心が割れる音03
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私が通り終えた薔薇の道は、光に包まれてパラパラと消えていく。幻想的なその光景が、地上にいる多くの人間たちの心を震わせていたことなんて私は知らないし、興味もないけれど。
ついにガンド訓練場が近くなっている。
この場所でならば私は周りを気にすることなく暴れられる。
幸い、兵士たちは砲撃を始めとした全ての攻撃を止めて、民の避難の手伝いへ向かっている。
──あと少し。あと少しで、私は解放されるだろう。
竜との距離が近くなっている。流石に竜の飛行スピードには、私の足では追いつかれるか。でも構わない。
後ろに向けて、大きな炎を放った。右腕が熱く燃える気がしたけれど、どうでもいい。
もう全部、どうでもいい。
火傷のような痛みを持って、私はひたすらに背後へと炎を放つ。赤薔薇のような形を取ったその火は爆発のような派手さを見せて、五体ほどの竜を大地に突き落とした。
他の竜たちも死にはせずとも翼が焼けてしまっている。
「もっと、もっと、もっと、焼き尽くす……!」
竜を呪え。竜を殺せ。竜を焼け。竜を滅せ。
そしてとうとう、私の足は大地に辿り着いた。ガンド訓練場の敷地内だ。
赤の花弁は段々と下へ向かっていき、赤いドレスにぴったりな白のヒールの靴は草を踏みしめた。
ぐしゃり、とその場にあった緑が死んだ。
そのまま私は上に両腕を伸ばした。こちらに向かい急降下してくる百以上の竜を迎え撃つためだけに。
「咲き誇れ」
その手から、これまでで最も大きな薔薇が咲いた。下手をすれば民家三つくらいは軽く覆ってしまいそうなほど。
真っ赤な真っ赤な薔薇は、朝が来たかのように全ての花弁を外へと開く。
そして、一言。
「業火」
地獄の花を、開花させた。
それは、真に冥界へ落ちたかのような感覚を人々に突き付けた。
業火に焼かれる世界へと竜たちを導くための炎。
その炎に焼かれたものはきっと、生涯、死してなお永遠に業火に焼かれるに違いない。
《聖女》の名を冠するには不相応な姿での力の具現化。
──これでは、魔女だ。
自分自身それが嫌というほど理解できる。
人々を救うのが《聖女》を持って生まれた者の宿命だと知りながら、それを、何モノかを滅ぼすために使うなど、故郷へ帰れば何と言われるだろうか。
竜を倒して、流石だと言われるだろうか。
竜を滅ぼして、異端だと叫ばれるだろうか。
──どうでもいい、か。
その力が目覚めてしまった以上、戻れはしない。
少なくとも私は、後悔もしていない。
──魔女でも、構わない。
死者のように涙の枯れた瞳で、今この瞬間も炎を吹く薔薇を見つめた。その薔薇があまりにも大きすぎて、向こう側にある竜が焼かれる姿はよく見えない。けれども代わりにと言ってはなんだけれど、焼かれた竜が落ちていくのはよく見える。竜の巨体が落ちる度にドガッという鈍い音が響き渡った。
地面に生えた草が炎の熱で燃えてパチパチと火花を散らし、その大地に落ちゆく竜の悲鳴が幾つも飛び交う光景はまさに地獄絵図。
この世の、終わりだった。
後ろの方から、何か音がした気がした。
気を抜くと炎が止まってしまうから首を向けることはできないけれど、聞き慣れた音だから、それが馬の足音だと分かる。
「あつ……」
あまりの炎は膨大な熱を吐く。たとえ異能に合わせて発達した、強化された身体とはいえキツイ。ここまで異能を連続して使うのが初めてということもあるし、思いついた技を迷いなく最大火力で使っていることも大きい。
赤のドレスが、裾の方から焦げていく。
ワインレッドよりも濃く、徐々に炭になっていく。
「高価なドレスが、もったいないわね、ハハ……」
辺りの空気が熱いから、声も枯れていく。
それでも、炎を止めたりはしない。
やがてどれくらいの竜が落ちた時だろうか。
辺りの地面が翼竜の炭で灰色に染まると同時に、赤薔薇の花弁は茶色く染まり始め力を失ったかのようにくたりと萎れてしまった。
薔薇の役割を果たし終えたのだ。
淡い光に包まれるようにして、薔薇は空中に霧散していった。
次の薔薇を咲かせる必要がある。
「アグリア姫!」
いつの間にか真後ろにまでやって来ていた馬から降りたのは、ヴィルヘイム王子だった。
「危険ですので、離れてく……」
ください、と続けようとしたけれど、腕に激痛が走ったせいで最後まで言えなかった。ズキリ、ズキリ、と不定期に痛みが走る。
「どうかしたのか!?」
ふらつく私を支えようとしたヴィルヘイム王子は、私の右腕を見て、固まった。
彼にしては珍しく、分かりやすい反応だった。
「どうか、したのですか…?」
私は腕を見ないまま、左手で押さえるだけ押さえて彼に聞き返した。
「その、腕は……」
驚きに震える声でそう言われて、ふと腕を見る。
棘の紋様が、腕を走るようにして刻まれていた。黒の紋様だ。落書きにしては、精密で、綺麗にも、不気味にも感じられる。
それから、少しだけ動いているようにも見える。強い痛みを感じるのは、紋様が動いた時だ。けれど決して腕以外には行かないらしい。
「これは…?」
私自身、こんなの初めてだ。
でも多分、力を使いすぎた結果なのだろう。
《聖女》との同調が強まりすぎた、みたいな。
「《魔王》は、その力の代償に髪の色が赤へと変化していますから、《聖女》の場合は刺青のような生きた紋様が入ることなのでしょうね」
「しかし……なぜ、これまで出ていなかったんだ?」
「さぁ? もしかすると、私がようやく、真の《聖女》の力を使えているのかもしれませんね」
その時、竜がやって来た。
前線にいた竜が倒されたことで、その後ろにいた彼らもこちらに向かっているのだろう。
「ヴィルヘイム王子、国民と貴族たちの避難を」
「すでに命じている」
「でしたら、ヴィルヘイム王子もここから避難を」
「それは出来ない」
「でしたら……」
私は再び花の道を生み出した。
「私が、離れましょう」
歩み出した私を追いかけようにも、私の背後の道はすぐに崩れていく。炎しか使えないヴィルヘイム王子は、空を飛べないのだから付いては来られない。
「ごめんなさい、ヴィルヘイム王子」
ふと溢れた言葉。
けれど、何に対する謝罪かは、自分でも分からなかった。
赤い薔薇の花言葉って、情熱、愛情、美、ロマンスなどロマンチックなものが多いらしいですよ。
それから、本数によっても変わりますよね。1本ならば一目惚れやあなたしかいない、3本ならば愛している、999本は何度生まれ変わってもあなたを愛する。
アグリアの場合は、どれだと思いますか?




