騎士とこれからと
「青薔薇よ、花開け」
そう言うと青薔薇は蕾を開かせた。そこから私だけが出ると、意識はあるものの疲れたのかぐったりと横になっているギャングウルフを残して再び青薔薇を閉じた。この青薔薇の中がどうなっているかは外からは見れないけれど、代わりに青薔薇内部に攻撃をすることは不可能となっている。王都を何とかした後もう一度ここに戻ってくるとギャングウルフに向かって告げ、その場を離れた。
ピンク色の薔薇の階段を駆け上がり、もう一度辺りを見回した。他にも魔獣はいるはずだ。街並みはというと、兵士たちの努力が報われたのか建物から上がっていた炎や煙はすっかり消えていた。未だ混乱はあるものの、命の危険はかろうじて終わったというところか。医療の方はまあ、私の戦力では手助け出来なさそうだ。さすがに青薔薇を使うとしても、人間相手だと失敗した時が怖いし、今一回使っただけで額に汗が浮かぶほど疲れてしまっているのだから大変なことになる。どのみち助けにはなれないだろう。
「あ、バルフガードだわ。倒しましょう」
下を見れば、魔獣園の敷地内、川と森のエリアのあたりに通常の亀の三倍は硬い緑の甲羅を背中に持っている特殊な亀が十匹ほど、のっそりのっそりと歩いているのが見えた。レベル的には低階級魔獣だし普段はのんびりとした性格で比較的というかとてつもなく安全な生物だ。
しかし、一度キレれば一般人では手が付かなくなる存在である。噛み切る力がとにかく強く、その気になれば簡単に人の指を噛みちぎってしまう。ちなみに兎が好物のため、辺りには食い散らかされたポーカーラビットとポーカーラビットに倒されたバルフガードが散乱している。この世の終わりみたいな光景だ。
と、いうわけで。さっそく倒すこととする。花弁に乗ったまま上空からの攻撃をすることで相手がこちらには手を出せない状態をキープ。あとはただ無慈悲に、申し訳なさを感じる心を殺して炎を撃ち続けるだけだ。
数分も経てば何も出来ないままバルフガードは死んでいった。どのみち生息数の多い魔獣だから問題はないだろう。
「そろそろ街へ行かなくちゃ」
壊れている建物が少なかったおかげで檻から飛び出す魔獣も少なかったようだ。暴れている魔獣も見えなくなったので、私は街へと移動した。移動しながらも異能を発動させ、瓦礫や倒れた樹木を花弁で持ち上げて更地へと集めていく。樹木は後日、新しく家を建てる際に使えるだろう。物資はなるべくリサイクルしてしまうのがいい。だから燃やして灰にすることはやめたのだ。
ペルリア聖堂教会へと戻ってみると、多くの人が休んで治療を受けているのが見えた。兵士たちは私の計画と同じことを考えたようで、そこを第一拠点として民の誘導をしているらしい。日頃からヴィルヘイム王子によって丁寧に、そして厳しく訓練されている彼らの行動は規則正しい軍隊そのものであった。
第二王子クレイグのおかげで城から逃げ遅れた貴族や王族はいなかった。身体的な傷だけでなくメンタルの面でも治療をして、彼らの様子を王子自ら声をかけて見て回ったようで、政治が崩れることはなかった。国王と王妃も無傷で、息子であり軍隊指揮官のヴィルヘイム王子と共に城の裏の森を拠点として軍隊への指示と今後の方針決めを行っている様子。
第三王子ラクレスもまた輝かしい働きを見せた。広大な王都を部下と共に駆けて民を救った。それだけでなく、竜たちがここへ辿り着く途中に通ったであろう領地も普及するため特別に軍を編成する許可をヴィルヘイム王子より得て、その日のうちに送ってしまった。無口ではあるが実に仕事が早い。
素晴らしい国王と三人の王子たち。その活躍を目にした国民は、竜害のせいで折れかけていた心を立て直すことが出来た。元より強い精神を持つ国民たちだ。「壊れたならば直せばいい」。そう言い出すのに時間はそうかからなかった。
その日、すっかり暗闇になってしまったためこれ以上外での活動は危険だとされてひとまず捜索よりも治療メインに軍が切り替えた月の見えない夜。私は夕食を取ることなくもう一度オーランド帝国帝国魔獣園内の敷地へと来ていた。
理由はただ一つ。ギャングウルフだ。随分長く待たせてしまった気もするが、ギャングウルフが回復するのにちょうどと思えばいいだろう。相変わらず花弁を歩きながら上空まで来た私は地面へ降りると、「青薔薇よ、花開け」と呟いた。すぐに開いた淡い光を放っているように見える美しい青薔薇の中から、今まで寝ていたわけではなさそうな様子のギャングウルフが姿を現した。
「待たせてしまってごめんなさいね」
『くぅん』
どういうわけか分からないけれど、「別にいいよ」と言われた気がした。
「さぁ、もう自由よ」
この狼がどうして捕まったかは分からないが、あんまり好戦的ではないようだから普通に捕獲されたのだろう。人を殺したのならば狼はすぐに処分されるだろうし。だから、この混乱に乗じて逃げてしまっても大丈夫だと思った。何か言われたら、私の炎で灰になったと答えれば問題ないだろう。最後に人を襲うなと言い聞かせておけばいい。頭のいい狼は私に恩を感じているだろうし、それくらい聞いてくれるだろう。
──そう、思ったのだけれど。
どういうわけか、ギャングウルフは私のそばから離れなかった。すっかり治ってしまった体を起こすと人間が女王に頭を下げるみたいに背筋を正してその場に座り、首を下げた。
『くぅ』
灰色狼が小さく鳴いた。その、次の時。
『俺ハ貴女ニ命ヲ捧ゲル』
ややカタコトな、しかしちゃんと人間の言葉が聞こえた。直接頭に響くみたいな声だったけれど、それは確かに目の前から発せられていた。
「話せ、るの……?」
狼だ。狼が喋ったのだ。いや、確かに相手が人間の言葉を理解しているのだから理論的にはその逆も可能だろうけれど、それにしても何故急に? 今までは話せないフリをしていたの?
『信頼シタ相手ニダケ、言葉伝ワル』
ああ、そういえば、ギャングウルフは認めた相手への忠誠心がとても高いのだったか。
『貴女ニ付イテイク』
「ええっと……」
『貴女ノ騎士ニナル』
宮殿まで来るということだろうか? 確かに頭のいい魔獣を好む貴族はいるし、最悪戦いになっても私ならば勝てるから制御は可能だろう。竜害を止めた今の私の願いならばちょっとは無茶な願いだって叶うはず。
私は考え込んでしまった。まさか助けた獣に騎士になると申し出られるとは思いもしなかった。それもギャングウルフだなんて、ある意味竜以上に厄介な私の強敵。
──まあ、断る理由はないけれど。
「いいわ。でも約束して。人を襲わないで。そして、食べないで」
これだけ守れればひとまずいいだろう。世話はアランに任せればいいか。最近は護衛以外の任務がないから暇そうだし。アランは強いから何かあっても平気だろうし。
『了解シタ』
嘘でしょ。本当に来るつもりなんだ。まあ、いいけどさ。私に不利益とかないし。
『ソレジャア行クカ』
「ええ、そうね。行きましょうか……」
私の三歩くらい後ろをノソノソと体長一メートル半の子供灰色狼が付いてくる光景は実にシュールである。しかもそれが月どころか星一つ見えない真暗闇の夜ときた。一応私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれているという優しさはあるものの、体格の大きさと牙の鋭さで台無しにしてしまっている。こんな場面に出くわしたら誰もが失神しそうなことを考えると、ある意味ここまで頼り甲斐のある騎士は人間にはいないかもしれない。
そのまま宮殿まで辿り着くと、そこで夕食を後回しにして私の帰りを待ってくれていたヴィルヘイム王子が珍しく表情筋を柔らかくして驚いた顔をして見せた。
「アグリア姫……それは……一体…………」
ひどく動揺しているようで、私と狼とを視線が行ったり来たりしているのが感じられた。しかし説明している暇はない。とりあえず夕食だ。それから、ギャングウルフにもご飯がいるだろうし、部屋は……今日は私の部屋にいてもらえばいいか。
兵士たちの視線を受けながら淡々と進み続け、ようやくいつも食事をとっている部屋へと辿り着く。ちなみにガラスは危ないので片付けられ、雨風を凌ぐためと侵入者がないようにという理由からすでに割れた窓は板で補修されている。壊れたシャンデリアは回収され、装飾など使える物を取った上で廃棄。今は部屋の明かりはたくさんの蝋燭を使われている。
私は異能で暖炉に火をつけた。冬ということもあって夜は寒いため、消えない炎は役に立つ。後で他の部屋にもつけて回ろうか。物が壊れたり倒れたりしたのみで建物そのものには特に被害はないため、一週間以内に宮殿は元通りになるだろう。
メイドや執事など雇われているものには片付け終えた部屋の使用を許可し、王族貴族は普段自分が使っている部屋を使用、そしてラナたちのように遊びに来ていた貴族には簡易的だが使える部屋を提供している。国王の計らいである。
私の部屋は窓ガラスにヒビが入ったのみで破片は散らばらなかったようだ。ヴィルヘイム王子の部屋も同じようだから、部屋の場所がよかったのだろうか。
いつもとは違ってあまり豪華ではないものの十分温かくて美味しい食事を食べ終えた私たちは部屋へと戻った。ギャングウルフもまた料理長に「分厚すぎて人間が食べるには向かない部位の肉ですが、狼ならば大丈夫かと……」と提供してもらった肉を食べ終えて付いて来る。よほど美味しかったのか、満足げな顔をして『わぉんっ』と唸っていた。それに比べて、ヴィルヘイム王子は難しい顔をしている。やっぱり狼を買うのは難しいのだろうか。一応保護されて管理されていた狼だしなぁ。
「……アグリア姫」
ナイショの話をする時はやはり、私たち以外の人間が立ち入れない寝室に限る。ちなみに人間と違って利益の絡まない動物は例外なのか、ギャングウルフは平然と入ってきた。ヴィルヘイム王子が止めなかったので問題はないだろう。ベッドに乗らなければ毛も気にはなるまい。
「なんでしょうか?」
固まった顔をしているヴィルヘイム王子が何を言い出すのか、全く分からない。異能か、狼か。どっちだ。
「聞きたいことも言いたいことも山程あるが……その狼は、ギャングウルフで間違いないな?」
「えぇ。オーランド帝国帝国魔獣園で瀕死のところを助けたら懐かれたんです」
当の本人、いいや、本狼?はベッドに並んで腰掛けて話す私たちの前で伏せをしている。こうしていると大型犬みたいだ。可愛い。明日アランに頼んで毛並みも綺麗にしてもらおう。そうしよう。
「……はぁ。まあ、飼うのは止めない。時間はかかるかもしれないが、専用の部屋も用意しよう。次に……あの異能は? 青薔薇だったか…訓練の時とは随分違うモノに見えたが」
夫であり次期国王である彼に隠すことはないだろう。
「私も理屈はわかりませんけれど、負けそうになった時、恐らく私は死んでいた。その瞬間精神世界のような場所で女性の声が聞こえて、過去と同じ光景を見せられました。それを乗り越えた先にあったのが新たなる異能、その女性は《魔女》と言っていましたが、それを手に入れたのです」
ヴィルヘイム王子は真剣な表情で聞いていた。私のこの突拍子も根拠もない怪しい話を疑ってはいないようだ。
「私はもう不死身なのです。あの青薔薇は強い。無敵を誇ります。だから、これからは積極的に前線へと出て竜と戦いたいと。幸い子供を作る必要性はまだ無いようですし、王妃となるのもまだ先のことでしょうから──」
「それはいけないっ!」
私の言葉に割り込むようにしてヴィルヘイム王子が叫んだ。彼もまた己の喉から出た声の大きさに驚いたのか、数秒沈黙する。ギャングウルフだけが『くぅ』と鳴いた。
「俺は、アグリア姫の異能を頼るために結婚したわけではない。王女が戦う必要などないのだ。もちろん、貴女が強いことは理解している。今回の竜害は助けられた。しかし、それは貴女自身もまた危険に晒されたから戦う必要があっただけで、自ら危険に挑む必要などないはずだ」
ヴィルヘイム王子の言いたいことはわかる。理解できる。戦闘とは訓練を積んだ志ある兵士たち、いわばヴィルヘイム王子率いる軍隊が背負う任務だ。それを生まれつきの血筋と才能を誇る私が担う必要などない。ましてや次期王妃に何かあれば国どころかアストレア王国との国家問題にもなりかねない。なるべく危険な行動は控えて欲しいのだろう。
「ヴィルヘイム王子の言いたいことは承知しています。その考え方が政治の面において重要であることも」
「ならば、どうか」
何故かは知らないけれど、ヴィルヘイム王子は焦っているように見えた。思えば夕食を後にして待っていてくれたのも何か理由があったからかもしれない。
「ですが、私は不死身なのです。他の人間に効くかは分かりませんが、少なくとも怪我を負っていたギャングウルフを私は手当てしました。完全に、です。ですので王女が竜退治で死ぬという未来はあり得ませんわ」
「しかしっ……!」
何か反論したいけれど、何も出てこない。そんな様子だった。少し言いすぎただろうか。彼にも妻である私が勝手に動くと困ることがあるのかもしれない。軍のトップだし。他国から来た王女が無敵になったら軍隊のメンツが潰れてしまうだろうか。
「今日、貴女に地上で取り残されて、竜に打ち勝つ貴女を見て。そして俺は思ったのだ」
ぽつり、と彼は語り出した。何処か感傷的だった。
「軍人として負けたくないと思うべきその時、俺は思った。貴女を守らなければいけないと。自己犠牲は確かに王族に必要な考えだ。民と国に尽くすのが仕事なのだから。しかし、アグリア姫のは少し違って見えた。何かに追われているようだった。俺は王子として、夫として、軍隊指揮官として、アグリア姫一人に全てを背負わせるわけにはいかない」
だから、と彼は続けた。
「だから、貴女が前線で戦うと言うのなら、俺も行こう」
「ですが、ヴィルヘイム王子には王子としての執務が」
「構わない。優秀な第二王子がいるからな。それよりも俺は未来の王妃の心を守る必要がある」
今度は私が何も言えなくなってしまった。
彼の言葉には、ただ形式的に妻兼王女の私を守るという言葉以上のものがあるように思えた。そしてそれを否定してはいけない気がした。彼の思いはそれくらい、真っ直ぐだった。
「…わかり、ましたわ。ですがどうか危険のないように。ヴィルヘイム王子は次期国王なんですから」
「ああ」
私がその譲歩を受け入れたことに安堵したのか、硬さをやめていつもの無表情に戻った。
「もう一つ、言うべきことがあったな」
「なんでしょうか」
しかし、次の言葉に私は絶句することとなる。いや、予想はしていたのだけれど、まさかこんなにも早いとは思わなかったのだ。
「今日、レオハルト王子とクレア殿が結婚することが正式に発表された。先ほど使者が来てな。今は被害をあまり受けなかった近くの貴族の宮殿で休んでもらっている。この建物は窓が割れてしまったからな」
「うっそ……」




