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心が割れる音08


私は咄嗟に棘を組み立てた。それを私の周りに生み出して、鳥籠を作るようにしていった。棘に紛れてたまに薔薇が開花している。あるいはつぼみの状態で混じっていた。そしてもちろん、その鳥籠に入っているのは私だ。竜から身を守るためだった。炎は防げなくとも、こうしていれば喰われることはないだろうから。


「うッ………いッッたい」


本格的に我慢できなくなってしまった腕の痛みを堪えようと唇を噛む。すぐに口内に血の味が広まった。腕の紋様はまた変わっていた。いつの間にか、小さなつぼみが加わったのだ。

そんな状態の私を竜は見逃さず、六体の上位竜は同時に炎を吐いた。

視覚的には冷たく、温度的には熱く、青の炎によって燃やされた私を、今度は白炎が凍らせた。

先ほどとは違って、体の全てが凍りついた。一本の氷柱(つらら)、あるいは氷で作られた人型の銅像みたいにして、鳥籠の中に立ち尽くす。息はできず、今にも死んでしまいそうなその瞬間でさえ死ぬことは許されず、淡々と思考は働いていた。


私の心は、ある意味、己を凍てつかせる炎よりも冷たかった。

右腕の痛みは吐き気がするほど感じたし、勝ち目があるかどうかももう分からなくなっていた。

でも、どういうわけか、そうなればなるほどに、竜を燃やしたくなったのだ。


──狂人というものは、こういうものなのかしら。


世の中にはスリルを求める人がいる。それが生き甲斐だという人がいる。犯罪者の中にもそういう人はいて、彼らは金銭的な欲求を満たすことではなく、人にばれるかどうか、捕まるかどうかという緊迫した状況を求めているのだ。軍人の中にだってそういう人はいて、彼らは生きるか死ぬかの戦場での駆け引きを楽しんでいる。


「まさか自分が、狂人とは、思わなかったわ」


もはや勝つか負けるかなど、さほど問題ではなくなっていた。竜を殺せるか殺せないか。それが重要だった。そして、どうせ死ぬならば道連れにしようだなんて思いが浮かんですらいた。


凍りついた体を動かすために、その思考を一つに集中させた。無論、炎を呼び起こすことだ。口さえ凍ってしまった状況下で、呪文を必要としない《聖女》はとてもありがたくて、頼もしかった。

私は体が焼けることすらいとわずに、とにかく炎を起こした。少しずつ体が動いてきて、氷は溶けていく。

指の関節を動かして、ギリギリ凍傷になっていないことを確認した。けれど、くしゃみが出る。風邪を引いたかもしれない。何度も凍っては溶かしてを繰り返すのだから、寒暖差は凄いことになっているだろうし。


そして残念なことに、先ほど私と共に凍ってしまっていた鳥籠も一緒に溶かしてしまっていた。燃えて塵となった棘はすでに鳥籠の形を保てておらず、またもや四方八方に竜がいることになる。


「咲き誇れ、火花!」


巨大な薔薇を咲かせて攻撃を防ぐ技だ。異能試合の時には右腕を突き出して発動させたけれど、今、その腕は上がらない。どれだけ気合を入れようと、思うように上がってくれない。筋肉が悲鳴を上げて千切れてしまったみたいな感覚だ。実際、そうなのかもしれない。ここまで無謀な戦いをしているのだから。むしろ、よく持っているほうだと思う。


ギィエエエエアエエエエエ!!


死者たちが苦痛と悲痛とを捻じ曲げて作った悲鳴みたいな咆哮を竜が上げ、炎を吐いたのは私が異能を発動させたのとほぼ同時だった。


数度凍てついたせいで血の感覚が薄れゆくこの身でなんとかして、三百六十度に薔薇を咲かせる。左右前後で合計四つの薔薇を咲かせるのではなく、私の頭上におしべが来る形だ。普段咲いている状態を逆さにして、私に蓋をすると言えば分かりやすいだろうか?

ともかく、一輪の真紅の薔薇なのだった。

そして誰が見てもため息を漏らすであろうほどに美しいその薔薇は、私の最高傑作とも言えた。次の攻撃を受ければ、私は確実に立てなくなってしまうだろうから、文字通り生死をかけた技だった。


その薔薇は、花弁が漆黒に染まるまでは持ってくれる。黒となったらもうダメで、役目を終えたかのようにして消え散ってしまうから。


「まだ、終わらないの?」


竜たちは今がチャンスだとばかりに、なかなか炎を吐き終わってくれない。

そして不思議なことに、薔薇を用いた防御によって私の視界は赤に染まるべきだというのに、外の光景が見えるのだった。まるで、薄いレースのカーテンから外が透けて見えるかのようだ。

そのおかげで、まだ竜が炎を吐いていることが分かる。


「もう、限界、かも……ははは……」


花弁がだんだんと、黒く染まってしまっていた。私の頭上の方から、つまりはおしべの方から(からす)と同じ色になるべくジリジリと燃えていく。


そしてついに、花の形を捨ててしまった。

眼前に、いや、背後にも、左右にも、その全てに炎が迫った。防御を失った私はそれをモロに受けてしまう。さっきと違って棘によって威力が軽減されることもないから、本当に、死んでしまう。一般人ならば骨もなく跡形もなく、消し炭になるところだ。


「あ、これ」


──これは、いけない。


目に映ったのは、目の前にいた白竜の瞳だった。

白く青く、森の奥の湖みたいに澄んだ瞳だ。


──まだ、倒せていない。何も、殺せていない。


足場にしていた薔薇すらも敵の炎に耐えられなくなったようで、青に包まれて散ってしまった。そのせいで私は落下するしかない。


──まだ、まだ、まだ、何も。


意識が遠のく中で、やっぱり、右腕が疼く。

見れば、腕にある棘の紋様の中に、開花する直前の薔薇の模様があった。この絵は生きているかも。

その感覚のせいで、私はなかなか意識を手放せない。


──何も、私は、燃やし尽くせていない。


竜の死灰(しかい)で埋め尽くされた地に向かってなすすべもなく、頭から落ちゆく。

そんな私を確実に殺すべく、本能に従った竜たちは追ってくる。落下速度よりも竜の飛行速度の方が速いみたいで、竜の長く鋭い鉤爪(かぎづめ)によって顔を裂かれた。血が流れ出すのを感じた。私は落ちているのに血は上へと舞い上がった。噴水みたいだった。色は、澄んだ水色ではなくて、赤だったけれど。

ちょうど左目の上を裂かれたみたいで、視界が一気に悪化した。でも涙も悲鳴も出なかった。ただ、諦めたくないという、竜殺しへの執着だけが湧いていた。もはや何が動機なのかは忘れていたし、きっと最初から理解なんてしていなかった。


──まだ、死ねない………!


今度は別の竜によって裂かれた。今回は顔ではなく、腹だった。右の横腹だ。鉤爪の端が乱暴に右腕にも当たっていったから、表しようもない痛みが走り回った。

ドレスの破片とでも言うべき布が風に乗ってひらりとふらりと飛んでいくのが見えた。


──まだ、まだ、まだッ……!


そんな私が最後に見た光景は、王都に向かった翼竜と、蒼竜、白竜だった。

それから視界の端に、何か、青いモノが映った気がした。不思議なことにこの青は、私の右腕から出てきたように見えたのだった。


そうして私の意識は飛んだ。


□■□■□


なんとかして女性を棚の下から引っ張りだしたセイラを見て、アランは棚をゆっくりと床に下ろした。


「大丈夫ですか? どこか怪我はありませんか?」


「ん…うぅ……」


セイラの問いかけに、女性はゆったりと瞼を動かして答えようとした。


「ありが、とう、ございます」


その時、風が思いっきりぶつかる音がした。その場に座って女性を支えたまま見れば、セイラの黄色っぽい茶の瞳にはちょうど翼竜が向かって来るのが見えた。


「セイラ、そいつを廊下に。俺は外の様子を確認してから出る」


「………分かった」


メイドは意識を取り戻していたし、左足を少し引きずるだけで、一人でもなんとか歩けるみたいだったからセイラは肩を貸してみんなの待つ廊下を目指した。


アランはそんな二人を見ながら、窓辺へと近寄る。

ちょうど主人であるアグリアが苦戦しているようだった。

遠すぎて見えにくいけれど、何やら上位竜が見えた。上位竜になればなるほどサイズが大きくなるから分かりやすい。


「白竜と……蒼竜か?」


白竜の翼は太陽光をよく反射していた。時刻は昼といったところで、太陽が最も高い位置にあるせいでもあった。

そして竜たちの中から一つ、小さな小さな何かが落ちていくのが見えた。重力に対抗できていないから、竜でないのを察することが出来る。

そうなれば、シルエットをはためかせて落ちるあれは……。


「アグリア、なのか?」


彼女が負けるなんて思えなかった。

けれど、セイラの話から推測するに主人は半分くらい平常ではなかったわけだ。無茶をしたのかもしれない。


「……………行くか」


本音を言えば主人の加勢に行きたいけれど、異能を持たないアランではどうにもできない。それよりも今はキャサリンやセイラ、怪我人のメイドとララミラたちを安全な場所へ届けるのが先だと自身に強く強く言い聞かせて、アランも部屋を出た。


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