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偽物のエデン

Twitterをしています。感想あったらそちらでもいいので欲しいです。


 六歳の誕生日パーティを無事に終えた私は、それからの日々も同じくらい幸せに、平穏に過ごしていた。何事も起きない日々。退屈と言えなくもないけれど、不穏よりは良いだろう。


「アグリア、ギデオン」


 ある日アランが本を読む私たちにそう声をかけた。私は異国を旅する姫君の本を、ギデオンは算数に関する本をそれぞれ読んでいる。本の好みとは実に性格が出る物だ。


「ガラティス様が街に出ていいって言ってくれたぜ」


 アランは出かけるのが好きだ。晴れでも雨でも曇りでも関係なく、とにかく動きたがる。ある意味働き屋さんなのかもしれない。まあ、雑用は嫌いなようだが。……ん? それって働き屋と言えるのか? まあいいや。


「私、新しい本が欲しい」


「ぼくは使いやすいノートとか、あと美味しいお菓子が欲しいかな」


「オレはアレだな、カッケェ剣だな」


「先月も買ってなかった?」


 アランはしょっちゅうと言っていいほど武器を買っている。先月は短剣を二本買っていたはずだ。アレはどうしたのだろうか。


「あー、アレな。アレならオヤジとの訓練で壊れたわ。マジで手加減しろっての、オヤジ」


 苦い記憶でも思い出したのだろうか。暗殺者になるという確定した将来がある彼に、その父親のダグラス・ローレンはよく稽古を付けている。ただ強くしたいと言うよりは、未来に起こる戦闘で死んでしまわないように強く育てたいのだろう。それが子への最大の謝罪に違いない。暗殺者の子として産んでしまったことに対する謝罪に。


「負けたのか」


 ギデオンは歯に衣着せぬ物言いでそう告げた。アランは図星を突かれたように苦い顔をする。


「オヤジに勝てる奴なんて、この世に存在しねぇって。……子供相手に半分本気で来やがって。いつか倒してやる」


 ラストはやや低い声で言い放ったアランだったが、すぐに元の話題へと戻ろうとする。


「で、早く街行くぞ」


 それから私たちはそれぞれの部屋で支度を済ませ、屋敷の玄関で待ち合わせることにした。一応執事二人が荷物持ち兼ボディガード兼馬車を引くために付いてきてくれる。ありがたい話だ。

 そうして三十分後、私たちは合流した。屋敷の前に待たせてあった馬車に乗り込む。執事二人は室内ではなく、御者台に座っている。二月に入るこの季節では寒いだろうが、誰かが馬を引かねばいけないのだから仕方ない。雪が降っていないのは幸いだった。私とギデオン、アランの三人はといえば、暖かいとは言えないものの寒くもない馬車の中で、街へ着いたら何を買うか話していた。ところがその道中、ちょうど街へ着く頃だ。異変があった。


「竜だな。アグリア、ギデオン、伏せておけ」


 真っ先に反応したのは、窓から外を覗いていたアランだった。執事二人も一度馬車を止め、事態に対応しようとしている。竜は二体の翼竜だった。その個体数の少なさから推測するに、恐らく群れから逸れて街の方へ来てしまったのだろう。街は美味しそうな食べ物の匂いや騒がしい音でいっぱいだから。


 「大丈夫?」


 私が黙り込んだことに、ギデオンが反応してそう問いかけた。けれどそれは杞憂であり愚問だった。なぜなら私は竜に対して緊張も恐怖も抱いていなかったから。まだ六歳で、竜と戦ったことはないというのに不思議と落ち着いていた。いいや、もはや安堵していたと言った方が正しいのかもしれない。それくらい、自分でもよく分からない感情に抱擁されていた。突如として現れた竜によって、街は混乱し、兵士もやって来ている。そうして平穏が、日常が、壊れていく姿を私はほっとした面持ちで見つめていた。なんだか、これが私にとっての『普通』な気がしてきたのだ。おかしな話だった。こんな日常があってたまるかと、アストレア王国国民がピンチだと、焦るべきなのに。


 それでも。


「平気よ、ギデオン」


 おっとりとした声でそう答えた。ギデオンがこちらを心配そうに見つめているのを感じながら、それでも窓の外を眺め続けた。翼竜の翼が美しく、街が蹂躙されかけている光景が懐かしく思えた。ここではない何処かで、同じような体験をした気がした。前世とやらだろうか。そんなもの、信じてはないけれど。


 日常の崩壊に親しみを覚えると同時に、もう一つ、別の感情が浮かんでいた。それは、『私の居場所はここではない』というものだった。そしてどういうわけか、理論も根拠もないその感覚に心が惹かれていた。


 兵士たちが本気を出して街を守っている。砲弾を飛ばし、竜を撃破しようとしている。その甲斐あって、一体の竜が近くの森に墜落した。落ちた場所が街でないのは幸運だった。誰も下敷きにならずに済む。そして私はこう思う。『あの役割は、私のものだわ』と。竜殺しの役目は、私が引き受けたいと。


「ねえ、ギデオン」


 口が勝手に動いていた。私ではない私によって、意思に反し、思いに反することなく、知らない何かを紡ぎ始めた。


 ──気がついてしまったのだ。


「なんだい? アグリア」


 ギデオンが首を傾げるのと同じタイミングでもう一体の竜が翼を暴れさせ、兵士を吹き飛ばして見せた。と共に、やっぱり私でなければ竜は倒せないのだという、自信と自虐意識が生まれ出た。何度も言うようだけれど、六歳の私は竜を倒したことも出くわしたこともないのに。


「あなた、どうして生きているのかしらね」


 外を見守っていたアランがこちらを向いた。暗殺者の卵として、異変を感じたのだろう。私に訴えかけるような視線を寄越している。


「おかしいわよね、私、あなたを殺したはずなのに」


 喜びの声でも、悲しみの声でもなかった。淡々と事実を紡いでいた。それでも、確かに、わずかに声音は震えていた。


「殺してからの日々、何度も自殺を考えたわ。それでも死ななかったのは、死んでしまったらそれまでの犠牲も誰かの覚悟も無駄になると理解していたから」


 急に大人びた口調で自分達の知らない何かを語り出した私に、ギデオンとアランは薄気味の悪さを感じて背筋を凍らせた。勘の鋭いアランは、私の様子が演技ではなく本気であることに気がついただろう。


「白い部屋の女に問われたわ。死を乗り越えてでも叶えたい夢はあるかって」


 残された一体の竜はまだ暴れ続けていた。街の住民の避難はある程度出来ただろうけれど、これでは死者も出ているに違いない。


「その時は戦うことが義務であり責任だと答えたけれど、ようやく見つけたわ、私の夢。私はね、ギデオン。多分あなたに許されたかったのよ。世界の全てに許されたかった。可愛らしい令嬢としていられない頑固なこの性格。喧嘩を売ってばかりの生意気な口調。そしてそれが許されてしまうほどの強さ。友人を殺した罪も何もかも、許されたかったのよ」


 ギデオン殺しになった当時、自傷行為を繰り返し、さらに悪夢を見るくらいには、その罪に囚われていた。それからの日々は周りに迷惑をかけないように強がってみせたけれど、ずっと囚われていたに違いない。


「でもそれは駄目ね。どれだけ願っても過去は変わらない以上は受け入れなくちゃ」


 だからね、ギデオン、と。そう言った時の私の顔がどうだったかは分からないけれど、ギデオンがこちらに手を伸ばして、頬を流れる液体を拭ってくれたことから推測は出来る。

 アランは私の行動の理由は分からずとも、何をするのかに気がついて手を伸ばした。


「アグリアァァァァアアアアアッ!」


 悲痛な叫びだけが響く。

 その手は結局、何もつかめなかった。


「私、ギデオン殺しになるわ」


 幾度となく悪夢に(さいな)まれ、幾度となく後悔した殺人。その道を私は選んだ。もう、後悔はしないと思った。この夢の世界で友が笑っていても、あの現実の世界で友が蘇ることはないのだから。ならば私は受け入れたい。仮初の世界ではない、現実世界の殺しの罪を背負いたい。それが死んでしまった彼への(はなむけ)だ。


 少しだけ伸ばした私の手から、淡い赤が漏れ出した。異能《聖女》だ。熱を帯びた指先から出たそれは、具現化して、すぐに鋭い炎となった。光の矢のような細く強大な炎はギデオンの心臓を貫いた。何が起きたか理解することなく絶命したギデオンは、笑っていた。その場に残されたアランだけが、呆然としている。謝ろうと思ったけれどかける言葉が見つからなくて、私はそのまま馬車を出て街を向いた。最後にギデオンの指が頬に触れていたせいで、その熱が離れなかった。


 寒空を浮かべる空とは違って、妙に鮮やかな青が足元にあった。深く濁って、けれど綺麗で透き通る青だった。それは濁流のように私を溺れさせようと迫ってくる。これが夢の終わり方なのだと悟った私は最後に力を指先に込めた。右人差し指から溢れた炎が、遠くにいる竜を貫き燃やす。突然死んだ翼竜を見て兵士たちが胸を撫で下ろすと共に誰が攻撃したのかと違和感を感じているのが見えた。


 遂に、青が私を沈めた。夢の世界が崩れていく。視界が霞むその時、最後に目にした光景は、馬車の中で眠るギデオンの亡骸だった。凝視するように開かれていた濃い青の瞳は、アランの手によって静かに閉じられていた。これで安らかに眠れるだろう。一つに結んだ長い金の髪には、赤い血が付着している。どくどくと心臓から止めどなく流れている彼の血だ。さらに言えばその指には、彼が拭ってくれた涙が残っている。

 ギデオンのそばにいるアランがこちらを向いている。どういうわけか、私は沈みゆくのに、彼らは何一つ溺れていない。アランは私を、睨みつけるように見ていた。同情と哀れみ、憎しみと憎悪が混ざりに混ざった黄金の瞳だった。


 ──アラン、私あなたに謝るわ。理由はどうあれギデオンを殺したのだから。


 その思いがこの世界のアランと現実世界のアランのどちらに向けたものなのかは私にも見当がつかない。でもどちらにせよ同じことだと思う。


 ──あの頃とは違って、慰めて許してもらう為じゃない。純粋に、心から、謝るわ。


 心は決まった。確実に決まった。もう誰が相手でも、どんなに優しい言葉を投げられても、この決心は揺るがないと分かる。


 ──さよなら、私の破壊者(ギデオン)


 そして何も見えなくなった。水に浮かぶ感覚の中で、赤子のように膝をぎゅっと抱え込む。長い銀の髪がゆらゆらと水に揺れる。いや、厳密に言えば水ではなくただ青いだけなのだけれど、でも確かに揺れていた。


 これから私は、新たな異能を得るのだろう。声の主の女は言っていた。その力を得た時、聖女を辞めて魔女になるとしても、と。ならば次の異能の名は《魔女》だろうか。そもそもそんな簡単に異能を得られるのか、変更できるのか。できるとすれば《聖女》はもう使えなくなるのか。そんな疑問が浮かんでは消えた。


 どうなったって、私は私だ。全ての罪と責任、この強さを持って生まれた宿命を背負って前線で戦おう。たとえ石を投げられようと、気味悪がられようと、恐れられようと。この世の全ての、弱き人間たちの愚かさを愛そう。その愚かしさはきっと、私の罪よりも可愛らしいものだから。


『おめでとう、アグリア・オーランド』


 再びあの女の声がした。


『まさかこんなにも早くあっさりと、あの幸福な夢を終わらせるとは。そしてその終わらせ方が、二度目のギデオン殺しとは』


 青が変わった気がした。暗さを持った青になった。全身が濡れた感覚がして、重くなった。青のもたらす重みが変化したせいだろう。


救国の聖女(わたし)は祝福しよう。ここに、新たな英雄が生まれることを』


 重力に身を任せて、青の海を落ち続けた。先ほどまでいた幸福の夢の方へと伸ばす指先を折り、拳を作って留めた。


『その未来が、どうか幸福に溢れていますように』


 ぐん、と、私は現実世界に引き戻された。


『また会いましょう、《魔女》の使い手さん』


□■□■□


 現実世界で目を覚ました私は、青い薔薇の上に立っていた。あたりは一面の青だ。つまり私は、薔薇の中にいる。自分が立っている場所は地面ではなくておしべだった。何か、巨大な薔薇に閉じ込められているのだ。

 それを理解するのと時を同じくして、もう一つ理解した。竜がこちらを攻撃しているのだ。恐らく、あのおかしな空間に行く前、オーランド帝国で倒し損ねた白竜たちだろう。けれども鉄壁の花弁が攻撃を防いでくれている。


 ふと腕を見れば、刺青は落ち着いていた。花開こうとしていた薔薇の紋様はすっかり小さくなって、棘も引いている。それどころか身体中の傷も痛みもなかった。本当に、私は死を超越してしまったのだ。


「不老不死かは知らないけれど、戦闘においては困らないわね」


 これが新たな異能《魔女》の恩恵であることは理解した。そういうものなのだ。自分の力は脳に情報が流れ込むかのようにして分かってしまう。


 だから私は呪文のように言葉を紡いだ。


「青薔薇よ、花開け」


この話にはあらゆるポイントがあります。


1.アグリアが二人を指す時、アランよりもギデオンを先に言っていることが多いです。

2.薔薇の色もギデオンの目も青です。

3.アランのセリフが少ないのは、この空間がギデオン殺しのない世界ということで無意識のうちにギデオンへの干渉を増やしているから……?

4.アグリアは前と違い自己犠牲だけではなく、過去の罪の分を償うという考えを視野に入れています。心境の変化です。

5.アグリアが淡々と話しているのは哀愁漂わせているためです。感情的になる方が物語は盛り上がりがあって華があるかもしれませんが、この方が、夢の世界だから何も、現実も変えられない、ということを理解してしまっている雰囲気が出ると思いこうしました。


以上です。他にもありますが、このくらいにしときます。話し出すと長いので笑。

読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m


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