罠
夜間警備は結局、俺が女性の対応をするだけで終わった。
暗くなっていたフレンティアも夜が明け、辺りが明るくなる頃には職人たちが仕事場に向かっていく姿を見る。深夜まで飲んでいたのに、早朝から働きに出る職人には尊敬するばかりだ。
仮眠をとるために、こんな早朝に孤児院に戻って子供たちを起こすとさすがに悪いと思った俺は、フレンティア警備舎に備わっている仮眠室で少し眠ることにした。
ハースとゼルナはフレンティア警備舎に自分の部屋があるため、そっちで寝るそうだ。
結局、あれから何も聞いてこなかったな……。
俺は2人が俺に何も聞いてこなかったことを思い出しながら、眠りについた。
「……………ん」
仮眠室に備えつけられた小窓から差す光で俺は目を覚ました。
時計を見ると、火の刻を回っていた。
ずいぶん寝てしまった。
俺はぐっと伸びをすると、仮眠室のベッドを整えて部屋を出た。
顔を洗い、昼ごはんを食べようと食堂に行くと、誰も食べにきておらず料理人が暇を持て余していた。
真昼だと言うのに、誰も来ていないなんて珍しい。
俺は少し不思議に思いながらも昼ごはんを食べた。
エントランスには今日の担当が書かれたボードがある。
ハースとゼルナは二刻ほど前から巡回が入っていたが、俺のところには巡回と書いていなかった。
今日はオフになった。
「………はっ」
俺はボードを見ながら軽く笑った。
信用されなかったんだな。
あの2人が何も聞いてこなかったのも、ただ単に俺と話すのが嫌だったのかも。
声に出して言わないだけで、どうせ皆_____
そこまで考えて、ふと我に返る。
昨日から変だ。
おかしなことばかり考えてしまう。
俺は考えを払拭するように頭を振ると、着替えて外に出た。
とはいえ、テッドが逃走したり急に自殺するやつが出たりする状況を知ってる中で、休もうと思っても休めるわけがない。
俺は少しでも気を休めたくて、娯楽街に足を向けた。
娯楽、と言ってもまだ昼だから、サーカスや手品などの子供向けの娯楽ばかりだ。
ぼーっとしながら娯楽街を歩いていくと、誰かが高らかに声を上げた。
「さあさあさあ!皆さんは全知全能に興味がありませんか?体験できた人はラッキー!皆で全知全能になりましょう!!」
全知全能を謳って客を集めているようだ。吸い寄せられるように人が集まっていく。
気になって俺も近づいてみると、100人は入る大きなテントが建っていて、前の看板には『2日に1回!全知全能の旅』と書かれている。
全知全能、か。
俺は興味本位で列に並んだ。俺で最後のようだ。
客集めをしていた男はテントの入り口を開けて、人を入れていく。
無料なのもこれだけ並ばせる理由なのだろう。
しかし、一体無料で何をやっているのだろうか。
前の青い髪の男の人がテントに入って、俺も入ろうとすると、男は俺が入るのを遮った。
「すみません、今ので定員になってしまったので、またの機会に」
にこやかに対応され、俺はなぜか興味が薄れてしまい、その場を後にした。
「皆さんは、神を信じますか?」
なんて、不吉な言葉から『全知全能の旅』が始まったことも知らずに。
『全知全能の旅』とやらの前を通り過ぎていろんな場所を歩き回って、噴水が眺められるベンチに座った。
びっくりするくらい平和だ。
昨日までが嘘のようだ。
それも仕方がない。一般人は今裏で何が起きているかを知らないのだから。
この平和を守りたい。
そのためにも、今日の夕の刻は必ず行かないといけない。
俺は左手に力を込める。
必ずリリーを助け出す。
俺が決意を新たにして立つと、ちょうどここからさっきの『全知全能の旅』のテントが見えた。
中から人が出てきたのが見えるため、終わったばかりなのだろう。
少し遠くてわからないが、出てきた人たちはそれぞれ何かを抱えているようだ。
少し気になって遠くから見つめていた瞬間だった。
ドカーンッ!!!
爆発音が聞こえた。
商店街の方で叫び声が聞こえた。
俺は急いで商店街へ走っていく。
人混みをかき分けて、騒ぎの中心になっている場所まで行って目を見開いた。
目の前で倒れているのは、手の甲にもう一方の手を重ね、体の前で四角を作るように腕を突き出したポーズをして笑顔で血を流して死んでいる女だった。
また自殺騒ぎが起きているのか?
すると、また悲鳴が上がる。
今度は時計塔の方だ。
時計塔まで行くと、時計塔の前ではさっきと同じポーズをして倒れた男がいた。
そして、俺はもっと驚いた。
この男はさっき、『全知全能の旅』で俺の前に並んでいた青髪の男だ。
さっきまでは普通の顔をしていたはずなのに、目の前にいる同一人物は体の穴という穴から汁を垂れ流している。
目を見張るほど、違う。
俺は娯楽街へ向かって走り出した。
次々と起こる自殺と、さっきのテント。
確実にあそこで何かが起きている。
しかし、俺が着いた頃にはもともと何もなかったかのように、がらんとしていた。
「あのっ!ここにあったテントってどこに行ったんですか!?」
俺はテントの向かい側でソーセージを焼いていた屋台のおじさんに詰め寄った。
おじさんは急に詰め寄ってきた俺に驚きながら、頭をポリポリとかいた。
「……はて、あそこには今日ずっと何もなかったがねぇ」
「……………え」
俺は開いた口が塞がらない。
確かにさっきまでここにあのテントは建っていたのに。
屋台のおじさんに礼を言って、ソーセージを買って他の人にも聞いてみたが、結果は同じだった。
何が起きているのだろうか。
不思議でたまらない。
まるで本当に魔法を見せられているかのような_____
「ルークさん」
俺の頭に考えがよぎったとき、ここでは聞こえるはずがない声が聞こえて振り返った。
「………なん、で」
俺の後ろから声をかけたのは、クレアだった。
孤児院で留守番しているはずのクレアがどうしてここにいるのか。
俺が信じられないものを見た顔でクレアを見ていると、クレアは俺の手を引っ張った。
「見せたいものがあるんです」
クレアはそう言って、俺の手を引いて走り始める。
強く握られた手は振り解けなくて、クレアについていく形になる。
あれ、クレアってこんなに走れたっけ。
どれたけ走ったかわからない。知らないうちに俺たちは裏道を走っていた。
さすがに疲れてきたころ、クレアはぴたっと止まって手を離した。
「クレア………?」
俺がクレアに離された手を取ろうと手を伸ばした瞬間、クレアは目の前から跡形もなく消えた。
「クレア……?どこ行ったんだ……?」
昼にしては暗い裏道を、俺はクレアを探そうとそろそろと歩き出す。
しかし、さっきまで手を引いていたクレアはどこにもいない。
幻覚だったようだ。
ついに疲れておかしくなったか…。
俺はため息をついて来た道を戻ろうと後ろを向いた。
そうして、俺はまた幻覚を見ているのだと思った。
目の前に、行方不明のはずのアメニア伯爵令嬢が立っていたからだ。
俺が呆然と立ち尽くしてアメニア伯爵令嬢を見ていると、彼女は急に「ごめんなさい…」と言った。
一体何に対して謝っているのだろう、とアメニア伯爵令嬢を見ていた。
ゴッ
俺は次の瞬間、背後から誰かに殴られて気を失った。




