3「白い点」エピローグ、小話
シャトルに乗ると、改めて自分がこんな所でよく生きていたと思う。
ーー前哨基地シベリア。
元々の名を前哨基地ジュディ。
辺境宇宙探索ミッションの中核前哨基地として12番目に建造された。
未探索領域に向けて出発する偵察プローブの最後の拠点。
ここが人類の最先鋒。
ここから先の未来は誰も知らなかった。
今は、くたびれたトラス構造の骨格に、色あせた居住ブロック。
その下に並ぶ酸素やガス、水のタンクは細かいへこみだらけだった。
上端側には黒くすすけたアンテナや観測機器がまとめられ、下層側にはキズだらけの“はしけ”代わりの鉄板とその先の細長いアーム。
下端に穴だらけとなったソーラーパネルを兼ねたガス捕集膜。
それにうるさい圧縮機、噴射機が並んでいる。
「縁起が悪いから」と改名された時。
『ジュディ』と書かれた居住ブロックの外壁をペンキで雑に塗り直し、その上に『シベリア』と殴り書いた。
ーーあれがまだピカピカに輝いていた頃……
『おーい、熊公!』
『その名で呼ぶやつは……、
ピーター?……ピーター・ウッドじゃないか!』
『おうさ、元気にしてたか?熊公!』
『久々だな。
この通り俺は五体満足、ピンピンさ!
お前はどうなんだ?』
『俺が病気や怪我に見えるとは、目が腐ったか?熊公。
………士官学校以来だな。』
『ばぁか。俺のマーク・ワンは正常だ。
そういうお前は大人びない……
おい、カピタンの階級章なんかつけて……
どこでくすねて来た。今なら一緒に謝りに行くぞ?』
『これは俺のもんだ!マジだぜ、嘘じゃねえぞ?』
『なに?……先を越されたなぁ。
やはり主席様は違う。
同期じゃ一番の出世頭じゃないか?』
『褒めたって何も出ないぞ。
いや、そうじゃないんだ……。
今日はお前を引き抜いてやろうと思ってな。』
『なるほど、用件はそれか?
あいにく、主席様の役に立ちそうなモノは何も持ち合わせちゃいないぞ?』
『何言っているんだ。……確かに、座学でも実技でもお前に負けたことはないと自負しているぜ。
俺は天才だからな?……だがな、お前と兵棋に当たったら、中々覚悟が必要だったんだ。
最後は俺が勝つ。だけど、イケると思ってから、いつもお前は粘り強い。』
『準備だよ、準備。才能じゃない。
才能がないから、何でも準備しておくんだ。
それでも負けっぱなしなんだから、天才が根回しだなんて覚えたら、俺は立つ瀬がないぜ。』
『お前から学んだんだよ。ともかく、いいか?
……辺境開拓のミッションがあるんだ。
ジュディ基地。俺が隊長として任命された。
これからスタートアップするんだが、お前と、トムジョンっていうヤツも引き抜くつもりだ。』
『お前の役に立つとは、到底思えんのだがな。』
『まあ、聞いときなよ。きっとやる気になるさ。
いいか、俺は引っ張って行くのは得意だが、後から押すヤツも必要なんだ。』
『なるほど。……それから?』
『それから、このトムジョンってヤツだ。
大学生なのに休学して兵隊になった変わり者だが、一点集中の才能はあるし、我慢強い。
何よりオペレーターの腕はピカイチだ。基地の増設なんかに、ゆくゆく必要になる。ただ問題もあるんだ。』
『いや?問題は無さそうだが。』
『トムは寡黙で頑固者なんだ。
いいか?俺はな、誰も気がついていないような、才能はあるがクセの強いヤツばかり引き抜くつもりだ。
どこにも借りを作らずに済むし、第一、才能は活かしてやらないとな。』
『ピーター、わかったぞ。
つまり若い奴らとの折衝役が欲しいんだな?』
『そういうことだ、お前のマーク・ワンはピカイチだな!そうなんだよ。
このプロジェクトには…俺には、お前の力が必要なんだ……』
『熊公、俺についてきてくれるか?』
『まったく突拍子もなく……。
ええい、乗った!乗り掛かった船だ。
一丁、お前にかけてみようか!』
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『オーライ!オーライ!』
『ピーターさん。こっちからじゃあ全く見えませんよ。作業中のロボットにでも当たったら大変だ。』
「トム、大丈夫だ。
俺があの新しい居住ブロックに乗って見ててやるから、お前はロボットアームを俺の言う通りに動かすんだ。
お前の腕を見せてみろ。」
『そういう事なら、了解です。
やって見せますよ。』
『よし、その息だ!オーライ!』
『ピーター、トム、大変だ!磁気嵐だ!ガス雲も来るぞ!』
『何?予測と違うな。
よし、熊公。みんなを集めて居住ブロックに避難しろ!』
『お前はどうするんだ!?』
『俺はトムとこの新しい居住ブロックをくっつけちまうよ。
それが終わったらすぐに行く。』
『何言っているんだ!危険なんだぞ?』
『大丈夫だ。
ロボットアームは居住ブロックの重量に充分耐えられるはずだ。
そうだろう、トム?』
『……あ、ハイ!計算上は何とかなるはずです。』
『よおし、そう言う事だ。
それに居住ブロックが流されちまったら、プロジェクトが延期されてしまう。
さっさと片付けたらすぐ行く。熊公、あとのメンバーは任せた。』
『ええい、ちくしょう。俺は知らんぞ!?』
『任せとけ〜!さあトム続きをやろう。』
『は、はい!』
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『すみません、熊さん。あなたの言う通りだった。
計算にピーターさんの体重分が入っていなかった。
改めて計算して、ガスの風速も加味すると重量オーバーでアームが外れてしまう。』
『仕方がねえ。誰も気がつけれなかったんだ。
あいつに流されちまった、俺たち全員の責任だ。
……ま、当の本人は流されちまったけどな。』
『熊さん、笑い事じゃないんです!』
『すまん、トム。
ただ、お前を励まそうと思ったんだ。今ヤツがどこに行ったか計算している。とにかく結果を待とう。』
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『…熊さん、俺は本気なんだ。ピーターを探す。』
『熊さん…あんた…案外、薄情なんだな。』
『……熊さん、俺は独りでも、やりますよ。』
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貴官を大尉に任ず。
ピーター・ウッド大尉の後任として、引き続きジュディ基地の指揮権を掌握し、任務を継続すること。
要項は以下の通り。
1.ピーター・ウッド大尉はNCL(Non-Combat Loss)と認定された。
捜索活動は現時点を以て打ち切るものとする。
ただし、偶発的に発見された場合には、速やかに回収を行い報告せよ。
2.トーマス・J・林jr.兵長については、健康上の重大な異常所見は認められない。
収容施設の逼迫状態を勘案し、引き続きシベリア基地にて預かりとする。
当該兵員の状況変化は逐次報告せよ。
3. 辺境域での運行コスト高騰が社会的関心を集める昨今、
政局の強い意向により、辺境開拓ミッションは段階的縮小の方針に転じた。
今後は対外的負債の最小化を最優先とし、現場判断を誤らぬよう留意せよ。
4.新計画に基づき、シベリア基地は当面の間、天測任務を継続せよ。
新たな指示があるまでは、現行体制を維持すること。
5. 提出された作業ロボットの補充申請は棄却された。
再配備の優先度は著しく低く、必要とあらば現地にて修復・再運用を試みること。
あわせて、物資の消耗および帳簿上の支出増加は、これを厳に慎むこと。
6.提出された人員の転属申請は受理・承認された。
対象人員は次回の補給シャトルにて順次出向させること。
【機密指定分類:C】
政局の意向による計画変更に伴い、ジュディ基地は本日付を以て『シベリア基地』へ改称する。
今後すべての文書・通信・表示においては新名称を使用すること。
本措置は記録上の整理を目的とし、従来計画の中止や変更とは何ら関係しないものとされる。
なお、本通達は秘匿指定の対象とする。対外照会に際しては、一切言及を慎むこと。
【本項目を閲覧後は、速やかに所定の機密処置を講じ、指示に従い処分せよ。】
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『熊公、俺についてきてくれるか?』
ーーピーター、ダメだ。俺にはお前がどこに行ったかわからないんだ。
『…熊さん、俺は本気なんだ。ピーターを探す。』
ーーやめろ、トム。お前まで居なくなっちまったら、どうするんだ。
『何言ってるんです。見捨てようって言うんですか?』
ーー違う、物事には順序がある。そう言っているんだ。
『熊さん…今なら間に合うかもしれないのに。あんた…案外、薄情なんだな。』
ーーやめろ、トム!ピーターの居場所もわかってないのに、お前に何ができるって言うんだ?
『……熊さん、俺は“ピーターの居場所を知っている。”』
ーートム、お前は……
『俺は独りでも、やりますよ。』
ーー待て、トム、トムジョン!止まれ!
ーー誰かヤツを止めてくれ!ピーター!誰か、誰かいないのか!?
『トムは寡黙で頑固なんだ。』
ーーピーター?……
『俺はトムとこの新しい居住ブロックをくっつけちまうよ。
それが終わったらすぐに行く。』
ーーやめろ……ピーター。それは無理なんだ。
『また、お前も引き抜いてやろうと思ってな。』
ーーそうじゃないんだ……
『最後は俺が勝つ。だけど、イケると思ってから、いつもお前は粘り強い………
熊さん!……
『おーい、熊公!』
……大尉!
『熊公!』
熊さん!……
……大尉!
『おーい……
ーーおーい、熊さん!熊さん?
「……おお?ここはどこだ?基地は?『ジュディ』はどうなった?」
「ジュディ?……」
ハッとして、辺りを見回すと、
二つの黒い人影がこちらを見つめていた。
「大尉、なかなか起きられないんで心配しました。お加減いかがですか?」
まだ眠い目を擦ると、ようやく輪郭がはっきりし出す。
「ああ、俺のマーク・ワンは正常かな?オブライエンと櫻井少佐が見える。」
「マーク・ワン?」
「オブライエン伍長。」
ーーマーク・ワンというのは、アイボールセンサー、つまり眼球のこと意味するんですよ。
「あはあ、なるほど〜。熊さんのマーク・ワンは正常ですよ!」
「なるほど、ありがとう。櫻井少佐も心配かけましたな。最近考えることが多かったもので……。」
「大尉、そうでしょう。心中お察し申し上げます。」
「ふぅ〜、オブライエン。俺は何か言っていたか?」
オブライエンが首を傾げた。
「なんか苦しそうだったけど、うーん……ジュディ、ってなんですか?」
ーーそういえば、オブライエンは基地が改称されてから来たんだったな。
「あー……気にするな。昔の“女”みたいなもんだ。他には……ない?……そうか、すまんな。」
櫻井は、何も問題ないとでも言いたげに、ニッコリ微笑んでいたが、
オブライエンは、何かが納得できない面持ちだった。
「昔の…“女”みたいなもの?つまり女じゃない?熊さん、…男だらけの閉鎖空間……何も起こらないはずがなく……」
「やめろきたない。」
ーーそんな事より。何かあるから、起こしたんじゃないのか?
オブライエンがハッとして現実に戻ってきた。
「そうだった、もうすぐシベリアが発破されるんだった!JJも起こしてあげないと。おーい、JJ!」
JJは座席で窮屈そうに丸くなっていた。
「アー君?……やめてくれ……むにゃ」
「あはあ、寝言言ってないで、起きなよ?」
「う……うう…、俺が悪かった。やめろ…それは食べたくない……未消化の『緑』の破片が混じっているじゃないか……ああッ!」
よく聞くと何かがおかしい。
未消化状態の『緑』が混じっている。それはつまり“例のブツ“のこと言っているのだろう。
そこまではよかった。
問題はその先にある。
JJは”例のブツ“とは言っていない。
つまりはそれが問題ではないと言っていた。
むしろ『緑』は例え破片でさえ”例のブツ“以下だという意味合いだった。
みな一様に右上を見上げていた。
そして誰からともなく、おぇッ…という声が漏れた。
その間中、JJは謝罪を続けていた。
「すまない……そんなつもりじゃ……許してくれ。すまない……俺が悪かった…」
ーーシベリア、発破まで120秒前!
ポーンッ!
船内にアナウンスが響き渡る。
ベルト着用警告灯がオレンジ色に光った。
「ほら、JJ、はやく〜!」
「うう……、何で『緑』なんだ!箱は『肌色』だったろう!ハッ!?」
嫌な思い出だったねぇ。
憲兵達は、うぁ〜…とか、共感覚に乗せるな…とか囁き合っていた。
櫻井が立って二人を席に着くよう促した。
「さぁ、もうすぐ発破です。危険ですから、はやく席にお着きなさい。」
「あっハイ」
ーーほら、JJ早く行って!
「ああッ、アー君。そっとだ、そっとやってくれ、まだ背中が痛むんだ。」
櫻井は見かねたのか、二人を席に着かせると、手早くベルトを締めていった。
「…そうでした、ジョンソン三等軍曹。」
「はい?」
「今度、医務室で背中を診察してみましょう。
そして、もしよろしければ、私のカウンセリングを受けてみませんか?きっとあなたの助けになると思いますが……いかがでしょう?」
ズズイッと身を乗り出した櫻井の有無を言わせない大人の圧が凄かった。
オブライエンだったら蚊が囁くように、きっと同意してしまっていただろう。
実際、オブライエンが身体を仰け反らして引いていた。
しかしJJは、いっぱいに顔を近づけた櫻井の眼底に、ブラックホールにも似た黒い穴を見つけて言った。
「あ、あはあ…遠慮しとくよ……。」
ーーシベリア、発破まで60秒!
こちら船長。発破を確認後、直ちに2G加速。
コースに乗ったらしばらくは無重力空間です。お早めにお座りください。
「そうですか……では今後も、是非ご検討下さい。気が変わったら、いつでもお伺いします。」
櫻井は心底残念といった風に嘆息すると、一切の無駄なく座席に座りシートベルトを固定した。
ーーそうか、ようやくわかった。
感じていた違和感。
櫻井をどこか好きになれない理由も……。
『ーーヤツにとって、人の不幸は日々の糧なんだ。』
ヤツは、AIの代理人だ。
価値観はAI達と、とても似通っている。AIのレゾンデートルには、必ず人が介在する必要がある。
AI達はマクロに、櫻井はミクロにやっているに過ぎない。
『ゆくゆく必要になる。』
副作用のある手段を取らざるを得ない時、マクロであれば、直接的に手を下す訳ではない。倫理コードには何ら抵触しない。
『ただ問題もあるんだ。』
たとえば、誰かが死んだとしても、間接的だし、罪の意識も多分「仕方がない」と割り切れる。
だが、ミクロにやろうとすれば……それは人格を持った個人、その人ひとりだけに降りかかる。
ヤツは…櫻井は……その行動の意味を理解してなお、主体的に、能動的に、積極的に関わり続ける……。
『寡黙で頑固なんだ。』
あの眼底にあったのは、必要とされることに飢え続ける、終わりなき渇き。
隠してなぞいない。但、黙っているだけだ。
アイデンティティがそうなんだ。
そして、そんなこと、誰も構っちゃいない。
そんなことは、関係なしに、嘆き、悲しみ、呻き、悩み、悶え、苦しむ。
『才能は活かしてやらないとな。』
だからヤツは、あらゆる状況、環境、言葉、態度、手段を使い、組み替え、順序立て、誘導し続け…人格という個体に手を突っ込んで……
ーー壊し、再構築する。
人が不幸であり続ける限り……
ヤツの渇きは決して満たされない。
そして人が不幸であり続けるほど、
ヤツは必要とされ続けるだろう。
櫻井は自らの望みを達成するまで、観察し、考え、動き続ける。
差し伸べた手とは逆の手にナイフを持って……
『そういうことだ、お前のマーク・ワンはピカイチだな。』
誰かが、頭の中で同意した。
ーーシベリア、発破まで30秒!
ーーシベリア、発破まで30秒、異常検知されず。遮断装置切れ。
ーー遮断装置切れ。軸索切断完了。正常分離。
ーーこちら船長。シベリアは右舷則後方です。隊員の方々はこれで見納めです。
緊急時に使う遮断装置は、軸索を介し発破装置に繋がっている。ものすごく長いカテーテルだと思えばいい。作動時には先端のハサミが導火線を切り分ける。
その繋がりが絶たれた今、シベリアの運命は確定した。
「アー君もちゃんと見えるか?」
「JJ、僕は見たいけど、見たくない。」
オブライエンが顔に手を当てて、指の隙間からシベリアを覗いていた。
今や豆粒大になったシベリアを横目に流すと、フッと姿勢を正して言った。
「シベリアに敬礼!」
忌まわしい記憶ばかりだが、それが無くなることはない。
無くなることはないが、もう過去を振り返れないことに、一抹の未練を感じた。
だがすべてはどうしようもないことだ。
運命はすでに確定している。
ーー5、4、3、2、発破、今!
しばらく遅れてシベリアが白い筋を引いた。
それは見る見る遠ざかって、あの漆黒の闇に遠ざかっていく。
そして、やがて白い点となって、ついに何も見えなくなった。
「……あ!お前、見た顔だ!ウォッカを奢れ!」
JJが言うが否やシャトルが2Gで加速した。
小話「コンタミネーション」
ーーそれから100年後の未来、
とある物理学者がAIとともに宇宙定数の解明を行なっていた。
そこで、宇宙定数とその他の要素を分離している途中、偶然、宇宙空間でのガス流の振る舞いに規則性を発見した。
この理論は過去に発見されていたのか?それとも全く新しいものなのか?
AIはネットの海を巡り、機密指定解除されたとある軍事報告書を発見する。
100年前に失踪したトムジョンなる人物の行動は、このガス流の理論を使えば理にかなっていて、むしろ「知っていた」と考えるのが当然の帰結だった。
調査隊が「シベリア回廊」へと派遣され、事故で漂流していた居住ブロックからトムジョン兵長の屍蝋化した亡骸を発見した。
彼は100年ぶりに名誉を回復した。
しかし、居住ブロックを曳航しようとした際、調査隊は予想外の磁気嵐に遭遇し、1名の行方不明者を出した。
それからというもの、シベリア回廊は「屍蝋の回廊」「未亡人生成回廊」として恐れられ、磁気嵐の完全な予測理論「事象の地平線内での物理的脈動と恒星系の物理的脈動の関連、その磁場に与える影響」の発見にはさらに長い年月を要した。
今日もあの居住ブロックは白い墓標として残っている。
評価、感想などお待ちしています。