魔法文字
クレアとセイルクの間に沈黙が流れた。
クレアはどう答えればいいのかを考え、セイルクはクレアの言葉を待っている。
クレアは入国時にスタンプを押された方の手を見た。
あのときの検閲官の言葉も覚えている。
クレアはセイルクの持っていた魔導書を閉じて床に置き、スタンプの押された手を向けた。
いきなり手を突き出されて驚いているセイルクにクレアは質問した。
「入国のとき、ここにスタンプを押されました。うっすらと見えると思います。
このスタンプの魔法文字を読んでみてください」
クレアの要求にセイルクは怪訝な顔をしながらも顔を近づけた。
スタンプは丸いもので、魔法陣のようになっている。ひとつの大きな円の外側と、内部に構築された幾何学模様は大量の魔法文字でできていた。
検閲官の言葉を信じるならば、この魔法文字は『入国を許可する』みたいなことを示しているはずだ。
セイルクは薄く現れているスタンプをじっと見て1文字ずつ言葉にしていく。
「この、印を押された者は……ルクレイシアに、害を、与えない、とする。
…………魔法の使用、位置情報、滞在履歴などが……この印から、中央、管理所まで公開され、犯罪を起こせば、転送により、身柄を中央管理所へ……送られる。
強い、魔力反応が、………けんさ?けんち……検知されたときも同様である。なお、この印の、改変を、行った場合は、犯罪とする」
外側を読み終わったのか、セイルクは目を何度か瞬きしながらクレアを見た。
クレアはもう一度手の甲をみた。
この緻密な魔法陣の外側の魔法文字には大体のルールが付けられていて、内部の魔法文字はそれぞれに対応する細かなルールを魔法文字に起こして幾何学模様として刻んだといったところだろう。
思っていたよりも物騒かつ個人情報が筒抜けな魔法陣には驚きだ。
クレアはセイルクに拍手した。
「なるほど、そんなことが書いてあったんですね。すごいです」
「は?そんなことって……魔法を使うなら誰でもこれくらい読めるだろ?」
一体何がすごいのだとおかしなものを見る目でクレアを見てくる。
クレアは予想通りの回答に、逆に困ってしまった。
魔法を使うなら魔法文字が読めて当たり前だと、そういう世界で生きてきているセイルク。
クレアはどこか遠い場所に思いを馳せた。
「………誰だって読めるわけじゃないですよ」
「……?…何が言いたいんだよ」
クレアの表情はフードに隠れてセイルクには見えなかった。
だからこそ、言葉の真意を測りかねたセイルクが問いかけてきた。
クレアは少しためらったが、すぐに答えた。
「私は魔法文字が読めないんです」
「は?」
セイルクは信じられないものを見る目でクレアを見てくる。
魔法使いで魔法文字が読めない人とは出会ったことがなかったのだろう。
それも仕方がない。
魔法文字は魔法を使う人なら誰だって読める。
これは大陸でも当たり前のことだ。
クレアが例外なだけなのだ。
クレアは話を続けた。
「読めることが当たり前です。
でも、私は、学ぶ機会がなかったので……だから魔法文字なしで魔法を使います」
聞こえてくる自分の声が震えていることが明確に伝わってきた。
きっと、セイルクにも伝わっているだろう。
セイルクが俯いているせいで、どんな顔をしているのかわからない。
罵られるのはいつまでも慣れない。
沈黙が流れる。
クレアが固まっていると、セイルクが息を吸う音がして、思わず口を開いた。
「まずは、お互いを知るところからはじめませんか?」
話題をすり替えた。
クレアは逃げたのだ。
セイルクはぽかんとした表情でクレアを見てくる。
自分の言葉を遮られたことに何か思うところがあったようだ。
「私たちは名前しか知らないです。
それに、適性の属性を知らないです。
魔法文字は読めませんが、魔力の循環や制御は教えられますよ。魔法文字がなくても魔法は使えますし、魔力暴走だって止められます。それに」
「……ま、待て。わかった、わかったから」
セイルクはまくしたてるように話すクレアに圧倒されつつ、話が止まらないクレアの口を押さえた。
やっとのことで黙ったクレアに、セイルクは一度大きく息を吐いた。




