ぼや騒ぎ (ルークside)
2026.10.18 改訂
火事で水を求めている声がして駆けつけると、布でできた店の屋根に火がついている。
「ゼルナ」
「はい」
『яиыдлк богаты』
ハースの呼びかけに応じてゼルナが何か詠唱した。
その一言で、火事になっていた店の上に大きな水の球体がふよふよと現れて、割れるとバケツをひっくり返したような水量が落ちた。
水の魔法……だろう。普通は詠唱がないと魔法は発動できないのだから、やはりクレアは規格外なんだと理解し直した。
ゼルナの魔法で一瞬にして火事が落ち着き、俺たちはすぐに近くへ駆け寄る。
店主と思しき赤髪の男がゼルナにペコペコと頭を下げて何度も感謝している。
気弱そうな店主が先ほどの大声を出したとは思えない。そう不思議に感じていると、少し離れたところで誰かが唸る声が聞こえた。
見ると、短い赤髪の少年がフードを目深にかぶったローブを着た者を取り押さえていた。
「くそっ、離せっ!!」
「誰か!!なんか縛れるやつ!」
さっき声の主はあの男の子だったのか。
俺はウエストポーチから警備員全員に配給される、伸縮する縄の魔導具を取り出してローブの奴を電灯にくくりつけた。
少年は俺に深々と頭を下げてお礼を言う。
店主とは親子なのかもしれない。
少年に話を聞くと、店番をしているとき、店の後ろに伸びる裏道から音がして振り返ると、このローブの奴が火をつけて逃げていくのを見てとっさに助けを求めたようだ。
できた子供だ。俺がこのくらいのときは人に謝ることすらできなかった。
少年に関心していると、電灯にくくりつけていたローブが暴れ始めた。
「お前らは知らないんだッ!!私がっ!善良な行いをしたことが!分かっていないんだ!残念だったなァ!!ははははははははっ!!!!!」
狂気に満ちていた。
暴れたことでフードが脱げて、男だとわかる。
目が左右違う方向を向き、口と鼻からは涎と鼻水が絶えず流れ出している。
周りは男の様子に息を呑んでいる。
「………話は警備舎でしろ。今から連れてってやる」
ハースが眉間を押さえながら男に歩み寄った瞬間、
ブチィッ
何か繊維のようなものがちぎれるような音が聞こえて、男が動き出した。
魔導具を破った。
あれは支給された魔導具で、破壊防止の魔術が付与されてるはずなのに、破られた……?
驚いているのは俺だけじゃなかった。
ハースもゼルナも、性質を知ってるからこそ驚き、止まってしまった。
いや、違う。
動きたくても動けないと言った方が正しい。
俺たちが動きを止めたことに男がにたりと笑い、我に返る。
まずい、逃げられる____!
俺が取り押さえようと動きだしたのとほぼ同時に、男は何故か地面に両膝をつき、手の甲にもう一方の手を重ね、体の前で四角を作るように腕を突き出した。
「あぁ……!あの方は間違っていなかったッ!!あぁ、オメルタ、ガイア!!私に全能を………っ!………ぐはっ」
男は意味がわからない言葉を叫び、最後に血を吐いて息絶えた。
何が起きたか分からなかった。
俺が立ち尽くしていると、ゼルナが自らのローブを脱いで男が覆われるように被せた。
「………『ラトゥスの胃袋』で食べ物が腐ってしまったようです。穢れが移ると悪いですし、今日は酒場で飲み明かしてはいかがでしょうか」
ゼルナの言葉を聞いて、周りの商人はすぐに言葉の真意を察したようだ。
明るい声で「今日は店じまいだ!お前ら飲むぞー!」と言って散っていく。
理解が早くてこれ以上助かることはない。
俺の代わりに言ってくれたのだ。
貴族家出身と言っていたから、もしかしたらさっきのような言い回しは慣れているのかもしれない。
ゼルナはハースに指示を仰ぎ、男をどうしようか話している。
そして、俺はゼルナがローブを二枚重ねて着ていたことを知った。




