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心が割れる音10

X(Twitter)始めました。ペンネームと同じく六波羅朱雀という名前です。小説の更新や小説関連について呟けたらと思います。ぜひチェックを。


ついさっきまでインクをこぼしたみたいな暗闇だった景色が、一気に晴れて見えた。


『ねぇ、ギデオン。私、異能をちゃあんと使えるようになったのよ?』


誰かがそう言った。

知っている声と知っている台詞に、心臓が跳ねた。嬉しさじゃない。殺気を向けられた時みたいな、緊張感が走ったのだ。

見れば、晴れ渡ったこの景色に一つ、映像が浮かぶみたいにして光景が広がっていた。水面に自分が映るようにいつかのワンシーンが目の前で揺らいでいる。


まるで、転移したかのよう。

相手がじゃない。

私が、五歳のある日の、あの場所に。


□■□■□


『いいなぁ、ぼくも強くなりたいのに……』


色とりどりの花が咲き誇るその場所は、私の住んでいた屋敷の庭だった。


『かつての私』と『友だった人』は、こちらに気がつく事なく、私の記憶と同じように時を進めていく。


ギデオンと呼ばれた少年は私の一つ年上で、金の長い髪を一つに結び、濃い青色の瞳、身長は私よりも高くて剣術が得意だった。


『今でもじゅうぶん、強いじゃないの』


ギデオンは花を眺めながら、どこか遠い目をしていた。

そんな彼に幼い私は問いかけた。

今思えば、この問いの答えを聞いたあたりで私は気がつくべきだったのだ。


『………アグリアより強くないと、意味ないって』


小さく返されたその言葉の意味に。


ギデオンは、幼い頃からずっと一緒にいた存在だった。

三大貴族ほどではないけれど、それなりに大きな貴族家の息子だったから、年が近いこともあってよく遊んでいた。

私としては、忙しそうにする五つ年上のアレク兄様に代わる優しい兄みたいな存在だったけれど、彼は私を妹ではなく、恋愛対象として見ていたことに当時の私は気が付かなかった。


『おーい、アグリア! ギデオン!』


そこへ、もう一人少年がやって来た。

私が簡易ドレス、ギデオンが質の良い服を着ているのに対し、簡単なシャツと半ズボンに身を包むその子は幼い頃のアラン・ローレン。


『昼飯の時間だぞぉ〜!』


遠くから駆け寄ってくる彼は、今ほどではないけれど、誰にでも好かれる容姿を持っていた。同年代の女の子の間ではモテていたし、使用人の子という身分でありながら貴族の娘から恋文をもらっていることも多かった。

そんな彼もまた私が生まれた時から一緒にいた一人なのだから、自然とこうして三人で遊ぶことが多かった。


『ちょうどお腹が空いたところだったの!』


小さな私はそう言って、駆け足でアランの元へ寄る。


『お前はいつでも腹減ってるだろ』


呆れ顔で笑うアランは、妹を可愛がるみたいにして私の頭を撫でた。

そんな発言に対して、何だか揶揄(からか)われているように感じた私はムッと頬を膨らませるけれど、四つも年上のアランには身長でも力でも敵わない。結局、話題を変えるようにして、後ろにいたギデオンに向けて叫ぶのだ。


『ギデオン! はやくいきましょ!』


その時のギデオンが、仲良さそうにする私とアランを見て嫉妬を孕む目をしていたことに、やっぱり私は気が付かない。


『うん』


それでも、ギデオンはすぐに笑ってみせて、私たちの後を追いかけるのだった。


□■□■□


回想の一幕を終えたらしく、水面に水滴が落ちた時のようにして過去の映像は消えた。


またしても暗闇に包まれ、私は立ったまま動けない。


ずっと消していた、見ないふりをしていた。

誰もが私のために話題にすら出さなかった。

アランも、お互いの家族も、使用人も。

そんな記憶が今、目の前で生々しく蘇って、私の心は攻撃されていた。


──さっきの部屋の女が言う覚悟ってのは、こういうこと?


──過去に打ち勝たなきゃいけないってこと?


この記憶の後何が起こったのか、私は忘れてはいない。

忘れられないからこそ、忘れたことにしていたんだから。


──もしそうだというなら、私は。


私は、勝てない。


大切な友との儚くも美しい思い出に打ち勝つなんて無理だ。

残酷で非常な世界が寄越した結末を受け入れることは断じて出来ない。


──どうなって、しまうのだろう…。


敗北を覚悟した時、またしても暗闇で水面は揺れた。

白く光り輝いたのち、今度は私の六歳の誕生日が近づいていた頃の記憶が映った。


□■□■□


誕生日が近くなるに連れて、誰もが忙しそうに働き出す。そうなると私は暇だった。当時はまだセイラとも出会っていなかったし。仕事をしている使用人たちに声をかけるのはやめた方がいいかな、と子供ながらに気を使って一人、部屋で本を読んでいた時のことだ。


『アグリア〜、入るぞ』


ノックをしながら部屋に入って来たのは、アランだった。


『これ、新しい本が届いたって、カイさんが』


カイというのは使用人の一人だ。本の新刊が出たら持って来て欲しいと頼んでいたのを彼は覚えていてくれたようで、アランに持たせたのだった。


『ありがと』


手に持っていた、もう何度も読んだ本をテーブルに置くと私は今届いたばかりの本をさっそく読もうとする。

そんな私の隣にドカリと座って、アランはテーブルに置かれたクッキーを食べながら話し出す。正直、他の人ならば、恐れ多くて貴族の令嬢相手にこんなに図々しくはなれないものだし、アランもたまに大人に怒られているけれど私はその品のなさが嫌いではなかった。


絶対的に信頼できる、大人の言うことを聞くのではなくきちんと考えて自分の意思で行動する人。それが当時からの今も変わらないアランへの評価だった。それに、マナーとかいちいち面倒なのも理由だった。私は別に、友達相手に権力を見せびらかすつもりはないのだから。


『お前、本当に本好きだよなぁ』


その会話に、私は本を読みながら返していく。


『まあね。でも、アランも本を読むでしょう?』


『冒険小説とかは憧れるからなぁ〜。でも、勉強の内容は無理だ。今だって、お前が読んでるのは天文学に関わる内容だろ?』


『うん。主人公は師匠の影響で星が大好きになって、でもある日、師匠が謎のメッセージを残して失踪しちゃうのよ。その言葉の意味を知るために世界を旅して、最終的に新しい星を見つけるの』


『オレはふつーに、未知の場所を冒険する、みてぇなのが好きだな。遭難とか、迷子とか、転移とか』


『アランは才能はあるのに馬鹿だものね』


『うるっせぇなぁ〜。才能があるだけマシだろぉが』


『そうとも言うわね……というか、クッキー食べ過ぎよ』


『だってうまいんだもん』


アランはいつの間にか五つの袋を開けていた。一袋に二枚のクッキーが入っているから、十枚食べたことになる。


『当たり前よ。王都の有名なところのだもの』


『へぇ、やっぱ貴族が食べるのはお高いんだな』


『……使用人はこういうの食べないの?』


『食わねぇな。ま、たまにガラティス様とかがくれるけどよ……あ、もしかして、アグリアのために用意されたお高いクッキーだからオレは食うなってか?』


『まさか! 夕食が近いから注意しただけよ』


確か夕食の後、カイにクッキーを大量に注文するように言って、数日後、私の誕生日パーティのために働いていることへの礼として使用人に配ったんだ。


『お前は優しいよな』


私が使用人を気にかけていることを察したアランは、またしても揶揄うみたいにして私の頭を撫でた。金の長い髪がくしゃりとなって、私は『髪が崩れるじゃない』と怒った。半分は本気で、もう半分は照れ隠しだ。


でも、アランの手を頭から離してやろうと本から目を逸らした時、彼の金の目を見て思った。

ああ、アランは、私の行動を貴族様の金のかかる戯れだとかではなくて、下の者なんて気にしなければ地位も何も背負わずにいられて楽なのにって、気にかけてくれているんだと感じた。


ちょうどその時、ギデオンが扉をノックして入って来た。

アランとは違って、きちんとノックが終わってから入ったのだ。

私は『はーい』と返事をしたものの、アランの手はまだ頭の上だった。


『アグリア…って、お邪魔したかな?』


ギデオンがこちらを見て何を思ったのかは知らない。ただ私はなんか恥ずかしくて、アランの手を振り払って『しゃべってただけよ』と早口で言ったのだった。

私としては、五歳にもなって友人に頭を撫でられるのは子供ながらに、そして貴族としても恥ずかしかっただけ。けれど今なら分かる。ギデオンから見た私たちはきっと、九十九パーセント、戯れているところを見つかってしまった恋人みたいに見えたに違いない。


『それで、どうしたの?』


『ああ、いや、暇だったから話に来ただけなんだけど…』


『じゃあ座ってよ! 話しましょう!』


私たちがいたソファは二人用で、アランがギデオンのために退くわけもないから、彼は向かいのソファに座った。

そっちのソファも二人用だったから、今の私のように他者の視点から見ると彼の隣だけ空白なのが目立ってしまうように思える。


『そういえばアラン、君、また女の子に告白されたんだって?』


ちょうど十歳になるアランは、この頃から一気に人気が上がっていたように思う。使用人として、暗殺者として、普通の子供として。身体的にも成長し、必要な知識や技術も身につけた彼は自然な仕草をするだけで、たとえば髪を耳にかけるだけでも様になるから。


『ああ、アレな。貴族の娘だったから顔と名前は知ってるけど、特に接点のない人だったんだよな。なんで告られたんだか分からないね』


私とギデオンに対してはともかく、一通りの礼儀作法は仕込まれているアランはパーティで真面目に働く姿しか知らない令嬢に惚れられることが多々あった。

本人は興味ないみたいだったけれど。


『アランはモテるのに、全部断るよね。どうして?』


『どうしてって、そりゃ、ギデオン、お前は好きでもない、よく知らない子に告白されたらいいよって言うのか?』


『ああ、確かにそう考えると、断るかな………好きな子以外、どうだっていい』


『だろ?』


□■□■□


水面が揺れて、暗闇に引き戻される。


「今思えば全部、小さな子供のするアピールだったんだわ」


乾いた声で誰もいない空間に言葉を落とした。


最初の記憶の、私より強くなりたいのも。

私とアランが仲良さそうにしていると、少し拗ねたみたいになるのも。

アランが告白されたことを毎回話題に出すのは、私が最も仲の良い男子である彼に女の子が多いと印象付けるためだったんだと思う。


好きな子以外どうだっていいっていうのが、後で実行されるのだと知った上でこの記憶を見続けるのは、辛い。


もう遥か昔に感じられる、確かにそこにあった優しい日常。

その結末を知る私は過去の光を見せられた上で、この暗がりという現実世界に引き戻される。そしてラストに在る悪夢を待つ。


あと何度この地獄の作業を繰り返せば、終わりに辿り着くだろうか?


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