる殺気を感じ取った。







(この感じ……………)




男はその殺気に背筋を凍らせる。

やがて、背後から、地を這うような声が発せられた。












「汚い手で俺のクレア(大事な人)に触ろうとしてんじゃねえよ」






その言葉に応じて、怒りが増大するように首に刃が食い込んでいく。

流石に危険を感じた男が咄嗟に距離をとって、ようやく顔を拝むことになった。




ツーブロックに前髪を七三で分けて立てた銀髪と業火のように紅い瞳という父親譲りの見た目。

纏っている紫紺色のマントには北部を代表するキタオオカミが吠えるシルエットに、剣と杖が交わり合っている特徴的な紋章がワンポイントで刺繍されている。


父親に引けを取らない威厳と殺気を放ち、男の前に立っているのは─────





ファル・セルナリア=グラント。






グラント公国唯一の公子であり、クレアの『緊急連絡先』を請け負った男だった。

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