大魔協
「悪い、すぐ動けなかった」
「気にすんな、ゼルナが動いてくれたけど俺も動けなかったし」
男の起こしたことをゼルナが警備舎に魔法で伝え、身柄も転移魔法で送ると、俺は2人に頭を下げた。
ハースは俺が落ち込んでいるのに気づいて、肩を優しく叩いた。
しかし、ゼルナは何かを考えこんだまま口を開けない。
俺とハースがゼルナを見て黙っていると、ゼルナはやっと口を開いた。
「ルーク隊長、クレアさんは大魔協に所属していますか?」
「え、たいまきょう…?」
俺の謝罪に対する言葉だと思っていたが、ゼルナは先ほどの男の言葉を気にしているようだった。
しかし、『たいまきょう』とはなんだろうか。
俺が首を傾げたのを見て、ゼルナはすぐに補足を加えてくれた。
「大魔協は『大陸魔法使い協会』の蔑称です。自分は言いやすいから使ってるだけですが…」
「あ、あぁ、そうなのか。クレアの所属は確かそこだったはずだが、どうしてそんなことを?」
俺の問いはハースも同じように思っていたようで、ゼルナに答えを求めた。
ゼルナは何か納得したようなそぶりを見せた。
「ここ、魔法使い少ないですもんね。知らなくて当然です。……さっきの男が死に際に叫んでいた言葉を覚えていますか?」
「えーと……、確か、『あの方』とか『救済者』、あとは『オメルタ、ガイア』って言ってたな」
「はい、その通りです。おふたりには馴染みがないかもしれませんが……オメルタとガイアは大魔協が信仰している魔法の神と全能の神です」
「「っ!!」」
偶然とは思えない。俺たちは唾を飲み込んだ。
ゼルナは淡々と言葉を紡ぐ。
「大魔協以外の魔法使い協会や連盟はオメルタを崇めることはあっても、ガイアを崇めることはありません。
それにあの姿勢。死に際のあの姿勢は大魔協で昔から伝わる祈りの捧げ方です。
あとは、途中で切れた魔道具。……実はあの瞬間、膨大な魔力が周辺に突然発生しました。
自分の推測の域ですが、あれは魔力増強剤だと思います。魔力が増える代わりに、正気が保てなくなる類のものです。
効果があるのは、魔力が多く生活魔法以外の魔法も使える魔法使いに限られます。
つまり、あの男は十中八九魔法使いです」
この場にゼルナがいなければ気づかなかったことだ。
ゼルナはやはり、筆頭魔法使いだ。
俺はゼルナの話を聞いた上でひとつ質問する。
「今回のこととクレアのことは関係があると思っていいのか?」
「可能性は高いです。大魔協は宗教的な側面が強い場所ですし、何しろクレアさんの膨大な魔力とあの技術は維持費を稼ぐのにはもってこいです」
「……連れ戻しに来たってことか?」
「「!!」」
ハースの呟きに否定できなかった。
魔法使いは所属する協会や連盟からレンタルすることができる。金額は『貸す』側が決定権を持つが、『借りる』側は謝礼金を傘増しして払うことができる。
何度か人身売買に近いもので、魔法使いを侮辱していると訴えられているが未だに変わっていない。
クレアは年齢的にも逆らえず金づるになるしかなかったのかもしれない。
それで逃走して、居場所が割れたとしたら。
大魔協が探しにくるのも考えられるだろう。
(つまり今、クレアはテッドと大陸魔法使い協会に狙われているのか……?)
最悪な事態になった。
魔法使いには魔法使いが対処するのが一般だが、フレンティアは魔法使いの人口が極めて少ない。
クレアとゼルナを抜けば、今のフレンティアにいる魔法使いがまとまっても大魔協に勝てるかはわからない。
そして、少ないものの貴族層をバックに持つテッド。
テッドを敵に回すのは、テッドにつく貴族を敵に回すのと同じだ。
力も権力も何もかも俺たちが下だ。
どうすればいいのだろう。
(いや、諦めるな!)
俺はネガティブになっていた自分の考えを追い払うように頭をブンブンと振った。
そうだ、諦めるな。
どうすればいいじゃない、俺たちがどうにかするんだ。
それしかない。
俺は覚悟を決めて胸を強く叩いた。
ハースは俺の顔を見て自分も腹を括ったようだ。
ゼルナは、急に熱くなった俺を見てすごく顔を顰めた。
(僕、この人たちと同じでほんとうに大丈夫か………?
絶対倒れるじゃん…………)
働き詰めにされて疲れる未来を感じたゼルナは、盛大にため息をついた。