心が割れる音04
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ヴィルヘイム王子が遠くなっていくことを感じる間もなく、百以上の竜が私を追いかけてくる。
今回の竜害にどれほどの竜が参加しているのか、未だ不明なのが面倒だ。とはいえ全て焼き尽くせば問題ないか。
──ズキ。
花の絨毯を走りながら、腕を押さえた。腕を走る棘の紋様は消えていない。もしかしたら、これからもっと酷くなるのかも。いつか左腕にも出てきて、そのまま全身に……それは少しだけ嫌な気もする。
そんなことを考えていたせいか、冷や汗が額を流れた。けれど、それを拭っている暇はない。
「痛みは、堪えてしまえば問題ないわ」
歯を食いしばって、腕から手を離す。
より高い場所を目指そうと、上へ駆けた。
ヒールのついた靴は邪魔で、走りながら脱いだ。どのみちドレスもぼろぼろなのだから、もう王女としての品性を保つ必要はないだろう。
ヒールはころりと花びらの上に転がった。すぐに花弁は光の粒子みたいになって消えてしまうから、ヒールは結局地面へと落下していった。下に人はいないから、大丈夫だ。
「それじゃあ、燃やしましょう?」
巨大な薔薇を空中に咲かせると、その真ん中に立って竜たちに向き直った。
正面からやって来る竜はその翼で大きな音を立てている。風を切って空を切る。一般人ならば、あの風圧だけで倒れてしまいそうだ。
「さようなら」
右腕は痛んで仕方ないから、左手を突き出した。
右腕はだらりと体の横にぶら下げている。感覚がないわけではないけど、翼竜を束ねている上位竜がいる可能性を思うと今は酷使せずに回復させた方がいいだろうと考えたのだ。
「咲き誇れ、業火」
静かにそう唱えれば、先ほどと違って手のひらの先から直接炎を吹いた。花を咲かせない分体力を温存できるのか、少し楽だ。
本の世界の魔法や魔術と呼ばれるものとは違って、異能は空中にある成分を必要としないし、体内にある物質を求めてもいない。純粋なる神の力だ。それなのに使いすぎると疲れを感じるのは、神の力ゆえに人の体が音を上げているのだろうか。
それから、何か唱える方が具現化させやすいとも感じる。何も言わずとも出来るはずなのに、名前を付けた方がイメージが湧きやすくて、より強力な力に出来る。
名は体を表す。
その言葉は真実のようだ。
断末魔の悲鳴が天に響く。
竜の声は高く、哀愁を漂わせる。
何処か感情の乗ったその声に一瞬心が痛む気がした。
助けて、と聞こえたから。
でもあり得ない。竜は言葉を持たない。より詳しく言えば、竜の言葉は竜しか分からない。
──多分、私の思い込みね。
助けて、なんて言うはずがない。
仮に話せたとしても、私への恨み言を吐き出すに違いない。
炎を吐けない翼竜は、そのまま塵となって落ちていった。
燃え残った身体の一部も共に落ちていく。
グロテスクなはずなのに、儚さを感じる景色。
神話のワンシーンを連れて来たみたい。
感傷に浸る時間もないようだ。ズキンと苦痛が腕を貫く。
「はは、まだ痛みを感じる余裕があるってことにしときましょ……」
炎を一度止めて、次の竜が近づいて来るのを待つ。
遠くを見れば、まだファラン・メリユ地区からこちらに竜が向かっている。
世界中に大量の竜がいて、特に翼竜は数えきれないほど生息しているのは知っていたけれど、こんなにも、一度に来られると流石に驚いてしまう。
世界滅亡じゃあるまいに。
「あーあ、早く、上位竜が来てくれれば、それ倒して、翼竜の指揮系統を崩せるのに……」
再び炎を出して、次の竜たち三十ほどを焦がす。
夏でもないのに、辺りが陽炎で揺らめいて見えた。
「アストレアの時みたいに、白竜かしら……蒼竜の可能性もあるけれど、翼竜の次に強いだけだものね。こんなに多くを束ねられるとは思えないわ……とはいえ黒竜と赤竜は伝説級だし、見かけたらすぐに情報が出回るはず…なら、やっぱり白竜だわ」
ぶつぶつと言葉を漏らしながら、炎を吐き続けた。
□■□■□
セイラは焦っていた。
絶対にララミラを助けるとは言ったものの、どうするべきか。ひとまず部屋から出て、窓のない別の部屋へ移った。それからララミラの傷口に布を置いて止血した。ガラスの破片も抜き取った。あとは高度な医療技術でなんとか出来る。でもその治療をしている暇がない。宮殿から出る必要があるけれど、年若い女だけでララミラを背負いながら逃げるのは無理がある。
「セイラさん、わたくしは人を呼んで参ります。しばしお待ちを」
カミラがそう言って部屋を出た。
先ほど、茶会の部屋を出る前にもキャサリンのメイドが探しに行ったけれど、不運なことに、廊下にはメイドばかりで男がいなかったのだ。
時間のせいか、重い物を運び慣れている屈強な料理人たちはみんな調理室だし、兵士たちもガンド訓練場で訓練に励んでいたのだ。
それに、大抵の人が王族の安全保護のため彼らの自室や国王の元へ向かったせいもある。
王女のキャサリンが茶会をしているなんて、知っている人は少なかったのだ。いちいち友達と遊ぶことを兵士に報告なんてしないもの。
「ありがとうございます」
カミラの背中に挨拶をしながらも、セイラは血濡れた布をララミラの傷口に当てていた。
真っ赤な血が、彼女のお腹からどくどくと流れ出す。
「あり、がと、名前何?」
「セイラです。セイラ・エルフェン」
「ありが、とう、セイラ」
今のところララミラは意識を保っている。けれど、この状況ではいつ出血多量とショックで意識を手放してもおかしくない。そうなれば、治療は困難となる。助かったとしても、後遺症が残るかもしれないし……。
キャサリンはと言うと、今も泣いている。
メイドのリンに縋り付いて友人は助かるのかと何度も聞いていた。その度に、リンは嫌な顔ひとつせず主人の問いに「助かりますとも」と返している。
対してラナは涙もこぼさず、心ここに在らずといった様子で立ち尽くしていた。瞬きも忘れたようだ。
ララミラ、ラナ、キャサリンに従っている他のメイドは、新しい布を探したり、痛み止めの薬を探したりと大忙しだ。
──アグリアお嬢様は、平気かしら。
セイラが己の主人に思いを馳せたその時、廊下から足音が響いた。誰かが走っている。普段ならば宮殿内を走れば怒られるものだが、緊急事態ではマナーも関係なかった。
「連れて参りました!」
カミラが扉を勢いよく開けて入って来た。
彼女の後ろに一人、男が立っている。人を見つけて来てくれたのだ。
「セイラ!」
金髪を揺らし、珍しく狼狽えた顔色で名を叫んだその男とは、セイラが最も嫌う相手、アラン・ローレンだった。
ここから、物語はアグリアとセイラ半々で書き進めるつもりです。
二人の未成年は、悲劇を喜劇に変えられるのか。。
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