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竜害始末

お久しぶりです、すみません。


 私は、夫ヴィルヘイム王子が竜の死骸を燃やし灰と化す光景と、義弟に当たる第三王子ラクレス・オーランドが残っていた翼竜を全て倒して血塗れになっている姿を眺めていた。何もかもが、時が止まっているかのようにゆっくりとして見えた。捉え方を変えてしまえば、私だけが流れの遅い世界に取り残されたようでもあった。

 剣を下ろすと、小さな粉のような何かが光り輝いてそれを纏い、最初から何一つ存在しなかったかのようにして重みを失い宙に消えていく。


「ああ、そうだ、あの子たちは、無事かしら」


 ようやく大事なことを思い出して、掠れた声で呟いた。竜を殺そうとここへ来たのはあの子たちの存在が大きいのに、今の今まで忘却しているとは、なんてことだろう。

 ララミラの怪我は致命傷ではないけれど、万が一逃げる過程であれ以上の怪我を負っていれば死に繋がってしまう。キャサリンはひどく怯えていたし、ラナは心ここに在らずだったし。セイラだって、無理をさせてしまった。そう思って、裏庭へ向かって歩き始めた。裸足だから、竜の灰が足裏に伝わる。その温度の無機質なことと言ったらもう、例え様もないくらい。ただ、その熱を奪ったのが数十分前の私であることだけが真実だ。


 草と灰と、地面に移ってしまった炎の微かに残る熱を感じながら進む。眼前に聳えるノストラダム宮殿は見る影もない。さすがの要塞宮殿を持ってしても、地上を伝ってやって来る敵は防げても何処からともなく空からやって来る竜は防ぎきれない。火災が起きていないだけ幸いだった。相手に白竜以上の竜がいればどうなっていたことか。


「そういえば、どうして竜がここに………」


 アストレア王国の時は、あくまでも推測だけれどきっと、クレアの家系が自らの領地にいる竜を素通りさせたことと、どこかで見つけた白竜に喧嘩を売っておいたことが原因だろう。けれど、オーランド帝国でそんなことをする人がいるのだろうか。竜害の指揮はそのほとんどがヴィルヘイム王子やラクレス王子といった王族であり軍人である人が行っている。討ち漏らすとは思えない。


「誰かが、呼び込んだ……?」


 となれば、軍人以外の誰かが白竜に喧嘩を売ってきたのか。恐れ知らずというか何というか、とりあえず愚かしい。


「……………アグリア姫」


警戒心を孕んだ低い低い声音に呼び止められる。ラクレス王子だ。竜の血の匂いが漂ってきていて、王女を呼び止められる姿ではない。けれどまあ、血みどろなのは私も同じか。


「どうかされましたか」


「裏庭へ、行くのだろう」


 第二王子クレイグとはまた違う警戒をされている。兄がどうこうではなく、多分普通に疑われている。ぎょろり、と紫色の双子の瞳がこちらを見ている。ヴィルヘイム王子のような人形顔ではなく、これは、怒り顔しかできないタイプだろう。どうしても素っ気なく見える作りだ。


「ええ。ララミラが怪我をしているはずだから」


「そうか。オレはクレイグ兄さんに会うからな、同じ道だ、付いて行くぞ」


 監視するぞ、と言ってくれればいいのに。


「お好きにどうぞ」


 どのみち断っても意味はないのだろう。私は特に気にすることもなく、彼の隣を通り過ぎた。二秒ほど後、後ろを付いてくる足音が聞こえ始めた。


「遠くから、薔薇が見えた。アグリア姫の異能だろう」


 青薔薇、かしら。あんな禍々しいものを咲かせた《聖女》なんて歴代をどれほど遡ってもいないだろうから、質問攻めにされるだろうか。


「ええ、そうね」


「第三王子として、民を守ってくれたこと、感謝しよう」


「どういたしまして」


 裏庭へ近づくにつれて騒がしい声が聞こえ始めた。宮殿の影に隠れて少しジメジメとしている、それでいて森へと続くため爽やかな空気をもたらしている場所だ。何名かのメイドや執事が慌ただしく布や救急セットを運んで走り回る中、一人どう見ても位の高い服を着た少年がいた。動揺しながらも冷静に事態に対処しようとしているのが、彼の飛ばす命令や態度から伺える。さすが第二王子ともなれば、ある程度の心構えは日頃からしているのだろう。ここは竜害の多い国で、軍事国家なのだから。


「その上で、告げよう」


 兄を見つけたことで足早になったラクレス王子は、これまた低い声で忠告をもたらす。


「その力がオーランドを脅かすならば、たとえヴィルヘイム兄さんがアグリア姫を守ろうと、オレはお前を殺す」


 覚悟を決めた者だけが吐ける言葉だった。国のために取る最大の牽制で、《聖女》持ちへの最低限の憐憫。


「────ありがとう」


 私のお礼は、偽物でもお世辞でもない、本心だった。


 ──復讐に狂ってしまっても殺してくれる者がいるなら、悪くない。


 私の返事を聞き届けたラクレス王子は何やら複雑そうな顔をすると、すぐに頭を振って目の前のことに集中を始めた。


「クレイグ兄さん、状況は」


 メイドの一人に残りの物資の確認を頼んでいたクレイグ王子のもとに、ラクレス王子が気さくに声をかける。やや気だるそうなのは長旅と戦闘で疲れたせいだろうか。ぐたりと兄の肩に腕を乗せて休憩しながら話を聞くラクレス王子はクレイグ王子よりも背が長いから、こうしているとどちらが年上か分からない。


「ヴィルヘイム兄さんが竜をなんとかしてくれているから、ガンド訓練場の方はすぐにまた使える様になると思う。宮殿も窓が割れたくらいで、室内を片付ければいつも通りになる。問題は、怪我人だな。さすがに宮殿で働く者は多い。これだけの数、それも怪我がなくとも今回の件がトラウマになった人もいるだろうし……王都の方と、あと竜がここに来るまでに通ってきた街の方とも連携を取らなくちゃ」


 それに加えて、王都の怪我人全員を治療出来るほど医者がいない、場所がないという問題や、家が崩れた人の仮の住処の確保、食料の確保が難しいという問題。白竜の凍てつかせる炎や蒼竜の普通の水では消せない炎が面倒という問題もあった。クレイグ王子の頭の容量はとっくにパンクしていて、後一つでも問題が増えればどうなるかという状況。


「クレイグ王子! ララミラ様の意識が戻られました!」


「クレイグ王子! こちらの方が亡くなりました!」


「クレイグ王子! 包帯のストックが少ないため、街から持って来なくては……」


 あらゆる朗報と悲報、報告が裏庭を飛び交う。クレイグ王子は頭を抱えると、私たちに言った。


「アグリア王女はララミラ嬢のところへ。ラクレスは王都を頼む。それから、使える医療品を持ってこられそうなら持ってきてくれ。あと、医者と怪我人の誘導も」


「了解した」


 頷くとほぼ同時にラクレス王子は走り去っていった。台風のような速度だ。私はというと、ララミラのいる奥へと向かう。宮殿から運んだ小さなベッドに一先ず寝かされているようで、かろうじて目が開いていた。こちらに気がつくと力なく指を動かして、こっちへ来てと言っているようだった。


「アグリアお嬢様! 血が!」


「安心しろ、返り血だ。それより具合は」


 まだ声を出すと腹部が痛むため、隣に座るセイラが容態を教えてくれる。セイラは髪こそ乱れているものの、私が無事であることをその目で確認してホッと胸を撫で下ろしていた。


「安静にする必要はありますが、命に別状はありません」


「そう、良かった」


 ラナの姿は見当たらなかった。セイラ曰く、いつの間にか何処かへ行ったと言う。恐らく貴族として別の場所で保護を受けているのだろう。アランもいなかったけれど、人手が足りないからと重い物や怪我人を運ぶことに駆り出されているらしい。


「それじゃあ私は王都へ行ってくる」


 ララミラの無事は確認したのだし、今は《聖女》、いや、《魔女》として生まれ変わったのだったか。とにかく、異能を役立てなくては。たとえ、復讐を糧とする呪われた力だとしても。


「もうですか!?」


 もう少しここにいてくれ、休んでいってくれ。そんな主人思いの切実な願いを込めた瞳を向けられる。けれど「うん、そうする」とは言えないのが異能持ちである。


「ごめんね、セイラ」


 これ以上止められると、さっき決めたばかりの覚悟が揺らいでしまう。全てを私が守るのだという覚悟が。だから私はそんな懺悔にもならない言葉を残すと足早にその場を立ち去った。


 今の私は空を移動できる。空からの視点を生かして、地上の人に指示を出して……。


 そんな計画を立てながら、私は地面よりもやや高い位置の虚空を踏み締めた。私の願いに呼応する様に、何もなかったその場所に花の階段が咲いた。それを駆け上がりながら、それなりの距離の先にある王都を目指した。


 相変わらず裸足のせいで皮は剥がれかけて痛かったけれど、踏んだ花びらは私の重みの全てを受け止めて無重力へと変換するかのように柔らかかった。


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