友達と悲劇
聖歴1672年11月10日。
ついにお茶会当日だ。
淡い赤色のドレスを着て、銀の髪をセイラに整えてもらう。ふわりとカーブのかかった髪は下ろしたままにして、左右から後ろへと持っていく髪は三つ編みにする。いわゆるハーフアップだ。
令嬢としての上品さと、王女としての気高さを醸し出してみせる。
金の瞳を爛々と輝かせて、自室を出た。
その後ろをセイラとカミラが付いてくる。
セイラは青の淡いドレス、カミラは緑の淡いドレスを着ている。
私が赤のドレスだから、三人並ぶとなんだか相性が良い。
カツカツとあえてヒールの音を鳴らして歩く。
廊下を行き来するメイドや執事は私を見ると立ち止まり、見えなくなるまで頭を下げている。
正直挨拶だけしてそのあとは仕事に戻ってもらった方が効率良いのだけれど、これも一つのマナーというやつだ。
「こちらです」
オーランド帝国のメイドなだけあって宮殿内に詳しいカミラがお茶会の部屋まで連れて行ってくれる。扉を開けてくれたから、私は無言のまま部屋へと入った。
その部屋は王族がお茶会をするためによく使う部屋らしい。
白で統一されたカーテン、テーブル、椅子、お茶を淹れるための道具。
窓からは眩しい太陽光が差し込むようになっている。
数名の人がそこで待っていた。
一人はキャサリン王女だろう。水色の瞳、桃色の髪。間違いない。赤系の髪はハーラリオン国王の血を引く証拠だ。
「アグリア様ね? ごきげんよう、お会いできて光栄だわ!」
無邪気な笑顔を浮かべて相手が椅子から立ち上がる。
黄色のドレスの裾をゆったりと掴んで、淑女として完璧なお辞儀をしてくれた。
「ごきげんよう、キャサリン王女。私こそお会いできて光栄ですわ。この度は茶会へのご招待、誠にありがとうございます」
こちらも丁寧な対応で返す。
「さあさあ座って!」
「はい」
他にいたのはキャサリン王女のメイドが三人、それから貴族二人とその従者だ。
「わたしはラナ・メリユと申します」
メリユということは、竜害の多い地域の貴族の令嬢か。
貴族の中では中流階級だ。
そんな令嬢が王族のキャサリン王女といるということは、キャサリン王女は気が合えば身分を気にしない人なのか、あるいは自分の周りを自分よりも弱い存在で固める人なのか。
「あたしはララミラ・ルカリーと申します。お会いできて嬉しいです!」
こちらは王都の隣、ルカルナ地区の領主の令嬢か。
中流階級の貴族には違いない。
アストレア王国の王族たちは自分の周りを命令に従う人で揃えるタイプだったけれど、オーランド帝国の王族はそういうことを気にしないタイプなのだろうか。
「そうだわ、紅茶を持ってきましたの。アストレア王国の最高級品だから、きっとお口に合うわ。セイラ、淹れてくれる?」
「はい、アグリアお嬢様」
セイラはキャサリン王女のメイドに一言告げると、その場にあった紅茶を淹れるためのポットを借りる。
そうして準備されている間に、私たちは話を始めた。
「キャサリン王女はよくこうしてお茶会を?」
「えぇ。ラナとララミラの三人でよくお話しするのよ。アストレア王国では、女子会ってないの?」
女子会、かぁ。
あの空間で、私は貴族たちからあまりよく思われていなかったから幼い時くらいしか誰かと遊ぶことなんてなかった。
それも、幼いながらに、貴族としての人脈作りだと感じていたから本気で友達と遊んだのなんて、もう十年は前のこと。
──『あのこと』があってから、人が嫌いになったし……。
幼い頃の記憶が蘇りかけて、意識を無理やり現実へと引き戻した。
「アストレア王国では、私はあまり馴染めなかったから。三大貴族という立場もあって、他の人はあまり親しくしてくれなかったの。自然に壁が出来てしまうというか……まあ、私の態度のせいもあるんだけれど」
別に隠すことでもないし、ためらいなくそう返した。
そうすれば、キャサリン王女は同情の表情を浮かべた。
「分かるわ、アグリア様。わたくしも王族唯一の娘だから、近寄ってくる人はみんな国王に取り入りたい人だったもの」
「ですけど、キャサリン王女にはラナさんやララミラさんがいるじゃないの」
「そうなの、二人はわたくしの最高のお友達なの! 二人はわたくしを一人の女の子として接してくれるのよ!」
やっぱり王族でも、中身は十五歳の女の子か。
……私が十五の時って何をしていたかしら?
ああそうだ、変なお見合いをさせられていたんだった。
「よかったら、アグリア様もお友達になってくださる?」
セイラが紅茶を淹れ終えてテーブルに置いてくれる。
部屋に優しい香りが舞って、キャサリン王女が少し嬉しそうにした。
悪い人には見えない。純粋な女の子、といった印象だ。一緒にいて悪いことはなさそうだし、ヴィルヘイム王子の妹とは仲良くすべきだろう。
「えぇ、もちろんよ。よろしくお願いするわ、キャサリン王女」
「やめてよ、キャサリンでいいわ。アグリアお姉様って呼んでもいいかしら? わたくし、ずっと王女が一人で寂しくて、でも二人になったから嬉しくて」
──噂通りね。彼女は、私と違って甘え上手だわ。
「よろしく、キャサリン」
そう返せば彼女は照れ隠しなのか、紅茶の入ったカップを持つと上品に香りを嗅いで「いい匂い」と言った。
「あ、あの」
たどたどしく口を挟んだのはラナだった。
「よかったら私のことは、ラナ、と」
「あたしも! ララミラって呼んでください!」
「────」
なんだか今日は変な日だ。
心がざわついて、そう、おかしい。
彼女たちがあまりにも綺麗な目をしているからかしら?
「ごめん」
何を言おうとしたわけではない。
けれど、自然と言葉が口から溢れていた。
「私はこの部屋に入ってすぐあなたたちを見て、その友情を疑った」
「何言って……」
ララミラが呆気に取られてそう言った。
「王族は、自分に従う人間を周りに置きたがる。いいえ、王族だけじゃない。貴族もそう。人間というものがそういう存在。そう、思っていたわ」
私の人生は裏切りばかり。
幼い頃に親友と思った者に裏切られたことから始まり、婚約者にも裏切られた。
「今日だって、キャサリン王女の招待に応じたのはその方がいいと感じたからよ。友達になるのもそう。悪い人には見えなかったっていうのもあるけど、ヴィルヘイム王子の妻である以上、その妹とは一緒にいた方がいいって思ったから」
懺悔じゃない。
告白じゃない。
ただ、たった二度の裏切りは、全てを疑い諦めるには早いと感じただけで。
手に入れることもせずに見捨てる理由にはならないと感じたわけで。
「改めて、お願いするわ。私と、友達になってくれるかしら?」
でも一つ、私は過去の経験から学んだ大切なことをこの時に限って忘れていた。
「──もちろんよ、アグリアお姉様」
カップを握っているにも関わらず冷たくなってしまった私の手に、キャサリン王女はそっと自分の手を重ねてくれた。
いいえ、キャサリンが重ねてくれた。
「あたしも喜んで友達になるよ、アグリアお姉様? それにしても、薔薇姫って聞いたから女王様みたいな怖い人かと思ったけど結構繊細で優しい人なんだね」
「もう、ララミラったら失礼よ。……わたしも、ぜひ友達になりたいです」
誰かの優しさに触れて、受け入れて、そうして作られた心は強いけど脆い。
「ありがとう、キャサリン、ラナ、ララミラ」
涙が出そうになるのは我慢した。
私は王女だし、《聖女》だし、この中では一番年上だ。
どんなに親しくなってもそういったプライドや自分らしさは大切にしたい。
そうして三人で手を取った。
テーブルに座ったまま、輪っかみたいに手と手を重ねる。
その時だった。
窓の向こうが見える場所に座っていたララミラが頭の上に?を浮かべた。
「どうしたの?」
「ねぇ、キャサリン。なんか見える」
その一言で、全員が窓を見た。
何かが、すごく遠い場所で浮遊している。
最初は、視力が悪い人ならば見えないくらいのサイズだったそれは徐々に近づいてきて、明確になっていく。
ものすごいスピードでこちらに向かっていた。
「あれって……」
方向からして、ファラン・メリユ地区から来ている。
ラナの故郷で、彼女の父が領主をしている場所だ。
ラナの顔を見れば、引き攣っていた。
故郷が心配なのだろう。
そこには家族やたくさんの知り合い、友人がいるはずだ。
「竜…………」
何百もの竜が、こちらに向かっていた。
どの竜かは分からない。
けれど、これは────。
「どうして?」
弱々しい声で、キャサリンがそう呟いた。
次の瞬間、すぐそこまで近づいている竜が吠えた。
何百もの咆哮を受けて窓ガラスが割れる。
「きゃあ!」
「うわぁっ!」
主人を守るべくメイドたちが動き出す。
固まって動かないキャサリンを無理やりメイドが窓から離れさせた次の瞬間、もう一度竜の声が響いた。
そして再び揺れる建物、割れる窓。
そのガラスの破片が一つ、他よりも大きく飛び出して。
「あ」
間抜けな声を出したまま立ち尽くすララミラのお腹に、無慈悲に突き刺さった。
声も出せずに左手を傷口に添えたララミラの黄色の瞳が揺れて、肩上の短いオレンジの髪がその目を他者から隠すように顔にかかっている。
──終わりは突然やって来る。そして、相手が大切であればあるほど、終焉は受け入れ難い。
それが、私が幼い頃に知った初めての教訓だったのに。
□■□■□
その頃、アストレア王国では一枚の紙がクリスティア宮殿前に張り出されていた。
『聖歴1672年12月1日
レオハルト・アストレアとクレア・シーランドの結婚式を行う』
ララミラの運命を心配する方は、彼女たちの未来を見届けるためぜひブックマーク及び好評価を!




