死滅する竜の戦線
青薔薇を咲かせて外界を目にした私の周りを、化け物に出くわしたかのようにゆっくりと相手の出方を伺いながら四体の蒼竜と二体の白竜が囲う。しかしそこに意味などなかった。今の私はもう無敵。怖いものなど………何もない。
「咲き誇れ、悪逆の華!」
大地を駆ける声でそう叫べば、私の頭上には赤い光を放つ巨大な魔法陣が生まれ出た。古代文字も刻まれている。ちょうど、私が踏み場にしている青薔薇と同じくらいのサイズの陣だ。時間としてはゆっくりと現れる攻撃だったけれど、竜たちは時が止められたかのように魔法陣を見つめるだけで動かない。いや、これを魔法陣と言っていいのかは分からない。これは魔法ではなく異能なのだから。
初めて使う力にも関わらず、自然と私は右腕を上に伸ばした。先ほどまでの腕の痛みは嘘みたいにすっかりと無くなっている。これも青薔薇の力か。
ひゅうん、という音が聞こえてきそうな雰囲気を漂わせる魔法陣から、数多の棘と赤い薔薇がぬるりと生えてくる。やがてそれは花開き、そこからまた何かが生まれ出る。剣だ。血のような赤いラインの入った黄金の剣。神話の英雄が持っていそうな程に高価で良い品だと分かるけれど、それにしても禍々しいのは《魔女》故に、だろう。
誰も彼もが息を呑んで上空のその光景を眺めていた。《魔王》を持つ者たちですら、立ち尽くすことしか出来ない不可侵の戦場となっていた。
ご丁寧にこちらに柄を向けて降りてくる剣を握る。巨人が使うのかと言いたいくらいのサイズの剣だった。しかし、手にすっぽりと収まって握りやすいそれは、同時に振りやすくもあった。
「終わりだ、忌々しき竜たちよ」
区切りをつけるようにそう告げる。竜たちは危機を感知して飛び立とうと、あるいはこちらに攻め入ろうとしたけれど無駄も無駄。私が剣を薙ぎ払う方が速かった。特に竜の体を掠ることもしない刃だったけれど、怪しげで酷く魅力的なその赤いラインから漏れ出た、剣を抱くように纏わりついている炎による熱風とでも閃光とでも言うべき何かが竜たちを斬っていく。
──グウアワアアアアアアァァァァアアアアアア!
──キィエエエエエエエエエエエエァァァエエエッ!
──グゥあアィエエエァエエエエエイアェァア!
阿鼻叫喚、悲鳴が織りなす地獄、それがこの場所だった。
たった一振りで、白竜一体と蒼竜二体が炎に包まれてガンド訓練場の敷地へと落ちていく。燃え尽きることなく落下した死骸は、灰にはならずにドシンという音を立てて地面に激突。落下ダメージを受けた死骸は死してなお追加で傷ついている。哀れだが、仕方ない。
「残りは三体」
一気に敵の数が半分になった。この調子ならば、もうあと五分もかからない。よそ見をしたって勝ててしまいそうだけれどその場合力加減を間違えて王城を巻き込んで攻撃してしまいそうだから真面目を突き通すこととする。
青薔薇から出ることなく、もう一振りする。流石にこの間に三体の竜はバラバラの方向へと飛んでいっていたから、まずは残った一体の白竜から倒していく。白い炎を吐いてくるけれど、それを上書きするかのように文字通りの熱量で押し切って、むしろ白竜の頭部に光の斬撃による十字マークの傷ができた。たとえ骨となったって、この個体だけは消えることないその戦傷から認識できるだろう。
相殺して弾き返されるだけでなく、火力を上げて迫ってきた私の剣による紅蓮の炎に驚くばかりで反応も悲鳴も上げられない白竜は、数秒もなく死亡、風に吹かれてガンド訓練場の隅の方へと消えていった。
さて、あとは蒼竜が二体だけ。今の私からすれば、朝飯前といったところか。
「散れ」
短い言葉と共に振り払われた剣先が、蒼竜を真っ二つに切り裂いた。なんとも言えない色の血が吹き出す。それは、色鮮やかな噴水のようだった。あまりにも容易く、そして呆気なく散っていくからこそ、美しい竜の命がそこにあった。一度戦うことを誓ったのならば何があっても退かない誇り高き上位竜の死に際としては相応しいラストだとも捉えられる。
そして、最後の一体。もはや勝つことができないと悟ったのだろうか。竜の遠吠えは声高らかで儚い響きを戦場に残した。それを綺麗だと思いながらも、なお情は一切かけない。情けをかけられるなど、彼らとしても恥だろう。
遂に竜がいなくなる。
青薔薇の上に取り残された私は剣の切先を天に向けて、叫ぶ。地上にいる国民、戦士、王族。そして遠くにいる竜に向けて。
「我が名はアグリア・オーランド! 今日を持って、《聖女》は《魔女》へと生まれ変わった! 我が異能に賭けて、ここから先の未来、何者も竜に脅かされないことを約束する!」
青薔薇はオーランド帝国の象徴。これは偶然であり、運命だった。だからこそ、英雄譚が始まるような興奮を、憔悴した人々の心にもたらした。
「全ては我が名の下に! 命運は我が剣の元に! この私が在る限り、勝利は我々と共にある!」
竜の血に塗れた私。遠くはあるが、その姿は地上の人間からも見える。なにせ、私の立つ青薔薇からはおびただしい量の竜の血が滴っているのだから。故に彼らは感じてしまった。
──高揚感だけじゃない、恐怖心を。
そして、高揚感以外を覚えているのは、一般の国民だけには留まらない。
「嗚呼………」
それは嘆きか痛みか。少なくとも、諦めではなかったように思われる。
「俺はいつまで、弱いままなんだ………」
己の弱さへの憎しみを溢すのは、赤薔薇に負けない燃えるようなワインレッドの髪を後ろにかきあげた透き通る碧眼の《魔王》だった。
そんな夫の思いも知らず、過去と死から決別して竜を倒した私は、空いている手で、頬に付着した竜の血を拭った。頬が綺麗になるたびに、その代償とでもいうように拳が赤色に穢れていく。何を思ったか分からないけど、拳を口元に持ってきて口付けをしてみる。竜の血も灰も人に害をなさない。甘くも苦くもない、虚無の味と真紅の色が唇を支配した。
どろり、と花弁から地上へ血の塊が流れていくのが視界の端に見えた。数秒後に、べちゃりと地上で音が鳴るのも聞こえる。
──これで私は、無敵だ。
──何もかも、私一人で、守れるんだ。
今思えば、ガンド訓練場での異能試合にてアグリアが兵士相手に威力及び火力の調整について「相手は人間だから」と考えすぎていたのは、ギデオンを殺してしまった一件を無意識に引きずっていたせいかもしれませんね。




