羨望と期待 (セイルクside)
2025.9.7 授業部分の追加で改稿しました。
「ふぁ……」
魔力コントロールを教えてもらうことを約束した次の日、俺はいつもより少し早く起きた。
大きなあくびをしながら着替えを済まして、いつもより早く朝食を食べることにした。
食堂に行くとまばらではあるが食べている寮生がいて、全員早起きだなと感心してしまった。
そのまばらな人の中にミュゼの姿もあったが、俺は昨日のことを思い出して反対側の席で食べた。
クレアが図書館前を後にしてから、ミュゼは俺と口をきくことなく拗ねたような顔をして勝手に帰って行った。
去り際にクレアに何か言われていたが、それが理由なんだろうか。
俺は小さくため息をついた。
朝食を終えて学校へ行くと、いつもより少し早く来たからなのか、誰もいなかった。
十分体を動かしてからでも始業に間に合いそうなくらい早い。
俺はちらりと時計を見て自席に荷物を置くと、自主訓練所まで足を運んだ。
【自主訓練所】
ルクレイシアの養成学校には必ず設置されている施設。
魔法のコントロールや新しい魔法への挑戦など、とりあえず魔法に関する自主的な訓練をする場合に使用される。
対戦用の魔法人形も揃えられており、練習としてなんでもできる。
耐久性、安全性が高いため、生徒だけでなく教師陣が使うときもある。
案の定人がいない訓練所で、俺は魔導書を開いた。
『飛行』と書かれたそのページには簡単な説明と詠唱、魔法陣が載っている。
髪を結び直して杖を構える。
『лсыаетивийусрчк гудий』
1番成功しやすい長い詠唱を唱えると、俺の体が徐々に浮き始める────が、すぐに不安定になり地面に叩きつけられた。
いつもこれだ。
少しだけ浮いて、すぐに落ちる。
俺は体を起こして『浮遊』のページを開く。
『浮遊』は対象を浮かせる魔法で、『飛行』よりも先に学ぶ。
俺は対戦用の魔法人形に向けて杖を構えた。
『арызгклм』
魔法人形は電源を入れていないから大人しく浮き上がり、さっき俺が浮いた位置よりも遥かに高く浮いた。
安定してふわふわと浮く魔法人形を、空中で踊らせようと杖を振る。
「………うわっ!?」
しかし、細かい動きをさせようとして力加減を誤った俺は、魔法人形を間違えて生まれた竜巻の中に閉じ込めてしまった。
『浮遊』は対象を周りを取り巻く空気で囲み、カプセルに入ったような状態にして対象を浮かしている。
このとき四方から空気の渦をぶつけて、浮かせたい方向の反対側から押し出す風にして渦を操作する必要がある。
だから、力加減を間違えるだけで竜巻になり勝手に飛んでいく。
俺はこれもいつもできない。
いつもは小さな物で試しているから、大きな物になれば変わると思ったが違ったらしい。
俺は訓練所の外に出て「真空化」のボタンを押して竜巻を消し去った。
鈍い音を立てて落ちた魔法人形を戻して俺は訓練所を後にした。
教室に戻って少しすると始業の時間になった。
入ってきた教師が前に立って口を開く。
「全員登校してるな。今日も授業があるが……今日から今度の野外演習のための学習が増える。
北側にあるルナール山での演習で必要な知識を叩き込む予定だ。
それに伴って実技演習は魔物の擬似討伐をすると聞いている。生物の教科書を持参するようにと言付けももらっているから忘れないように。…………」
野外演習の時期になったのかと俺は話を聞きながら思った。
野外演習は毎年冬に行われる養成学校5年生と6年生の実力テストであり、国への貢献事業でもある。
魔物が活発化する冬にルナール山から降りてくる魔物の脅威から国を守るため、国の魔法使い総力で討伐する。
10日間にわたって行われる重要な行事だ。
俺のいる第一養成学校は初日の討伐に参加する。
強い魔物が大量にいるから国から派遣された魔法使いや実力がある魔法使いとチームになって一緒に討伐する。
そうやって第九まで1日1学校ずつ行う。
今年も先生に頼んでも断られるだろうし、国からの魔法使いと組むしかないか………。
配られた誰と組むかを書くプリントを眺めながら考えていたら授業が始まった。
「…………と、このように魔物は瘴気を纏っています。瘴気は魔物の魔力の源です。微量ではありますが、私たちの魔法にも少し瘴気があります。
そして、大陸中で瘴気による被害として肌の変色、魔力過多症などが世界中で起こっています。
では、先日発表された、近年瘴気が増加している原因について、人間の活動の観点から有力な説を………ミュゼさん」
午前の最初の授業は魔法生体学だった。
この授業では魔物や、瘴気の詳細なことを学んだり、実際に使える治療薬の生成を行う。
担当教師は豊富な知識を持っているが、その分理想が高く、よくこうして質問を投げてくる。
人間の活動による瘴気の増加で挙げられている説は昨日魔法新聞で取り上げられたものだ。
しかも仮説だからか、あまり大々的に取り上げていなかった。
俺がちらりとミュゼの席に目を向けると、座学次席のミュゼは知らない質問を投げるな、と言った視線を教師に向けながら口を開いた。
「………魔法使いが増加し、各地で魔法を使う人が増えたためです」
ミュゼが必死に捻り出した答えに対し、教師は大きくため息をついてわざとらしく眼鏡を直した。
今のも一応新聞で言われていたやつだ。
「…………それもありますが違います。
魔法使いは確かに世界全体で見れば増加していますが、その数はほんのわずか。
北を除けば減っている国の方が多い現状です。では、セイルクくん。補足を」
正直言ってこの教師は校内で嫌われている。
特に成績がいい者から。
こいつはあからさまに成績上位者を狙うように当てて質問して、自分の満足する答えが出ないと、さっきのような態度をとる。
そして、「こんなものですか。落ちましたね、ここも」と言うのが一連の流れだ。
………とはいえ、その流れにやられていたのも3年生あたりまでだ。
こいつの癖さえ読み取れば対策は簡単だった。
俺は教師の目を見てしっかりと答えてやる。
「………人間が使う魔法にも瘴気があるように、人間が作った魔導具にも瘴気は残ります。
長期的かつほぼ毎日使われる魔導具の普及したため、1日で排出される瘴気が増えたことがひとつの要因です。
また、安価で粗悪な魔法石が流通したことも挙げられます。
採掘された状態の魔法石は、魔力は高くても自然からの産物なので瘴気が多く含まれています。北部は少し値は張りますが、手間暇かけた加工技術で、瘴気の含有量を元々の含有量から9割削減した安全性の高い魔法石を流通しています。
しかし、魔導具の普及に伴い、西部や南部で産出された魔法石は北部で行う加工をせずに流通するため、とても安価で大量に素早く取引できます。
これにより、瘴気が大量に含まれた魔法石が各地で流通してしまい、昨年、魔法知識の浅い南部では瘴気による死者が過去最多となりました」
俺は昨日読んだ新聞を思い出して、ほぼ記事の内容通りに答えた。
教師は満足そうに首を縦に大きく動かす。
「素晴らしい。補足することはありません。座学だけはあなたの取り柄ですね」
「……………ありがとうございます」
こいつはいつも俺にいらないことまで言ってくる。
俺には座学しか取り柄がないといつも思わされる。
………周りもそう思っているのだろうか。
「………うわ」
俺は思わず時間割を見て声を出してしまった。
他の授業がどれだけ早く過ぎても、これだけは長く感じてしまうからだ。
魔法実技
字で察する通り、戦闘や緊急時に役立つ簡単な魔法から各属性の魔法レベルや個性を伸ばすための指導を行う。
月に一度、教師の気まぐれで魔法の実技テストが行われて、クラスメイトの前で1ヶ月で成長した魔法を披露する機会がある。
この授業の度に、俺は自分が嫌になる。
流石に月初めに実技テストはないだろうと、俺はため息を大きくつきながら着替えて訓練場へ向かった。
「よし!今日は実技テストだ!」
かつて、ここまで盛大に自分の発言を後悔した日はあっただろうか。
この実技テストは皆が自分の実力を見せつける絶好の機会のため、嬉しい者ばかりた。
…………俺を除いて。
「それじゃあまずは成績順に並べ!後ろから行くぞ!」
公開処刑だ。
実技最下位の俺は1番最初になった。
俺の顔を見た教師は嫌な笑みを浮かべて、へらへらしながら俺に声をかける。
「なんだ?座学だけのセイルクが最初か?今回も辞退すると来年再構だぞ?」
教師の言葉に周りがくすくすと笑い出す。
俺はよくこのテストを辞退してきた。
朝もやった通り、成功しないどころか迷惑をかけるからだ。
来年もまたこの授業を受けたくはない。
俺は前へ出た。
各属性の教師は人数が異なる。
中でも風属性は教師の人数が1番多い属性だが、俺のもとに指導が入ったことはない。
理由は単純だ。
「………風で人形を踊らせます」
俺はそれだけ言って深呼吸をすると、目の前の魔法人形に向けて杖を構えた。
『арызгклм』
朝と同じように、魔法人形は大人しく浮き上がった。
安定してふわふわと浮く魔法人形に杖を振る。
「……………っ!」
しかし、また、加減を誤った俺は、魔法人形を間違えて竜巻の中に閉じ込めてしまった。
力加減を間違えるだけで竜巻になり勝手に飛んでいく。
今日もまた失敗。
竜巻だけが訓練場で元気に舞っている。
竜巻は次第に強くなり、生徒が慌て出す。
教師はまずいと悟ったようで、すぐに生徒を外に出して「真空化」のボタンを押した。
朝と同じで、また人形が鈍い音を出して落ちた。
「またか…………。辞退じゃないから評価はつけてやるが、もう少し本気で取り組め」
「………………はい」
教師にはわからないだろう。
俺は失敗し続けて、人を傷つけたことがあるから指導者がいない状態で練習している。
自分の功績が残らなさそうだからと、捨てられる俺を知らない。
力加減がいけないのかどうかもわからない。
俺はどうしたら魔法が使えるようになるんだ?
これも、先生ならわかることなのか………?
俺が自分の手を見つめていると、すぐそばから歓声が上がった。
見ると、ミュゼが火属性の魔法を使っていた。
投げられた火炎玉が魔法人形に当たった途端、花火のように何色にも美しく弾けて燃え上がると、魔法人形が戦闘不能になった。
芸術的で、攻撃性もある魔法。
「素晴らしい!やはり実技首席は違うなぁ!皆、ミュゼを見習えよー」
教師も生徒も御満悦で、ミュゼが使った魔法で笑顔が宿った。
中心にいるミュゼはすごく嬉しそうだ。
2属性持ちで、才能がある。
「いいなぁ………」
あれが俺にもできたなら。
俺の魔法を喜んでくれる人ができるのかもしれない。
でも。
『近づかないで!』
もう、誰も喜ばないかも。
俺は遠巻きにミュゼを眺めながらそう思った。
とても、とても長く感じる時間だった。
今日は時間が過ぎるのが遅い気がする。
最後の時間が実技だったからだろうか。
気持ちが沈んだままだった。
早く学校から出たい。
俺は学校終わってすぐに荷物を取って校門を出た。
昨日言われた通りに宿の前まで向かう。
少しでも早く着きたくて足に軽量化の魔法を掛けて走る。
宿が見えてくると、その前でメモを読むフード姿があった。
「クレアっ」
俺が声をかけるとクレアはメモをしまって俺のもとへ寄ってくる。
肩で息をする俺を見て笑ったクレアは亜空間から取り出したコップに入った水を俺に差し出した。
「そんなに楽しみでしたか?」
「………は」
楽しみだったかと聞かれて俺は返答に詰まった。
いつもより早く起きたり、早く学校に着いたり、ここまで走ってきたりしたのは、俺が楽しみだったからなのだろうか。
さっきまでは沈んでいた気持ちが、クレアを見た途端に晴れた気がする。
楽しみだという気持ちを忘れていた気がする。
これが楽しみな気持ちなのかわからないけど。
「たぶん、そうかも」
「たぶん?」
俺の答えにクレアは少し不思議そうな顔をした。




