血まみれの銀狼と願いの青薔薇
パソコンの触りすぎか寝相が悪いのか分かりませんが、腕を痛めたため一週間ほど長時間文章を打つのを控えていたので更新してませんでした。すみません。
書いたら投稿を繰り返す人間なので、常に次話の蓄えがないんです。
「ええっとぉ……」
これはどうしたものか……。まさか、ギャングウルフが死にかけているとは思わなかった。恐らく先ほどいたポーカーラビット連中に襲われたのだろう。建物が壊れていたのならば、他の獣同士が簡単に行き来できただろうし、何よりも竜害のせいで獣たちの気が立っているみたいだし。
『く、うぅう』
どうやら襲われる心配はないらしいし、襲われたとしても死にかけのギャングウルフならばいとも容易く倒せるだろう。別に今、倒してしまってもいいんだろうけれど……放っておけば王都に出て民を殺す可能性もあるし……うーん、でもやっぱり、ここは獣を保護して絶滅を防ぐべく建てられたいわば動物園みたいな役割の場でもあるのだし……せっかく兵士たちが殺さずに捕まえてここで飼っていたのだから、私が倒したら勿体無い気もするし……兵士たちの努力が無駄というか何というか。
『ぐ、う、うぅう』
あーどうしようかしら。本格的に弱ってきているみたい……。うん、助ける、かな。ギャングウルフは確かに好戦的で恐ろしいけれど、流石に私だって命を無闇に失わせるほど残酷な人物ではない。令嬢らしさも持たねば帝国では生きられぬ。
『きゅ、うう、くうぅ、ん』
いけない、助けると決めたならば早く助けないと。でないと血塗れの銀狼が死んでしまう。美しくふさふさの毛並みは鮮血のせいでねっとりと重みで沈み、王のようなオーラを魅せる姿は欠けてしまっていた。
しかし、どうやって助けたものか。ここはただの動物園ではなく、オーランド帝国帝国魔獣園だ。魔獣の手当てをするような状況は滅多にない。つまりは、ここに医療物資はない。もっと分かりやすく言えば、今ここで、ギャングウルフを治療してあげる術が、ないのだ。
『くぅ、う』
「あー待って、どうしよう」
私に出来ることを考えろ。そう、私に出来ることを。医療物資がないのならば、私のドレスでも破って止血する? でもそれじゃあ根本的な解決は見込めない。ならば何を……そうだ、私には異能がある。何か応用できる異能の種類、あるいは新しい異能の使い道を……。
「そういえば、あの不死身になるみたいな青薔薇の術って他人にも使用可能なのかしら」
炎でいけば他人に燃え移っても消えはしない。私が消そうとしない限り、あるいは水や風の圧力がかからない限り。それを基準でいけば青薔薇も使える、の、かなぁ。でも、私の時みたいに過去の苦しい現実を迎える強さが求められるのならば、助ける代償と命の二つと引き換えにそんな運命を一方的に押し付けることになる。ましてや相手が獣のこの状況、本当に助けて欲しいのかが分からない。意思疎通が出来ないっていうのは難しいなぁ。あ、聞けばいいのか。全く、ギャングウルフはこちらの言葉が分かるっていうことを何回忘れるんだろう私は。
「助けて欲しいならば、唸って?」
私の問いかけに、ギャングウルフはやや遠いところで横たわったまま目をこちらに向けた。威嚇中はハリネズミみたいに毛の一本一本が鋭く逆立つと聞くけれど今はそれがないから本当に私を認めてくれているのかもしれない。
『くううぅ、ん、ぐうう、ん』
体が弱っているにも関わらず、私の問いかけにきちんと返してくれた。これで、相手が助けを求めていることは明白になった。あとは私がそれに応えるだけ、なんだけれども。
「近づくわね」
一言断って、その赤い体躯に触れられるくらい近づいた。そっと指を伸ばして、血を拭ってあげるように触った。『くぅ』と鳴いたけれど嫌がっているようには見えなかった。
イメージをしよう。無敵の青薔薇を咲かせるイメージを。血みどろの哀れな狼に指先を触れさせたまま、脳裏に薔薇を思い浮かべた。心にあるのはただ一つ、ギャングウルフを助けたいという思いだけ。私と狼、その二つの生命体が被った血の匂いが辺りに舞っている気がした。竜の血の匂いは蒼竜、白竜、翼竜など数種類のものが混ざっているためどんよりとしていて鼻をつんざくみたいだった。それに比べて狼の血の匂いは姿そのものの儚さと清らかさ、絶対王者のようなその風貌を表すかのように澄んだものだった。
目を閉じていることもあって、余分なものが視界に入らない。段々と何もかもが澄み渡っていくように思えた。鳥肌が立つみたいに意識が強くなっていく。灰色の毛に触れた指先へと、力が流れ込んでいく感触がある。すぅっと晴れ渡る脳内。自然と動き出す、唇。
「青薔薇よ、咲いて」
それは命令じゃない。ただひたすらにギャングウルフの命を助けたい故に出た、我が異能へのお願いだった。
そして瞼を締め切っている私には分からないことだったけれど、その時、一輪の巨大な青薔薇が私と狼を包み込むようにして咲き誇った。
『くぅ』
小さく狼が鳴いた。目を閉じたまま「大丈夫」とだけ短く伝えた。それだけで十分だったのか、頭の良いギャングウルフはそれ以上何も言わなかった。
気がつけばそこは夢の世界……ううん、精神世界だった。何もない真っ暗な空間に私と銀狼が距離を保って宙に浮かんでいた。互いの距離は数メートルはある。重力が効かないみたいな感覚で、銀狼へと近づこうとしても体が重くて進めない。腕をばたつかせても、まるで水の中を行っているみたい。
銀狼はというと、意識はあるようだし、ここが偽物の世界だからか出血は体に纏わりつく赤だけだった。現実より楽そうではあるが、きっとこうしている間も時間は進んでいて現実の体は痛んでいるんだろう。
「ギャングウルフ……!」
あちらがこちらに向かって走ってきてくれれば、少しは近づけるはず。私なんかよりもギャングウルフの方が足は早くて強いのだから。
そして、何よりも。
この真暗闇の世界。何だか既視感があった。そう、あの真っ白の部屋、謎の女の声が聞こえてきた時と同じ。ああ嫌だ。少年の顔が背後にちらつく。今はそれどころじゃないのに。
もしも、もしも、あのギャングウルフに辛い過去があったとして。それを今から狼が乗り越えるなんて試練があるとすれば、私はどうすればいい? そもそもこの世界はどうやったら終わるんだろう。直感で開いてしまった精神世界だから、傷を治すっていう用途で合っているのかも分からない。分からない。分からない。体が進まない。辛い。間違えていたらどうしよう。分からない。分からない。これは正しいのだろうか。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。分からない────────。
『ウォオオおおおおおおおおおン!』
その時だった。大きな遠吠えがこの空間を支配して、そして私の意識を攫って行った。
「そうだわ、今はまず、ギャングウルフの側に……っ!」
私を信じるようにこちらを見つめて傷だらけの足を必死に動かして走ろうとしている灰色の狼の痛々しい姿。守れなかったのは民と王都の街並みだけじゃない。そこに住む動物、自然。生命全てだ。だから今は、目の前にある命を救うんだ。
そして胸を締め付けるようなあの姿を、私はこの黄金の目に焼き付けなければならない。
そうして全ての力を込めて互いに走り寄った時。ようやく、私の指先が、ギャングウルフの黒い鼻の先に触れた。その瞬間、無重力という名の鎖から免れたように体がふっと軽くなった。もう、自由に動ける。
「もう平気よ」
鼻から顔、そして赤に塗れた体へと手を進める。生命を司る女神に変わって、その全てを抱き留めた。命すらも、繋ぎ止めた。
「君は死なない」
暗闇が晴れていく。相手の体に触れることが、この世界から放たれる条件、そして相手を癒すことの条件だと悟った。相手が獣だからかもしれないけれど、幸運なことにトラウマの再演はないままだった。
「私が、死なせない」
そうして目が覚めたのは、今度こそ現実世界。あたりは一面の青だった。私とギャングウルフは今、青薔薇の中にいるのだ。
『くぅうん』
座り込んでいる私のドレスに顔を乗せるようにして眠るギャングウルフ。先ほどまであった傷はすっかり治っていて、出血の後が残るばかり。とはいえ五分くらいは疲れと慣れない異能の影響のせいで眠っていることだろう。
両の手を見つめた。竜の血と狼の血が混じって不思議な色合いを出していた。
その色の鮮やかさが、目に染みる。
「殺してばかりの私でも、救える命が、あるのね」
この間短編小説を投稿しました。
「殺人的なハッピーエンドで生きていく」です。ぜひどうぞ。




