心が割れる音02
魔王や聖女という言葉に《》が付いている時は異能の名前として、付いていない時はその存在を表す一般的な意味で使っています。
小説だからこそできる言葉の意味の違いの出し方です♪
──私、今なら、なんだって出来る。
竜とはなるべくノストラダム宮殿から離れた場所で戦わなくちゃ。それでいて、王都からも離したい。
最低限の犠牲で、最大の功績を上げる必要がある。
「ガンド訓練場へ、引きつける」
ここから少し離れた場所で、広大な敷地を持つ軍事施設。
軍人ならば自力で逃げるくらいの体力も武器もある。
そこへ竜を誘導して、その間に国民には避難してもらおう。
そう考えつくのと同時に、手を前に伸ばして薔薇を願った。
私の思考と同じ形で、それは空中に再現されていく。
幾つもの花弁が、階段のように道を作って空へと上がっていく。
私はその一枚目を踏み締めた。
──体重をかけても花弁が落下しない。いける。
そこからはドレスを持ち上げて駆け出した。
みるみるうちに階段を上がっていく。
腕は突き出したままで、行きたい方向に道を形成させる。
たまに竜の群れの方へ炎を放って、気を引いた。
私のことを無視して王都で低空飛行しようとする竜はそのまま炎で灰にした。
死にゆく竜の、キィエエ、という掠れゆく哀れで儚い、最期の命を込めた声をいくつ聞いても罪悪感は湧かなかった。
その時、ガンド訓練場から飛んでくる砲弾が私の近くを掠めていった。彼らもまた私と同じで竜を王都から引き離す作戦を取ったのだろう。
薔薇の道はガンド訓練場へと向かっていく。私に気がついた兵士たちが驚いた顔をしているのが見えた。その中に赤髪を逆立てた人がいたけれど、その人物の顔に集中する暇はなかった。
それからすぐ、誰の指示かは知らないけれど竜への砲撃を一度止めてくれた。私に当たるといけないからだ。
──このまま竜を、殲滅させる。
□■□■□
「ヴィルヘイム指揮官! 竜の群れの襲撃です」
ガンド訓練場にある建物の自室にて書類に目を通していたヴィルヘイムのもとに、一人の兵士がそう連絡をよこした。
よほど急いできたように見える。肩で呼吸をし、ノックも忘れて入ってきた。
「数と種類は」
「数は百を超えています。種類は翼竜ですが、後方に指揮している上位の竜がいるかと思われます」
翼竜は群れを好み、そして自分より強い竜に従うという傾向からそう推測を立てたその兵士が返した。
「砲撃の用意を。なるべく王都と宮殿から引き離せ」
「はっ!」
兵士は敬礼すると部屋を出て行き、大声で指示を飛ばし始めた。
ヴィルヘイムは隣に立てかけていた剣を手に取ると、ふと窓から外を伺った。
確かに、粒のようなサイズではあるが幾つもの竜が見えた。
「宮殿へ向かっているのか?」
あの場所には両親である国王と王妃がいる。
強力な《魔王》を持つ王族の男は、国王、自分、弟二人。
国王は近衛兵たちもいることだし、最悪自力でも王妃を連れて逃げられるだろう。
今日は、第二王子のクレイグは宮殿にいる。今頃、事態に気がついて使用人たちの避難を指示しているはずだ。
ただ、《魔王》の強さでいけばクレイグよりも才能のある第三王子ラクレスはいない。地方の竜害を解決するため出かけて、今は帰還の最中だ。『宮殿へ帰還する』との連絡が来たのは三日前だから今日中には着くかもしれないが、この事態に間に合うかは分からない。
「ラクレスと共にアイツの部隊も帰還すれば王都の防衛は完璧なんだが……」
考えた結果、近くにいた伝令係に「ノストラダム宮殿へ急ぎ、クレイグに宮殿の防衛を頼め。貴族、王族及びその使用人は裏庭へ逃げ、戦闘が可能な者は庭へ出て戦えと伝えろ」と告げておく。
早足で廊下を抜けて外へ出る。
王都から煙が上がっているのが見えた。
「これ以上の被害を抑えるぞ。砲撃を用意次第連続で発射、竜をこちらに引きつけろ。歩兵部隊伝令係は今すぐラクレスの位置を探せ。見つけ次第、王都の防衛を頼め」
「「「イェスサー!」」」
指示を飛ばした後、自分もまた戦場の最前線へ向かうため馬小屋へと向かい、黒く美しい馬の手綱を手に取り乗ると走り出した。
「アグリア姫は今日はキャサリンたちと茶会と言っていたか」
先日、寝る前に話した時にそう言っていたのを思い出した。オーランド帝国へ来てから仕立てた赤のドレスを着るのだとも言っていた。
──キャサリンのことだからアグリア姫とは上手く関係を築いたことだろう。
ただ、異能もないか弱い妹がこの事態に動転していないわけがない。傷を負っていないといいが……。
「兄として王族として、唯一の王女は守らねば」
立場的にはアグリアもまた王女だけど、やっぱりオーランドの血が入っているかどうかという違いは大きい。
その点でキャサリンはヴィルヘイムと同じくらい大切にされるべき存在だった。
遠くを竜たちが飛んでいく。
青い空は竜で埋め尽くされて、何か巨大な魚が海を泳いでいるみたいだった。
場所が野原だったならば、この光景が美しく神秘的に思えたのかもしれない。
ただここは、ヴィルヘイムがいつか指揮する国だ。
何十万を超える者がこの王都ガロランドに住んでいて、戦闘可能な兵士たちの家族もここにいる。
「兵士が死ねば、彼らは心の支えと稼ぎ頭を失うことになる」
そうすればこの街は一気に衰え、経済は滞り、国の防衛力は弱まり、兵士に志願する者もなくなるかもしれない。
そんなふうに未来を憂いた、まさにその時だった。
──希望が、大空を渡っていた。
希望はその白く細い腕からいくつもの技を繰り広げ、竜たちを撃退していく。
薔薇で出来た階段を駆け、こちらへと近づいてくる。それを見たヴィルヘイムは、希望が、竜を国民と城から引き離しガンド訓練場へおびき寄せているのだと察した。
幾人かの兵士は希望が具現化したその美しい姿に圧倒され、砲撃の手が止まりかけていた。
ヴィルヘイムもまた、彼らを叱責するのを忘れて息を呑む。
「何故………………」
普段はあまり動くことのない表情筋。
それを惜しみなく引き攣らせた。
碧の澄んだ瞳は驚きと悔しさを孕むと共に、国が救われる可能性が上昇していくことに僅かに安堵していた。
そして、何よりも。
──戦わないで欲しい。
そんな切実な思いを宿していた。
アグリアがこちらを見た。ヴィルヘイムは視線が交差したように感じたけれど、すぐに一つの砲弾が彼女の近くを掠めたせいで意識は現実へと引き戻された。
「砲撃は止めだッ!!」
咄嗟にそう叫ぶ。
兵士たちは普段落ち着いている指揮官の姿にびくりとしながらも、すぐに命令に従った。
結果としてアグリアは砲撃を気にして空を走る必要がなくなり、余裕が出来た。ヴィルヘイムの指示は的確だったのだ。
馬を止めたヴィルヘイムは、どうすべきか悩まされた。
──アグリア姫が戦うことで、国は救われる。
でも、何があったのかをヴィルヘイムは分からないけれど、感じた。確かに妻の変化を感じた。
──アグリア姫はいつもと違う。
結婚式の時に共闘した彼女は、民を守るために竜を灰に返していた。しかし今の彼女はまるでそうは見えない。国民を守りながらも、真の目的は別にあるような。
そしてその姿はまるで…………。
──魔女の、ようではないか。
今この瞬間、彼女を止めずに時が進んでしまったら、きっと取り返しがつかないことになる。
──しかし、ならば、どうしろと……?
ヴィルヘイムの異能は強い。成長すればその異能は歴代最強の《魔王》となるはずだ。
ただ、薔薇と棘と炎。その三つを自由自在に纏い、死を恐れずに突き進む今の妻に叶うものか。
──分からん。
分からないから、この時、ヴィルヘイムは決断した。
──自分にはいくつもの立場がある。
彼女の夫であること。
オーランド帝国の長男であること。
オーランド帝国の次期国王であること。
オーランド帝国の軍隊指揮官であること。
オーランド帝国の未来を背負っていること。
オーランド帝国の王都を守る任務があること。
オーランド帝国の国民の命を守る義務があること。
そして、何よりも。
──俺は、オーランド帝国の《魔王》としてここにいる。
脳裏をよぎる言葉を、金の皿に乗せた。
二つの皿に選別された言葉たちは天秤にかけられる。
一つの皿には、『アグリア姫の夫』という言葉しか乗っていない。
でも、もう片方の皿には、いくつもの『オーランド帝国』が乗っていた。
そして心は決まった。
固く硬く、誰が何を言おうと揺るがない心の臓。
──俺は、何もかも焼き尽くす紅蓮の魔王にさえなって見せよう。




