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心が割れる音05

ぜひ最後まで読んでください!


次々とやって来る翼竜をひたすらに燃やすだけの時間。

自分の炎で体が熱くなってくるし、口を過ぎる空気も熱い。とにかく呼吸がしずらかった。


「己の異能が最大の敵なんて、皮肉ね」


ようやく竜の大群が減ってきた。ファラン・メリユ地区に留まっている竜がいるのかもしれないけれど、ここからは見えない。

私が竜を引き付けたことで、王都で暴れた竜は少ないようだ。巨大な翼が巻き起こす風によって倒れた木々や、吹かれた焚き火による火事はあれど、一、二ヶ月あれば修復できそうで何よりだった。


「早く上位竜が来れば……」


花の咲かない棘が右腕を這いずり回る。

これ以上腕が痛めば、右は完全に使えなくなってしまうだろう。回復にどれほどかかるのか。この模様は一生消えないのか。何も分からないけれど、いつか消えることを願う他ない。


その時、ファラン・メリユ地区の方向から翼竜よりも大きな塊が見えた。白い炎と蒼い炎。

つまりは、白竜と蒼竜だった。


「まさか両方来るなんて、最悪ね」


白竜の方が上位竜ではあるけれど、私としては蒼竜の方が相性が悪い。

白竜の炎が辺りを凍らせるのに対し、蒼竜は水を味方につけるから私の炎が苦手とするタイプなのだ。

それも、今回は白竜が三体、蒼竜が五体。

本来の行動の際の数よりは大幅に少ないのはありがたいが、それでも面倒だ。


合計八体の上位竜は、炎を吐きながらこちらに近づいて来る。私に対する威嚇の意味も込めたその炎は、王都を焼いた。


青の炎は街を燃やし、それを白の炎が凍らせる。

逃げきれずにその氷に閉じ込められた人もいるはずだ。一気に死者数は増えたに違いない。


「お前たちが元凶ならば、滅ぼすのみ」


私は、竜たちの方へと空中を走り出した。

その足取りは、踊るかのように軽やかで、布切れのように価値の落ちたドレスは、風が吹くたびにパタパタと力なく揺れていた。


□■□■□


「その人がララミラ嬢か」


アランはセイラを見ると、その手が押さえる傷口の持ち主を認識した。ある程度の話は走りながらカミラから聞いたと言う。


「ええ、早く治療しないと」


「分かった。俺が背負って走る、と言いたいところだが、そうすると万が一の際に戦う人間がいなくなるな……セイラ、短剣は持っているか?」


アランに問われて、セイラは少しばかりドレスをたくし上げた。その細い足には短剣が一つ付けられている。その一本を取り出すと、アランを見て頷いた。


「よし。じゃあ、セイラが前、その後ろに俺、その後ろにキャサリン王女とラナ嬢、最後にメイドたちで動くぞ」


「分かった」


セイラとしてはアランを嫌ってはいてもその実力は天才的であることを知っている。指示に従わない理由はなかった。


「あの、なぜ、短剣をお持ちで?」


二人だけで進んでいく会話に、リンがそう言った。


「もしや、キャサリン王女に何かするつもりで……」


不安そうにしてキャサリン王女を抱き寄せるリンを見て、セイラは焦ったように弁解した。


「違います。わたくしは昔から襲われることが多かったものですから、何かあった時のためにと護身用に持つことをアグリアお嬢様が許可してくださったのです」


「そう、なの、ですか?」


リンが怪訝な顔で、アランを見た。


「おう、そうだぜ」


キャサリン王女の前だというのに態度を改めないその男を信用してもいいものか迷った上で、リンは仕方ないと頷いた。どのみち、この状況でセイラとアラン無しで生き残るのは不可能に等しいのだから。


「アグリアはどうした?」


ララミラを背負うために傷口に布を固定させながらアランが聞いた。

キャサリンを始めとする全ての人が答えない。何と言えばいいか分からなかったのだ。


「アグリアお嬢様は……」


セイラだけが言葉を探しながら呟く。


「お嬢様は、竜を、滅ぼしに行ったわ」


「アグリアが竜を?」


「えぇ…………」


アグリアお嬢様と呼びなさい、といつもみたいに口を尖らせて指摘しない様子を見て、アランはこの状況が結構好ましくないものだと理解した。


「なるほど、アイツらしいな」


適当な紐できゅ、と布を固定し終えると「動かすぞ」と一言断ってララミラを抱えた。とはいえ、相手は令嬢なのだから雑な扱いはできない。お姫様抱っこが一番揺れの少ないかつ丁寧な運び方だろうということでそうなった。


「おもくて、ごめん」


何粒もの汗を浮かべながら、なおララミラはそんな風に強がって見せた。自分が弱音を吐いたらキャサリンが泣いてしまうということを理解しているのだ。その優しさを友達思いというか、強がりだというかはともかく。


「重い? はは、軽いの間違いだろ」


タメ口でアランがそう返すと、後ろにいたララミラのメイドが口を出そうとした。けれど、ララミラが不快になっていないのを察してやめてしまった。


「それじゃあセイラ、頼む」


「どこへ向かえばいい?」


「裏の出口だ。そこに兵士が集まっている。詳しいことは走りながらだ」


「分かった」


そうして部屋を出て、慎重に走り出した。

セイラは先頭で短剣を構えている。


「ラナお嬢様、大丈夫ですか?」


「ええ」


メイドの心配に、抑揚のない声でラナが返しているのを見て、アランも会話に混じった。


「改めて自己紹介を。俺はアラン・ローレン。アグリアの執事みたいなもんだ」


人当たりの良いにこやかな笑みでそう言った。

主人のアグリアとはまた少し違った金の瞳は弧を描いていて、場違いではあるものの、この人は落ち着いていて冷静な人だと周りを安心させもした。


「アラン殿は、主人を呼び捨てにされるのですね」


セイラではなく、リンにそう言われる。


「まあ、俺の方が年上だし、アグリアが生まれた時から側にいる友達みたいな感じだしな。アイツもその方が話しやすそうだしよ」


リンが冷たい瞳を後ろから注ぐ。


(あるじ)を軽んじるような人とは、相容れませんね」


遠回しな嫌味であり、チャラ男からキャサリンを守ろうという牽制でもあった。メイドとしては度胸のある人と言える。


「ははは、俺も貴女とは仲良くなれそうにないな」


アランもアランで、本音を返す。

殺伐とした空気が流れかけたところで、会話を聞く暇もなく辺りに集中していたセイラが口を開けた。


「それで、どうして裏門なの?」


「ああ、クレイグ王子が裏門から貴族と王族を避難させてるんだよ。多分、キャサリン王女を探しに今頃自室に兵士が向かったんじゃねぇかなぁ」


「なるほどね」


セイラが納得したように頷いた、その時。


「あ、ちょっと止まれ」


唐突にアランが静止をかけた。


「何よ? 急がないといけないのに」


セイラが立ち止まって何事かと聞き返したその時。


カシャン、バリン!


大きな音を立てて、シャンデリアが落ちた。想像もつかないほど高価な品に違いないシャンデリアは、見る影もなくバラバラになっていた。

セイラは唖然として落ちたそれを見つめる。アランが止めてくれなければ、自分は死んでいたかもしれない。その事実が背筋を凍らせた。


「礼を言ってもいいんだぜ?」


得意そうに笑いかけるアランに、セイラは礼を言わざるを得なかった。


「……ありがと」


「おう。そんじゃ、進むぞ」


幅の広い廊下だから、道を変えずともシャンデリアを避けて進むことが出来た。とはいえあらゆる窓が割れていて、一瞬たりとも気を抜けない状況。


ゆっくりと慎重に階段を降りて、一階へと向かい続ける。


ほとんどの人が避難を終えたのか、廊下に人は少なかった。

静まり返った宮殿内というのは夜でなくとも不気味で、少し音がしただけでも反応してしまう。

堂々としているのはアランくらいだった。


「………ぁ」


「待って、今の声誰?」


小さな呻き声を耳が捉えて、セイラは足を止めた。


「ん?」


アランが短く聞き返すのとほぼ同時でまた呻き声が一つ。


「人がいるんだわ」


セイラは一つの部屋を見た。今自分たちが通り過ぎようとした、メイドの休憩部屋。

ドアは傾いておらず、そうっと開けると、窓ガラスや食器が散らばっているのが見えた。


「誰か、いるの?」


部屋の中はそれなりに広いようで、入らないと全ては見えない。


「たす、け」


ただ、中に逃げ遅れた人がいる。そのことが分かった以上、見捨てるわけにはいかなかった。


「セイラ、一人は危険だ。動けないってことは何かに挟まってる可能性もある」


窓が割れたことで、竜の起こす風が窓から直接入って来る。そのせいで棚や机が散乱しているのを見てアランが口を挟んだ。


「じゃあ、どうすれば」


「俺も行く」


そう言うとアランはララミラに「悪い」と言うと、壁にもたれさせるようにして丁寧に下ろした。


「全員、ここから動かないでくれ。すぐに戻る」


そしてアランは率先してその部屋に入って行った。


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